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第 56 話 篤樹vs山賊

 エシャーは森の中をけ抜けた。


 ノシノシと山道を歩いて来るドラゴン山賊隊との距離は400m以上引き離している。エシャーは左下後方に見える山賊たちに気付かれないよう橋に向かい、斜面を下り始めた。


 森の切れ目に、橋がかかっている谷間が見えて来る。斜面を下りきった道のはしに降り立つと、エシャーは道の左側を確認した。先頭のドラゴンが悠々と歩いて来る姿が見える。右側を確認すると、丸太を組んだ橋がかかっていた。谷間の幅は15mほどだろう……


 位置をずらして覗き込むと、谷の深さも30m以上は有りそうだ。その谷底に、激しい流れの川が見える。昨夕からの雨で水量が増えているのだろう。


 橋の構造こうぞうと材質をエシャーは目視もくしで再度確認する。


 大丈夫! あれなら私の攻撃魔法で十分に分解出来る!


 エシャーは「橋破壊計画」自体は上手うまく行くと確信を強めた。あとはドラゴン2体が橋の上に乗ったタイミングで、上手く橋を破壊するのが作戦の第一段階……よし! 頑張るぞぉ!



―・―・―・―・―・―・―


 

 山賊の一隊に遅れないように……しかし、気付かれないよう慎重に、篤樹は足場の悪い斜面しゃめんの木々の間を進み続ける。


 エシャーはもういてるかな?


 篤樹は自分が立てた計画が上手く運ぶかどうか心配になって来ていた。橋が上手く破壊出来なかったら? その時は異常を察知さっちした山賊隊がすぐにまわりを調べるだろう。そうすれば……橋の近くに身をひそめているはずのエシャーはすぐに見つかってしまうに違いない。そんな状況になったら戦いどころじゃない。頼む! 成功してくれ!


 先頭のドラゴンが橋に足を掛け、一瞬動きを止めた。山賊が手綱で打つと、ゆっくり橋の上に進み出し、ようやく体全体を橋の上に乗せる。


 よし、もう1体!


 しかし、後続の2体は橋の手前で止まったままだ。


 しまった! そうか……重量を考えて1体ずつしか渡らないんだ!


 篤樹の計画は、初っ端から見事に狂ってしまう。


 どうする?……ってか、エシャーはどう判断するんだ?


 あとはもう、成り行きを見守るしかない。1体目が橋を渡り終えてしまった。2体目がゆっくりと橋の上に足をかけ進み始める。1体目の山賊はそれを確認すると橋向こうの道を進み始めた。


 エシャー、どうする? どう判断した?


 篤樹は祈る思いで2体目が渡る姿を見つめる。2体目が橋の中央を過ぎ、最後尾のドラゴンが橋に近づいた瞬間……


 ゴコン、ガラン、ゴン!


 谷間に激しい音が響いたかと思うと、あっという間に橋が崩れ落ち、橋の上にいたドラゴンの姿がかき消すように谷間に消えていった。


 クッ! このタイミングか!


 篤樹は急いで道の端の草むらまで移動し息を整える。最後尾のドラゴンは突然の異変に怒ってるのか、それとも驚いてるのか、低いうなり声を上げながら後ずさって来た。橋向こうの道を進み始めていた先頭のドラゴンも異変に気付き、向きをこちらに変える。


 立ち上る土埃つちぼこりまぎれ、エシャーが橋のそばの草むらから飛び出して来たのが見えた。


 よし! やった!


 山賊たちに顔を覚えられないよう、篤樹は口元を外套がいとうかくすと、草むらから飛び出しドラゴンの背後を目指し駆け出す。


「どう、どう、どう! ほら、落ち着け! 落ち着けよバカ!」


 最後尾のドラゴンの手綱を握っている男が、暴れるドラゴンをなだめるために叫ぶ声が聞こえる。


「あぁん? なんだテメェは!」


 ドラゴンの前方に突然現れた若いエルフの少女……エシャーに気付いた男が声を上げた。篤樹はその間に、ドラゴンの尻尾の根元と後ろ足の間接部分のくぼみを利用し、一気に背中の荷台まで駆け上る。


 「アイ」と呼ばれていた盗賊村の女の子は、両腕を体に密着させてなわしばられ、さらに、荷物を縛る縄につながれていた。篤樹はアイに向かって「静かに!」と声をかけ、右手に握っている成者の剣を使ってアイの縄をすぐに断ち切る。


「いいかい? あそこの草むらまで行って隠れてるんだよ。いいね?」


 篤樹は暴れるドラゴンの背中でアイに指示を出した。アイの目はおびえきっている。大丈夫かな? 自分で走れるかな? 篤樹は心配になった。


「自分で降りて行ける? あそこまで」


 アイは全く動く素振りを見せない。ダメだ……抱えて連れて行かないと……


 ドラゴンの前で山賊の気を引いてるエシャーが気になったが、篤樹は、まずはこの子を安全な場所に連れて行かなければと判断し、アイを抱きかかえる。そのまま、ドラゴンの背からすべり降りて駆け出した。


「なんだぁ、エルフかよ! 今日は朝からツイてんなぁ!」

 

 山賊の声を背後に聞きながら、篤樹はアイを抱え、草むらに転がり込む。


「いいね? 絶対に動かないで!」


 篤樹がり向いた時……背後の異常に気がついた山賊も振り返った瞬間だった。


「なんだぁ? 盗賊たちの作り話じゃなかったってかぁ!」


 山賊は大声で叫ぶと、ドラゴンの向きを変えるために手綱を操作そうさする。しかし、エシャーは右手をすでにドラゴンに向けていた。


 あの攻撃魔法だ!


