第 67 話 一途
「スレヤー伍長。探索隊のメンバーを紹介しておきましょう!」
馬車置場に降りると、昨夜の「不審者情報」についてまだ篤樹たちから聞いていなかったエルグレドはにこやかにメンバーを紹介しようとした。しかし、即座にレイラが突き放すように話を切り出す。
「あなたはなぜ探索隊に加わられましたの? 伍長さん」
思いもかけないレイラの反応に、エルグレドは慌てて制止の声を上げる。
「レイラさん! そんな……急に失礼ですよ。その言い方は! 初対面の方に……」
「あら? 初対面ではございませんわ」
「え?」
レイラの返答にエルグレドは言葉を止める。
「この人……昨日の夜に見たよ! 服屋の前でアッキーが出てくるのをウロウロしながら待ってた変な人!」
エシャーもここぞとばかりに証言する。
まあ、ハッキリさせておいたほうが良いよなぁ……
篤樹も不信感をあらわに口を開いた。
「スレヤーさん……でしたっけ? 昨夜は何の用事で僕に声をかけて来たんですか? それに、しつこく店の前で待ってたり……。そんなあなたが軍部の兵士で、しかもこの探索隊に急に加わってくるなんて、おかしくないですか? 偶然とは思えません! 正直……気持ち悪いです! 何か企んでるんじゃないですか?」
篤樹はレイラとエシャーが味方だし、何かあってもエルグレドが対応してくれるだろうという安心感から、矢継ぎ早にスレヤーを問い詰める。スレヤーは驚いた表情を見せていたが「あ、なるほど!」と状況を理解したように笑みを浮かべ、口を開いた。
「おいおい兄ちゃん、誤解すんなって! 俺は別に何も企んでもねぇし、怪しくも無ぇって! ここの部隊長がこちらの隊長さんに渡した書類に書いてある通り、俺は王国軍務省西部方面部隊サガド駐留監察部所属の1兵士だって。他の何者でもねぇよ」
「伍長!」
そのやり取りにエルグレドが口を挟む。
「彼ら3人の証言と君の弁明を聞く限り、君たちは昨夜どこかで知り合ったという理解で間違いありませんか?」
「知り合ったんじゃないよ! こいつがアッキーを付け狙って追いかけて来たんだもん!」
「追いかけちゃないだろ!」
エシャーの訴えにスレヤーは慌てて弁明する。
「伍長。正直に答えたまえ! 君は今回、私達の探索隊に潜り込むために誰かに送り込まれたのかね?」
エルグレドは右手を前に向け攻撃態勢を取った。言葉は丁寧だが威圧的に問い詰める。スレヤーはジッとエルグレドを見たが、フッと笑みを浮かべて首を横に振る。
「洒落じゃ済まねぇ事態になったら……俺ぁ後悔も出来そうにねぇなぁ……バケモノ並みの法力ってぇヤツですかい? 隊長さん」
「早く答えて下さい!」
エルグレドは攻撃態勢を緩めない。レイラも横に立ち、その後ろに篤樹とエシャーは身を寄せて立つ。
「へぇへぇ、分かりましたよ……ってか、別に隠し事も無ぇし、こんな聞かれ方しなくたって答えますよ。えっと……そのぉ……」
スレヤーは頭を掻きながら目を閉じ、恥ずかしそうに横を向いた。
「一目見て惚れちまったんですよ!」
はい?
篤樹達4人の呼吸が一瞬止まる。エシャーが恐る恐る篤樹の顔を見る。レイラも背後の篤樹に目を向け「まさか……」という表情で篤樹を見つめる。
え? 何? ヒトメミテホレタ……? なんの呪文だろ……
エルグレドは右手を差し出す攻撃態勢のまま、背後の3人に振り返る。
「ど……ど、どういう……どういう事ですか? えっとぉ……ん? どんな知り合いですって? だ……だれか? 説明を……」
「知りませんわ! あちらの方が勝手にアツキに一目惚れしたんでしょ!」
「アッキーは悪くないっ!」
レイラとエシャーが篤樹を抱きしめる。
え? 嘘……俺?
