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コンビニバイトの鮎川

作者: 幸本勇作


鮎川隆は、コンビニ店員である。


深夜のコンビニを守るのが彼の役目。

明けない夜はないように、客の来ないコンビニもない。

特にここ、決して田舎ではないコンビニでは、今日も色々な客が来る。



「いらっしゃいませー」

鮎川は真面目だ。

店長に言われたことはきちんとこなす。

今日は一人でコンビニ一つを回さなければならないが、サボることなく鮎川は接客をする。


「こちら、温めますか?」

「温めんに決まってんだろ!おにぎりだぞ!?」

おにぎりを温めるかは人によると思うけれど、決して鮎川はそんなことは言わない。

少しお辞儀をしてから、お客に背中を向けレンジの扉を開け、温めを開始する。


「パネルの年齢確認のボタンをお願いします」

「ああん!?俺が20以下のガキに見えるってか!?舐めてんのか!?」

20歳未満だよ、20歳は含まないんだよ。とか、お前の顔を見れば誰がどう見ても若いなんて言葉は出てこないわ。とか、夜中なのに似合わないグラサンかけて、自分で視野を狭めて何が楽しいんだバカか?とか、決して鮎川は言わない。


たとえ、「チャラ男」「ちょいワル」「息くさい」確実に時代遅れな姿をしているおっさんの態度に、だんだんとイライラしているとは言え、決して口に出さない。


鮎川は真面目なのだ。


「申し訳ありません、決まりですので」

「ったく、決まりは破るためにあるんだよ」


破るためにある決まりなんて存在するわけないんだよ。と思っても口にも態度にも出さない。


臭い、ダサい、気持ち悪い、何ならぽっこりお腹が出ているのにも裸にアロハシャツを着ているなんて気色悪くてしょうがないと思っても、鮎川は普通に接する。

鮎川は無表情で怖いとよく言われる顔だが、人に気を遣える優しいところがあるのだ。


文句を言いながらも、男は年齢確認のボタンを押す。


「ポイントカードはお持ちでしょうか?」

「持ってねぇよ、そんくらい分かれや!」


顔でポイントカードの有無を判断できるわけないですよね。って言葉が口元まで出るが、止める。

男は常にイラついている様子。こういう時はさっさと帰ってもらうに限る。


鮎川は、夜中のコンビニバイト歴が長い。

だからこういう客にも冷静に対処することができる。お辞儀をしてから、レジの会計を出す。


「2320円になります」

「はぁあ!?んなわけあるか!?」

突然の大声に、流石の鮎川も少し驚いて嫌なおっさんの顔を見てしまう。


「ちゃんと計算したんだろうな!?」

「え、はい」

威圧的な言葉に、鮎川は動揺しながら、もう一度商品の点数を数え直し、レジの商品と照らし合わせる。

再確認には30秒もかからず終わった。やはり合っている。合計2320円だ。


「確認し直しましたが、2320円になります」

「ああん、ちっ、たけぇんだよ。もっと安くしろや!酒とタバコ、飯と3点セットだボケ。セット割で安くしろや!」

「でき・・・」

できるわけないだろ。何が3点セットだ。

この時間の客は大概この3点なんだよボケ。とついにはちょっと口から出てしまう。


鮎川は急いで黙る。

「申し訳ございません」

そして鮎川は謝る。頭を下げる。

謝ることなど一つもないのはわかっている。

しかし、ここは謝ってしまった方が大事にならずに終わるのを知っているからだ。


「ちっ、融通効かねぇやつだなぁ」

渋々、おっさんはお金を出した。

一枚二枚と小銭を出していく。


「ほら、さっさと会計しろよ」

鮎川は戸惑う。


なぜなら、くそのおっさんが出したのは、全て小銭だったからだ。


2320円すべて小銭って、すべて百円玉としても23枚、数えるだけで一苦労だ。

しかも見るからに百円玉だけじゃない、むしろ百円玉よりも十円玉の方が多く見える。舌打ちをしたい気持ちを抑えて、鮎川は数え始める。


「早くしろや、何分かけてんだ、こら!!」

自分がめんどくさい小銭を出したのにも関わらず、カウンターの机を蹴る。


せっかく数えているのに、揺れのせいで数えた側と数えてない側がわからなくなってしまった。2000円まで数えられたのに・・・

「ああん!?んなに睨んでんだボケ!!」

常に冷静で真面目な鮎川も流石に表情に出てしまったらしい。

すぐに下を向いて小銭を数え直す。


最悪だ。

鮎川はもう一度小銭を数え直して、そう思った。

「お客様、こちら2310円です。あと10円足りません」

「ちゃんと数えたのかよ!!?あるに決まってんだろ!?俺をバカにして、金巻き上げようとしてんじゃねぇのか!?」

そんなわけないだろ。10円のためにめんどくさいお前にそんなことするわけないだろう。鮎川は思ったが口に出さない。

再び頭を下げ、謝る。

鮎川は深夜のバイトで学習している。

とりあえず謝っておけば、なんやかんや丸く収まるということをだからとにかく都合が悪くなったら謝っておく。これが深夜のコンビニバイトの鉄則なのだ。


男は舌打ちをしてから、財布から千円札を出した。


最初からそっち出せよ。って言いたい気持ちを我慢して、鮎川は会計を済ませる。


「ったく、ほんとこれだから、バイトってダメだわ。教育がなってないんだよ。こんなとこでこんな時間にバイトしている時点で終わってるってことだわな!」

仏の顔も三度まで、そんなことわざがあるように、流石の鮎川にも我慢の限界というものがある。


とはいえ、決してお客さんに切れるなんて事はしない。

後で更衣室の中で大声出してストレス発散でもしようと決意するくらい。

「お客様は神様だってんだから、もっと謙れっての!!」


・・・


「何が、神様じゃボケェ!!!!」


突然の大声に男は咥えていたタバコを床に落とす。


拾う隙など与えず、鮎川はカウンターごしに男に掴みかかる。


「お客さんが、神様!?はぁ!?、ならテメェで会計ぐらいしやがれってんだ。黙って年齢確認のパネル押せや!黙って、金払えや!!!神様ってのはわがままを言うってのか!?テメェ何教だボケェ!、神様がなぁ、こんな、気持ち悪いグラサンかけて、気持ち悪いファッションして、深夜のコンビニに来るような暇人なわけないだろが!!」

「て、テメェ、お客に向かってなんだその態度は、店長を呼べ!、これは問題だぞ!」

「問題なのはテメェの頭と、クセェ息だ!!客も店員も同じ人間じゃぁああああああ!!」

あまりにも大きな声に、コンビニ自体が震えている気さえする。


男のグラサンもズレおちる。

男は後退りしながら、鮎川から離れる。圧倒されているのだ。


「ゼッテー覚えとけよ!」

そう言って、男はコンビニを出ようとする。


「待てや!忘れ物だああ!!」

鮎川は、男が温めを要求していたコンビニのおにぎりを立ち去る男に向けて投げた。


「あっちーー」

コンビニの外でそんな声が聞こえる。



鮎川は真面目だ。深夜のコンビニだからといって、手を抜く事はしない。

しかし、我慢の限界だってあるし、冷静さを失い怒りをぶつけてしまうこともある。

しょうがないよね。


鮎川だって、人間なんだから。


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