霧の森の村①
「つかささぁぁぁぁん! どこですかぁぁぁぁあ!」
声は響くも返事はない。
森の中は濃い霧に覆われ一寸先も見えない。
つかささんとはぐれてから30分ほど森の中をさまよう。彼女も俺のことを探しているのだろうか。もしかしたらさみしくて、どこかでうずくまって泣いているかもしれない。いやさすがにそれはないか。
毎度のことながら、なぜこんなところにいるのかというと、そう当然のことながらスパ本片手にまた新たな温泉を探してやってきたらこの有様である。
スパ本にあった、この近くの村まではやってきた。しかしその村の宿屋に温泉はなかった。
宿屋の主人に温泉のことを聞くと、森の中にそんなような場所があるという伝説があるとのことだった。
なぜ主人が伝説などという言い回しをしたのかと言うと、そういう話は聞いたことがあるが、温泉を見たものはいないという。
一年中霧が濃く、入った者はすぐに村へと帰ってきてしまうか、そのまま帰って来ないの二択らしい。
それでも俺たちはそれにチャレンジしたいと森に入ったのだが、案の定つかささんと早々にはぐれてしまった。
「いったいどこに行ったんだ?」
探さずにじっとしていた方がいいのか? そんなことを考えながら歩く。幸い、モンスターのような類は出てこない。しかしこのまま迷い続けたらそれこそ遭難しかねない。
「せめて村にでも帰れれば、、、ん? あれは?」
霧の中に人影が見えた気がした。
つかささんか?
違ってもいい。とりあえず話しが聞ければ。
そう思い駆け寄る。
「ん? 硫黄の匂い? ひょっとして温泉? つかささん?」
俺の問いに人影が振り向く。そして、、、
「きゃぁぁぁぁぁああ!!」
その人影は悲鳴を上げ、平手打ちが俺の頬を捉えた。
俺は頬をはじかれ、強制的に顔の向きを変えられるとそのまま痛みにその場へうずくまった。
そう、霧の中、一瞬見えたその姿はつかささんとは別の女性の裸体だった。
「いったい何事?」
そこへ、先ほどの悲鳴を聞きつけたのか、俺の前につかささんが現れる。
俺のピンチに駆けつける救世主。いやこのタイミングはひょっとしたら敵が増えたのかもしれない。
「何やってんのアンタ」
「つかささん。違うんです、霧の中、つかささんを探してたら裸の女性がいて、、、」
「えっ? 裸の女性?」
つかささんは現場の確認をする。
そして俺の方をもう一度見る。
「見たの?」
「えっ? えーと、チラッと、一瞬、不可抗力で、、、」
「死ね」
うずくまっている俺の顔面につかささんのつま先がめり込んだ。
そして彼女の足先は、俺の意識をどこかへと蹴り飛ばしてしまった。
「うっ」
目を覚ます。
まだ顔が痛い。
いまだに森の中だった。
目の前にはつかささんと先ほどの裸体の女性が談笑していた。ちなみにその女性はもう服を着ている。
「あっ気がついた? 変態」
「変態言わんで下さいよ。言ったでしょ、不可抗力だって」
「でも彼女の裸を見たのは事実でしょうよ」
「そうですけど。こんな森の中で裸の女性がいるなんてわからないじゃないですか」
そう言いながら彼女の方を見る。彼女は俺と目が合うとムッと両頬を膨らませるとそっぽを向いた。
完全に嫌われたらしい。
そこで一つのことに気付く。
彼女、人間じゃないのか?
