第 403 話 決別
「それでね……」と前置きし、勇気は続けて語り始めた。
「美咲さんが言うには、僕ら『チガセ』には、先生たちと同じくらいの魔法力が有るはずなんだって! ここで『創られた』存在じゃ無い『オリジナルの人間』である僕たちは、先生たちみたいに『想像を創造する力』を宿してるはずだって!」
「その『力』を使えば、加奈さんを助けて上げることも出来るはずだ……って、言われたの。美咲さんに……」
勇気と恵美は、ようやく皆に「伝言」を伝え終え、満足そうな笑みを浮かべる。しかし、受け取った側の6人は困惑の表情を浮かべ、互いに視線を交わし合い沈黙してしまった。
「そんな……『魔法』なんて、急に言われも……なぁ?」
「うん……ちょっと……いや、かなりビックリだし……」
牧野豊と大田康平が苦笑いで互いに感想を述べあう。その背後から、ここまで黙って勇気の話を聞いていたメシャクが口を開いた。
「それで……お前たちはこの『ユフの民』を懐柔し仲間に引き入れ、ここまで追って来たということか?『黒魔龍』を『助ける』ために……」
「はい! 美咲さんに教えていただいた情報を、りこちゃんが皆に伝え……て……?」
笑顔で応え始めた勇気は言葉を切った。その勇気の周囲に居たユフの民が、再び一斉に攻撃魔法態勢をとる。最前列で話を聞いていた和希たち6人も、背後に立つメシャクたちから、ただならぬ雰囲気を察し後ろを振り返った。
「……メシャク……さん?」
エルフ族や獣人・鳥人・小人族の族長たちから発せられる「殺気」に、和希は精一杯の笑みで声をかける。しかし言葉を繋ぐ間もなく、メシャクは怒声を発した。
「黒魔龍の……黒魔龍のために『この世界』は古の女神たちにより創られ……黒魔龍を『助ける』貴様らのために、我らは創られた存在というのか?……それが我ら『この世界』に生まれし者たちが存在する意味だと言うのか?……ふざけるな! 人間種どもめ!」
メシャクは右手に握り締めていた槍の石突を、地面に思い切り打ちつける。怒りの感情が法力を増幅させ、空気を揺らすほどの衝撃波が広がった。
「メシャク!」
槍を攻撃態勢に持ち替えたメシャクの眼前に、シャデラが手を伸ばし制止する。その動作に反応し、和希は一瞬、助けを求めるようにシャデラに期待の視線を向けた。だが、シャデラの瞳にも動揺と疑いと恐れ、嫌悪と怒りの色が宿っている事に気付き、引きつった笑みを崩す。
「その話……嘘偽りも虚飾も無い、事実なんだな?」
シャデラは鋭い視線を勇気に向ける。メシャクと他のエルフたちも、勇気と恵美を睨みつけた。
「あの……」
「視線を外すな! こちらを見ろ!」
動揺のあまり目を泳がせた勇気に、シャデラからの厳しい怒声が投げつけられる。身を震わせ、勇気は目を大きく開きシャデラに顔を向け直した。
「……事実……か」
数秒間の「真偽鑑定」を経て、シャデラが声を洩らす。周囲のエルフたちからも溜息が洩れた。
「メシャクさん……シャデラさん……」
和希は声を絞り出す。
「ボクらも……今初めて聞いた話なので……混乱してるんです。あの……どうか、落ち着いて話し合いを……」
「何の『話』だ?」
突き放すようにメシャクが応じる。その横に並び立ち、シャデラも口を開く。
「共に黒魔龍を『滅殺する』ための話……というのなら、これまでと同じく利害は一致するだろうが……『助けて上げる』などと言うのなら……話し合う事など無い!」
「え? いや、それは……」
思わず否定の声を上げた勇気に、メシャクとシャデラから鋭い視線が向けられた。
「ヤツとサーガどもによって、どれほどの同胞を失ったと思っている? 信頼する友、愛する者や親しい隣人……貴様らの『友人』とやらがその命を奪ったのだぞ! 滅する事でヤツに報いを与え、この地に平和を築く……そのための共闘であるはずだ! それともなにか? 我らの存在など、あの黒魔龍の前では無に等しいものだとでも考えるのか!」
