第 45 話 送り火
エルグレドが持っていた非常通達煙とレイラの伝令魔法を使い、結びの広場 跡地には町の巡監隊と法暦省の調査隊が来る手はずを整えた。
「これで後処理は職員たちがやってくれます。私たちは先に進みましょう」
エルグレドの指示で一行は広場を後にし、予定通り森の中を北進する。陽も沈み、その夜はタグアの北の森の中で 野宿をすることになった。
「あの人……調査隊の人の遺体は、ちゃんと御家族の所に帰れたんでしょうか……」
焚き火を見つめながら篤樹はエルグレドに 尋ねる。
「あの後、広場にはちゃんと人が送られて来たみたいですから、大丈夫でしょう。確認弾が上がってましたから。レイラさんの伝令魔法で詳細も『文書』で送り届けましたし……あそこで何が起こったか理解された上で 対処してくれるはずです」
あの調査隊員の遺体は、発見しやすい場所へ4人で移動させた。篤樹はその時のことを思い出す……首を切られ絶命していた「彼」の見開いた目……エルグレドがその目と口を閉じさせ手を胸の上に組ませると、4人で 黙祷を捧げた。
人の身体は死んでも消えない……だから「死」の実感があるのだ、と篤樹は感じた。エシャーの母エーミーの死に「実感が無い」のは、その 亡骸を自分の目で見ていなかったからなのかも知れない。……死んで 木霊に変わっていく姿でも見送っていれば、まだ「死の実感」も 湧いたのだろうか……
父さんや母さんの死を目の前で「見たら」どんな気持ちになるのだろう? あの 高山遥が、従兄妹のお兄さんのことを今でもあれほど近くに感じているのも……もしかしたらその「死」を目の前に見なかったからなのかも知れない。
篤樹は「元の世界」でも「こちらの世界」でも……今日……生まれて初めて「人の死」を目の当たりにしたという事実に向き合っていた。いや…… 客観的に死を「見た」だけじゃない。たとえサーガ相手とは言え、自分のこの手で「死」を生み出したのだ……
「アツキくん……、あの時……ホビット系サーガに 襲われた時、どうやって倒したんですか?」
エルグレドが、小枝を 焚き火に投げ入れながら篤樹に質問した。焚き火の 薪が崩れ、いくつもの火の粉が 宙に舞い上がり「スッ」と消える。
「……エルグレドさんがエシャー達の所に行って……しばらくしたら、草むらがガサガサと動いて……で、奴が飛び出して来たんです。槍を突き出しながら……」
篤樹は「あの時の場面」を焚き火の炎の中に 映し出すように思い出していく。
「最初のヤツみたいに……何だかよく分からない 唸り声を上げながら……で、何か武器になりそうなものをって探したら『ワーウルフの斧』があったから……取りに行ったけどダメで……その……重過ぎて持てなくって……で、ヤツがしつこく槍で突いて来るから1度槍を 掴んで……槍を奪い取りながら 蹴ったんです。ヤツの顔を……」
プギャー! と叫んで倒れたヤツの 恨めしそうな顔……しばらく夢で見そうだなぁ……。思わず「す、すみません!」なんて謝った事は……とてもみんなには言えない……
「倒れたヤツは……そのまま逃げていくかと思ったら……最初のサーガの……あの『小型』のが持ってた槍を拾って……で、また突いて来たんです。だから……僕もやり返そうと思って……」
ホビット系サーガはしつこく篤樹の足元と顔を交互に 狙い、突いてくる。その素早い動きに対し、篤樹は何とか「松葉ぼうきチャンバラ」の要領で対応した。学校の 外掃での経験がこんな形で活かされるとは、あの頃は思ってもみなかった。
「でも結局、僕は槍を 叩き落されちゃって……でも僕もヤツに 蹴りを入れたら、ヤツの槍も折れて……で、今度は短くなった穂先部分を 握って飛びかかって来られて……」
篤樹は 刺されないよう後ろに飛び 退いた。だが、地面に落ちていたワーウルフの斧に足を取られ、 転んでしまう。ホビット系サーガは機会を逃さず、穂先を篤樹の顔面に突き刺そうと飛びかかってきた。
「ヤツの腕を両手で掴んで……とにかく刺されたらイヤだから……でもあの小ささの割りに結構押す力が強くって……身体も動かせなくて、 払い落とすことも出来なかったです……」
このままじゃ、マウントポジション取ってるヤツのほうが有利だ。上から体重を乗せて刺されたら絶対に死ぬ! 篤樹は何か 打開策が無いか 周りを探した。手ごろな石でもあれば 掴んで顔面を殴り飛ばすのに……でも石は見当たらない。少し先にさっきのワーウルフの斧も見えた。だが、あんな重たい武器、俺は持てない……
「それで……上着のポケットに入れてた『 成者の剣』を思い出したんです。で……何とか左手一本でヤツの腕を押さえて……急いで右手でポケットからあの棒……じゃなくて『成者の剣』を出して……でも使い方が全然分からなくて……だから『 堅さ』を利用して、ヤツの顔面を叩いたんです……」
篤樹は「アイスバーの棒」のような成者の剣を掴むと、握り 拳からほんの少し出ている棒の部分でホビット系サーガの横っ面を叩いた。結果は……何も変わらない。全然効いていなかった。
「でも……全然ダメで……それで、もうダメかもって思ったんです。よだれを垂らしてるヤツが……僕の鼻に 噛み付こうとして顔を近づけてきて……それで……右手をヤツの後頭部の上に高く上げて……」
「成者の剣」は剣に選ばれた者にしか持てない。じゃあ、他のヤツは? エシャーは「重過ぎて」持てなかった……コイツは?
