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冒険者の村➂

 温泉はやはり気持ちがいい。

 俺は露天の岩風呂に全身を沈めると、目を閉じて身体が温泉の熱に侵食されていく感覚を楽しむ。

 なぜ目を閉じるのか。

 それは、目を閉じた方が視界から得る情報を遮断することで、身体全体で温泉を最大限に感じられるから。それと、、、

 目を開けると、地獄だからだ。

 そう。目の前はオッサンだらけである。

 当たり前と言えば当たり前だ。

 村の中、エントランスと冒険者のオッサンばかりだったのだ。

 俺は極力、オッサンに絡まれないよう、視界にオッサンがフェードインしないように隅っこの方で小さくなっている。

 

「つかささんの方はどうなんだろ」


 見たところ、女性客の姿は見えなかった。

 きっと、広々と使えているのだろう。


「うらやましいな」


 今だけ女に生まれたいなと少し思ったりする。

 

「おう、横いいか?」

「えっ、あっ、すみません!」


 急に声をかけられ、なぜか謝ってしまう。何も悪いことをしていないのにすぐに謝ってしまうのは日本人の特徴だ。

 俺は身体をさらに小さくして、ちょっとだけでもスペースを作る。

 こんなところに来ないで向こうに行けよと心の中で悪態をつきながら、横に座った男の方を見る。

 男は先ほどエントランスで会ったライリーという男だった。


「あっ、どうも」

「やぁ楽しんでますか?」

「えぇまぁ」


 オッサンがこんなにいなければもっと楽しめるのだが。そんな言葉を押さえ込む。


「そうですか。良かった」


 ライリーは満足そうに笑みを浮かべる。

 ライリーの体はデカイ。体格もガッシリしている。俺よりも冒険者のような体つきだ。


「うちの祖父がね。ここにやってきたんですよ」

「おじいさんが?」


 唐突に語りだしたライリーに俺は相槌を打つ。


「うちの祖父は冒険者でね。このあたりにやってきた時に襲ってきたモンスターが強敵で、なんとか倒すも傷だらけだったらしい。そんな時、たまたまこの辺に住んでいた変わり者の一家がいたらしくてね。彼らに助けて貰ったそうなんです」

「へぇ」

「そこの主人がね。近くに温かい泉がある。そこに入ると傷や病気の治りが早いと言ってね、娘さんに祖父を案内させたそうなんです。祖父はその温泉で身体を癒すんですが、温泉をいたく気に入りましてね。その一家に温泉宿をやらないかと持ちかけるんです。結果、うちの祖父とその娘が結婚して、この宿屋を大きくしていったというわけです」

「いい話ですね」

「でしょ? だから祖父も父も、もちろん自分も冒険者の方々が好きなんですよ。そんで、より多くの冒険者にこの温泉を楽しんで欲しいんですよね」

「だから宿泊と温泉が無料なんですね」

「そうなんです。いい案でしょ?」


 そんなことをしたら、回転率が悪くなりそうなものだが、そこは上手くやっているのかもしれない。


「そう言えばライリーさん。一つ疑問に思ったのですが」

「なんです?」

「村の外に大きな畑がいっぱいありましたよね? あれは、、、」

「そうですね。この村は、村人以外にも多くの冒険者を食べさせなくてはいけません。なのであのくらいの農地が必要なんですよ」

「維持が大変そうですね」

「そりゃまぁ。それは村人総出でやってます。この村では村人のほとんどが農民なんですよ」

「でも気になったのが、畑に柵がなかったんですよね。モンスターはいるのに、柵は作らないのかなって」

「実はね。必要ないんですよ。冒険者が倒してくれるんでね」

「でも冒険者に報酬を渡してますよね。柵を作ったほうがよくないですか?」

「柵はモンスターに壊される。維持に時間も労力も取られる。またモンスターから守るための自警団を作ればそれはそれでお金がかかる。冒険者に報酬を渡したほうが安くつくんですよね」

