第 381 話 神々の間
ユフ大陸南方森林地帯で開現された「創世7神の神殿」―――篤樹とエシャーはその最深部に在る「神々の間」に向かい、法力光石が照らす石造りの通路を進んでいた。
「ここに……ガザルが封じられてたの?」
初めて神殿を訪れるエシャーからの問いに、篤樹は軽く首を横に振る。
「ここじゃ無いよ、ガザルが封じられてたのは。もう少し南の『魔点』って呼ばれてる場所。そこに封じられてたって」
篤樹はミスラの話を思い出しながら、エシャーに改めて説明する。
「ボルガイルさんたちが20数年前に、その魔点の封印を1部壊しちゃったんだよ。ピュートの……えっと……ガザルの細胞を採取するために……」
ピュートの名を出しただけで、無意識に涙腺が崩壊しそうになる。エシャーと繋ぐ手をギュッと握ることで、その感情をなんとか抑えた篤樹は説明を続けた。エシャーも篤樹の手を強く握り返す。
「……その時、魔点の封印に『穴』が出来て、ガザルの復活がどんどん進んで……それで、ミスラさんの村の長老さんたちが、創世7神の助けを求めてこの神殿の封印を解いたって。何千年間も岩山に覆われてたここを『開現』させたって言ってたよ」
「そっか……とにかくここは、ガザルを封じるために作られたワケじゃないんだよねぇ? ガザルがタクヤ大法老に封じられたのは300年前で、神殿が出来たのはもっともっと前なんだもんね……」
説明を受け、エシャーが改めて尋ねた。
「うん……」
篤樹はうなずき、自信無さげに応える。
「エルグレドさんが前、地図を見ながらチラッと言ってたんだ……神殿と魔点の延長線上に『タクヤの塔』が在るって……。何か関係があるかも知れないから、一緒に調べようって……。でも……結局……」
この世界に来て以来、最も頼りにしていた「大人」のエルグレドが「帰って来ない」ことを思い出し、心に不安が満ちる……。そんな篤樹の様子に気付いたエシャーは、さらに強く手を握り返し応じた。
「エルが本当に戻って来ないのかは分かんないんだし、その内、レイラやスレイとも合流出来るよ! きっと……。だからさ、私とアッキーで先に謎解きやっちゃおうよ! で、今度は私たちがみんなに答えを『教えて上げる』の。ビックリするよぉ、みんな! ね?」
満面の笑みで提案するエシャーに、篤樹は一瞬呆気に取られた。だが、すぐに笑みを浮かべうなずき返す。
「そうだね……うん! 亮たちが『ここ』で何を『見た』のか聞けず終いだったけど……きっと、重要な情報が手に入るはずだ。よし! 僕らで謎を解き明かそう!」
「へへッ……」
元気に応じた篤樹の言葉に、エシャーが嬉しそうに笑う。単なる「同意」では無い笑みに、篤樹は思わず首をかしげた。
「え? 何? 俺、なんか変なこと言った?」
「ううん! 変じゃ無いよ! ただね……アッキーって時々『素』で、『僕』とか『僕ら』って言葉を私にもしてくれるのが、なんか嬉しいんだぁ……優しい気持ちが伝わって来るから!」
「はぁ?」
思いがけないエシャーの「ツボ」に、篤樹は慌てて反論の声を洩らす。
「言って無いよ! 俺!」
「言ったよ! ヘヘェ……無意識にでも言ってくれてるのが、何か嬉しい!」
以前にも指摘された事だが、無自覚の内に発した自称だけでこんなに喜ばれることが何とも気恥ずかしい。篤樹は耳まで赤くしながら「言った」「言ってない」の会話をエシャーと繰り返しつつ通路を進んだ。
しかし、そんな他愛もない会話は、2人の目の前に急に開けた空間を前にピタリと止まる。
「ここが……神々の間?」
エシャーからの問い掛けに、篤樹は即答出来なかった。
