表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂愛賛歌  作者: 喜木 海二
1/1

好きの形

    『重愛賛歌』

 喉元にカッターナイフがある。

 何も自殺しようとしているわけではない。ただ、目の前のワンピースを身にまとう同級生に殺されかけているのだ。

 ただ、殺されてみるのもいいかもしれないと思った。明日の学校が憂鬱だから、次のテストが面倒だから。

 ただ、彼女が人を殺した罪に問われても良いと思えるほどの理由が知りたい。殺される価値のある理由ならば冥土の土産にもってこいではなかろうか。

 背中に当たるブロック塀の感触をあじわい、夜の風を堪能しながら僕は言う「最期になるだろうから僕を殺す理由を教えて」と、

 冷たい真っ直ぐな黒さを持つ目を僕に向け悲しそうな顔で彼女はゆっくり語り始めた。

「二か月ぐらい前だけど」

     

 二か月前彼女はいじめにあっていた。

クラスメイトは彼女をロングヘアーで前髪が長いところが貞子の様だからと彼女を貞子と呼んだ。

僕はと言うと触らぬ神に祟りなしとばかりにいじめをただ見守った。そんなある日、席替えがあり彼女と席が横になった。

近年、学びあいを深めるという目的でペアワークが増えている関係で彼女と一緒に作業をする機会が増え、授業のこと以外も話すようになった。

彼女は意外にも明るい性格で人見知りをちょっとするというところと前髪が長すぎるところを除けばクラスの中心人物であってもおかしくはないような女の子だった。

彼女とは次第に授業間の休みから昼休みに当たるまで一緒に過ごすようになり、いじめは一緒にいる時間が長くなるにつれで止んでいった。

そうして二か月がたった。

     

「嬉しかったんだ、いじめから救い出してくれたこと」と消えてしまいそうな声で言う。

「だけどさ、許せない」

彼女は持っていたカッターナイフを血を出さんばかりに押し当てる。すると赤い流れが僕の首を伝っていく。

「浮気したよね」

彼女は吠える、だが心当たりがない。そもそも僕と彼女は付き合っていない。

「あのさ、えっと、付き合ってたっけ?」

 刺激しないようにゆっくり言うと彼女はショックを受けたように膝から崩れ、シクシクと泣き始めた。

 彼女の弱弱しい姿を見ていると少しずつ可哀そうになってきた僕は彼女を慰めに行こうとする。

大丈夫? としゃがんで話を聞こうとした時、文房具の鋭い刃が僕の目の前を横切った。

「殺す」

 彼女が立ち上がり、カッターナイフを右へ左へ振り回し突進してくる。僕は全速力で逃げるがすでに追いつかれそうだ。

僕は曲がり角で立ち止まり後ろを振り返ると、ちょうど彼女が曲がり角を曲がってくるところだった。彼女は止まるとは思ってなかったらしく一瞬驚いた顔をしたがすぐに殺意に満ちた顔になった。

しかし、僕は彼女が驚いた一瞬の隙を突き彼女に突進し彼女の手からカッターナイフを取り上げた。

すると彼女が今度はワンワンと泣き始めた。

僕には彼女が可哀そうに見えた。弱々しく泣く姿は狂気的な殺人者ではなく一人の女の子だったからだ。

泣き止むまで待った。そしてなんのことを浮気と言っているのか聞く。

すると、彼女は睨むように僕を見る。

「とぼけないでよ、今日私以外の女の子と喋ってたでしょ」

涙声で鼻水をすすりながら吠える。

確かに喋った。だがそれは事務的な一言二言の連絡のようなものだった。それでも彼女にとっては同じことなんだろう。

「ごめん、喋った」

「ほら浮気じゃん」

 今度は武器もないので襲い掛かってくるようなことはなかった。

「浮気じゃない、だって僕ら付き合ってもないし」

「付き合ってるもん、六月の二五日に博光が告白したんだよ」

 博光とは僕の名だ。彼女は必死に伝えるのだがその記憶は一向に思い出せない。それどころかその日は休んでいた記憶が奥底から出てきた。

この娘はやばい娘かもしれない。妄想の果てに現実と妄想の区別がつかなくなった危ない娘なのかもしれない。

 でも、

彼女がやばい娘なら僕はそこを好きになればいい。だって僕は彼女が好きなのだから。

    

 ほんの一か月ほど前の事だ、ふとした瞬間彼女の横顔が視界に入った。

前が目元まで、後ろは腰まである長いロングヘアーの間から見える綺麗な顔が胸を苦しめる。

初恋だった、でも好きになってはいけない気がした。

 そのまま想いを伝えられないままだった。だからカッターナイフを突きつけられた時、実は少しドキッとした。

自分が好きになったことで迷惑がかかったのではないかと、そのため復讐に来たのではないかと。

もしそうなら殺されてもいいと思った。彼女の迷惑になるぐらいなら死にたいと思っていたからだ。

自分の前でだけ明るく優しく時折幼さを輝かせる彼女の姿が好きだった。

     