篤樹もわけが分からない。スレヤーは雰囲気が予想とあまりに違うのを感じて目を開き4人を見る。
「え?……あっ! 何を勘違いしてんすか! 兄ぃちゃんじゃないですよ! そちらの……その……エルフの……お姐ぇ様のことで……」
スレヤーは今度はハッキリと分かるようにレイラを指差して答えた。
「あっ! なぁんだ。レイラのことかぁ」
エシャーが安心したように篤樹の左腕に両手を絡め、スレヤーの指先から離れた場所まで移動する。
「あ……レイラさんですか。なるほど。そうですか。了解しました」
エルグレドも納得したようにそう言うと、スレヤーに向けていた右手を下げた。
「ちょ……皆さん?……ね、あなた! いつまで人を指差してるんですの! 失礼ですわよ!」
「すいません! お叱りはごもっともです!」
スレヤーは大きな身体を小さく縮めながら手を下げた。
「昨夜は一言も言葉を交わすことも無いままでのお別れとなって……ホントに眠れない夜を過ごしたんです! 何とかもう一度お会いしたい! 今度こそお声を交わしたい! そう思うと居てもたってもいられずに……」
「何をしたんですか?」
なんとなく事情を感じとったエルグレドは質問を誘導する。
「代わってもらったんです……スヒリト軍曹に。彼も昇格試験前で忙しかったみたいで……今回の任務を負担に感じてた様子だったので、それなら是非私がと……」
「嘘ですね?」
エルグレドが冷静に聞き直す。
「あっ……はい! スミマせん! 一部脚色です。私がスヒリト軍曹に強引にお願いして任務を代わっていただきました! どうしても『レイラさん』とお近づきになりたかったんです!」
えっとぉ……これは……どう関われば良いんだ?
篤樹はエシャーを見た。エシャーは何だかワクワクした目でこのやり取りを見ている。
そりゃ……面白いけどさぁ……
「……なぁに? それじゃあなた、昨夜あの後、私達の素性を調べた上にスヒリト軍曹と合流する件まで調べ上げて、その上で強引に任務を代わってもらったって言うんですの?」
レイラが怒りを抑え、声を震わせながら確認する。スレヤーは嬉しそうに答える。
「はい! その通りです! レイラさん」
「自己紹介もしてないのに勝手に名前を呼ばないで下さるかしら! 私、あなたに名前を呼んでいただきたくなんかないですわ!」
レイラの叫びにも似た主張が響く。エルグレドは温かな笑みを浮かべると口を開いた。
「……スレヤー伍長、こちらエルフ族協議会所属のレイラさん。こちらはルエルフ村からの脱出者であるルエルフのエシャーさん。そして今回の旅のキーマンである人間のアツキ君で、私は法暦省大臣補佐官で今回の探索隊責任者エルグレドです。どうぞよろしく」
「はぁ? ちょ……エル……隊長さん? どういうおつもりかしらぁ?」
レイラは笑ってるのか怒ってるのか分からない表情でエルグレドに詰め寄った。
「配属希望の理由は私的要因が多分に感じられますが、探索隊の目的を阻害する要因は見当たらないので命令書通りに『軍部からの同行者』として彼を受け入れる、という事です。……それとスレヤー伍長、私達は軍部階級適用外のチームですので今後はあなたもお名前だけで呼ばせていただきます……愛称の『スレイ』でもよろしいでしょうか?」
「はい! スレイで呼ばれ慣れておりますので宜しくお願いします!」
「『よろしく』なんかじゃございませんことよ! な……一体なんの権限で……」
「探索隊隊長権限で彼の同行を了解します。但し、スレイ……私情を優先するような言動が目に余る場合には、私から軍部に担当者変更を申し入れますよ。良いですね?」
「もちろん! 了解です!」
スレヤーの全身からは「一目惚れのレイラさん」と、晴れて同じ探索隊に加えられた喜びが立ち上っている。
エシャーは何だか楽しそうだが、篤樹は心配だった。
だってレイラが今までに見たことが無いほどの作り笑いで、エルグレドを睨みつけているのを見てしまったのだから……
