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「3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~」【 完結作品 】   作者: カワカツ
第7章 それぞれのクエスト編(全84話+エピローグ)
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第 423 話 呼びかけ

 早く……「ゴミ」を片付けないと……また「お父さん」から叱られる……お母さんに嫌われちゃう……


 柴田加奈はおぼろな景色の中に浮かぶ「ゴミ」を見ていた。どんなに吹き飛ばそうとしても、その「ゴミ」はフワフワ動き、視界から消えない。薄暗い台所の床に砕け散ったガラスの破片を、素手で搔き集めて捨てる。裸のまま、布団の上に散らばったティッシュペーパーや汚物を集め、新聞紙に包み捨てる。痛い思いも、気持ち悪い感覚も、全て「自分」ではなく「蛇」に与えられている罰……蛇は「悪い子」だから「罰」を受けるのは当然のこと……。言い付けを守ら無ければ「罰」を与えられる……それが「ルール」なのだ……だから……


 綺麗にお掃除しておかないと……また「蛇」が罰を受けちゃう……


 自分の「心」を守るため、いつの頃からか芽生えた「代理人格」を見つめる客観的主観性……加奈は自分自身の感覚である痛みや悲しみ、嫌悪感を「蛇への罰」と置き換えながら、それでも実際には自分の痛み・嫌悪感として認識する「矛盾と混乱」から目を背け続ける。


 この世界に佐川と2人きりの状態に長期間置かれ、いつしか佐川を「お父さん」と同一認知するようになっていた。言われる通り従順に従わなければ、身体と精神をズタズタに切り裂かれる苦痛……そして、性的な虐待と恥辱……助けを求めて泣き叫ぼうとも、誰も助けてはくれない。むしろ、ますます苦しい目に遭わされるだけ……それならば、「お父さん」の命令通りに動かされる「蛇」で居たほうがマシ……


 なかなか片づけられないフワフワ浮かぶ2つの「ゴミ」が気になる。早く消し去ってしまわないと……また「お父さん」に叱られてしまう……



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「駄目だわ……全く声が届かない……」


 黒魔龍の口から繰り返し放たれる「黒矢の雨」を避けつつ、直子は一旦距離をとる。美咲も黒魔龍の射程から離脱し、直子の光球体横に並ぶ。


「周囲に在る佐川さんの法力波がかなり強いみたいですね……。とにかく、加奈さんと直接話が出来れば……」


 攻め手にあぐねる2人の表情に、疲労の色が浮かんでいる。エシャーは美咲の光球体内に収まったまま「神々」の表情を心配そうに見上げた。


「やっぱり……佐川さんをもう一度封じるほうが……」


 美咲の言葉に、直子は視線を向け軽く笑む。


「美咲さん……あなた今『どの程度』回復出来てる?」


 直子からの問いに、美咲は苦笑した。


「ですよね……。先生も『まだ』……ですよね?」


「残念だけど……長い間、佐川さんを押さえるために力を使い続けて来た私たちと、この時に備え力を蓄え続けて来た佐川さんとじゃ……今度はこっちが封じられかねないわ」


「あの……」


 2人の「神々」の会話に、エシャーも恐る恐る加わる。


「アッキーが……カガワアツキが今、塔の中にサーガワーと2人っきりなんです!」


 エシャーからの訴えに、直子はハッと視線を下げ「タクヤの塔」を見下ろす。美咲も「あっちゃァ……」と声を洩らし塔に目を向けた。


「うっかり……柴田さんにばかり意識を向けてたから……」


 直子は歯を食いしばり、自身のおろそかさを悔いる。


「ここは私が何とかします! 先生は賀川くんを!」


 美咲の声に直子は顔を向けうなずく。


「危ないッ!」


 エシャーの叫び声で、直子と美咲は視線を黒魔龍に戻した。直後、2人の光球体が横からの激しい衝撃を受ける。


「キャッ!」


「グッ……」


 瞬時に防御を強化したおかげで、光球体は弾き飛ばされる事も破壊される事も無く踏みとどまる。


「痛ッたぁ……」


「柴田さん!」


 黒矢攻撃をかわせるだけの距離をとっていたはずだが、黒魔龍はいつの間にか距離を詰め、尾を使った攻撃をして来た。再び距離をとろうと周囲を確認した直子と美咲は、黒魔龍が全身で描く「円」の中に追い込まれている状態に気付く。


