第 48 話 迷子のレイラ
篤樹たちが泊まるテリペ村の宿は、防御柵が「1軒1囲み」のタイプだったが、小さな民家は5~6軒、大きな建物は1~2軒毎に「柵」で囲われている。それぞれの柵囲いは密集していても互いに数十m、囲いによっては数百mの間隔を空け、畑や果樹園のある丘陵地に点在していた。
「観光地ってわけじゃないんだね」
篤樹とエシャーは手をつなぎ、のんびり歩きながら、テリペ村の家々を左右の丘陵地に見つつ歩いている。
「ここ、さっき馬車で曲がった道だよ」
村の本通りらしき十字路交差点に差し掛かり、篤樹はエシャーに説明した。
「あっちからこの坂を上って来て……ここで曲がって宿に行ったんだ。エシャー、ぐっすりだったから覚えてないだろ?」
「ふうーん……じゃ、こっから向こうはアッキーも初めての道だね」
交差点を過ぎた辺りで立ち止まり、エシャーが確認する。
「え? まあ……そりゃそうだね」
エシャーはおもむろに篤樹とつないでいた手を解き、タタタッ! と先に行き立ち止まると、振り向きニンマリ笑みを浮かべた。
「そこからここまでは、私のほうが先に知ってる道だよォ! 勝った!」
篤樹はポカンとエシャーを見る。
……あ……負けず嫌いってこと?……よぉし!
軽くアキレス腱を伸ばし、篤樹はニヤリと笑むと、一気に駆け出した。勢い良くエシャーの横を走り抜け、数十メートル先で立ち止まる。
「ここまでは、俺のほうがよく知ってる道ィ!」
「あっ! ズルイ!」
エシャーがパッ! と駆け出して来た。篤樹も向きを変えて走る。靴はボロボロのスニーカーだし、服もルロエさんから借りたダブダブの物……その上、エルグレドさんが用意してくれた旅用の外套を着ている格好での全力疾走……走りにくいったりゃありゃしない!
2人は100mほどを全力疾走で競った。ちょうど目印になりそうな木をゴールに見立て突っ切ると、2人は減速する。
「やったー! 私の勝ちぃ!」
「え? 俺のほうが早かったよ!」
「ううん! 私ぃ!」
息を整えながら無駄な着順争いをする。
「はぁ……いや、確かに……エシャーは足速いと思うよ。ウチの部の女子より、たぶん……」
「ウチの『ぶ』って?」
篤樹は陸上部の説明をしたが、エシャーは「やっぱりよく分からない」と首を傾げる。
「結局、アッキーはそのチュウガッコウで『チガッセー』っていう仕事やってたわけね?」
うーん、やっぱり「こっちの世界に無いモノ」の中には変換出来ない単語が結構あるんだよなぁ……学校そのものが無いルエルフの村で生まれ育ったエシャーにしてみれば、尚更理解出来ない話なんだろうなぁ……
「私も『チィガセー』ってのやってみたいなぁ。『ぶかつ』とかも」
ん? 篤樹はエシャーの発音に何か引っ掛かかりを感じた。
「ごめん、エシャー。もっかい『中学生』って言ってみて」
「え? あ、発音が難しかったから……変だった?」
篤樹は首を横に振る。
「そうじゃなくって! 言ってみて、もう1回!」
「え、えっとぉ『チガセェ』だったっけ? ん? チガセ? チィガセ? 難しいよ!」
「チガセ」って聞こえる……あれ?「中学生、チュウガクセイ、チガッセ、チガセ」……? なんか関係があるのかなぁ……気にし過ぎ?