透き通るような金髪。そして同じく透き通るような白い肌。細い身体。長い手足。そしてなにより特徴的なのがピンと鋭く尖った耳だ。
「ひょっとしてエルフか」
「知っているの?」
「まぁファンタジー小説なんかでは定番の種族ですよね」
「そう。彼女はエルフのエルネスティーネ。彼女もこの森の温泉に入りに来たらしいの」
「あなたのおかげで入りそこねたけどね」
「悪かったよ」
俺は頭を下げる。
この世界にもエルフがいるのか。マンガやアニメに出てくるエルフそのものだったが、実物はやはり全然美しい。まるでモニターの中から飛び出してきたような、むしろ俺が中に入ったのか。そんな感覚である。
彼女の方をもう一度見る。まだ怒っているようだ。そんな彼女を見ていられなくて、視線を外すとすぐそこに温泉がある。
「二人はまだ温泉には入っていないのか?」
「意識を失ったアナタをほったらかしてはさすがにね」
「じゃあ入ってくれば? 俺は後ろ向いておくからさ」
「そんなの信用出来るわけないじゃない!」
エルネスティーネが声を荒げる。
しかしそれをつかささんがなだめる。
「まぁまぁエル。ここは考えがあるから」
「「考え?」」
俺とエルの声がかぶる。
そして、、、
「なんだこれ!」
俺は目隠しをされ、両手両足を縛られ、さらに近くの気に縛り付けられた。
まったく何も見えない。身動きも取れない。
「さぁこれで安心でしょ。入りましょ、エル」
「そうね、これなら大丈夫よね、つかさ」
くそう、目の前で女性二人が風呂に入ろうとしているのに、何も出来ないとは、、、
そこで一人、近づいてくる気配を感じる。
「本当に見えていないの?」
「ん? エルか? んほ! 何!?」
「本当みたいね」
急に脇腹をつつかれる。どうやら俺が本当に見えていないのか確認しているようだ。
「じゃあ、、、」
「えっ、何の音? 衣擦れ?」
「目の前で服を脱いでもわからないでしょ」
えっ、マジか! 目の前でエルが服を脱いでる。しかも焦らすように一枚一枚ゆっくりと。これはむしろこういうプレイとしてはご褒美なのでは?
「ちょっと、さっきより気持ち悪い顔になってるよ。本当に見えてないんでしょうね」
「うぐっ!」
脇腹を今度は軽くドつかれ悶絶する。
「エル! そんなの放って置いて早く入りましょ」
二人が遠ざかっていく音が聞こえる。
そしてチャプンという温泉に入る音。お湯を肩に掛ける音。
目が見えない分、耳の感覚が研ぎ澄まされて臨場感がすごい。
やばい、興奮する。
何か別のことを考えるか。そういえば、エルフのエルってめっちゃ適当よな。
そんなことを考えながら時間が過ぎて行く。
そして二人が温泉をしばらく堪能し出てくると服を着込む音が聞こえる。
「じゃあそろそろ外してあげよっか」
つかささんの声が近づいてくる。
やっと開放される。そう安堵したやさき、、、
「えっ何?」
「ちょっと待って!」
二人の慌てる声が聞こえる。
何があった? まったく見えない。敵か? モンスター? 俺、縛られてるんですけど!
そこで急に視界が復活する。
目隠しが取れたのだ。
しかしつかささんが外してくれたという感覚はない。見ると、俺の顔の横、木の幹に矢が刺さっていた。
「矢!?」
ひょっとして、少しずれていたら俺、死んでた?
つかささんとエルが身構えている。
そして温泉の向こう側に3つの人影が見えた。
その人影は温泉の中に入り、、、入らない!? 温泉の上を歩き、こちらへと近づきてきた。
三人はエルと特徴が似ている。エルフだ。三人の内、一人が弓矢を持っている。さっきの矢は彼女が放ったモノのようだ。
「何をやっているエルネスティーネ」
「ゾフィ。違うの。ただ温泉に入ろうと、、、」
「またお前は村を抜け出して温泉なんぞに。あれほどダメだと言ってあっただろう」
ゾフィと呼ばれた真ん中の女性が怒りをあわらにしている。
どうやらエルの知り合いのようだ。
「それに、なぜ人間と馴れ合っている」
「これには訳があって」
「わけ?」
「私が温泉に入ろうとしたら人間の男に覗かれて」
「大方、お前が無警戒に温泉に入ろうとしたところたまたま通りかかった人間の男と鉢合わせしただけだろう」
うわー、ゾフィさんめっちゃ話しわかるー。
「そっそれは、、、」
「もういい。帰るぞ。ウルズラ、エルネスティーネを連れてこい」
「はい」
「ちょっと離してよ。逃げないって」
「ゾフィ様。あの人間どもはどうしましょう」
「まぁ害はなさそうだ。放っておけコジマ」
弓矢を構えたコジマと呼ばれたエルフは、構えを解いた。
それを見てちょっと安心する。
「お前たち、今日見たことは忘れろ。もし他の人間どもに他言したら見つけ出してコロス」
いくぞとゾフィの一声で四人は霧の中に消えていった。
「いったいなんだったのかしら」
「そうですね。それより俺の縄、ほどいてもらえません?」
「あっそうね。ごめんね」
そうして俺はやっとのこと、開放された。




