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「3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~」【 完結作品 】   作者: カワカツ
第7章 それぞれのクエスト編(全84話+エピローグ)
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第 402 話 帰巣本能

「朝倉先生……」


  憔悴(しょうすい)しきった朝倉に声をかけてきたのは、5年生のクラス担任を受けもっている中年の男性教諭だった。憐れみのこもったその視線に、朝倉は 曖昧(あいまい)な愛想笑いで応じる。


「へき地勤務とは言え、良かったじゃ無いですか。教員を続けられるんですから。どうせ、いつかの段階で行かなきゃならないんだし、この機会に消化して来れば良いですよ」


 慰めのつもりなのか、それともたまたま2人っきりになった職員室の空気が嫌だったのか、男性教諭は朝倉に対し積極的に語りかけて来た。


「まあ……あの『モンペア』なら本当に虐待していてもおかしくないですけど、なんと言ってもあの子自身が『嘘をついてました』って証言したんですから……先生も気に病まない事ですよ」


 思っていた通りの話題に流れが向いたことで、朝倉は動悸が激しくなって来る。


「それにしても、災難でしたねぇ……。先生、優し過ぎるから! まあでも、子どもの妄想に振り回されて、児童相談所にまで連れて行っちゃうなんてのは、ちょっと熱血過ぎましたね。でも、ドンマイですよ!」


―――柴田加奈の母親と「お父さん」が、学校に乗り込んで来たのは1月も半ばの頃だった。


 校長室で怒鳴り散らす「両親」の主張は「突然、自宅に訪問して来た市役所の人間と児童相談所の職員から『児童虐待』の嫌疑をかけられた」「そうなった原因は加奈の担任である朝倉にある」「使用者責任がある校長と、主犯の朝倉を訴える」というものだった。


 朝倉が加奈を連れて「相談」に行った内容は、確かに児童相談所と市の担当者との間で共有されたらしく、ひと月後には加奈の自宅に担当者が最初の訪問をしたらしい。

 数回の訪問を経て、親権者の承認のもとで加奈本人を自宅から連れ出し、改めて「事情」を聞こうとしたところ、彼女は自分の告発を「虚偽であった」と覆し、自宅に帰ることを望んだそうだ。


『私は……お母さんやお父さんと……一緒に居たいです』


 泣きながら訴える加奈を親権者から引き離す事は出来ない。加奈の保護に動いていた「大人たち」は、少女の「虚言」に振り回されたことに溜息を吐きつつ、経緯について「両親とも共有」してしまったのだ。それはまるで、騒動の責任は朝倉に在ると責任転嫁するかのように……


 教員の職務を 逸脱(いつだつ)した行為として、朝倉は校長と教頭から厳重に注意を受けた。そればかりでなく、加奈の「両親」からの要望により、年度内の残された数ヶ月を担任から外されてしまった。また、懲戒処分代わりの「2週間の休職」中、加奈の「両親」から昼夜を問わず、何度も何度も「謝罪要求」を繰り返された。


 なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか……加奈はなんであんな「嘘」を俺に吹き込んだんだ……いや……本当のことかも知れない……でも……なんで……


 1人の児童を救いたいと願った朝倉は、自分の選んだ浅はかな手段を恨んだ。相談者が「事件としての被害者」になるまで、踏み込むことの出来ない社会制度に絶望した。もし、本当に彼女の「言葉」に振り回されたのだとしたらと考えると、自分の「愚かさ」に吐き気も覚える。頭がおかしくなりそうだ……心臓が苦しい……朝倉は激しい動悸を押さえようと、自分の胸を掴むように叩き続けた。


 校長の計らいにより、朝倉は年度末を迎える前に転任先の町へ引っ越して行った。校長は加奈の「両親」とも「穏便な解決方法」で話を着けた。その後、加奈は引越しと転校を繰り返したが、「両親」との関係はますます (いびつ)なものとなっていった。



―――・―――・―――・―――



 柴田加奈は遠い記憶の中に居る、若い男性教諭の姿を思い出していた。それは自分が体験した記憶ではない……誰かから聞いた情報が「記憶化」されたものだと気付かないまま、加奈は絶望の殻の中に身を沈める。


