第 91 話 遥と妖精王
篤樹は遥と一緒に、開かれた扉の中へ進んで行く。体育館くらいの広さがある部屋だ。地下の割には天井も高い。10m間隔くらいで何本かの円柱が立ち、それによって天井が支えられている。
「あの扉なぁ……不思議な魔法が効いとるらしいよ。ウチと賀川にしかあの扉の文字メッセージは見えて無くってな、扉が開いてても他のモンには閉まっとるようにしか見えんらしい。こん前ウチが入った時はな、一緒におった子らにはウチが扉をすり抜けて中に入ってったようにしか見えんかったんて」
見えない扉……見えない通路……。タグアの裁判所の制限魔法みたいなもんかなぁ……。あれよりもっと強力なヤツかぁ……
「……いつ入ったんだよ、遥は……この部屋に」
「ウチか? 去年の夏頃やったかなぁ? んで、いつかこっちで賀川と会えるって確信したんよ! 扉にも書いてあったやろ?……賀川とは絶対にまた会えるんやって信じとったよ」
35年以上……遥はずっと心細い世界であの頃の自分を失わずに生きて来てたんだよなぁ……。あんな恐ろしい殺人鬼の妖精王だって、従兄妹の兄さんに瓜二つだから魅かれてしまったんだろうなぁ……
篤樹は自分の境遇と遥の境遇の違いを理解する冷静さを取り戻していた。
でも……だからと言ってやっぱりあんな殺人鬼は野放しに出来ない!
「ウチなぁ……」
遥は立ち止まって篤樹へと振り向いた。篤樹も合わせて立ち止まる。
「こん身体になって目覚めた後、一体誰が何の目的でこげな真似をしたんかって調べたやん? 香織たちん情報も全然無いし……。西の方の古い城を最初は拠点にしてな、あっちこっち調べて例の文化法暦省っちゅうとこが怪しいって分かったんよね」
「……で『ガナブ』になったんだろ?」
遥は微笑むと
「『ガナブ』言うんはヤツラが勝手につけた名前。ま、響きがそれっぽいからウチも使うようになったんやけどな。最初の6~7年はウチ1人だけで調べとった。で、25年くらい前かなぁ?……タフカに会うたんよ。大陸の南の森ん中で」
「妖精王に? でも、この大陸の妖精は1000年以上前にもういなくなったって……」
「おいおい、賀川ぁ。ようこの短期間でそんな情報集めれたなぁ? ウチなんか妖精の存在っちゅうのを知ったんも、この身体が妖精だっていうのを知ったんもタフカに会うてからやったよ。10年くらい知らんかった」
「そりゃ……俺はエシャーとかエルグレドさんとかに会えて……運が良かったからな……」
遥はパッと笑顔になる。
「エシャーって、あのエルフの 娘っ 子かい? 良い雰囲気やったやん? 付き合っとるとか?」
「ば……お前、何言ってんだよ! 友達だよ友達!……こっちに来て初めての。あ、それにあの子、エルフじゃなくってルエルフなんだってよ」
「ルエルフ? なおさらエエやん! 人間の寿命とほとんど一緒なんやろ? エエなぁ……。卓也とか聞いたら羨ましがるぞぉ!……ウチも友達になりたいなぁ」
遥の語る『友達』という響きが、なんだかとても貴重な宝物について語っているように聞こえた。
「……終わったら紹介してやるよ。良い友達になれると思うぜ。エシャーも天然なところあるし」
「『も』ってのはどういう意味かなぁ賀川?……ま、そん時はよろしくなぁ」
「……で? 妖精王に会って?」
篤樹は脱線した話を戻しにかかった。
「ん? ああ、そう……そんでな、タフカや妖精達は別の大陸に住んでたんだと。昔はこの大陸におったけど……ま、それは後からがエエか、とにかく1000年前から海を渡って、遠く離れたアルビっちゅう大陸に住むようになっとったんやて。で、そっから1人で海を渡って来たっちゅうこっちゃ」
「妖精王が……海を渡って? 何のために?」
「うーんとな、ちょっと話を戻すと……アルビ大陸の妖精たちん間に行方不明者が何人も出たらしい。……ウチらがこっちに来るちょっと前ってやから36~37年前かのぉ? で、その行方不明の中に妖精王の妹のハルミラルっちゅう子もおったんやて。タフカは信頼出来る人間の友人にハルミラルを探し出して助けて欲しいと頼んだんやけど、10年待っても一向に報告が来ん。でとうとう妖精王自らが探しに来たって感じかのぉ」
