第 32 話 伝説の『チガセ』誕生!?
「カガワアツキくん……といったかな?」
カミーラが怒りの 形相で睨みつけながら 篤樹に語りかけてきた。
「……はい」
うわっ! やっぱりこの人怖ぇ!
カミーラは 尖ったエルフの耳よりも、さらに尖って見えるほど目を吊り上げ篤樹を睨みながら続ける。
「一体、どのようにしてあのサーガを……ガザルを封じたのか説明してもらおうか? そもそも、ヤツを倒したのか? ヤツはまだ生きているのか? 答えてもらおう!」
「はい……えっとぉ……」
篤樹は 堪らずにビデルに視線を向ける。正直に全部話しちゃっても良いんですか? 教えて下さい! しかしビデルは篤樹の視線に気付きながらも、フッと笑って目線をそらしてしまった。え? なんで!
「どうした? 早く答えなさい!」
カミーラが 苛立った声を上げる。もういいや!
「はい。ガザルは、多分……まだ生きています……と思います」
「何ッ!」
一番離れた場所に座っているボロゾフが声を上げた。
「その……倒したわけではないんです。ヤツを……ガザルを『湖神様』の 領域……結界というんでしょうか……そこに置き去りにして来たんです。だから……倒したワケでは……」
「ご存知の通り!」
ビデルが篤樹の話を引き取る。
「『湖神』とは、かの 創世七神をも超える最上神であります。人間社会においても、また、カミーラ大使方エルフ族におかれましても、数々の神話で語り継がれてきた最上神です。実際にお目にかかることなど、人には不可能! エルフ族であっても 極一部の先人しか 御前に立つことは出来ないほどのお方。そのお方と、このカガワアツキくんは直接に出会い、対話し、その力を受けたのであります!」
ビデルさん……話が 大袈裟になってませんか……篤樹は泣きそうな目でエルグレドを見た。エルグレドは何だか楽しそうに微笑み、 頷いてみせる。
「ならばなぜ、その場でガザルを討ち取らない!」
カミーラがビデルに詰め寄る。
「それは彼がまだ 未熟だからです!」
「はぁ?」「えっ!」「ぷっ……」
カミーラは絶句し、篤樹は耳を疑い、エルグレドは……吹いた。
ちょ、ちょっと! 言うに事欠いて、そんな「未熟」だなんて……そりゃ、まだ中学3年生だし「子ども」かも知れないけど……未熟だなんて……
「裁判長、そして皆さん!『チガセ』の伝説は御存知ですかな?」
ビデルは口元に笑みを浮かべたまま一同を見渡す。
「『チガセ伝説』? あの昔話に出て来る?」
裁判長がキョトンとした顔で答える。
「はい。『あの』世界中の昔話に出て来るチガセです。歴史の 折々に民を導き、戦を終わらせ、平定を与え、人間にも魔法術をもたらせたという、あの『チガセ伝説』です」
「そんな昔話をなぜ今ここに持ち出す!」
カミーラはイライラしながら、ビデルを 牽制するように吐き捨てた。
「確かに……ビデル閣下、今はそんな昔話、といいますか空想的な英雄話は無関係でしょう?」
裁判長もカミーラに同意するように口をはさんだが、ビデルは構わずに持論を展開する。
「7000年以上も昔の伝説にも登場する『チガセ』……様々な形でその伝説は語り継がれて来ています。一説によれば300年前のかのタクヤ大法老も『チガセ』であったのではないか? さらにエルフ族や妖精族の古代魔法に 匹敵する以上の、今日の魔法術を生み出した魔法院初代賢者ユーゴも『チガセ』であった、という研究論文もございます。その他にも到底『人間』とは思えない伝説を残した先人の存在……私は彼らに共通している『何か』があるのではないかと研究を続けております。そこで知り得た一つの共通点……それは伝説に登場するチガセは皆、世に現れた当初『未熟』であったという事です」
「馬鹿馬鹿しい……」
カミーラから「怒り」の表情が消え、今は「 呆れた」顔でビデルを見ている。裁判長も首を振りながら尋ねた。
