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第 33 話 判決

「さて皆さん、各自ご自分の席へお戻り下さい」


 裁判長が法廷を見回し声をかけた。ビデルは自分の「演説」に 興奮(こうふん)したように顔を紅潮させたまま後方席に戻る。カミーラは篤樹に視線を向けた。


「フン……まあよかろう……」


 そう (つぶや)くと、従者たちのいる席へ戻る。


「さあ、アツキくん……席に着こう」


 ルロエが篤樹の肩に手を回し、エシャーとエルグレドが待つ席へ篤樹を (うなが)す。

 篤樹は半ば放心状態のまま、エシャーとエルグレドの間に腰を下ろした。ルロエの裁判だったのに、なぜか最後は自分の「 品評会(ひんぴょうかい)」のような状態になってしまったという事実を、まだ受け止め切れないでいる。


 エシャーは何も言わず、隣に座した父の胸に飛びついた。不安に押し潰されそうな(実際に一度は暴走してしまったが)、長く苦しい2日間だったのだ。ある程度の事情も分かっている裁判長は、しばらく父娘の 抱擁(ほうよう)を見逃す配慮(はいりょ)を示す。

 しばらくの抱擁後、ルロエの促しでエシャーも姿勢を正して座り直した。裁判長はその様子を確認すると立ち上がり、両手を広げる。


宵闇(よいやみ)(うす)れゆき、(あかつき)濃紫(のうし)の時に至った。宵暁(しょうきょう)のひと時は今、裁きの光によりて過ぎ去らん!」


 開廷の時と同じように「演技がかった」宣言が響く。放心状態だった篤樹はその 滑稽(こっけい)な宣言に、ジワジワと笑いの感情が込み上げて来る。「我慢ですよ! アツキくん!」横からエルグレドがまた (ささや)き、篤樹の失笑を押し留めさせた。


「カミーラ大使とルロエ氏……双方の申し立てを、ここに集いし証人らの下にて、我、確かに聞き、 (おごそ)かに、真実なる定めに従い裁きを行うなり」


 これって、裁判長のセリフ用に何か台本があるのかなぁ?


 篤樹は笑いを押し殺すために、客観的な思考に切り替える。


「……と、その前に、ちょっと確認を……」


 裁判長が突然「 ()」に戻った声を出した。篤樹は自分の左手の甲に右手の (つめ)を立て痛みを与える事で、込み上げる笑いを必死に ()える。どうしてみんな平気なんだ!


「カミーラ大使……宵暁裁判のルールでは、私は訴えの全てについて一括して有罪か無罪かの裁定を下す必要は無い、という事で間違いありませんか?」


「いかにも」


 なんで裁判長が訴追者の意見を仰いでんだよ! 篤樹は突っ込み所の多いこの法廷が早く終わって欲しいと心から願う。終わったらすぐに……どこかに隠れて大笑いしてやる!


「では改めまして……」


 裁判長が再び真面目な声で語り始めた。


「主文。被告人ルロエ。私はあなたを宵暁裁判の名により有罪と定めます!」


「何!」「えっ!」「……」


 法廷内のそれぞれが裁判長の判決の一言に驚きを示した。

 

 そんな……有罪だなんて……


 篤樹は裁判後半の雰囲気から「無罪」という言葉が出るものと思っていた。エシャーが隣に座るルロエを強く抱きしめる。その判決に、誰も異議を唱えなかった。誰もが言葉を失い静まった法廷に裁判長の声が響く。


「ふむ。どなたも異議を唱えないとは……皆さん、賢者のようですな」


 裁判長は満足そうに全員の顔を見渡す。


「正直に申し上げると……私はもう二度と、このような裁判の務めを負いたくはありません。『証拠の提出』も無しに、両者の言い分だけで真偽を判定し、裁きを下すなど……私の良心が許さないからです。カミーラ大使、是非とも今回の裁判を教訓として、今後二度と文化の違う者を巻き込むような訴訟は執り行わないでいただきたい。よろしいでしょうか?」


