第 41 話 成者の剣
店内に 所狭しとばかりに雑然と置かれている 槍や剣、盾や 鎧を前にし、篤樹は圧倒されていた。映画などで見たことのあるような武器や防具、見たことも無い形の武器に心がひかれる。
そういや卓也の部屋にあったRPGの攻略本にも色んな武器や防具がイラストで描いてあったなぁ……これが本物かぁ……
鏡のように綺麗に 磨かれた新品のものや、サビが浮いたりへこみや傷の付いてる中古品が、一つの 棚に置けるだけ置かれている。3軒目となるこの店でも、篤樹は物珍しさに感動を覚えていた。
前の2軒は入るとすぐに、優しそうな店主が愛想良く篤樹に対応を始めてくれたが、その 途端に「このお店はダメね。行きましょ」と、レイラの判断で出ることになった。不快な表情を浮かべるお店の人に、頭を下げながら店を出る肩身の 狭さときたら、胃が縮み上がる痛みを覚えるものだった。
レイラさんは接客されるのが嫌いなのかなぁ? でも、このお店は大丈夫そうだ。これだけ見てるのにまだ誰も対応に出てきやしない。
篤樹は最初に槍を持ってみる。旅人と言えば 杖を持ってるイメージから、槍なら杖代わりにもなるかな? と考えた。だが、棒高跳びのポールのような長さで持ち応えのあるものや、工事用三角コーンにはめるバーのような短いタイプもあったが……どうにもしっくりこない。
やっぱり冒険者なら剣なのかなぁ?
卓也の部屋で見た攻略本を思い出しながら「勇者」の装備を真似してみようかと探してみる。
「ひのきの棒・鍋のフタ・布の服」なんて初期レベルじゃない「~の剣」や「~の 兜」とかって、特別な名前が付いてるのが格好いいなぁ……
篤樹はそれっぽい装備を手にしては試してみた。
「戦争に行くわけじゃないのよ『坊や』。選ぶのは武器だけで充分よ。防具なんか 邪魔になるだけ」
レイラに「1人ファッションショー」を見られていた恥ずかしさと、 坊や扱いされた恥ずかしさで、篤樹は顔を赤らめながら 鎧を脱ぎ、棚に戻す。本物の武器や防具など触った事も無い篤樹は……槍もそうだが、剣も兜も鎧も「かなり重たい」という事実に驚いた。
去年まで「置き勉禁止」だったせいで、勉強道具と部活動具を合わせ15kgくらいの荷物を毎日持って登下校していたが、それ以上の重さを感じた。確かにフル装備なんかしたら旅の邪魔だな……
篤樹は剣選びだけに集中し始める。手に持つとやはりどれもズッシリ重い。
もっと軽いヤツが良いかなぁ? でも役に立たない「なまくら」だと意味ないし……
「アッキー! 見て見て!」
奥の棚のほうからエシャーの声が聞こえる。篤樹は声の聞こえるほうに足を向けた。
「どうした……のゥワッ!」
目の前に突然なにかが飛んで来る。思わず叫び、上半身をそらした。「それ」は篤樹の背後に回り込んでUターンすると、飛んできた方向……エシャーの手元へ戻っていく。
「うわ! アッキーすごい! 避けられるんだ、これ!」
事態がよく飲み込めないまま、篤樹は目を見開きエシャーを見る。
「な……なに……?」
「これ、ほら見て! すごいんだよ!」
エシャーは短い通路を駆け寄り「それ」を自慢げに見せた。小型の輪型フリスビーのような形で、エシャーの細い腕に似合うブレスレットのようにも見える。
「ね、見てて」
そう言うとエシャーはその「ブレスレット」を正面に投げた。 狭い通路の幅ギリギリに楕円軌道を 描きながら、それはまるでブーメランのようにエシャーの手元へ戻って来る。
へぇ……面白そうな「おもちゃ」だなぁ!
「ちょっと貸して」
篤樹はエシャーからその「輪」を受け取ると、同じように投げてみた。
コンッ! カラン、カラン……
しかし「輪」は通路の奥まで真っ直ぐ飛んで壁に当たり、床に落ちて 転る。
「あっ……」
「アッキー、下手くそー!」
エシャーがキャッキャッと笑う。あれぇ? 全然「楕円軌道」にならなかったなぁ……フリスビーは得意だったのに……ブーメランみたいに投げないとダメなのかなぁ?