「それで? 閣下。何を申したいのか……具体的にハッキリと述べていただけますか?」
「おや? 説明が足りませんか? これは失礼いたしました。私はこのカガワアツキくんの証言……巡監隊詰所で取った調書に目を通して大変驚きました。いくつかの文献によるチガセ伝説の中に出て来るキーワードが、このアツキくんの口からも語られていたからです。この世界と『別の世界』があるなど、到底常人には理解し 難い話ですが……彼は自らの出自をその『別の世界』にあると語り、そして、このエシャーさんも彼が『この世界の人間ではない』と確認しているのです」
ビデルは、エシャーに同意を求めるように視線を送った。エシャーは意図を理解して答える。
「はい。アッキー……アツキの目の中の光は……この世界の人間とは全く異質なものです」
「目の中の光?」
裁判長が 怪訝そうに繰り返す。するとカミーラが「演台」を離れて篤樹に近づいた。
「我らエルフ族の『目』を通して見る事の出来る光です。ルエルフにも受け継がれている力ですな。どれ……」
そう言うと、篤樹に近づくよう手招きをする。い、いいのかな? 誰も止めないし……行かなきゃダメ? 篤樹はサッと周りを見回した。行くのが正解の空気だ……仕方なくカミーラに近づくと、カミーラは乱暴に両手で篤樹の頭をはさみ、自分の顔を近づけて来る。これってあれだよな……エシャーにもやられた……
カミーラはじっくり篤樹の「目の奥の光」を確認する。
「ふん……確かにこの世界で生まれた人間の光ではないな…… 波長が全く違う」
カミーラは乱暴に篤樹の頭を押し戻し両手を離した。
「それと『チガセ』を結びつけるのは、 飛躍しすぎた妄想だろうがな……」
自分の意見をしっかり残すと、カミーラはもとの演台へ戻り篤樹を見る。しかしその目は今までの「下等生物」を見下すような目ではなく、未知なる存在に対する好奇心に満ちた目に変わっていた。
「ありがとうございます大使……さて、チガセが伝説となる偉大な力を発揮するのは『成熟した後』である、と私は仮説を立てております」
ビデルが一連のやり取りを確認し話を続ける。
「聞けばアツキ君が『この世界』に来たのはわずか3日前、まあ、最初の一昼夜はルエルフ村の時の流れの中に在ったわけですから『こちらの時間』で12~13日前ってところでしょう……いずれにせよ、まだまだ『未熟』なのは当然なこと。にもかかわらずルエルフの村に現れ、わずか1日しか 経っていない時点で『あのガザル』を湖神の結界に封じることが出来たその力こそ『チガセ』の力であると言えるのではないでしょうか!」
言えないって! 何だよ『チガセ』って!
ビデルが一体何を言っているのか、篤樹は理解が追いつかない。取調室でもなんだか熱く語ってたけど、この人やっぱり何かおかしいよ! マッドサイエンティストってヤツだ!
篤樹は恥ずかしくなって来た。しかし、法廷内の 雰囲気はビデルの持論に傾いている。
「では聞こうかビデル『閣下』。この者が……この時代に現れた『チガセ』であり、今はまだ未熟ながらも、やがてその力を発揮する『成熟』に達すればどんな『伝説』が起こされるというのだ? 何か持論があるのか?」
カミーラが冷静に問う。その口調も「馬鹿にしている」のではなく「何か面白い計画に期待している」ような響きだ。
「大使。それは私にも今は 計りかねます。しかし、あのガザルとの 因縁が生じたこと、これは 偶然ではありますまい。何よりすでにアツキは、ガザルを封じることによってこの度の『サーガ大群行』を打ち破ったのです。ルエルフの村にてカガワアツキがガザルを封印した時間から計算すると……こちらでサーガの群れが統率を失った時間とほぼ一致している、という事実に導かれます。いずれの日にかアツキはガザルを、いえ! 全てのサーガを、この世界から打ち滅ぼす伝説のチガセとなるやも知れません!」
そ、そんなぁ……ビデルさん、ハードル上げ過ぎだってぇ!