 カミーラは口元に薄笑いを浮かべて立ち、裁判長に一礼をした。裁判長はそれを確認するとルロエに顔を向ける。エシャーはまだルロエの腰にしがみつき、父の胸に顔を (うず)め身を震わせていた。ルロエは困ったように裁判長を見る。裁判長も大きく頷き「そのままで結構」と許可を与えた。


「さて、ルロエさん。私の思いは今カミーラ大使にお伝えした通りです。このような裁判では到底真偽を (はか)ることは不可能です。しかし、今回の裁判は国王からの (めい)に基づき行われる正式な裁判であり、エルフ族協議会との協力関係上、記録に残されるものであります。私は全体的にほぼ、あなたに対する訴追内容のような罪は無いものと判断しております。ただ1点を除いて……その1点とは、北のエルフ族の宝である『守りの盾』を盗んだという『 窃盗(せっとう)の罪』です」


「え?」


 ルロエは思いもしていなかった「罪状」に声を ()らした。


「いや……しかしあれは……」


「ルロエさん! この裁判のルールは今もまだ有効です」


 裁判長に (いまし)められ、ルロエは発言を留める。ルロエに抱きついていたエシャーは何だか雰囲気が「死刑判決」ではなさそうなことを感じとり、顔を上げた。


「数多くの証言を出し合っていただく中で、ただ1点、訴追者と被告人の 証言が一致(・・・・・)した事柄、それは北のエルフ族の宝である『守りの盾』をルロエさんが持ち出した、という訴えと自供です。確かに状況として 情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地が十分にある『事件』ですが…… (くだん)の『守りの盾』は北のエルフ族のみならず、全てのエルフ族にとっての『宝』であるという点を軽視する事は出来ません。あなた方がその盾を『無断で使用した』だけで……ガザルの 暴虐(ぼうぎゃく)(ふせ)いだ後に、そのまま北の森に残され、エルフ族がそれを回収出来ていたのであれば、今回私は確信をもってあなたに無罪を宣告した事でしょう。しかし、残念ながら事実『守りの盾』は 紛失(ふんしつ)されたままです。その責任はルロエさん、あなた方……父上と母上とあなたの共有責任である、と言わざるを得ません。そこで尋ねます。盾はどこにありますか?」


 ルロエは裁判長に唐突に問われ、答えに (きゅう)してしまう。


「その……私はあの時……もはや意識を失ってしまってましたので……」


「あ!」「あっ!」


 篤樹とエシャーが同時に何かを思い出したように声を上げた。2人は顔を見合わせる。


「お父さん! あれ! おじいちゃんの家の!」


「暖炉の壁に (かざ)ってあった、あの丸い盾!」


 2人が興奮してルロエに語りかける。ルロエの顔にも笑みが浮かんだ。


「……ああ! そうだ! あれだ! あれが『守りの盾』だ! いつも見ていたのに……記憶を湖神様に預かられて以降、すっかり忘れていたよ。裁判長! 盾はあります!」


 そこまで語ると、しかし、ルロエは急に顔を曇らせ声のトーンも落ちる。


「いえ……ありました。父の家の……暖炉の壁に飾っていた盾……あれこそが『守りの盾』……だったはずですが……」


「所在をご存知ですか! 良かった。しかし、なんとも歯切れの悪い答えですねぇ?……どうされましたか?」


 裁判長は不自然なルロエの返答を追及する。


「私たちは……ルエルフ村の者たちは……300年前のガザルの 蛮行(ばんこう)とサーガ大群行、その件に関連する詳しい記憶をつい先日まで湖神様に取り上げられていたのです。まだ記憶の整理は断片的ですが……ガザルにやられ、大怪我を負っていた私たちを、村に帰りつくまであの盾が守ってくれたのだと父は教えてくれました。その盾をエルフ族へ返しに行かねばと……しかし、その後に記憶を取り去られてしまったため、いつの間にかただの飾り物として父の家に保管されていたのです。ただ……あの村は今はもう……」