篤樹は敵の後頭部の上に出来るだけ高く右腕を伸ばすと、成者の剣をパッと 手放した。
「 剣の『重さ』で……ヤツにダメージでも与えられればと思って手を離したら……ヤツの口の中から……『成者の剣』が出てきて……ヤツの後頭部を突き 破って……落ちて来たんです……その……僕の口の中に……」
ヤツの口から飛び出して来た「何か」を、篤樹は咄嗟に歯で 挟んで 咥えた。味わった事の無い苦味と悪臭を感じる。何かの攻撃かと思ったが、ヤツの力が抜けたのを幸いにその身体を払いのけた。ヤツは……立ち上がって来ない。
篤樹は口に加えていた「それ」を手に持ち立ち上がる。ヤツの口から飛び出して来たモノが、サーガの体液に 塗れた「成者の剣」だったと分かった……その時、草むらの中からエルグレドたち3人が姿を現したのだった。
「あらまあ……一体どんな戦い方をなさったのかと思えば……『伝説の剣』なのに……」
焚き火を囲み横になっていたレイラが、驚いた表情で篤樹を見る。レイラの後ろに 膝を 抱えて「体操座り」をしていたエシャーも楽しそうに声を上げた。
「面白ーい! アッキーの戦い方って独特だねぇー」
面白い……か。篤樹は困ったような、 寂しそうな……少し悲しそうな笑顔で焚き火を見つめる。
「エシャー……」
篤樹の様子に気付いたレイラは身を起こし、エシャーに声をかけた。
「え?……あ、ごめん……私……何か変な事……言った?」
篤樹は急に寂しくなった。膝を抱え、腕に目を押し当てる。何だろう……
「……アツキくんは『向こうの世界』では、何者をも 殺める事なく生きてきたのでしたっけ?」
エルグレドが火に枝を追加しながら問いかけた。篤樹は膝の間に 隙間を作り、声が届くようにして軽く頭を横に振る。
「『何も』って事は……無いです。虫とか……釣った魚とかくらいは……。牛や豚とか、鶏や……鹿も……食べた事はあるけど……僕が殺したワケではないけど……でも……アイツは……そんな『動物』とか『虫』とは違う気がして……。サーガって言われるけど……話しをしたり、笑ったり、怒ったり……何か、僕……『人殺し』になっちゃったんだなぁって……」
「何言ってるのアッキー! サーガは『人』じゃないわ!『生ける者共通の脅威』だよ!」
エシャーが驚いたように声を上げる。その声にレイラも続けた。
「エルフにとっても、妖精や小人族……獣人たちにとっても、サーガは危険な『害悪』よ」
「分かってるよ!」
篤樹は2人の意見を聞きながら、ぶっきらぼうに答え顔を上げる。
「分かってるよ……そんな事……ヤツの会話も笑いも怒りも……僕を……人間を殺して食うためのものだったってことくらい……分かってるよ。ヤツに喜ばれるためには……僕が殺されなきゃいけなかったことくらい。……でも……そうじゃなくって……ヤツが『敵』だったから……『サーガ』だったから仕方無いとか、やっつけて良かったとか……そんな風には思えなくって……」
「じゃあさ!」
エシャーが口を 挟む。
「じゃあ、アッキーは……アッキーは私たちがあの『広場』でヤツラに殺されててもそんな事言うの? レイラも私も傷つけられて……危なかったけど、なんとかアイツラを倒して……だから今、こうしてみんなで一緒にご飯食べて、お話して……一緒に生きられてる事が『良かった』って思えないの?」
「そうじゃなくってさ!……そんなんじゃなくってさぁ……なんで分かってくれないんだろう……」
