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「3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~」【 完結作品 】   作者: カワカツ
第2章 ミシュバットの妖精王編(全40話)
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第 90 話 記憶の扉

 真っ白なもやの中、篤樹は身動きも出来ずに立っている。

 自分が目を開けているのか、それとも閉じているのかも分からない。全身の表面の感覚が全く無かった。歯の治療で打たれる麻酔で感覚を失った唇のように、全身の皮膚が一切の感覚を失っている。


 なんだろう?……殺されたのかなぁ?……俺、一体どうなってんだ……


 篤樹は自分の状態が全く理解出来ないまま、とにかく、あの遥から騙されたというショックで頭が一杯だった。


「……聞こえるかい?」


 誰だ?


 突然響いて来た聞き覚えの無い幼い声に篤樹は反応する。しかし声も出せなければ、周りの様子を確認することも出来ない。


「君には悪いが拘束魔法を使わせてもらった……。今から解除するからよく聞いてくれ」


 拘束魔法? エシャーとルロエさんがかけられてたやつか……。って事は生きてるってことか……


「今、君の目の前は真っ白な霧のような状態だと思う。解除後はゆっくり霧が晴れるように視力が回復してくるはずだ。今、君の目は閉じている状態だ。瞬きはすぐにしても構わないが、何も見えないと焦らないで欲しい。すぐに見えるようになる」


 目は閉じてる状態なんだ……オッケー、分かった。早く解いてくれ!


「次に体勢だが……君は今、立っている状態だ。解除後はすぐに全身の感覚が戻るが、慌てないで欲しい。まずは君の両手を握っている私達の手を握ってくれ。すぐ後ろに背もたれ付の椅子を置いているから、君を支えている手の誘導に従ってゆっくり腰掛けてくれ。いいかい?……では」


 幼い声の告知が終わると、すぐに篤樹は全身に重力を感じた。足の裏に自分の体重がかかっているのが分かる。全身の筋肉がまるで「つった」時のように、痛みと違和感を感じる。


 マズイ! 倒れる!


 篤樹は焦ったが、すぐに両手を握る小さな手の感触に気付く。両脇から支えるように小さな手が添えられ、尻もちをつくような感覚で腰を下ろす。少し違和感のある高さで、腰が椅子の座面に着地した。


 告知通り、目の前はまだ白いモヤがかかっている感じだ。篤樹は感覚の戻った全身で椅子の支えを感じながら、全身の「つった感覚」を元に戻そうと小刻みに体を揺すった。

 目の前の白い霧が薄まり、暗い闇に溶け込み、やがてオレンジ色の光に照らされた室内に居る事に気付く。オレンジ色の光は壁にかけられているいくつかのランプの光……四方を壁に囲まれた部屋……教室の半分くらいの広さの、石壁に囲まれた部屋だ。扉は見当たらない。出入口らしい黒い長方形の穴が左右の壁の中央にある。


 目の前には先ほど声をかけて来たと思われる男の子と、その横で右手を真っ直ぐに篤樹に向けて構えている女の子。両脇には男の子が2人立っている。


 全員……「妖精さん」か……


「……頼むから変な真似はしないで。あなたを傷付けたくなんかない」


 攻撃魔法の姿勢をとっている女の子が口を開いた。


 抵抗なんか……しないよ。出来やしない……


「すまない。もうしばらく待っていてくれ。……おい! ハルさんはまだか?」


 目の前に立つ男の子が左壁の出入口に向かって声をかけると、部屋の外にいた女の子が顔を覗かせた。


「もう少しかかりそう……まだ戻って来ない」


 ハルさん……か。すっかりガナブの……妖精達の一員ってわけか……遥のやつ……


「あのさ……」


 篤樹は緊張感漂う雰囲気を何とかしようと思い、攻撃魔法態勢をとっている女の子に声をかけた。


「何!?」


 うわっ、あからさまに攻撃的な受け答えじゃん。 ()つなよぉ……


「……えっとさぁ……俺、絶対に何にもしないからさ……。手、下ろさない?……ほら、みんなもさ、楽にして待とうよ。ね?」


 篤樹は左右に立っている男の子達にも顔を向け提案する。


「……あなたを傷付けたくはないけど……人間は信用出来ない……だからやめない……」


 女の子は頑なな表情でそう答えると、さっきよりもしっかりと篤樹に狙いを定め直す。


 ……えっと……なんかかえって不信感を煽っちゃったかなぁ?


「……すまない。だが、君も理解してくれると信じている……僕らが人間を信用出来ない理由を……」


 なんか深刻そうな顔をした男の子だなぁ……。ま、妖精だから見た目の年齢で「子ども」と思っちゃダメか……。でもやっぱり…… 文香(ふみか)の友達ばっかりに見えるなぁ……


「あ、ハルさん戻って来たよ!」


 部屋の外からさっきの子がまた顔を出した。外の通路から遥の声が聞こえる。


「準備が出来たわ。大丈夫だった? 彼の拘束解除は済んでる? 暴れてない?」


「はい! 大丈夫です。解除は終わって今座ってます。全然凶暴じゃなかったですよぉ」


 ん? 凶暴? 何の話だ?