 

 そうだ! 村はガザルとサーガの群れに襲われ、荒らされている。シャルロの家も無事ではないだろうし、すでに盾も持ち去られているかもしれない。


「なるほど」


 裁判長も事情を察したように頷いた。


「ルロエさん、私はあなたに有罪を宣告しました。それはエルフ族の宝『守りの盾』窃盗の罪に関してです。ですから、情状酌量の余地を含み『守りの盾』をエルフ族へ 返還(へんかん)されるのであれば、刑の執行に猶予を与えるつもりでした。改めて (うかが)います。『守りの盾』の返還は可能ですか?」

 

 無理だ……篤樹は絶望的な気持ちになった。村は焼き払われ、盾は持ち去られているかも知れない。そもそも湖神様の守りが破られたルエルフの村に、どうやって戻れるのかも分からない。

 ルロエもエシャーも篤樹と同じ問題点を感じ、黙って目を閉じ抱き合っている。その沈黙を破ったのはカミーラだった。


「いいでしょう! エルフの宝である『守りの盾』を返していただけるのなら、我々エルフ族協議会はシャルロ氏とルロエ氏にかけた北のエルフ族虐殺の 嫌疑(けんぎ)も全て無かった事にします。しかし、盾を返せないというのであれば……エルフ族独自の法に基づき、彼らを改めて裁きの座に引き戻しましょう!」


 カミーラの宣言に裁判長が驚きの声を上げる。


「カミーラ大使! それはあまりにも 横暴(おうぼう)な……『 一事不再理(いちじふさいり)の原則』に反しますぞ! 当法廷への 侮辱(ぶじょく)です!」


 イチジフサイリ? 篤樹は何の話かとエルグレドを見る。エルグレドが早口で篤樹に説明する。


「大使は盾を返せば許すが、返さないならルロエさんをもう一度エルフ族の裁判にかけると言ってるんです。この法廷で確定した判決をまたゼロから審議し直す、と。この国の法では許されていない二重裁判です。ただ……」


「裁判長!」


 カミーラが続ける。エルグレドは説明を中断した。


「我々はこの裁判を 尊重(そんちょう)し、譲歩(じょうほ)しているのですぞ。あなたは有罪を宣言した。認めた罪状は『窃盗罪』という、まあ、我々が望んでいた結果とは程遠い軽犯罪でしたがね。しかし同時に、我々エルフ族法に基づく『窃盗物償還(しょうかん)の義務』が確定しました。この義務は犯した盗みの罪以上に厳しく裁かれるものです。義務を果たさない場合、その『 不履行(ふりこう)の罪』を、今度はエルフ族裁判で裁くと申し上げているのです。あなた方の法とは別の法ですから『一事不再理』とやらには該当しないでしょう」


「そ、そんな……いや、しかし……」


 裁判長は顔を紅らめ怒りを表しながらも、カミーラの言葉に反論出来ずにいる。そのやり取りを見ていたビデルが立ち上がった。


「要は『守りの盾』をカミーラ大使へお渡しすれば全て解決する、という事でよろしいのでしょうか?」


 全員の目がビデルに注がれる。


「おっと、失礼。裁判長?」


 裁判長が「続けて」というように手を差し出す。


「ルロエ氏とシャルロ氏が……不本意ながら300年にも渡ってエルフ族の宝である盾を『盗んでいた』という事実は、この裁判を通し認定されています。まあ、文字通りに御二方にとっては『記憶に無い』犯罪行為であったわけですが……しかし、モノがモノなだけに、それを返還する義務が確かにルロエ氏にはあるわけです。ですからそれをお返しすれば、全て丸く収まるのではないでしょうか?」