篤樹は寂しさの原因が分かった気がした。エルグレドとレイラはこれまでに何体ものサーガを『倒してきた』からこそ今ここにいる。でもエシャーは? あの腐れトロルを倒した時、俺は「助かった、良かった」って素直に喜んだ。でもエシャーは 嬉々としてサーガを殺したようには思えなかった。村の中でも……タグアの町の中でも、エシャーは「殺し」とは無関係の……自分と同じ「普通の子」だと思ってた。
なのに……サーガを倒す事に何のためらいも無いんだって事が分かった……あのホビット系サーガを倒した時の話を「面白い話」として聞いたんだ。それが悲しくって……
エルグレドが心情を察したように、穏やかな口調で語りかける。
「アツキくん……私はサーガを倒し続けます。奴らが目の前に現れる限りは……ね。でもサーガを『 狩り』には行きません。それは 討伐の使命を持って生きている方々がやる事ですし、それに対して否定も肯定もしません。でも……目の前に現れたら全力で 排除します。ヤツラも全力で私を殺すために……『食うため』に 襲ってくるのですから……」
レイラもその言葉に続けた。
「私もサーガを倒す事に、何のためらいもないわ。だって、あちらにしてみれば私たちエルフは『食べ物ではないけど殺してしまえ』って、お遊び感覚で 襲って来られるのですから。人間や獣人を『食料』と見て襲い、エルフや妖精を『遊び道具』として殺すようなヤツラよ。話し合って改心するなんて事が永遠に無い存在……それがサーガ。変わることの無い悪の 塊……そんなヤツラに、一切憐れみの感情はもてなくてよ」
分かってる……分かってるよ……そんな事……だけど悲しいんだから仕方ないじゃないか……
エルグレドが大き目の枝を火の中に投げ入れた。火の粉が大量に舞い上がる。篤樹は舞い上がった火の粉を目で追った。 暖気に乗った火の粉は、木々の 枝間を抜け夜空へ舞い、そのまま星明かりと同化して消える。
「星が……あんなに……」
焚き火の 灯りが木々や枝葉に反射している中でも、ぽっかり広がっている夜空には数え切れない星々が 瞬いている。篤樹はそのまま空を見上げた。
「僕の……僕がいた世界では……人は『死んだら星になる』って言ってる人がいました」
篤樹は特定の誰かにというわけでなく口走る。
「星? お空の光の穴?」
エシャーが不思議そうに答える。お空の穴かぁ……この世界は「天動説」を信じてるのかなぁ……それとも、ここは本当に「天」が動いてたりして……。篤樹は「天動説の絵」を想像して微笑んだ。
「……もちろん、それは迷信で……『星』になんかならないんでしょうけど……でも、エルフや妖精が『 木霊』になって空に広がったり、サーガの中にも『黒い 霧』になって飛んでいく奴がいたり……人間も火葬したら煙になって空に上って……みんな最後は『星』になる……なんて話も『あり』なのかなぁ、なんて……」
「……なんだかよく分からないけど、アッキーは『星』にならないでね」
エシャーも空を見上げながら、篤樹の「変な話」に乗って来てくれた。
「アツキくん……これからの旅では……またいつサーガとの戦いがあるかは分からないですよ……戦えますか?」
エルグレドも星空を見上げながら篤樹に語りかける。篤樹は正直に答えた。
「その時にならないと分かりません……殺したくはないし……僕も生きていたいです。エシャーにもレイラさんにも……エルグレドさんにも……死んで欲しくなんかはありません」
「あら? 隊長さんより先に私の名前を出してくれたのね。ありがとう」
レイラも舞い上がる火の粉を見上げたまま篤樹に答える。
調査隊の人も……あの広場のサーガたちも……全ての「 命在った者たち」が……今はどこにいるのか分からない。
だけど、僕らは今……ここに「生きて」いる。彼らを見送って……今、僕らはここに 在る……