「アッキー! 何? どうしたの」
「あ……いや、ゴメン。ちょっと確認したかっただけ……」
「もう! 何かアッキー『隊長さん』みたいになって来たぁ! 考え込まないでよ! 陽が暮れちゃうじゃない!」
お前だってレイラさんの影響受けてるじゃん! と突っ込みたい気持ちを抑え、篤樹は曖昧に笑う。
「……じゃ、今度はあの一番端の『柵』まで競争な!」
そう言ってサッと駆け出す。
「あ! また……アッキーのズルぅー!」
エシャーも慌てて後を追って駆け出した。西日を反射する家々の「窓ガラス」を横目に見ながら「さすがガラス練成魔法発祥の村だなぁ」と篤樹は感心しつつ、小道をエシャーと駆け抜けて行く……
2人は村の西端にある柵囲いまで辿り着いた。すぐ先には人の手が加わってる林があり、その先にはうっそうとした森が広がっている。森はそのまま西の山へとつながっていた。
篤樹はエシャーと散歩(競争?)してきた道を振り返ってみた。多少の起伏と蛇行はあるが、ほぼ一直線に村を横断するような道だ。1kmちょっと先に、自分たちが泊まる宿の柵囲いが見える。
太陽は完全に山の中に姿を落としたようで、見渡す限り陽に照らされている場所は無い。空全体はまだ明るいが、東の空の端は紅黄色の無い暗蒼色が広がっていた。点在する家々の煙突からは煙が立ち上り、夕食の準備が始まってることを思わせる。
「エルグレドさんから7時前には戻って来いって言われたけど……大体、今何時なんだろう?」
篤樹はエシャーに聞いてみた。多分、分からないだろうけど……
「分かんないよ。『村』とこっちじゃ『時間』の考え方が違うんだし」
あ、やっぱり?……さてと、誰かいないかなぁ。それか、どこかに時計が無いかなぁ……俺が見ても分かるような形のやつが……
篤樹は、西端の柵囲いに在る数軒の家々を見た。外には誰も出ていないが、煙突から煙が上がっている家が2軒ある。いざとなったらあそこで聞けば良いか……
「時計ってのがどこかにあるんじゃないの?」
エシャーがヒョイッと柵を乗り越えて集落に入っていく。
「おい! エシャー! 勝手に入ったら……」
篤樹は言葉を切った。林のほうから何かが来る……何だろう? 木々の合間に2つの人影が見える。
一応用心のためにと、篤樹はポケットから「成者の剣」を取り出し握る。昨日の事を思い出した。あれがサーガだったら……どうする? 篤樹は自問自答する。そして……やっぱり「アイスバーの棒」と変わらない握り心地の『伝説の武器』だと心細いな、とも思った。とりあえず……
「エシャー! こっち! 誰か来る!」
篤樹の声掛けに、近くの家の窓から中を物色しようとしていたエシャーが振り返った。
「あ! レイラーッ!」
エシャーは林に向かって駆け出す。え? レイラさん? 篤樹は目を凝らした。木々の間の下草を分けるように姿を現したのはレイラと……何だか「小人を大きくしたような」高齢の男の人だ。
「あら? エシャー。それにアツキも?……どうしたの?」
「なんじゃ? 知り合いっ子かい?」
男性がぶっきらぼうにレイラに尋ねる。
「ええ。連れの者たちですわ。本当に助かりました。ありがとうございます」
「レイラー、どこに行ってたの?」
駆け寄ったエシャーは、そばにいる「不審な老人」に警戒しながらレイラの腕を握り尋ねる。
「林の中で道に迷っていた所を、こちらの御仁に助けていただいたのよ」
は? 篤樹は違和感を感じた。生粋のエルフであるレイラが「林の中で道に迷う」だなんて……
「え? こんなに木々があるのに?」
エシャーも同じ違和感を感じたようだが、レイラの「ちょっと黙ってて」的な仕草に気付き、それ以上は触れないようにした。
「村のモンでも迷うことはある。手入れらしい手入れもしとらんからな。まあ、それでも、野獣やサーガに襲われんで良かったなぁ。最近はまた物騒になったからな」
「ええ、本当に。慣れない場所なのに、つい奥まで入ったせいで……お恥ずかしいですわ。本当に助かりました。命の恩人ですわ」
近づいて来る3人の会話を聞きながら、篤樹はますます違和感……というよりもレイラが「何を企んでいるのか」とハラハラしてきた。
「フン……まあ、これからは気をつけるんじゃな」
その「おじいさん」が別れを告げて離れようとすると、レイラは突然しゃがみ込んだ。
「レイラ!」
「おお! どうした!」
エシャーと老人がレイラの異変に動揺する。篤樹は唖然とその「クサイ芝居」を傍観する。
レイラさん……何するつもりだ?