金銀宝石等の豪華な装飾は一切無い、ガランとした空間……教室くらいの広さの長方形の空間が広がっている。窓も陽射しも無く、法力光石によって部屋全体がボンヤリ照らされているだけの非日常的な空間……その雰囲気がかえって「神々しさ」を感じ圧倒されてしまう。
入口に立ちすくんで内部を見渡すと、室内北側の石壁を削り7体の彫像が並んで「立って」いることに気付いた。篤樹とエシャーは室内にゆっくりと足を踏み入れて行く。
「すごい……上手だねぇ……」
1体の高さ2メートルほどの彫像を前に、エシャーは目を見開いて感動の声を洩らす。
「……うん。ホントに……すごいや……川尻さん……」
7000年前にこの神殿を造ったのが、同級生で美術部だった川尻恵美だと亮から教えられた。学校の美術展示でも、恵美が石膏で作った「かなりリアルな手」を見た事はあったが、目の前に立つ彫像はさらに高い技術だとひと目で分かる。
「これ……みんなアッキーのお友だちなの?」
手前右から順に彫像を見ながら進み、エシャーが尋ねた。
「うん。コイツは上田一樹……サッカー部のキャプテンだったんだ。で、同じサッカー部の副キャプテンをしてた田中和希……2人とも、プロからスカウトが観に来るくらい、サッカーが上手かったんだ……」
篤樹の説明に自分の知らない単語が多く出て来たため、エシャーは困った微笑を見せる。しかし、彫像に注目している篤樹は、エシャーの戸惑いに気付かないまま歩を進めた。
「……で、大田康平。1年の時にコンピューター同好会とかを始めてさ……パソコンオタクって言われてたんだ……あ、小平さんだ! 彼女、小平洋子さんって言って、吹奏楽部で大きなトランペットみたいなの吹いてたんだよ。こっちは……小林さん? だよな……えっと……確か美しい月って書く『みづき』って名前で、三月と日直組んだりすると、みんなに冷やかされてたなぁ……」
エシャーへの説明と言うより、数ヶ月ぶりに見る同級生の「顔」に興奮し、篤樹は次々に言葉を並べる。
「これは豊! ホント、良く出来てるよなぁ……牧野豊って言って、身体も大きいし、柔道部で1番強かったんだよ! そして……」
最後の1体の前に辿り着くと、篤樹は彫像の顔を見上げ立ち止まった。数歩遅れて、エシャーも隣に並び立つ。
「……これだけ、顔が崩れてるんだね……」
他の6体は、作られたばかりのように……それも、まるで3Dプリンターで作ったかのように精巧な彫刻だった。それに比べ、この左端の1体は「顔の部分」と分かる程度の彫り方で、しかも、他の彫像よりも経年劣化がかなり進んでいるように見える。
「ゴメン、エシャー……俺……何か1人でベラベラしゃべって……」
あまりにも精巧な彫像の友の顔に、思わず嬉しくなってしゃべり過ぎた……篤樹は浮かれた自分を今さらながらに反省した。最後の1体……この「経年劣化」こそが、もう、ここに並ぶ「同級生たち」がこの世界に居ない事実を物語っている。今、一緒に歩んでいるエシャーを目の前にしながら、何となくないがしろにしてしまったバツの悪さを感じ、篤樹はもう1度「ゴメン……」と呟いた。
「ううん! 謝ること無いよぉ、アッキー!……すごく楽しい所だったんだろうなぁって、ちゃんと伝わったよ!」
エシャーは頭を振って篤樹の謝罪を固辞すると、嬉しそうに笑顔を向けた。「でもさ……」とエシャーは話を切り換えた。
「この像だけ崩れちゃってるのも変だけど……アッキーのお友だちの人数と合わないのも変だよね?」
「え?」
エシャーからの指摘に篤樹もハッと気づき、彫像から距離をとって全体を確認する。
創世7神……7体の彫像……でも……誰が……あっ!