―・―・―・―・―・―・―・―
「……良いんですか? エルグレドさん」
御者台に座ろうとしているエルグレドに篤樹は声をかけた。レイラはさっさとほろの荷台に乗り込んでいる。エシャーはスレヤーと一緒に荷物を荷台に上げようとしていた。
「何がですか?」
エルグレドが振り返る。
「いや、スレヤー……スレイさんのことです。あんなに簡単に同行の許可をして……レイラさんだって嫌がってたのに……」
「ああ、大丈夫ですよ……もちろんアツキ君やエシャーさんに『一目惚れ』とか言っての策なら即座にお断りですけど、レイラさんですからね……。彼女はキチンと大人の対応が出来る方ですから、大丈夫ですよ」
「勝手な事を言わないで下さる? 隊長さん」
いつの間にかレイラが御者台に座っている。
「おや? 先に操馬して下さいますか?」
「ええ。隊長さんがお隣に座って下さいね」
あ、やっぱり何かレイラさん怒ってるじゃないかぁ……せっかく関係が馴染んできたと思ってたのに、またヨソヨソしくなった気がする……
「はい。では私が横に……アツキ君は荷台のほうへどうぞ」
「あ、はい……」
大人の対応が出来るってエルグレドさんの読み、外れたんじゃないかなぁ?
篤樹は荷台の後部に回り、荷台へ上がろうとした。
「ヘイ! アッキー! 手ぇ貸すぜ!」
「うわっ! なんですか! スレヤーさん……」
荷台の後ろ囲いに置いた手を、スレヤーから急に握られた篤樹は、驚いてステップから足が落ちそうになった。しかし、ガッシリとスレヤーに右手を握られていたのでバランスを取ることが出来た。すごく力強い手だなぁ……。篤樹はそのままスレヤーに引き上げられるように荷台の中へ入った。
「急にやられるとかえってビックリしますから……やめて下さい!」
篤樹は当然の抗議をスレヤーに訴える。
「いや、スマンスマン。軍じゃ先に乗ったヤツが次のヤツを引き上げるってのが『仲間の信頼』につながる動作なもんでさ。悪ィな……つい癖でよ。邪魔したんなら本当にスマねぇ」
何だか豪快な人だなぁ……その割りにレイラさんに一途な思いでこんな計画を立てて実行するんだもんなぁ……不思議な人だ……
「出発しますわ。お座りになって!」
御者台からレイラの声が聞こえた。
「はい!」
スレヤーはその大きな体からは想像も出来ない俊敏な動きで、荷台の隅にさっと腰を下ろした。篤樹はエシャーの横に座る。
「変な人……」
「あっ、でも悪い人じゃ無さそうだよ」
「そうかぁ……やっぱり怪しいけどなぁ?」
篤樹はまるで、ピクニックにでも出かける子どものようにウキウキしながら御者台を見つめるスレヤーを見て顔をしかめた。
「怪しいよ……絶対!」
「えー? そう? レイラの事が好きだからウキウキしてるだけなんじゃないの? 何か隠してたら怪しいけど、理由がハッキリしてるから怪しくは無いよぉ……ちょっと変だけど」
2人はしばらく新しい仲間の品評会を続けた。
「ねえ、スレイ」
エシャーはすでにスレヤーに対しても呼び捨てだ。篤樹はこの感覚が分からない。年上を呼び捨てってのは元の世界でも珍しくは無いが、「先輩後輩関係」が結構厳しかった部活のせいか、年上に対しての呼び捨てや友達言葉での会話というのは、篤樹にとってありえない言動だった。
「ん? どした?」
スレヤーは特に気にしないようだ。自分より半分くらいの歳の女の子から呼び捨てにタメ口かぁ……有り得ないと思うんだけどなぁ……
「どうやって私達が『探索隊』だって分かったの?」
「ああ、それか? 200歳くらいと150歳くらいのエルフに、15歳くらいの人間の男って組み合わせは……いくら人の出入が多いサガドでも珍しいからなぁ。しかも先ず最初に訊いたのが軍部の監察部のヤツだったから速攻で特定だよ。で、後は関連する資料をチェックしたらスヒリトが合流予定ってのが分かって……ヤツとは旧知の関係だから頼めば絶対に代わってもらえる確信があったんでな。次はヤツの現在位置と移動予定ルートを確定して待ち伏せたんだ。んで、めでたく交渉成立でお役をいただいたってわけ」