今やメシャクたちの目は、完全に「敵対者」を見定めようとしている。和希と一樹はアイコンタクトをとり、軽くうなずいた。
「チガセと呼ばれる人間種たち……」
メシャクが決意に満ちた声をかける。その声にこもる殺気に、ユフの民と同じタイミングで和希と一樹、豊がいち早く反応した。
「恨むなよ!」「逃げろ!」
伝心でタイミングを合わせていたのか、エルフの戦士たちはメシャクの声と同時に、和希や勇気たち目がけ法力をこめた矢と槍を放つ。その1動作の間に、殺気に気付いた和希たちも叫んだ。同時に、ユフの民たちの手から攻撃魔法が放たれる。
「な……」
突如巻き起こった争いに反応出来ずにいた勇気は、呆然と前方を見つめたまま声を洩らした。
「何だ……これは……」
総攻撃を始めようと槍を手に踏み出したメシャクもまた、目の前の光景に驚きの声を洩らす。
双方から放たれた法撃・攻撃は、両者の中間に急に現れた「光る壁」により、空中で制止している。メシャクたちと近い位置に居た洋子たち女子2名はゆっくり振り返り、メシャクたちとの隔てになっている「光る壁」を確認すると、膝の力が抜けペタンと地面に座り込んでしまった。
「りこ……ちゃん?」
和希は、勇気の前に立って両腕を前に突き出す「りこ」の姿に気付いた。りこが発現させた薄く光る防御魔法壁が、尚も双方の攻撃を食い止めている。
「くッ……人間種め……」
メシャクは自分の握っていた槍に法力を注ぎ、光の壁の向こう側に居る「りこ」を目がけ思い切り投げ抜いた。しかし、その槍もまた、防御魔法壁に刺さり止められる。
「完璧な防御……というワケか……小賢しい!」
打つ手の無い事を法力感知で感じ取ったメシャクは、そう吐き捨てると「壁越し」に和希たちを睨みつけた。
「そん……な……んで……」
ようやく思考が動き出した勇気が、突然の「怒り」に対する動揺を声に洩らす。シャデラがその声に反応した。
「『なぜ?』だと?」
シャデラは自嘲気味な笑みを浮かべ、勇気を睨みつける。
「この世界を脅かす元凶は、黒魔龍だけではなく貴様たち……別の世界から来たお前たち全てだと分かったからだ! 古の女神たちも、邪神も含めてな! 我々『この世界』に在る者の<存在意義>を脅かす悪しき者達……だから……滅する他ない!」
「そういう事だ」
防御魔法壁に近付きながら、メシャクも応える。
「サーガを生み出したのも貴様たち『あちら側』の人間種……邪神も、女神も、黒魔龍も、この世界の全て……そして我々を生み出したのもな! その目的が、たかが1人の人間の娘を助けるためだと? そんな話、この世界に生きる全ての者にとっては迷惑千万な情報なのだよ!」
素手で防御魔法壁を殴りつけたメシャクの拳は、壁から弾き返された。苦々しそうに「壁」を睨みつけ、メシャクは続ける。
「……我ら『この地に生きる者』たちの存在意義を、根底から否定するそのような世迷い言、これ以上……この世界に広げられてはならぬと判断した。よって、元凶である貴様らを……この場で滅する! 分かったか?」
メシャクとシャデラの目は、交渉の余地が微塵も残されていない状態であることをハッキリと和希たちに示している。
「そんな……なんで急に……」
「柴田さんと話し合う時間くらい……待っててくれても良いじゃない……」
美月と洋子が、起き上がりながら震える声をシャデラに向けた。その声に、後方に立っていた鳥人種のガイムが応じる。
「悠長な言葉だな。そのような『時間』は残されておらぬぞ? 囮で放った 賢飛鼠種が、いつまでも黒魔龍の先を飛び続けられるはずも無し……囮と『ガラス』を滅した後、ヤツはすぐに戻って来ようぞ」
予言者のように語るガイムの声に、全員が今の状況を改めて認識し直す。ガイムは淡々と続けた。
「チガセが持ち込んだ『ガラス』とやらが、黒魔龍覚醒の元凶……ならば『その女』がゲショルの川に落としたという『ガラス』もまた、滅せねばなるまい。さすれば、ヤツ自身を滅する事が叶わずとも、再びヤツは深き眠りに就くのだろう? ヤツが戻って来る前に……」