良い格好を見せようとして失敗したとき独特の、なんとも言えない照れ臭さを感じながら、篤樹は床に落ちた「輪」を取りに行く。それを拾って立ち上がる時、ふと棚に置いてある小さな「棒」が目に入った。
「ここの棚、面白いのがいっぱいあるんだよぉ」
エシャーは篤樹の手から「輪」を受け取り、接客店員のように自分が見つけた面白い道具をいくつか紹介し、実演して見せる。篤樹はエシャーの説明と実演に 曖昧な相槌を打ちながら、さっきの「棒」をチラチラと見ていた。
あれって……何だろう?
「それ」はまるで「アイスバーの棒」のような大きさと形をしている。材質はもちろん木では無く金属感があるが、黒っぽく見えたり金色に見えたり赤に見えたり……見る見る色が変わる不思議な素材だ。エシャーの説明をうわの空で聞きながら、篤樹はその棒に手を伸ばす。
「持っている」という感覚以外、 別離感を感じさせない不思議な重さだ。
「いらっしゃいませ」
店内を 見分していたレイラの横に、店主らしき高齢の男性が現れた。レイラは特に驚くことも無く微笑む。
「あら? あの子たち、良いのが見つかったのかしら?」
そう言って男性にウインクを見せる。
「坊やたちィ、それを持ってこっちにいらっしゃい」
棚の反対側から呼びかけるレイラの声に、2人は顔を見合わせた。
「また『坊や』かよ……」
「私、あの人キライ……」
2人は面白くなさげに、しかし、指示に従って移動する。
「いかが?」
レイラの問いかけに、エシャーは手に持っている「輪」を差し出した。
「私、これが良いです」
「あら? あなたも選んだの? ふぅん……」
そういや……武器を選ぶのは俺だけだったっけ?
篤樹はエシャーを見た。何だか妹の文香が、母さんにおねだりを拒否られた時みたいな顔してる……。レイラはエシャーのその表情を見てフッと微笑む。
「ま、良いんじゃないかしら? あなたの今の法力じゃ、サーガ10体でも相手にしたら尽きちゃいそうですものね。その手の魔法具くらいは持っていたほうが良いわ。隊長さんには私からもお願いしてあげる」
エシャーはパッと明るい顔になり篤樹に顔を向ける。まるで「ヤッタ! 買ってもらえるかも!」とでも言わんばかりの笑顔だ。
「あなたは?」
レイラはエシャーに微笑みうなずくと、今度は篤樹に顔を向け問いかける。
「あ、僕はまだ……これと言って良いのが見つからなくて……」
篤樹は指で握っている「棒」を、手の中でクルクル回しながら答え、周りの剣に目を向ける。
「持ってるじゃない、それ?」
「え? あ、これ……そこの棚に落ちてた……置いてたんでつい手にしただけで……」
店主は篤樹が手にしている「棒」を見ると、一歩前に出る。
「ほう!『それ』があったのかい? あの棚に?」
篤樹はとりあえず 頷いて答えた。そして、落し物を返すように店主に渡そうと差し出す。
「いやいや! それは君を『選んだ』のだから君が持つべきだよ……そうかそうか。こりゃ、珍しい……」
意味深な言葉に引っ掛かりを覚える。店主は篤樹が「それ」について何も知らないことを 察すると、説明を加えた。
「それは『 成者の剣』という伝説の魔法具ですよ。持ち主と共に成長し、最終的には持ち主にもっとも相応しい形に成長すると言われている『伝説の武器』……珍品中の珍品です。私も……噂でしか聞いた事の無いものですがね」
成者? 持ち主と共に成長する武器? へぇ……
篤樹はその「棒」を目の前にもち、もう一度よく見てみた……だが、やっぱり「アイスバーの棒」にしか見えない。ご 丁寧に両端もきれいに丸みを帯びているし……
「へぇ! すごいね。アッキー、見せて!」
エシャーが篤樹の手から棒を 掴み取ろうとした。
「あっ!」
予想外に重たいものを急に持たされたように、エシャーの腕が「ガクン!」と下がる。 慌てて 手放された「棒」は、跳ね返る事もなく床の上に落ちた。
「ああ、これこれお嬢さん。『成者の剣』は自らが選んだ者以外には持つ事が出来ないものですから、危ないですよ」
「先に言ってよ!」
店主の事後注意にエシャーが 絶妙な突っ込みを入れる。
へぇ。面白い道具……
篤樹はしゃがんで「棒」を持ち上げた。やっぱり 違和感の無い軽さだ。でも……肝心な部分が気になる。
「……これ……『武器』として……どうなんですか?」
だって「アイスの棒」だぜ?