 篤樹は通路から響き聞こえる会話に首を傾げた。部屋の外にいた女の子と一緒に遥が部屋に入って来る。


 クソッ!


「遥ッ! てめぇ……って……。なんだよお前その格好?」


 遥はさっきまで着ていた子ども用の外套ではなく、まるでお遊戯会で着るお姫様の衣装のような、薄いピンクのドレスに着替えていた。頭には銀色のティアラを着けている。「妖精遥」に良く似合っている、かわいいお姫様の格好だが「高山遥」として接している篤樹にとっては衝撃的な仮装だ。


「笑うなよぉ賀川ぁ……。ウチだって本当は着とぉないんやけん」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ、モジモジする遥を見て篤樹は自然に笑いが込み上げた。


「いや……悪ぃ!……でも……お前……お姫様ごっこかよ?……マジで子どもか!」


 笑いながら椅子から立ち上がった篤樹を、前に立っていた妖精が2人で押し戻した。


「貴様! ハルさんをバカにするな!」


「痛い思いをしたいのか!」


 かなりマジで怒っている様子の妖精たちに篤樹は面食らい、言葉を失った。


「2人とも! お止めなさい! 私の大事な客人ですよ!」


 遥が声を上げて注意をする。2人の妖精は渋々という感じで篤樹から離れる。


「……すまんなぁ。色々と事情が複雑なんよ。とにかく一緒に来てくれ」


 篤樹は目の前の2人の妖精の様子を気にしながら、オズオズと椅子から立ち上がる。今度は遥の指示に従っただけという事で押し戻される事は無い。


 ……しっかし、小っさいのに力が強ぇなぁ……妖精の力ってことか?


 遥は篤樹と共に出入口に立つと、ついて来ようと動き出した妖精達に声をかけた。


「みんなはこの場に待機してて。私と彼の2人で行きます」


「でも、王様からハルさんのそばを離れるなと……」


 拘束魔法を使った男の子の妖精が意見する。


「大丈夫です。……それに『あの扉』は私と彼にしか開かれません。しばらく待っていなさい」


 妖精達は皆、心配そうな顔で遥を見、疑いと敵意の目で篤樹を睨んでいる。遥はフッとタメ息をついた。


「……彼は大丈夫。大事な私の友達よ。さっきのはみんなをビックリさせたかっただけ。ごめんね。彼はとても優しい人間だから安心して」


 そう言うと篤樹の肩を押して通路へ出て歩き出した。


「遥ぁ? お前、アイツらに俺の事なんて言ったんだ?」


 遥は楽しそうな笑顔を浮かべて答える。


「すまんすまん! 賀川と会ぅてから、なんや昔のイタズラ心がムクムク起き上がって来てなぁ。……ついうっかり『彼は私の世界で2番目に強い男だった』って言うてなぁ。ほしたら話に尾ひれがついて、あれよあれよと凶暴な破壊王のイメージになってしもうたんじゃ。ま、子どもの戯言と思って見逃しちくり」


 2番目に強いって……そりゃ地区大会2位だったけどさぁ……


「ば、バカ! おかげで何か変な空気の中で待たされちゃったんだぞ!……ってかさ、なんで俺に拘束魔法なんかかけたんだよ! それにここはどこなんだ? まだミシュバットの地下街の中なのかよ?」


 等間隔で壁にかけられたランプの灯りで照らされている石造りの通路。最初に階段から出た通路とは明らかに雰囲気の違う通路だった。


「うん……同じ地下街の別の通路。すまんなぁ……ウチの他愛も無い冗談だけのせいやなく、妖精達はみんな人間不信なんよ。……ここの場所も人間に知られとぉ無いって言うて……。賀川は大丈夫やって言うたんやけど……そこはあの子らに押し切られてしもうたんよ。……あ、もうすぐそこの部屋」


 遥が指差したのは通路の突き当たりにある大きな扉だった。不思議な模様の彫り物が施されている扉で、一見、段差のある飾り壁にも見える。ドアノブも無ければどの方向にどう開くのかの予想もつかない。


「ウチなぁ……実は前にここん中に入ってるんよ。でな、本当は賀川と一緒に入らないかん部屋やったんやって後から知ってなぁ……。で、今回、仕切り直しでご一緒にってお誘いしたわけだ」


「はぁ? 意味分かんねぇし……。大体お前さぁ、誰かさんを止めるためにって俺とエルグレドさんを呼んだって言ってたじゃん!」


「いや、だからぁ! そのためんにも、まずはこっちから見て欲しいってこっちゃ」


「何のこっちゃ!」


 遥が嬉しそうに笑う。篤樹も自然に嬉しくなって笑顔になる。こういう掛け合いが出来るのが、遥と一緒にいて楽しい理由なんだろうなぁ……


「……賀川ぁ」


「ん?」


 遥は表情を緩めたまま話を続ける。


「中ん入る前に言うとく事があるんよ」


「何が?」


「こん身体んことと……ガナブ……それに、さっき上で人間を襲った妖精の事」


 あ、だったぁ! それを先に聞こうと思ってたんだった!


