冒険者の村④
「それは本当かね、旅の者よ」
「えぇ間違いないわ。あれはカリカリの巣よ。それもかなり大規模な」
俺たちは村長の家に着ていた。
そこには村長であるレギー、息子のライリー、そして俺たちの部屋へとやってきた弟のトミーがいた。
トミーが俺たちの部屋へとやってきた翌日、彼の願いを聞き入れカリカリの巣を探しに出かけた。
少し離れた場所だったがすぐに見つかった。洞窟からは無数のカリカリが出現しており、洞窟の外まで腐臭が漂っていた。
中がどういう状況かは想像もしたくはなかったが、おそらく巣で間違いないだろうと俺たちは結論付けた。
村から洞窟に向かう途中でもかなりカリカリに襲われたし、おそらくカリカリに返り討ちにあったであろう冒険者の死体もいくつか発見した。
ちなみに、お金になると何匹かのカリカリの死骸を持って帰ろうかと提案したがつかささんに却下された。
荷物が増えると、カリカリの集団に襲われた時に逃げ切れなくなる恐れがあるからだそうだ。
「ね? 言ったでしょ父さん。冒険者さんたちが倒してる数より、カリカリの増えている数の方が圧倒的に多いんだ。このままだと本当に村が危険になる」
「しかしだなトミー。カリカリは、もはやこの村にとって一つの産業として成り立ってしまっているんだ。カリカリの巣を潰し、カリカリがいなくなれば冒険者もやってこなくなる。そうなれば村人たちの生活も成り立たなくなるのだよ」
「でも、、、じゃあ、どうしろっていうのさ。どのみちこの村は終わるってこと?」
「物事はそう簡単ではないのだ」
「兄さんも何か言ってよ」
「、、、」
ライリーは腕を組み、目をつむったまま何も言わない。
それを見てトミーは悔しそうにうつむいている。
「つかささん、何かいい方法はないんですかね」
俺は小声で問いかける。
「うーん。難しいわね。村長の言い分も確かだし。それにこの村は村長に依存している節がある。村人たちで相談して決めるのではなく、村長にすべての決定権があるのよ。その分、村長には村を守る責任がある。村人の生命もだけれど、経済的にもね。私たちのような突然現れた旅人にはどうすることもできないわ」
結局話は持ち越しになり、俺たちは宿屋へと戻ってきた。
これからどうするのか。
もし村がこのままだというのなら、ここに留まる理由もない。なんなら、いつカリカリの大群が押し寄せてくるかもわからない。そんな危険な村に長居する理由もない。
「次の温泉地、、、か」
そう言いながらスパ本を眺める。
そこでまた部屋の扉がノックされる。
俺の横でウダウダと転がっていたつかささんが起き上がるが、俺が出ますと言ってそれを制すと、立ち上がり扉を開けた。
やはり立っていたのはトミーだった。
「どうしたんですか?」
「すみません、やしろさん。兄さんが帰ってこないんです」
「何だって!」
「ねぇやめようよー」
「そういうわけにもいかないでしょう。なんならつかささんは戻ってていいですよ」
「それこそそういうわけにもいかないじゃない、、、」
「えっ、なんですか?」
「せっかくお風呂に入ったのに汗かいて気持ち悪いって言ったの!」
「すみませんつかささん。温泉には帰ったあと入れるようにしますから」
俺とつかささんにトミーも付いて来た。
トミーは、長剣に鉄の丸盾。それに鉄の兜を被っているが、まったく様になっていない。
訓練はしているとのことだったが、あまり期待は出来そうにない。
逆に足でまといにならなければいいが。
夜の森の中を松明を灯して歩く。
松明の灯りが木々に反射して少し明るく見えるが、それも近くだけで森の奥の方は全く見えない。いつカリカリに襲われてもわからない。
つかささん曰く、逆に松明の炎に驚いてよってこないだろうとのことだが、それも動物ならの話でモンスターだと話は違う。
そのまま俺たちは昼間に見つけたカリカリの巣の付近までやってくる。
「あっあれ!」
トミーが走り出す。
俺たちも一緒になって走る。
やはりそこには傷だらけのライリーが倒れていた。
「兄さん、しっかりして!」
「トミーか。なんでこんなところに」
「よかった。やしろさんつかささん、まだ生きてます」
「よし、急いで連れて帰ろう」
「とりあえず、邪魔になりそうな装備品は外して。あと止血よ」
先ほどまでダルそうにしていたつかささんはテキパキと処置を始めた。
そして俺たちはライリーを連れて村へと戻ってきた。
「おお、よかったライリーよ。無事で良かった」
ベッドに寝かせたライリーの手を握り、レギーと婦人が涙を流して喜んでいた。
「本当に良かった、兄さん」
「すまんトミー。助かったよ」
「なんであんなところに、、、」
「やっぱり村が危険だと言われて、じっとしていられなくてな。なんとか自分一人で出来ることをしようと、お二人さんの言っていたカリカリの巣へ向かったんだが、見事に返り討ちにあったよ」