「なるほど」


 だからあえて村の防衛システムを作っていないのか。

 冒険者をタダで宿に泊める。モンスターを倒すと報酬が貰えるというのは、要は冒険者を村を守る傭兵として雇っているのと同じなんだ。

 結構考えられていて驚いた。


「では私はそろそろ上がりますね」

「あっ、はい、自分ももうあがります」


 お互いに同時に立ち上がる。

 それと同時に視界に、腰より少し下に垂れ下がった身体の一部に目を奪われる。そして少し情けなくなった。



 部屋に戻ると、つかささんは風呂上がりのストレッチをしていた。


「おかえり。やしろくんにしてはずいぶんとゆっくりね。いつも私より早いのに」

「ライリーさんとお話していたんです」

「あぁ、この宿の主人の息子だっけ。ガタイの良い方? やしろくんとは合わなさそうなタイプだと思ったけど」

「向こうから話しかけてきたんです。避ける理由もないでしょ」

「変なことされてない?」

「何をニヤついているんですか。ないですよそんなこと。当たり前でしょ? 他にもお客さんいるのに」

「そりゃそうか」

「それよりどうしたんですその服。そんなの持ってましたっけ」

「さっき売店で買っちゃった」


 そう。彼女は大きめのシャツを着ていた。

 男モノなのか膝上くらいまで隠れていて、下には何も履いていない。もちろん下着は着ているだろうけど。


「これいいね。肌触りもいいし。寝巻きにちょうどいいかなって。風呂上がりの汗も吸ってくれるの」

「、、、そうですか。良かったですね」

「何よ。また服買ってとか思ってるの?」

「別に思ってませんよ。思わぬ報酬も入ったことですし。別にいいんじゃないですか?」

「じゃあ何が不満なのよ。あなたも買ってくればいいじゃない」

「別に不満なんて、、、」

「何よ面倒くさい男ね。言いたいことがあるならちゃんと言いなさいって。これからしばらくはずっと二人っきりのこういう生活になるのよ。気持ち悪いじゃない」

「じゃあいいますけど。さっきからストレッチするたびに、見えそうで目のやり場に困るんですよ」

「そんなこと気にしてたの? いい加減に慣れなさいよ。何日間一緒に旅をしてると思ってるのよ」

「じゃあつかささんはもう慣れたって言うんですか?」

「当たり前でしょ。あんたもさっさと慣れなさい。それとも、慣れるための訓練が必要?」


 そう言いながらつかささんは、裾を少したくし上げて見せる。


「挑発しましたね。知りませんよ。俺も男なんです」

「あっ、ちょっと」


 俺はつかささんをベッドに押し倒すと彼女に覆いかぶさる。

 彼女は少し不安そうな表情を浮かべる。こういう時に女子を出すなよと思う。しかし不安そうにするだけで押しのけたりと抵抗はしてこない。

 いいのか?

 一瞬これで俺たちの関係が終わるんじゃないかと思い少し逡巡する。

 そこで部屋をノックする音がして、俺は慌てて飛び退いた。

 つかささんを見ると、恥ずかしそうな、残念そうな、でもホッとしたような表情をしている。

 行ってよかったのかどうなのか。そんなことを考えながら部屋の扉を開けた。

 そこに立っていたのはライリーの弟のトミーだった。


「どうしたんですか?」

「すみません。やしろさんとつかささんに少しお話があって」


 そういう彼を俺は部屋へと招き入れた。


「話とは?」

「実はカリカリのことなのです」

「カリカリって、俺たちが昼間に仕留めた?」

「そうです。実は最近やたらと数を増やしているような気がして」

「数、ですか」

「そうなんです。冒険者の方や兄さんが仕留めてくるんですが、その量が日に日に増えているんです」

「いいことなんじゃないの? それだけ駆除出来てるってことでしょ?」

「確かに。カリカリはそれほど強いモンスターではありません。ですが、あれでもまとまると結構厄介なのです。実は、冒険者がカリカリを倒して持ってくる量も増えてますが、カリカリに襲われて死んでしまう冒険者も増えてきているんです」

「それ本当なの?」


 つかささんは驚き俺と目を合わせる。

 確かに俺たちも四匹で手一杯だったあれ以上がいっぺんに襲ってくるとなると、手に負えない。


「駆除数が増え、カリカリの数が減っているならやられる冒険者の数も減るはずなんです。でも増えている。こちらが狩っている頭数よりも早いスピードでカリカリが増えていると思うんです」

「やっぱりそうなんですかね、つかささん」

「まぁそう考えるのが自然よね。どこかに拠点、つまり巣があってそこで繁殖して爆増している可能性はあるわ」

「じゃあ、、、」

「いつか腹を空かせたカリカリたちが一斉にこの村に雪崩込んでくるわよ」

「そんな、、、なんとか出来ませんか?」

「お兄さんやお父さんに相談はしないの?」

「したのですが、あしらわれてしまって。カリカリが増えれば冒険者も増える。そうすれば村が活気づくだろうって。カリカリがいなくなれば、冒険者が来なくなってこの村が衰退するだろうと」

「安直ね。冒険者が返り討ちに遭ってるってことが知れ渡れば冒険者も来なくなるわよ。そうすればこの村を守る人もいなくなるわ。賞金稼ぎってのはね。実はお金より自分の命を一番に考える生き物なのよ。高い報酬でも、自分の命が危機にさらされたら一目散に逃げるわ」

「つかささん。どうにか出来ませんかね」

「巣を叩くしかないわね。それにはまず巣を見つけて、巣の周辺の状況を確認して作戦を立てないと」

「なんとか、お願いします」


 深々と頭を下げるトミーに、俺たちは仕方ないと頷いて見せた。


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