 エシャーが腐れトロルを倒したシーンを思い出す。だが、同時にドラゴンの口の中に光る赤い炎を篤樹は確認した。


 ヤバい! 火炎放射だ!


 ドラゴンの口から放出される紅蓮の光が、篤樹の目の前まで近づいて来る。


 バゴン!


 その時、激しい衝撃音しょうげきおんが響く。火炎を吐き始めたドラゴンの顔面に、エシャーの攻撃魔法が炸裂さくれつしたのだ。口の向きが変わったことで、篤樹は間一髪、火炎から身をそらし命拾いする。


 やったか!?


 ドラゴンの状態を篤樹は離れて確認するが、エシャーの攻撃は硬いウロコに阻まれ、腐れトロルを破裂させたほどの効果は与えられていない。むしろ自分に向かい、何者かが攻撃を仕掛けたことに気付いたドラゴンは、怒りの雄叫おたけびを上げ、攻撃者エシャーへ向き直る。エシャーは「どうしよう……」という表情で篤樹を見た。


「逃げろ! エシャー!」


 篤樹が叫ぶと同時に、エシャーは森に向かって走り出す。ドラゴンの炎がエシャーの背後を追うが、首の曲がる角度に限界が来たようで一旦炎を止める。山賊は急に動き出したドラゴンを制しきれず、手綱に振り回され地面に落ちて来た。手綱から解放されたドラゴンは、自由にエシャーの後を追い始めていく。


「クソッ!」


 山賊は起き上がると、立ち尽くす篤樹に目を向けた。


「なんだよ、まだガキじゃねぇか?」


 顔に大きな傷……片目が潰れた山賊は篤樹を見ると「楽に勝てる相手」と確信したようだ。いやらしい笑みを浮かべる。


「いかんなぁ……いかんよ! 子どもが大人の……しかも山賊様の持ち物を狙うなんてのはなぁ!」


 男は腰から大きなナイフを取り出した。


「きっちり体に教えてやろうなぁ……バカ野郎は痛い思いをするって事をよぉ!」


 刃を振り回しおそかって来た男の攻撃を、篤樹は必死にける。とにかく「戦い」にも「刃物を向けられること」にも全く慣れていない……というか「この世界」に来るまで、自分の人生にこんな場面が起こるなんて、想像したことさえ無かった。


 篤樹にとって「格闘」はゲームの中の世界でしかない。ボタンを指先で操作しながら、テレビ画面の中で行うもの……操作者自身は痛くもかゆくも無い「戦い」……たとえ負けてもリセットすれば良いだけの話の世界。だが……


 現実は違う! 殴られれば痛いし、殴っても痛い。蹴られても、倒されても、刺されても痛いし、苦しいし……何より、リセットも一時停止もコンティニューも出来ないんだ!


 篤樹は、とにかく「逃げ」にてっするほか策が思いつかない。


「テメェ、さっきからチョコマカと……いい加減にしやがれ!」


 どうすれば良い?


 湧き上がる恐怖に負けないよう、篤樹は「自分の次の動き」を考え始めた。立ち止まればあの大きなナイフで切られるか刺されるかする……とにかく一発でも喰らえばアウトだ! かと言って、相手を倒せる力も戦略も自信も無い。


 ただ……集中力が高まってるおかげなのか、自分でも驚くほどに避けられる! 山賊の動きについていけてる?……というより、余裕で避けられる!


 おかげで徐々に「緊張・不安・恐怖」に固まっていた身体と頭の動きも良くなって来た。


 防戦だけじゃどうしようもない……


 篤樹はポケットの中から成者の剣を取り出す。形はまだ「カッターナイフ」のままだが……それでも手に握ると安心感がある。篤樹はカチカチカチッ! と5cmほど刃を出した。



―・―・―・―・―・―・―



 グブァー!