「少し、疲れが……あと、安心して気が抜けたせいかも知れませんわ。少し休んでいれば……」
「ダメだよレイラ! こんな所で座り込んでたら……」
「おい、若いの! 手を貸してやれ!……なあ、そこがワシの家じゃ。少し休んでいくとええ」
篤樹はおじいさんに言われてハッとし、急いでレイラに駆け寄る。おじいさんは柵を乗り越え、さっきエシャーが物色しようとしていた家に向かって歩きだした。
「レイラ、大丈夫?」
エシャーは心配そうにレイラに声をかけるが、篤樹はレイラに肩を貸しながらいぶかし気に小声で尋ねた。
「何のつもりですか? こんな嘘をついて……」
レイラは篤樹と目線を合わせると、悪びれも無い涼しい笑顔を見せた。
「あら? バレてたの? ま、話をあわせて下さいね」
やっぱり何か企んでるんだ、この人……
レイラが柵を越えるのを、エシャーは一生懸命に……篤樹は手を抜いて「手伝って」あげた。空はもう大部分が深蒼色に覆われていた。
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「埃が少々積もっとるが……ま、掃って適当に座ってくれや。まったく……数日で戻るつもりが、あんなサーガ共の群れに遭遇してしまうとはな……身を隠しとるウチに、ちょいと留守が長引いてしまったわい」
おじいさんの家に入ると……篤樹はその散らかり様に唖然とした。テーブルやソファーの上だけでなく、床の上にもガラクタや紙が散乱している。休めって言われても……
「おじいさん! お家、汚な過ぎ! ちょっと片付けるね!」
エシャーがさっさと手を出そうとした。
「おいおい! やめんか! 資料が混ざってしまう!」
いや……もう十分に色んな物が混ざってるように見えますけど……
篤樹は姉の机周りを思い出した。「自分で分かるように『整理』してるんだから勝手に動かさないで!」と、母に文句を言ってた姉の姿とおじいさんの姿が重なる。
「だって、滅茶苦茶ちらかってるじゃない!」
エシャーの突っ込みにも、男性はぶっきらぼうに応じた。
「ワシはどこに何があるのかを、ちゃんと覚えて『置いてる』んじゃ! 触らんでくれ! そこの椅子にでも座っててくれ!」
そう言うと、山のように本が積んであるソファーを指さす。
「えっと……この本は?」
「どっか適当に避けといてくれ」
これは適当で良いのかよ!
篤樹はツッコミたい気持ちを抑え、とりあえずテーブルの上のスペースを少し空けると、本を移動し積み重ねた。全体的にザラッとした埃感を感じる。おじいさんは暖炉に火を入れた後、ランプにも火を点けた。
「あら? それは『ガラス製のランプ』ですの?」
レイラが珍しいものを見た、というように尋ねる。
ガラス製のランプ?……そうか……ルエルフ村でも、タグアの町でも……ランプは鉄製のカゴみたいなやつだったっけ……
総ガラス作りのランプを見ながら、篤樹はクラスの女子たちの会話を思い出した。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「ゴールデンウイークに、北海道の小樽に行って来たんだぁ」
3年2組の教室……運動場側の席に座っている愛川紗希の周りには4~5人の女子が集まっている。紗希は家族旅行のお土産として、集まってる子たちに小さな紙袋を渡していた。
「何これ? ビー玉?」
「世話焼きおばさん」の高木香織が、袋から取り出したものを見ながら尋ねる。一番後ろの席でボンヤリ窓の外を眺めていた篤樹も、その声に反応して「それ」に目を向けた。
ん?……ビー玉付きのキーホルダー?
「違うよ! ほら、小さくって軽くって可愛いっしょ」
若干「北海道語尾」まで持ち帰った紗希が、香織の手からそれを預かりユラユラと目の前で揺らす。
「へえ……ガラスで出来たシャボン玉みたい」
一緒にいた井上陽子が真似をし、自分が貰ったキーホルダーを顔の前で振る。
「割れないの?」
小川京子が心配そうに尋ねた。
「大丈夫っしょ? 土産物屋さんが売ってたんだから」
根拠の乏しい太鼓判を紗希が押した。透明なガラスの球体に、細やかに美しい彩色が施されたキーホルダー……中はシャボン玉のように空洞になってるのか……
篤樹は女子たちがそれぞれの顔の前で、左右にキーホルダーを揺らす様子をボンヤリ見ていた。
「他にも色々あったんだけどね、ちょっと高くって……でもね、すっごい綺麗なガラス工芸品が一杯あってね! お母さんが『北一ガラス』で本物のガラスのランプを買ったから、お父さんが家に吊り下げたんだぁ……すっごい綺麗だよ! ランプの光」
ランプかぁ……中から召使いの妖精とかが出て来るのかなぁ……? でもあれは形が違うかぁ……
変な連想をしながら、ボンヤリと女子たちを見ている篤樹に気付いた香織が声をかけてきた。
「ん? 賀川くんも紗希のお土産欲しいの?」
え? 篤樹はハッと気づいて女子たちを見る。みんなキーホルダーをブラブラと揺らしながら……
「欲しい? でも、あっげなーい!」
なんだよそれ! 要らねぇよ!
篤樹はふてくされると、また窓の外を見た。もうすぐ修学旅行だし、キーホルダーなんか自分でいくらでも買うさ!