「そうだよ! お前、下に着いたら話すって……」


「だから話しよろぉ! ちゃんと黙って聞け!」


 篤樹はクソッ! という表情で遥を睨む。おかまいなしに遥はニヤッと笑って続けた。


「ウチ……っていうかこの身体なぁ、妖精王の妹君らしいんよ」


「はぁ? 妖精王の妹?」


「そう。で、さっき上で人間を襲ったのが妖精王のタフカ。つまり (あに)さまじゃ」


 『兄さま』と言った時の遥の表情は……いつかの公園で見せた従兄妹のお兄さんの話をしていた時のように嬉しそうな表情だった。


「……なんかお前……嬉しそうだなぁ?」


「ん? そう見えるか?……実はなぁ、ウチは昔々その昔、従兄妹の兄さまん事が大好きでなぁ……」


「足が速ぇんだろ? 福岡に住んでたっていう」


 遥が驚いた顔で篤樹を見る。


「なんで知っとるん? まさか賀川……ウチの事を調べ……」


「んなワケ無ぇだろ! ボケ老人かお前は! 自分で話したじゃんか!……去年のクリスマス前に……部活帰りの公園で……」


 あ……そうか……俺にとっては去年のクリスマス前の思い出だけど……。遥は少し寂しそうに笑う。


「……言ったかぁ?……うん、何かそんな事もあった気がするなぁ……。クリスマス前……部活の帰り……。そっか……。どこまで話したぁ?」


「……んと、その変……特別な喋り方の由来……とか」


「あ、それは覚えとるなぁ。心許せる友にだけ特別な……あ、話したなぁ! そうそう! 賀川に全部話した! 良かったぁ、思い出したわ。あの公園なぁ! タイヤのある! そうそう! おお! 記憶の扉がバンバン開くぞ!」


 遥は自分の記憶の扉を1枚ずつ開き、奥へ奥へ進むように確認しながら語る。


「うん! じゃあ、改めて説明は要らんな!……その従兄妹の兄さまな。タフカは兄さまの生き写しなんよ! 全く同じ顔! 背格好も同じ! どうよ、この次元を超えた奇跡! すごかろぉ!」


 興奮して声のトーンが上がりっ放しの遥に対して、篤樹は段々と笑顔を失っていく。


 妖精王……タフカ……。大勢の兵士を……人間を殺して……狂気に満ちた笑顔で平気で人を殺したアイツが……


「遥……」


「ん? どしたぁ賀川? なんや思いつめた顔して……」


「……あいつは……その妖精王ってのは……人殺しだぞ?……お前も見ただろ? あいつは何の躊躇も無く……俺だって殺されかかったんだぞ! なんだよそれ! なんであんなヤツの事をお前は喜んでんだよ!」


 遥も真剣な顔になっている。怒っているというよりは哀しそうな、憐れむような、微妙な表情をうかべた。


「知っとるよ……そりゃ……。今日のことだけやなく……今までのことも……今からやろうとしとることも……。だけん、止めたいんよ!」


 溢れ零れ落ちる涙をそのままに訴える遥の姿に、「あの日」の公園で見た遥の姿が重なる。


「……お前のこと……何かよく分かんなくなってきたよ……俺」


 篤樹は今の状況をどう受け入れれば良いのか分からなくなっていた。人殺しの妖精王、その妖精王の妹の身体に転移させられた遥、その遥が心から慕っていた、今は亡き従兄妹の兄さまと瓜二つの妖精王……その妖精王との兄妹の関係を喜ぶ遥の姿……


「……んじゃ……入ろっか……」


 遥も篤樹に対し、今この場で何らかの説得を試みていたわけではない。ただ、今の自分の状況を篤樹に知ってもらいたかっただけだ。

 遥は扉の前に立った。篤樹もその横に立つ。


 何だか気まずいなぁ……


 扉に彫られている不思議な模様に目を向ける。その模様が形を変え始めた。まるでタグアの町の宿で見た絵画のように、模様が形を変えていく。やがてそれは「文字」に変わった。篤樹はアッ! と声を上げた。

 篤樹にも読める文字……いや、この世界の人間には読むことが出来ない『日本語』の文章が扉に模様として浮かび上がってきた。


『この町がなぜ滅びたのかをあなた達に教えましょう。賀川君、遥。求める者よ。この扉を開け! 私の記憶をここに残します』


「な、何だよ……何だよ、これ!」


「な? ご指名やからまずは見てみんといかんやろ?」


 遥はいつもの調子で声をかけて来た。『求める者よ。この扉を開け』? これって……


「自分の名前んとこ触ってみ。ウチん時はそれで開いたよ」


 篤樹は『賀川君』と浮き上がった模様の部分に恐る恐る手を触れた。扉は時計の振り子のようにゆっくりと左右に揺れ動き、やがて左の壁の隙間に収まる。扉の向こうには、奥へ続く通路が現れた。


「……んじゃ、行こか?」


 2人は開いた扉の中へ歩き出した。


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