 エシャーは火を吐くドラゴンとの距離を取って逃げ続けていた。落ち着いて向き合い、攻撃魔法を加えられるだけの時間がないので、とにかく反時計回りでドラゴンの正面から逃れ続ける。

 火炎が届かない距離をキープし続けるが……このままでは「らち」があかない。かと言って距離きょりめ、攻撃魔法をり出そうにも……あのかたいウロコにはばまれては有効打にはならない。むしろ尻尾しっぽ打撃だげきが届く距離に入るのは危険過ぎる。


 どうすれば良いの……


 視界の端に、山賊と戦う篤樹の姿を確認した。あちらも苦戦している様子が分かる。ふと、篤樹たちの近くの草むらに隠れている女の子の姿が見えた。


 そうだ……あの子を助けないと私たちも「助かったこと」にはならない。なんとかしないと……


 ドラゴンはグルグルと回り続けたせいか少し動きが遅くなっている。


 もう一周……


 エシャーはドラゴンの周りを走り、ドラゴンの首が篤樹たちと逆方向になった途端とたん、真っ直ぐ篤樹たちに向かって走り出した。



―・―・―・―・―・―・―



 山賊は篤樹の正面に立っている。大きなナイフを右手で逆手さかてに持ち、突き立てるように頭上に持ち上げ構えた。

 篤樹はガザルとの橋の上での一戦を思い出す。がら空きの右脇腹……相手は誘っているのかも知れない。でも……飛び込まなければ「勝つ」ことは出来ない……

 刃を出した成者の剣を右手に握ったまま、篤樹はクラウチングスタートの姿勢をとった。


「なんだぁ? ガキが今頃わびを入れようってのか? 遅せぇよ!」


 地面に手をつき片膝かたひざをついた篤樹を見て、山賊はガザルと同じように薄く笑みを浮かべた。篤樹がくっしたと勘違かんちがいした様子で余裕を見せ、その後、攻撃の手を固くする。


「死んでドラゴンのえさになりな!」


 駆け込んで来た!


 山賊の脇腹わきばらの一点を見つめ、篤樹は成者の剣を強く握り締めた。タイミングが悪けりゃ……頭か背中にあのナイフが突き立てられるかも知れない! しかし、覚悟を決めた篤樹はタイミングをはかり、スタートダッシュに踏み切る。


 篤樹が体当たりを仕掛けて来たと思ったのか、山賊は突進するスピードを落とし、衝撃しょうげきに備え、篤樹の背中目がけてナイフを振り下ろして来た。


 だが篤樹の目的は山賊にタックルする事ではない。その「脇を駆け抜けること」だ。スピードを落とさずに駆け抜ける分、山賊が腕を振り下ろすよりも早く、篤樹はその脇を駆け抜け、数m先で足を止めて振り返った。


 息を整えながら篤樹は山賊の背中を確認する。手応えは……あった。右手に握っている成者の剣に目を向けると、刃先に付いていた一粒の血がポトンと地面に落ちた。


 山賊は何が起こったのかすぐには理解出来ず、ヨタヨタと2、3歩進んで振り返る。


「テメ……このガキィ」


 ダメか? 浅いか? まだ来るのか?


 篤樹は身構えた。山賊はナイフを振り上げて駆け出そうとしたが、右脇腹に違和感を感じて足を止める。


「なんだぁ?」


 左手を脇腹に当て、顔を下げ、ようやく自分が負った脇腹の怪我けがに気付いたようだ。傷跡きずあとから離した左手の平に、ベッタリと血が付いているのを唖然として確認する。男は視線をゆっくり篤樹に戻す。その眼光には殺意が満ちていた。


「ヤ……ロウ……ぶっ殺す!」


 来る! 鬼のような形相ぎょうそうで駆け出して来た山賊……頬の大きな傷と、片目が潰れた傷跡をもつその男が……一瞬、光ったように見えた。


「アッキー! けてぇ!」


 篤樹は山賊の背後に目を向ける。


 エシャーが草むらに走り込もうとしている姿、その後ろに大きな火炎、その後ろにドラゴンの口が順番に見えた。火炎は真っ直ぐ篤樹と山賊のほうへも向かって来ている。それはまるでスローモーションの映像のようだった。

 篤樹は咄嗟に左後方に向きを変え、数歩走って姿勢を下げる。だが、そのままバランスをくずし、進行方向へと転がってしまう。


 反応が篤樹よりも遅れた山賊は、鬼の形相を浮かべたままドラゴンの火炎に巻かれ始めた。自分が火炎に巻かれている事に気付くと、今度は「驚き」「恐怖し」「泣きそうな」顔へ変わり……やがて、完全に炎の中に姿を消した。


 転倒した篤樹は、状況の把握はあくに頭をフル回転させる。


 山賊は?……倒した!……のか? あとはあのドラゴンだけだ!


 ドラゴンも自分の今の状況を再確認しているようだ。

 エルフの女と戦っていたはずだが……目の前の焼死体は自分が戦っていたあのエルフではない? そして……アイツは何だ? そんな目で篤樹を見ている。


 マズイ!


 ドラゴンと目が合った篤樹は直感的に「勝てない」と感じた。ドラゴンの口が再び大きく開き、その中に「真赤な光」が集まっていくのを、篤樹は地面に倒れたまま呆然ぼうぜんと見つめることしか出来なかった。


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