 「わかった、わかったから。付き合おう。君さえよければだけど」

彼女は僕が意地悪な人間であるかのように優しい睨み顔を僕に向けた。

「もう付き合ってるじゃん」

あくまでそこは譲らないようだ。

「だったね」と僕は当り障りのない返しをする。

「それでさ、浮気の件なんだけど」

 もう彼女は殺意にまみれた顔をしていなかった。怒り疲れと言うやつだろうか、怒り続けるとだんだん疲れてくるので怒りが治まるとこの前読んだ本に書いてあった。

「許すからデートして」

僕は豆鉄砲をくらった。彼女のヤンデレのデレがいきなり姿を現したからだ。

もちろん二つ返事でオッケーした。

「それでさ、今日の分の、その、埋め合わせでっでデートだけじゃだからその、キスしてよ」

 心臓が火を噴き脳が活動をやめる。

付き合ってからのピッチが早すぎる。

 少なくとも僕にとってはさっき彼女と付き合い始めたばかりなのだ。それなのに彼女は急かすように手つなぎやハグを抜かして体液交換をしようとしている。

さすがに無理だった。

弱虫な僕は「今度で良い?」と聞いてしまった。

「無理!今準備して」

少し不機嫌な顔をした後、眼を閉じ、口がキスを催促する形になった。

「いくよ」

僕はゆっくりと口に自分の口を近づける。十センチ、七センチ、三センチと徐々に近づいていく。

やっぱりまだ駄目だと止まろうとした時丁度柔らかい唇が触れた。そこから彼女の口から出てきた赤いものが僕の口に侵入する。僕の赤いものと彼女の赤いものが絡まりあう。口を大きく開いていないと彼女の舌を噛んでしまいそうだ。

やがて、彼女は舌を引き、唇を離した。そして強く抱きしめられた。僕も抱きしめ返す。

彼女の腕が首に食い込んで苦しい、しかしまぁ言わないでおこう。

「幸せ」

 幸せそうに顔をほころばせ彼女は言う。

 それを見た僕の心臓は踊るような速さで脈を打つ。

さらにぎゅっと抱きしめてくるので首がしまる。もちろん首がしまった状態でそんなことになれば待っているのは……

「大丈夫?」

気が付けば彼女に体を支えられていた。一瞬気絶していたらしい。

「今日はやっぱりデートいいから帰って」

 心配そうにしながら上目づかいで僕を見る。

「わかった」

彼女の気づかいを無駄にしないよう僕は言う。きっとこのままデートに行ったならば彼女は数秒ごとに僕に気を配り僕の目の奥の深いところまで見て疲れていないか見ようとするだろう。

結局僕は彼女に家の前まで送ってもらいLINEを交換し別れた。

家に付くと早速LINEが来た。

送ったらすぐに返信が来るので夕食時までスマートフォンで雑談を楽しんだ。

夕食を食べ終わった後、ふとした時にLINEを見ると二〇〇件の通知が来ていた。

『なんで反応してくれないの?』『ねぇ』『他の女とLINEしてるの?』『ねぇ反応してよ』等家族に見られたらそんな娘とは別れなさいと言われかねないメッセージの数々が並んでいた。

 最後のメッセージは『今から博光の家行くから』となっていた。

 やばいと思った、彼女が家の中まで入ってきてカッターナイフを振り回そうものなら彼女の少年院生活が始まってしまう。

 急いで『待って』と打つが『待たない』と 十秒もしないうちに返ってくる。これは面倒なことになるだ。

急いで家の外に出るとカッターナイフ片手に彼女が走ってくる。

僕は両手を上げてスマートフォンを置く、すると彼女はカッターナイフをポケットに仕舞って徐々にスピードを落とし僕の目の前で止まった。

「なんであんな返信遅かったの?」

 僕を睨みながら静かに、激しい嫉妬のこもった声で言うで言う。

「夕食を食べててさ」

 言いづらいことを言うような気分だ。

 彼女は「LINE見せてもらうから」と僕のスマートフォンを拾いロックをいとも簡単に解除してみせた。もしかしたら僕がロックを解除しているときところを見ていたのかもしれない。