「でもよく無事で、、、」
「道中で倒したカリカリの死骸を置いて逃げたら、あいつらそれに群がってやがった。本当におぞましい連中だ」
「それで、、、」
そこでトミーが俺たちの方を見ると、一つ頷くような素振りを見せた。
何かを決心したようだった。
「父さん。もう一度お願いします。カリカリの巣壊滅の許可を下さい」
「あぁ。ライリーをこんな目に合わせたんだ。徹底的にやってくれ」
そして翌日、トミーは村にいた冒険者を全員集めた。
「先日、カリカリの巣を発見しました。奴らはものすごい勢いで増殖を繰り返しています。これよりカリカリの巣の壊滅作戦を行いたいと思います。当然、報酬は払います。ぜひ皆さんに参加して欲しい!」
全員ではなかったが多くの冒険者がその作戦への参加を表明した。もちろん俺たちも参加することにした。
作戦は冒険者全員で立てた。それをトミーがまとめる形となった。
作戦指令はトミー、参謀はつかささんだ。当然俺は一兵卒である。
そして準備期間を経て、作戦は決行された。
冒険者の一人が、カリカリが避けている草があると言っていた。
俺たちはそれを集めてきて、洞窟の前でそれを燻し、みんなで作った巨大な扇で洞窟内に送り込んだ。
すると、ものすごい数のカリカリたちが洞窟から飛び出してくる。
それを見たつかささんは顔を背ける。まぁ女性にはキツイ光景だ。
俺たちは洞窟を囲むように堀を作っていた。そこに次々とカリカリたちが落ちていく。しかし奴らは簡単にそれを這い上がってくる。
しかし堀の中には油を撒いてあり、トミーの掛け声と共に冒険者たちが一斉に松明を投げ入れる。
燃え上がる炎にカリカリたちが焼かれていく。
それでも逃れてきたカリカリを、俺たちで一匹づつ仕留めていった。
そして最後、簡易の酸素マスクを装備した数人で洞窟内部に入り、完全に巣を焼き払った。
俺もそこに参加させられたのだが、数日間は夢に出てきそうなおぞましさだった。
正直、これに関しては特別手当でも貰わないと割に合わない。
そして、作戦は完了した。
その日の夜。村の広場では作戦成功を祝うパーティが行なわれた。
「本当にありがとう。君たちのおかげで村が救われたよ」
レギーに深々と頭を下げられる。
「いえ俺たちは、、、」
「そうです。報酬のためにやっただけですよ」
つかささんは半分酔っ払いながら突き放すようにそう言った。まぁあまり相手を気負いさせないためかもしれない。
「それでも二人には感謝してる。俺の命があるのも君たちのおかげだ。ありがとう」
包帯だらけのライリーは椅子に座ったまま、手を差し出してきた。俺はその手をとる。あまりのゴツさに驚くが、負けないようにしっかりと握った。
やはりつかささんもこういうガッシリした手の男がいいのかな。そんなことを思いチラリと彼女の方を見るが、彼女はそんなことはお構いなしに浴びるように酒を飲んでいる。やはりカリカリは苦手だったようで、口では言わなかったが今回の作戦もきっと乗り気ではなかったのだろう。このやけ酒はそれを忘れるためのものなのかもしれない。
「お二方。楽しんでますか?」
「ありがとう、トミー。楽しんでるよ」
「良かった。今回の作戦が成功したのもお二人のおかげです。お二人は村の救世主ですよ」
「でもこれからどうするんだ? カリカリ目当ての冒険者への観光産業はもう無理だろ?」
「それはこれから村人たちと考えます。温泉はあるんです。何か新しい産業を作りますよ」
「実際にここの温泉には、あなたのお爺さんが体験したように、傷を癒す不思議な力があるみたいだから、それを売りにして怪我人や病人の療養地にするのもありなんじゃない?」
酔っ払ったつかささんがアドバイスしてくる。酔ってはいるが話は聞いていたようだ。
「あと、カリカリもこれで本当に壊滅したとも思えない。たまたま巣にいなかった数匹がまた新たな巣を作る可能性だってあるわ」
「わかりました。その時は兄さんや村のみんなと協力して、早めに対処します」
「兄弟、仲良くね」
つかささんはフフッと笑って見せた。
俺たちはカーランの村を出て、新たな温泉地へと向かった。
「それにしてもサイテーな村だったわ。デッカイねずみのお化けみたいなのばっかりで」
「でも温泉や食事は楽しんでたじゃないですか」
「あと、むっさい男ばっかりなのも鬱陶しかったわね」
「やっぱりイヤだったんだ。じゃあ、つかささんはどういうタイプの男性が好みなんですか?」
ちょっと勇気を出して聞いてみる。
「そうねぇ、、、しばらく男はいいかな。可愛い女の子がいい。女の子のいっぱいいる温泉とかないの?」
「ないですよ。そんなとこ」
俺からスパ本を奪い取りペラペラとめくり始めるつかささんに、俺はため息まじりにそう答えた。