「大変だー!」
ガイムが語り終える間も無く、東側の林から数名の獣人族が駆けて来た。
「なんだ?!……噂をすれば……というやつか? それにしても……」
あまりのタイミングに、ガイム自身が目を丸くし首をかしげる。
「サーガの新しい群れだー! 500は居るぞー!」
「あっ……そっちね……」
恐怖に毛を逆立てて疾走してくる獣人の声と、予想した「敵」では無いことに拍子抜けしたガイムの声に、その場に張り詰めていた緊張が一瞬だけ緩んだ気がした。
「……我らは黒魔龍を滅する」
ほんの僅かだが、メシャクの声にこもる「殺意」も軽くなった気がする。ガイムの「間」が入った事で、感情的に決断した選択を再考する余裕が生じたのだと和希は感じ取り、視線をメシャクに戻した。
「今、この場で聞いた『この世界の歴史』も、全て封じる……絶対、後世に遺さぬようにな」
続けて語るメシャクの言葉に、周囲の族長たちや戦士らに動揺の声が洩れた。意図を理解したガイムが、臨戦の姿勢をとりメシャクに尋ねる。
「メシャク……それはこの話を聞いた我ら全ての『口を封じる』と言ってるようにも聞こえるぞ?」
「お前の理解する通りの意味だ、ガイム」
種族間での伝心が使えるエルフと違い、他種族戦士らは対応が遅れた。メシャクが宣言した時点で、すでにエルフ族の戦士たちが、今の話を聞いた全ての戦士らを取り囲んでいる。
「もっとも……」
一触即発の空気を変えるように、メシャクは落ち着いた声で続けた。
「今、この場で戦力を削ぐワケにはいかぬ。全ては黒魔龍とサーガの群れを滅した後……なお、生き残る事が出来た者たちで決断する話だがな」
メシャクの言わんとする「計画」を理解し、ガイムはうなずいた。
「貴様に、我々の生殺与奪を委ねる気は毛頭無いが……まずは目の前の『敵』に共に立ち向かうという方針は分かった。全ては、事を終えた後……ということだな?」
うなずくメシャクに、他種族長たちも了解を示す。
「彼らは……どうする?」
まだ、りこが発現する防御魔法壁に隔たれている和希たちに目を向け、シャデラがメシャクの指示を仰ぐ。
「黒魔龍を『助ける』ことを目的とする連中と……共闘など出来ぬ! 忌々しい防御魔法によって口を封じることも叶わぬと言うのなら……さっさとここを去ってもらおう。その『ユフの民』諸共、ゲショルの滝から2度と外に出て来るな! 分かったか? タナカ」
「なんだよ! それ……」
メシャクに反論しようと口を開いた豊を和希は抑える。しばらくメシャクと視線を合わせた後、和希は微笑みうなずいた。
「分かりました。……この先、どうなるのか正直分かりませんが……ボクらもやるだけやってみます。メシャクさん、シャデラさん……お世話になりました。ありがとうございました」
和希は深々と頭を下げ、メシャクたちに別れと感謝を示す。
「え……ど、どういうこと?」
状況の変化が分からず、勇気はキョトンと声を洩らす。洋子たち女子陣もキョロキョロ互いに視線を交わし合う中、一樹の舌打ちと「なるほどね……」とのつぶやきが聞こえた。
「え……上田くん? どういう……」
「いいから! ホラ、全員並べよ!」
動揺しつつ尋ねた康平の言葉を遮り、一樹はまだ頭を下げている和希の横に立ち、皆に声をかける。腑に落ちない6人の「チガセ」も、一樹にならい横並び立つ。
「いいか……ちゃんと声に出せよ……」
一樹は呼吸を合わせるように指示を出し、真っ直ぐメシャクを見ると大きく息を吸い込んだ。
「ありがとうございましたー!!」
「あ……ありがとうございましたー!」
多少バラけはしたが、一樹に続き全員が声を出し頭を下げる。微妙な空気に包まれた数秒後、メシャクの声がかけられた。
「……そんなことをやってるヒマがあるなら、我らの気が変わらぬ内にさっさとここを去り、成すべきを成せ! バカ共めが……」
最後に投げかけられたメシャクの声は、その発した言葉ほど冷たいものでは無いことを、ユフの民も和希たちも感じ取っていた。