「ありがと」

そう言って彼女は僕にスマートフォンを返した。

浮気のうの字もないことが証明されたらしい。

ふぅと一安心したのもつかの間

「夕食食べるから返信できないって一言言ってよ、なんでそれが出来ないの?」

 彼女の説教が始まった。

「そういう事ちゃんとできないなら一日中ついてまわるからね、あと視線ほ……」

 彼女の話とはいえ説教は聞いていて退屈なものだ。

 説教を聞かずに彼女の怒り顔を見ていると「聞いてる?」と怒られた。

「ごめん、聞いてなかった」と謝罪の言葉を僕が発すると彼女は怒り疲れたのか大きなため息をついた。

 思えば今日この娘は怒ってばかりだった。そりゃ疲れるだろう。

「ごめんね、来てもらって」

 僕は彼女な顔を少し見る。

「ほんと心配させないでよ」

 彼女は怒った顔を作ってツンデレる

「家まで送ろうか?」

 夜に女の子一人で行かせるのはさすがに心配だ、たとえカッターナイフを振り回すような彼女でも。

「いいから」

彼女はそこのけとばかりに手をひらひらさせる。

あまり気を使いすぎるのも良くないだろうが心配なものは心配だ。

「ほんとに?」

「ほんとに! だってさ、私の家来た帰りに他の女の家よられたくないもん」

 彼女の顔は真剣そのものだったが、言っていることはコメディーか何かのように聞こえた。

流石に僕も女の子と付き合った当日に浮気はしない。というか僕は彼女一途、彼女onlyなのだから浮気をすることはない。

「そう、じゃあ気を付けて」

 僕が言うと彼女は磁石が磁気で引っ付くように僕に抱き着いた。

数分そのままの状態だったがやがて手を放し「じゃあまた明日」とつぶやくように言ってきた方向に足が重くなったのかと思うくらいにゆっくりゆっくり歩いて行ってやがて見えなくなった。

僕はその後も少し余韻に浸っていた。

彼女と過ごしたその少しの時間をかみしめていた。

どれくらい時間が経ったろうか、そろそろ家に入ってやることをやろうと、明日も学校があるからとドアの方に向き直った時だった。

彼女は戻って来た。街灯に照らされた彼女はあっと言う間に僕の前にやってきて「スマホかして」とてのひらをこちらに向ける。

どういう事だろうと頭の内に大きなはてなマークを秘めながらも応じた。

スマートフォンを見つめる彼女とその彼女を僕が見つめるという構図が数分続いた後、いきなり彼女は僕にスマートフォンを返した。何がどうしていきなり戻ってきてスマホを奪って数分間見つめている必要があったのかと聞くと彼女は言った。

「GPS入れてたの、どこにいるか心配しなくて済むでしょ」

 重い、ただただ重い、でもそこが好きな自分がいてしまう。

 彼女は「ふぅ」とため息をついた。浮気に万全の対策をしけて安心したのだろうか。

「じゃあそろそろ帰らないと」彼女はそう言って僕に引っ付く。何がそろそろ帰らないとなんだろうか。帰る気が米粒ほどもないではないか。

 まぁ帰ってくれなくてもいいかもしれない、ずっと一緒にいたい。

彼女という安心感の腕に包まれていたい。と思ったがストップ、また首に腕が食い込んでいる。

「絞まってる絞まってる」と伝えると「ごめん」と舌をペロッと出しながら謝る。

こいつ、一緒にいたいという前言は撤回しよう。

彼女はもう一度引っ付いてきて数秒、そのあとまるで今世の別れのように悲しそうな顔をして「じゃあ、またね」と言う。

しかし、薄暗い夜道を二歩三歩歩いて彼女は何かを思い出したように振り返り「やっぱり送って」と言った。

さっきは浮気だのなんだのと言って送っていらないと言っていたのに、と呆れ半分嬉しい半分以上で「しょうがないな」と言うと

「『いやいやだけどついて行ってやるよ』ってこと?」と試すように彼女は聞く。

「んまあそんなところ」と言うと彼女は「もう」と言って睨んで見せた。

 僕を試すなんて百年早いなんて思っていたが、その後数秒間彼女に睨まれ続けることによって僕が「ごめん、ついていきたいです」と言うことになった。彼女を手玉に取るなんて百年早かったらしい。

 夜道で二人、肩を並べて、というか重ねてに近い形で歩く。彼女がくっつく、背中から暖かさを感じる。

 街灯の明かりの下、僕らだけが取り残されたような世界を歩く。

一言も交わさないまま前へ前へ進む。お互いのぬくもりを感じながら。

 そんな幸せな時間はすぐに終わった。時間としては二~三十分あったのだろうが幸せな時間ほど早く過ぎるものはない。二人でいられる幸せを感じていたらいつの間にか彼女の家の前だった。

 彼女が離れたので「じゃあね」と別れを告げるが彼女は僕が別れを告げてもなお家に入っていこうとしない。

「あのさ、きょ……」

 彼女はもごもごしながら何かを言っているようだがうまく聞き取れない。

「え?」

「きょ・・・うさ、とま・・・てかない?」

 泊まりと聞き取れた時一瞬混乱したが、さすがに今日付き合い始めたばかりなのにそれは駄目だろうと「さすがに駄目だよ」と断るが彼女は「泊まって泊まって」と駄々をこねた。

 駄目な事なのだと僕は理性と戦いながら彼女を説得した。

 一時間たった辺りだろうか、結局彼女は折れた。

 彼女が折れたのはおそらく彼女が今夜しようと思っていたSEXという行為を付き合って日が浅いカップルがすると、男性は相手の女性に対する好意が無くなるという話をしたからだった。青ざめた彼女は「博光ならそんなことないもん」と弱弱しくは言っていたが「可能性はあるよ」と言ったら「わかった」と悲しそうな顔をした。

 彼女はゆっくりドアの方へ歩いていきいじらしい目をこちらに向け「またね」と言いドアの奥へ消えて行った。

 ため息が出る。

 今日一日彼女に振り回されたなぁなんて思いながら家路をトボトボ歩く。

 帰り道には巣で眠るはずのカラスが電柱に一羽とまっていた。

 カラスはこちらを見ると「カァ」と鳴いて闇の中に消えて行ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