「……で、妹のハルミラル? の身体だけど中身の違う遥と出会ったと」
遥は頷いた。
「最初はえらい恐かったんでぇ。身体泥棒呼ばわりでなぁ。ウチ、必死で逃げたもん! 殺される思うて。……でも、タフカも凄い葛藤があったんやろうなぁ。妹の身体を傷付けるワケにはいかん、中には得体の知らん人格が住んどる。……事情を聞いてウチも何か悪いなぁ思うて。ほら、従兄妹の 兄さま似って言うたやん? 悔しそうに泣いてる姿とか、ウチの身の上聞いて優しくしてくれたりとか……とにかくお互いに『中身はちゃうけど外は大事な人』だったワケやし、その内に気も合ってな。で、兄さまと妹としての同盟を結んだんよ。その後はホントの妹みたいに大事にされてな、名前も上の2文字が同じ『ハル』やからそれで呼んでくれててな。城の婆さん以外に、ウチがこの喋り方で話せる大事な兄さまになってくれたんよ」
「そっかぁ……遥のこっちの最初の友達は妖精王だったんだぁ」
「いやいや、最初は得体の知らんお城の婆さん。そん次がタフカやな」
遥は本気とも冗談とも取れる訂正を入れた。篤樹は笑って頷く。
「あ、そんでな、妖精の誕生っちゅうのはおもろくってな、妖精王が生きとる領域の中に、ある日、突然生まれてくるんよ! 木の中とか水ん中とかから。最初に妖精誕生の瞬間を見た時、ウチ、相当ビビッたよ。10歳くらいの男の子が、ウチとタフカが話しとる横の木からニョロリと出て来たんやもん!」
「え? ニョロリって……そんな生まれ方なの、妖精って?」
篤樹は思わず口を挟んだ。
「それな! ウチもイメージと全然違う誕生シーンに、ただ唖然呆然よ!……でもま、タフカはさすがに慣れとるから『おめでとう』って語りかけて誕生を祝福しとったけどな。ちなみにそん時ん子がさっき賀川の前に立っとった子な。モンマっちゅう子や」
「そっかぁ……。で、王様だけが俺ら……今の俺ぐらいの背格好で、他の妖精はみんな4年生くらいって事?」
「ウチも永遠の15歳やからね! あの時のまま!……ま、そういうこっちゃね。でも、生まれた妖精たちだって別に王様の道具ってわけやないよ。そりゃ、王様大好きっ子ばっかやけど、ちゃんと自分達の人格と判断と個性をもっちょる。……ええ子たちなんよ」
遥はまるで保育士が自分の担任クラスの子ども達について語るような優しい目を見せた。
「……この世界の妖精っちゅうのは、寿命がハッキリ決まって無いんやと。早けりゃ十数年、長けりゃ数百年、とにかく『死ぬ時が寿命』なんやって。王様も同じなんやけど、王様だけは特別で『転生』するらしいんよね。ただ、転生前の記憶とかは全部ハッキリと残っとるわけやなくって、新しい記憶の中に少しずつ加わってくるらしいんよ。……タフカもあん時はまだ転生前の記憶は完全やなかったんよね。人間に対する憎悪っちゅうか恐怖心っちゅうか……とにかく近寄らんようにするって本能だけは強かったけど、それが何でかってのは本人もよう分かっとらんかった」
「でもさっき『信頼出来る人間の友人』に妹さんの捜索を頼んだって……」
「ああ。それな。その友人が賀川の補佐官よ」
「はぁ? 俺の……って、補佐官ってエルグレドさん? え? 妖精王の友達?」
「そん頃は違う名前やったみたいやけどな。エグザイルだかエグザルなんとかってタフカは言うとったよ」
エルグレドさん……そういや実はレイラさんより年上だとか言ってたし……
「10年間くらいかなぁ……。ウチが中心になって、生まれた妖精たち率いてガナブの活動に励みながら情報集めしててな。そん中の一つに心意転移魔法の情報が入ってて……タフカはそれを中心にエライ熱心に調べるようになったんよね。で……ある日……突然、おらんくなった」
「え? 妖精王が行方不明?」
「みんな必死に探し回ったんやけどね……ま、でも狙いは同じ法暦省やし、ガナブやってりゃいつかは会えるだろうと。で4年前かなぁ? ガナブの情報で、法暦省にエルグレドって凄腕の新人がおるっちゅう話を聞いてな、気になって調べたら……あん時にウチをこの身体に移した男やったやん」