 誰も助けてくれない……私は叫んでたのに……助けて! と……。だけど「言葉」に出来なかった……怒られるのが怖かったから……


 皆……気づいてくれない……なんで……どうして……


 思いが伝わらない「言葉」なんか要らない……人を騙す「言葉」なんかがあるから、私の「声」に誰も気付いてくれないんだ……


 見えてるハズなのに……分かるはずなのに……お母さんや「あの人」の「言葉」に騙される……私の「言葉」だけを聞いて「声」を聞いてもらえない……


 加奈は遠くに見える小さな光に向かい、手を伸ばした。しかし、手が伸びきる前に、目に見えない「壁」に指先が当たる。


 見えない壁……私の「声」を阻む壁……私の姿を見てるのに……私の声を聞いてくれない……届かない……全部……この「ガラスの壁」のせいで……


「ガラスは嫌い……」


 小さく呟く加奈の声は、反響を繰り返しながら大きく増幅していく。それは加奈の悲痛な叫びとなり、暗闇に響き続けた―――



◆   ◆   ◆   ◆   ◆



「……とんでも無ぇ『毒親』じゃ無ぇか。そんなの、ガチで『親ガチャ失敗』なんてレベルじゃねぇぞ……」


 発した以上の声量で、牧野豊の声が夜の闇に包まれた草原の静寂を破る。勇気と恵美が「見て来た」世界、そして、柴田加奈のこれまでの日々を聞き終えた一同は言葉を失い、小平洋子と小林美月は抱き合い嗚咽している。


「僕は……」


 勇気は話を続けた。


「……自分勝手にやりたい事をやるために、誰かに止められたり馬鹿にされたり……『やる前』に評価されるのが嫌だったから……だから誰かに『相談出来る』のにしなかった。でも、柴田加奈は誰にも相談『出来なかった』……唯一打ち明けられた小学生時代の先生を、結果的に苦しめてしまったことも彼女の心の傷になってるんだ! 毒親からのマインドコントロールで、彼女は誰かに助けを求める事も出来ず……助けを求めてもそれを叶えてくれる制度も人も、何もなかったんだ!」


 恵美と共に「見て来た記憶」は、勇気自身の心の痛みにもなっている。その思いを、勇気は加奈を代弁するように語った。


「そんな彼女の思いは『ユフの滝の人たち』の中にも強く影響してるんだ。『言語』を選ばずに『思い』を選んだりとかね。でも……『慰める者』で在る事が自分たちの『使命』なんて言ってるけど……誰にも相談は出来ない・自分たちだけが我慢すればそれで良いんだって……いつの間にか『諦めなきゃならない存在』になっちゃってたんだよ」


「先生たち……って言うか、加藤美咲さんは……」


 恵美が補足を語り始めた。


「最初の思念体になった時、まだ地上に残っている『空っぽ状態の人』を見つけたの。その時すでに存在していたエルフや獣人種、それに人間種たちは、運転手さんを『邪神』として恐れ、柴田さんを『邪神の手先の黒魔龍』としか認識出来なくなっていた……だから、先入観の無いその『空っぽ』の人たちに自分の力を注ぎ、生きる者にしたわ。『加奈さんの友人になって欲しい』との願いを込めて……」


「ユフの人たちの『記憶』に……」


 勇気が言葉を繋ぐ。


「美咲さんは残したんだ。いつか、柴田さんの本当の友人たちがこの地に来る……その時、彼女が心を開けるように、ユフの人たちも『友人』となって彼女を慰めてあげて欲しい……って」


「なるほどね……それが『ユージーン』かよ……。笑えねぇ……」


 一樹は呆れたように呟き、勇気と恵美を見た。


「うん……。それでね……」


 うなずき応えた勇気が説明を続ける。


「僕と川尻さんが『見て来た記憶』は、いつか『この世界』に来るであろう僕らのために、バスガイドの美咲さんが残した情報だったんだ。情報だけでなく、最後は本人も現れて……」