「どうって言われましてもねぇ……使い手次第のモノですし……。ただ、創世7神により創られた『最強の剣』と呼ばれていますから、武器としてはかなりのものかと。ただ、『魔法具』は法力増幅具とも言われるものなので、普通は法術士とか……法力を持つ方が『選ばれる』はずなんですが……」
店主はレイラに返答を求めるように、不思議そうな表情で首を 傾げた。レイラはジッと篤樹を見つめる。
「そうねぇ……坊やに法力が有るのか無いのか……どれだけ有るのか、全く無いのか……私にも分かりませんわ。彼は『特別』なので……」
そう答え、意味深に微笑む。
「エルフの目でも 測れないんなら、私ら常人には全く分かりませんねぇ。ま、何にせよそれが『選んだ』ってことは間違い無い事実ですから、安心してお使いになられては?」
店主が語り終えるとほぼ同時に、エルグレドが店に入って来た。
「こちらでしたか。どうです? 良い物は見つかりましたか?」
エルグレドはサッと一同を見渡す。
「ん? アツキくん、それは?」
「『 成者の剣』だそうよ。この子が見つけたんですって。そこの棚で」
レイラが質問に答える。
「『成者の剣』ですか! それはすごい!……えっと、でも『それ』が 原初形態なんですか?」
エルグレドは、篤樹が手に持っている小さな棒を不思議そうに 眺めている。「成者の剣」という伝説の剣に対する 羨望と、小枝のようなちっぽけな外観に対する疑いが入り混じった微妙な笑顔だ。
「御主人、これはおいくらで……」
篤樹の手元を見つめたまま、エルグレドは店主に 尋ねる。
「え? ああ『成者の剣』は装備屋個人の所有物ではないんですよ。組合全体の昔からの申し合わせで『選ばれた者』に 無償でお渡しする義務がある特別品です。 値なんか付けたら、誰も買い手がつかない 額になってしまいますからねぇ。何か一品御購入いただく『オマケ』という形でお渡ししましょう!」
伝説の武器がオマケって……?
篤樹は自分が握っている「棒」が、ホントに価値のある武器なのかどうか、ますます疑いの目を向ける。心なしか成者の剣は「少し 蒼ざめた色」になったような気がした。
「そうですか! オマケですね。分かりました。それじゃ……」
エルグレドは「オマケ」をもらうための一品を探そうと、店内を見回す。即座にレイラが声をかけた。
「お嬢さんはこれが欲しいんですって。法力不足を 補うにはちょうどよろしいんではなくて?」
エシャーの腕を優しく持ち上げ、レイラはエルグレドに「輪」を見せる。
「なるほど『クリング』ですか……そうですね。エシャーさんにはちょうど良いかも知れませんね。ええ、良いですよ! アツキくんの分が『オマケ』になるんですから。今のおふたりに 相応しい 適正装備だと思います。ではそれをいただくことにしましょう!」
エシャーは「両親共に晴れて許可してくれたような喜びの笑顔」をレイラに向けた。レイラもそれにウインクで 応える。
「やったー!」
エシャー、本当に嬉しそうだ。良かった……
買ってもらったばかりのオモチャを、すぐに袋から出して遊ぶ子どものように、エシャーは「クリング」を左腕にはめたまま右手でクルクルと回転させ見つめている。
それに比べて俺の武器……
篤樹はアイスバーを食べ終わった後、棒の処理に困っている子どものように「成者の剣」を右手につまみ、左手親指の爪にカチカチと当てた。
「ではお支払いを……」
店主がニッコリ微笑み声をかけてきた。エルグレドは新しい武器を喜ぶ2人の様子を 温かな笑顔で見つめつつ、外套の中から 巾着袋を取り出す。
「11万4千ギンになります」
エルグレドの笑顔がみるみる固まっていく。表情の変化に気付いたレイラが篤樹とエシャーに声をかけた。
「さ、お支払いは隊長さんにお任せして、私たちは外で待っていましょうね」
店の外でエシャーとレイラが楽しそうに「クリング 談義」に花を咲かせる間……篤樹は店内から漏れ聞こえる「怒鳴り合いに近い値段交渉」をするエルグレドと店主の声にドキドキしていた。