亮たちの話を思い出し、聞いたメンバーを指折り数えながら篤樹は欠けているメンバーに気付いた。
そうだ! 川尻さん! それと……神村……勇気?
篤樹と亮が持つ「成者の剣」を造り出した人物は「神村勇気」だったと聞いている。そして、香織のペンダント……「カメオ」の装飾を造ったのは川尻恵美だ。他の6人と同じ時代に「落ちた」からこそ、創世7神に数えられているはずなのに、この2人の像が無い。そもそも8神像じゃないと、数も合わないんじゃ……
「それにさ……」
改めて像を見渡す篤樹の横で、エシャーが口を開く。視線を向けた篤樹と目を合わせエシャーが尋ねた。
「どうやったら、創世7神の『過ごした世界』を見られるんだろうね?」
「う……ん……そうだね……」
篤樹は部屋全体を見回す。北側の壁に7体の立像が彫られてる以外、何も無い長方形の「神々の間」だ。東側の壁には篤樹とエシャーが入って来た入口がポッカリ開いているだけで、西壁も南壁もただの積石壁でしか無い。上を見ても同じようにのっぺりした石面の天井で、特に気になるものは見当たらない。全体を見渡しながら、篤樹は思考する。
でも……亮と香織さんは「ここ」で創世7神と黒魔龍の戦い……暗黒時代の脅威であった柴田加奈を「封じる戦い」を「見てきた」と言っていた。……王都宝物庫で俺が江口の記憶を「見た」のは……スレヤーさんからエグデン王の兜を被せられた時……特別な道具が要るのか?
北壁に並ぶ彫像を、篤樹は改めて注視する。だが、どれもが「ただの彫像」にしか見えない。どれもが同じ……いや!
篤樹は1番左側の「崩れかけの像」に歩み寄った。
「何か分かったの?」
その様子に、エシャーが声をかける。
「いや……全然……。ただ、この部屋の中で『気になるところ』って、この像しか無いからさ……」
左端の彫像前に立ち、篤樹とエシャーは注意深く全体に視線を巡らす。
「あ……」
何かに気付いたエシャーが、像の足下に顔を寄せた。
「何か有った?」
「うん……ここ……」
エシャーが屈みこんで台座部分を指さす。篤樹も屈み、エシャーが指さす部分に注目する。1体だけ劣化が進み、像の表面から落ちた小石や砂が薄く積もっている台座に、何かが取り除けられたような跡を見つけた。
そうだ……亮と香織さんは、神殿で神村勇気と川尻さんが造った「アイテム」を手に入れたって……
台座の砂埃の層が、亮が持っていた成者の剣と香織が持っていたペンダントトップと同じくらいの範囲で一部分除かれている。篤樹はその部分にそっと指先で触れてみる。
「アッキー……」
宝物庫での「卒倒事件」を聞いていたエシャーが心配そうに声をかけた。しかし、篤樹は何の変化も無い事を首を横に振ってアピールする。
「……何も起きないね。どうすりゃ良いんだろ?」
片膝をついたまま、篤樹は溜息を吐いた。隣にペタンと床座りをしたエシャーが、ふと篤樹の背中に視線を向ける。
「ねぇ……それは?」
エシャーの視線が自分の背に差す 成者の剣だと気付き、篤樹はハッと右手を首後ろに回し柄を握った。
そうか……
エシャーに視線を向けうなずくと、篤樹は剣を背から抜く。そのまま片手で剣を正面に立てて持ち、剣身を眺める。
「場所」はここで間違いない……。でも、ここに置かれていた「アイテム」は亮たちが持ち去ってるから……
「……置いてみるよ?」
篤樹の宣言にエシャーはうなずき、手を差しだした。篤樹は左手でエシャーの手を握ると右腕をゆっくり下げ、台座に成者の剣を置こうとする。
神村勇気と川尻さんが創った「アイテム」が「スイッチ」なんだとすれば……
台座の上に成者の剣が触れた瞬間、篤樹は突然、真っ白な光の中へ引き込まれていった。