「はあ?!」


 再び素っ頓狂な応答が響く。


「本人って……バスガイドさんが居たのかよ?! その洞窟に?!」


 豊の質問に、恵美が慌てて応じた。


「いや、そうじゃなくて……本人なんだけど、今は『思念体』って姿になってるのよ。何て言うか……幽霊? みたいな『ボヤァ』って感じの……光の粒が集まって形を造ってるみたいな……ね?」


 恵美は勇気にバトンを渡す。勇気も「ウンウン」とうなずきながら説明を続けた。


「そう! 肉体は運転手さんや先生と一緒に地核に降る時、弾け飛んで世界に散らばったんだってさ! でも、意識?……魂?……何か、とにかく『本体』はある程度自由に動けるみたいで、『法力量』が多い場所によっては具現化出来るんだって! それでね……」


 とりあえず美咲の「状態」を説明し、勇気は本題に戻す。


「美咲さんが言うには、この世界に来る『僕ら』が持ち込む『ガラス製品』に加奈さんは強烈な拒否反応を起こして暴走しちゃうんだって。1500年前に黒魔龍が覚醒したのも、小林くんのメガネがガラスレンズだったからみたい。それで先生と美咲さんは、この世界でメガネ自体が不要になるように世界の構造を操作したんだって。そして、『光る子ども』がクラスメイトを連れて来る度に、将来ガラス生成につながる可能性があるから、ガラスレンズのメガネとか手鏡とかだけじゃ無く、コンタクトまで全部『分解』してたらしいんだけど……いくつかはすり抜けてここに持ち込まれちゃうみたいだよね……」


 勇気はバツが悪そうに小声になり、視線を洋子と美月に向けた。2人は「ハッ!」と気付き、声を合わせる。


「勇気! あんたの眼鏡……レンズがガラス製って……」


「持ってたよね?! 神村くん!」


「うん……」


「私も……」


 視線を集めた勇気の横で、恵美がオズオズと右手を挙げた。


「みんなより1ヶ月くらい前に『こっち』に来た時……川の中に落としちゃったんだ……眼鏡。私のも……プラスチックレンズじゃ無かったんだ……」


「へ?」


 思わぬ証言に、勇気を責める勢いだった洋子と美月の言葉が詰まる。その間を使い、和希が会話に加わった。


「そっか……川尻さんも眼鏡、使ってたよね。あれ、ガラスレンズだったんだ……。川に落としたのは確実なの?」


「うん……川に落ちた時、無くさないように手で握ったのを覚えてる……」


 その返答にしばらく思案し、和希は結論を出す。


「……サーガの群れ化が始まった時期と一致するね。川尻さんの眼鏡の『ガラスレンズ』が黒魔龍……柴田さんの『敵意』を呼び覚まして、サーガを動かした……ってことかな?」


 和希は視線を勇気に向けた。勇気はうなずき、応じる。


「僕もそう思う。ユフの滝は『法力』が集まる地脈地点だから……川に落ちた川尻さんの眼鏡のガラスレンズに、柴田さんはいち早く反応したんじゃ無いかなって……」


「毒親の虐待やら何やらで受けた苦しみ……届かない『声』の責任を、柴田は『ガラス』に向けてるってことか……」


 豊が独り言のように口に出すと、一同は同意のうなずきを示した。「だからね……」と勇気は前置きをし、言葉を続けた。


「こっちに来た時、すぐにバルーサさんを見つけて僕の眼鏡を返してもらったんだ。空に黒魔龍の姿が見えたから。で、コウモリ男を1匹捕まえて、そいつに眼鏡をくくりつけたんだ! あとはユフの人たちにお願いして、魔法を使ってコウモリ男の『帰巣本能』を刺激して飛ばしたんだ! だから、柴田さんは今、そいつが持ってる眼鏡を追いかけてるはずだよ!」


「帰巣本能……って、そんなことも『魔法』で出来るのかよ?」


 一樹が呆れ声を洩らすと、勇気は嬉しそうにうなずき応えた。


「うん!……僕らも……家に帰れる魔法が有れば良いのにね……」


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