 そりゃその通りだ。


「しかし御承知の通り、その盾が在ると思われるルエルフの村は、ガザルとサーガの群れに襲われ、もはや 廃墟(はいきょ)となっているやも知れません。もちろん『守りの盾』は創世神の法力を帯びていますので、サーガ共には見出すことも、奪う事も出来ないでしょうから、恐らくはまだ村の中には在るはずです。ただ問題は、あの村が湖神により創られた『特別な空間の村』だということです。 此度(こたび)のサーガ襲撃により、湖神の守りが (くず)され、今では村に入れるかどうか、そもそも、村を見つけられるのかさえ全く不明です。事実、私の部下がアツキくんらの証言を元に、森の中に在る『結びの広場』へ (おもむ)きルエルフ村への移動を試みましたが叶いませんでした。ゆえに盾の 返還(へんかん)は容易なことではない、と思われます」

 

 そう! そこだよビデルさん! 篤樹はビデルがどんな交渉を裁判長とカミーラに提示するのかジッと耳を澄ませた。


「カミーラ大使、エルフ族協議会としては、盾の返還がなされない現状のままでも、ルロエ氏に自由を与えることに同意されますか?」


「同意しかねる」


 ビデルの質問にカミーラは即答する。


「犯罪者を野放しには出来ぬからなぁ」


「そうでしょうね……しかし、ルエルフの村を見つけ出し、盾を見つけ出して来なければ返還する事は出来ません。残念ながら私の部下たちには村を発見する事さえ出来ませんでした。ではどうすべきか?」


 篤樹はビデルに注目していた。おもむろにビデルと視線が合う……いや、ビデルがジッと篤樹に向かい視線を定めた事に気付いた。


 え? 何?


 ビデルと視線を合わせたまま、篤樹は他からの視線も感じる。恐る恐るビデルとの視線をそらす。ビデルの側に座っているボロゾフ准将も篤樹を見ている。そのままゆっくり横を見ると、エシャーとルロエとも目が合った。


 何だ?


 さらに視線を動かすと、カミーラと従者たちも篤樹を見つめている。


 何で俺を見てるの?


 そのまま視線を法廷の前方、裁判長へ向ける。ガッツリと裁判長と目が合う。


 エルグレドさんは?……篤樹はエシャーたちと逆隣に座っているエルグレドのほうを見た。視線こそ合わせなかったが、エルグレドは右手で作った拳で口元を押さえ、笑いを押し殺している。篤樹は嫌な予感がした。


「なるほど、ビデル閣下。御意見をありがとうございます」


 裁判長が何かを決断したように声を発する。ビデルは一礼すると席に座り直した。


「では改めまして……ルロエ氏、エルフ族の宝である『守りの盾』が無事にエルフ族へ返還されるまでの間、あなたを『文化法暦省』の管理下にて自由拘束(こうそく)といたします。文化法暦省大臣ビデル閣下、よろしいですね?」


 ビデルは立ち上がって一礼し、すぐに座り直した。


「『守りの盾』返還の期限は本日この時より3ヶ月以内とし、期限を過ぎた時はルロエ氏の 身柄(みがら)をエルフ族協議会へ引き渡すこととします。カミーラ大使、それでよろしいですか?」


 カミーラも立ち上がり裁判長に一礼し座り直す。


「期間内における『守りの盾』回収の全責任と権限を、当裁判所は文化法暦省大臣ビデル・バナル閣下に付与し、速やかに確実な 履行(りこう)を期して本法廷を閉廷とします」


 裁判長は机にかけていた黒い布を取り、入廷時と同じようにまた自分の身体を包むように巻きつけた。そして、そのまま篤樹達の前を通り抜け、後方扉を開いて出て行ってしまった。


 終わった……んだよね? 


 篤樹は何となく「尻切れトンボ感」を感じながらキョロキョロとみんなを見渡した。なんだか、嫌な予感がする……


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