「……先生……同時に上下へ離脱しましょう……」


 美咲からの提案に直子は即答せず、視線を巡らせ黒魔龍の動きを探る。


 ダメ……上も下も同時に攻撃出来るだけの警戒を張り巡らせてるわ……彼女の注意を他に向けさせないと……


「先生……?」


 美咲は直子に判断を促す。しばらく考えをまとめ、直子は美咲に顔を向けた。


「美咲さん! ここに『教室』を創れる? 中学校の……私のイメージを使った3年2組の教室を!」


「教室?」


 一瞬、意図が読めず首をかしげた美咲だったが、直子の表情から「計画」を読み取り笑みを浮かべうなずいた。


「今の『力』じゃ、空中に物体創成なんか無理ですけど『背景画』だけなら行けます!」


 美咲の提案に直子も笑みを返しうなずく。


「充分よ、それで。じゃあ……お願いするわね……」


 直子は少しのあいだ目を閉じ、脳内のイメージを固める。すると、額から小さな光の球が美咲に向けて飛び出した。美咲は瞬きもせずに直子からの光球を額で受ける。


「うわ……懐かしいなぁ……私の中学生時代もこんな感じの教室でしたよ」


 すぐに直子の固めた「3年2組の教室イメージ」を共有した美咲は、嬉しそうな声を上げた。


「まあ、大体どこも似たような造りですものね……さ! お願いね! 私も……」


 直子の全身が薄い光に包まれ、すぐに「白衣」をまとった姿になる。


「あ、先生! 理科の先生っぽい!」


 美咲が嬉しそうな声を上げると、直子は照れ笑いを浮かべた。


「校内でいつも着てたから、少しは柴田さんの気をひけるかなと思って……さ! 美咲さん、お願い!」


 直子の指示にうなずくと、美咲は目を閉じ、空中に巨大な「光の板」を発現させる。見る見る内に光の板に何かが描き出されていくのを、エシャーはポカンと見つめていた。数十秒と経たずに、直子の脳内に有った「3年2組の教室」が立体的に描き出される。


「……あの『絵』……いったい……何を……」


 空中に現れた巨大な「背景画」を見つめ、エシャーは美咲に尋ねた。美咲は視線を光の板に集中したまま、エシャーに応じる。


「直子先生と加奈さんが共に過ごした場所……学校の教室よ。黒水晶の中に居る加奈さんが『チラッ』とでも見てくれれば……ん……ゴメンなさい。ちょっと集中させて」


 意図を説明していた美咲は、自身の法力発現に集中するため会話を切った。エシャーも納得し、視線を直子に向ける。


 アッキーの「先生」……湖神様とシバタカナが共に過ごした空間……ドウキュウセイのアッキーも、あのお部屋で過ごしてたんだあ……


 写実的に精巧な「教室の絵」に向かい、エシャーは大きな目を見開き食い入るように見つめた。王都でサレマラと過ごした学舎の講義室とは全く雰囲気が違う。30数組みの個人用机と椅子が整然と並び、大きな緑色の板が正面壁の大部分を占めている不思議な部屋……左側は壁ではなく広い窓が並び、白いカーテンを透過する陽の光が室内を照らしている。右壁は前後に引き戸と、すりガラスの窓が並んでいるが陽射しは入っていない。やがて「絵」の中のカーテンが風を受けたようにゆっくり動きを見せた。


「柴田さん……柴田加奈さん!」


 美咲の創り出した「絵」を背景に立ち、直子は黒魔龍の正面から語りかける。


「柴田さん! 私よ。クラス担任の小宮直子よ。聞こえてる? ねぇ、柴田さん!」


 黒矢の次撃を放つため鎌首を上げ始めていた黒魔龍の動きが止まる。開きかかっていた口を閉ざし、頭部をわずかにひねり見つめる黒魔龍の様子を確認した直子は「担任教師時代」さながらの明るく元気な声で呼びかけた。


「柴田加奈さん! 私よ! 分かる?」


 直子は白衣を強調し、笑顔を黒魔龍にしっかり向ける。上がりかかっていた黒魔龍の頭部がゆっくり動き出し、直子の正面数メートル先まで下ろされて来た。



―――・―――・―――・―――



 空中を浮遊する2つのフワフワした「ゴミ」が不思議な動きを見せた。加奈は「お父さん」の言い付けを忘れ、そのゴミ……いや、2つの「光」に意識を向ける。


 これは「ゴミ」?……違う? じゃあ……何なのだろう……綺麗な「光」……あたたかい「光」……


 「ゴミ」という認識が薄れ、「光」として意識を向ければ向けるほど、2つの浮遊体は加奈の心を引き寄せる。


 何だろう……これは……「音」?……違う……これは……「声」だ……


 意識を切り離していた加奈の「五感」が、小さな刺激を感じ取った。永遠とも思える長い長い時間、すっかり感じ取ることを忘れていた感覚だ。おぼろでモノクロな視界がセピア色に、やがて、色付く世界を映し出す。


 ……あの「部屋」……知ってる……。それにあの「声」……あれは……誰かを呼んでいる「声」。……カナ……シバタ……それは……誰?……あ……私だ……私を……呼んでいる? 誰が……


「柴田さん! 私よ。クラス担任の小宮直子よ。聞こえてる? ねぇ、柴田さん!」


 色付いた黒魔龍の視界……加奈の目の前には、美咲により映し出された「3年2組の教室」が広がり、白衣を着た1人の女性……小宮直子が真っ直ぐ視線を向けている。


「柴田加奈さん! 私よ! 分かる?」


 黒魔龍の眼光が「別の意思を持つ光」に変わった事を確信し、直子は満面の笑みを浮かべて加奈の名を呼んだ。


 コミヤ……小……宮……小宮先……生?


 具現化した黒魔龍の「核」となっている黒水晶―――その硬い防御に包まれた少女のまぶたが、かすかに震えた。


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