「それを……あの時間からやったんですか?」
篤樹は軽く話すスレヤーの話の内容に驚いて尋ねた。
「ん? そりゃ当たり前だろ? 眠気なんざ吹っ飛んでたし、すぐに取り掛からなきゃ間に合わねぇって思ったからなぁ……おかげで実際こうして間に合ったわけだ!」
スレヤーは満足そうに頷いている。この人の情報力と行動力は凄い……篤樹は素直に感心した。
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「……彼の情報力と実行力は、確かに凄いとは思いますわよ。まるで鼻がよく効く訓練された犬のようですもの」
レイラは馬車を操りながら、エルグレドが新入り同行をすんなり許可した真意を質していた。エルグレドの見解としては、スレヤーの情報収集力と実行力は探索隊同行者として合格だという「事務基準」で他意は無いと理解は出来る。しかし……
「犬の『エサ』になった身のことも考えて判断していただきたかったですわ!」
「いや、すみません……でもレイラさんが相手をされなければ、彼もその内諦めるでしょうし……」
「それまで私、ずっと鬱陶しい思いをし続ける事になりますのよ!」
レイラが怒った声を出す。しかしその声のトーンは本気で怒っているというより、エルグレドを責め立てるこの環境を楽しんでいるようにも聞こえる。
「すみませんね……ところで、彼の調査書も面白いですよ」
「何が書いてありますの?」
「まあ、通り一辺の評価ですが……非常に悪いですねぇ。『戦力』評価ではなく『素行』評価が」
「あら?『不良兵』ですの?」
エルグレドは何枚かの資料をめくる。
「指揮系統無視が一番多いですね……今回のサーガの大群行に関する出動でも命令違反が2回……おかげで監察部の内勤に回されたようです。直前まで中央部隊特別剣術隊で……凄い! 伍長なのに3隊連長だったみたいですよ」
「へぇ……隊連長の器には見えませんでしたけど?」
「人は見かけによらないって事なのかも知れませんね。恋は盲目で一途な思いだったかも知れませんが……こんな大それた『作戦』をこんな短時間で立案し、実行し、成功させるんですから……なかなかの器なのでは?」
エルグレドはレイラの反応を楽しみながら話を進める。レイラもフッと息を吐き出すと口元を緩めて笑いを浮かべた。
「ま、何かあればウチの隊長さんがしっかりと御対応されると言われてますから、まずはそちらを信用して今回の判断は受け入れることにしますわ。彼自身を信用出来るかは、これからのお付き合いの中で……ですわね」
「ええ。よろしくお願いします。彼を受け入れることで、軍部からも少し予算を回していただけることになりましたし……」
―・―・―・―・―・―・―
バシッ!
荷台の中で雑談をしていた3人の目に、左手でエルグレドの頭を叩いたレイラの姿が飛び込んで来た。エルグレドがレイラに何かを謝り、レイラも怒った表情のあと、エルグレドに笑いかける表情が見える。
「なんだかレイラ……いつもの調子が戻って来たみたいで良かった」
エシャーが笑顔でポツリと呟く。調子が戻って……っていうか、なんでレイラさんがエルグレドさんを叩いたんだ? なんでその後あんなに楽しそうに笑ってるんだ? それに……
篤樹は恐る恐る前に座っているスレヤーの顔を見た。どんなに怒ってるか……と思いきや、スレヤーは心の底から悲しそうな顔で今にも泣き出しそうだ。え? 何、この人……
「アッキー……」
「は……はい?」
篤樹はスレヤーから名前を呼ばれ、ドキドキしながら返事をした。
「恋って……切ねぇなぁ……」
「・・・・」
馬車はミシュバット遺跡を目指し、北へ北へ進み続けた……