4年前……エルグレドさんが法暦省に入省してすぐくらいか……
「ただ、あの法術士やろぉ? 全然隙が無くて近づけんでなぁ。結局周りから調べるしか無くって。そしたら法暦省の文化部っちゅうのが、妖精の誘拐やら新魔法開発やらに関わってるのが分かって来てな。ミシュバの町とミシュバット遺跡がどうも怪しいって。ほんで、ミシュバの町に拠点を作ったっちゅうワケや」
「それであの空き家とかに……」
「タフカは……妖精王はもっと早くに気付いたんやね。何年も前からこことミシュバの町を調べ始めとったらしい。その内に昔ん記憶も戻って……変わってしもうた」
遥が寂しそうな笑顔を見せた。
「嫌な予感はしとったんよ。ミシュバの法暦省が大規模な遺跡調査をやった時、何十人もの人間が行方不明になったとかの情報をつかんだしな。その後も遺跡を訪れた人間が何人も消えたり死んだりしとるって聞いとったもんで……。ほんでも、もしかしたら兄さまには関係の無い事件かも知れん、って望みをもって……。でも去年……ようやく再会出来た兄さま……妖精王は……すっかり人が変わっとった」
「……お前の事は……遥の事は覚えてたんだろ? 転生後の新しい記憶が無くなるわけじゃないんだろ?」
遥は微妙な笑みを浮かべて目を閉じ、首を横に振った。
「……よう分からん。再会したタフカはウチをハルミラル……妹の本当の名前でしか呼んでくれんくなっとった。中にウチがおるんは理解しとるんよ? 話せばちゃんと分かっとるんよ? でもハルミラルとしか呼ばんし、妖精王の妹としての立ち居振る舞いを要求されてな……。もう……普通にも話せんくなった……」
「……王の妹としての? あっ! それでその格好?」
「ここではな。兄さまの住んどる所やし、一応……な」
遥は恥ずかしそうに身体を揺らした。確かに中身を遥だと知らなければ、どこかの国の可愛らしいお姫様に見える。
それにしても……
篤樹はエルグレドの「秘密」を、まさか遥から先に聞くことになるとは思っていなかったが……ようやく一つの謎が解けた事で、どこかスッキリした。
遥を心意転移したのはやっぱりエルグレドさんだったんだ。……でも、なぜ助け出すべき妖精王の妹の身体にそんな真似をしたんだ?
新たな謎も生じたが、一つ前に進んだという実感がある。
「……遥と妖精王、それにエルグレドさんの関係は何となく理解出来たよ。……で、今、俺がここに居る理由は?」
遥は少し言葉を考えるように間を置く。
「兄さまを……妖精王を説得して欲しいんよ。……バカな真似はやめろって……アルビ大陸に戻って静かに暮らせって……」
「いやいやいや……! それは無理だろ? 喋る前に殺されちゃうぜ? 俺なんか。……第一、そんな初対面の、しかも仮にも『王様』に向かって俺なんかが……」
遥からの無茶な要求に、篤樹は即座に拒絶姿勢をとった。しかし遥の目は真剣だ。
「頼む!」
遥が手を合わせて頭を下げる。
「ちょ……おい! やめろよ!」
「ウチも何度も説得したけどダメやった! でも兄さまを……妖精王を……妖精たちを助けたいんよ! タフカは怒りと憎しみで自分を見失ってしもうとるんよ!」
あまりにも必死な形相で詰め寄られると、篤樹もつい押されてしまう。
「そもそも……何を……やめさせたいんだよ……」
「……この大陸の……いや……世界中の全ての人間を殺すことを」
「は?……人間……全部?」
あの絶対死の魔法? いや、いくら広範囲の攻撃魔法でも、あれじゃ世界中の全人類を殺すなんて無理だ。他の魔法?
「んなもん……出来るのか?」
「妖精王だから……いや……妖精王にしか出来ん方法があるんよ」
「どんな……方法で?」
「この部屋で今から見るモンが、その方法を知る手がかりにもなるんよ……」
遥は篤樹の左手を握った。
「ほな、行こか……」
広い部屋を囲む一つの壁際に、高さ2m・幅4m位の赤い布がカーテンのようにかけられている。遥は篤樹の手を引いて、その赤い布の前まで進んで行った。