篤樹はどんな顔をしてみんなの顔を見れば良いか分からなくなってきた。 喉がカラカラに渇く。
「閣下」
裁判長がビデルに語りかける。
「非常に興味深いお話しです。このカガワアツキなる者がこの世界の生まれ育ちでない、というカミーラ大使の証言にも驚かされました。しかし閣下の持論もまた、 真偽を計りかねるものであり、この法廷の裁きとは無関係な話のように感じますが……」
「はい、裁判長。確かにアツキくんがチガセであるか否かは、ルロエ氏が有罪か無罪かという裁判に直接的な関係はないでしょう。私が提示したかったのは、ガザルとルロエ氏のご家族が『親密な関係には無かった』こと……むしろガザルを倒すために尽力するような関係、ヤツとは敵対関係にあったという点を述べたかったのです。もちろん! 実際にガザルを封じたアツキくんの功労を、みなさんにも紹介したいとの思いはありました。なぜなら彼は、ヤツラに対抗しうる希望の光であるからです」
ビデルは、自分の「証言」がルロエにとって有利になるか、不利になるかという点をちゃんと考えているんだろうか? 篤樹は、自分をチガセという「伝説の勇者」に仕立て上げようとするビデルの発言とリアクションに、恐怖さえ感じた。
右隣からエルグレドが笑いを抑え小声で 囁く。「閣下の演技、作戦です。最後まで合わせて下さいね」一体どんな作戦だよ……
「ビデルくん……いや、閣下。もうひとつ 尋たいんだが……」
カミーラは篤樹をジッと見つめながらビデルに尋ねた。
「彼は……まあ、今はまだ『未熟』だという事は理解した。しかしながら、あのガザルを封じるだけの力をすでに有しているのだろう? それはどのような……」
「大使。彼の有する力は『湖神』の力です」
「なんと! 最上神であるあの『湖神』の力ですと!」
裁判長がカミーラ以上の驚きの声を上げて一同の注目を集める。裁判長は、自分の声の大きさに驚いた様子で口を押さえた。篤樹は恥ずかしさを超えて悲しくなってきた。どんどん話が大きくなっていく……隣ではエルグレドが肩を震わせ笑いを押し殺している。エシャーは目を輝かせ、笑顔を向けていた。
「なんか 凄いねぇ、アッキー! 尊敬しちゃうなぁ」
おいおい! やめてくれよエシャーまで!
「もちろん、先ほど 来お伝えしていますように、彼は今現在は未熟な状態です。しかしながら、すでに湖神の守りの内にあるという一つの 印を御紹介することは出来るでしょう、大使」
ビデルは篤樹に自分の 側まで来るように手招きをした。
「大使は森の賢者エルフ族の中でも、非常に 優れた能力の持ち主、賢者の中の最高賢者に名を連ねられておられるお方ですね」
カミーラは当然というように頷く。すごい自信家なんだなぁと篤樹は呆れた。
「ですので、大使ならこの場の誰も知り得ない言語、たとえば古代エルフ語や先史エグラシス語などを御理解されておられるのではないでしょうか?」
「当然の教養だ」
間髪を入れずにカミーラが返答する。
「では大使。この場にいる誰も理解し得ていない言語で彼に何か話しかけていただけますか?」
え? そんな……まだ何も心の準備が……
篤樹は突然の「試験宣告」にギョッとした表情を見せた。カミーラはそんな篤樹をあざ笑うように一呼吸おくと、言葉を発した。
”まあ良かろう。私は先史エグラシス語は、先のどのエルフよりも 巧みに操れるのだよ。さあ、少年よ。答えてみよ。お前は一体何者だ!”
篤樹はカミーラの問いかけに 戸惑いながら答える。
「何者だって言われても……僕は僕です。なんて答えれば良いんですか?」
篤樹は周りの反応が怖かった。ここで「僕はチガセです!」とでも言う事を期待されてたのだろうか? でも……他に答えようがない。嘘は、嘘はつけないんだ!
「どういうことだ?」
ルロエが篤樹を見た。エシャーも「あっ!」と口を押さえている。裁判長も 訝しげに篤樹を見て首を 傾げるとビデルに尋ねた。
「閣下。その……何の真似ですかな? これは……」
呆然と篤樹を見つめているカミーラの様子に、ビデルはニヤリと笑む。
「裁判長、まずは大使の感想を伺いましょう。いかがでしたか? 大使」
「ど、どういうことだ……なぜこんな人間の少年が……どこで『先史エグラシス語』を学んだというのだ……」
「はぁ? 大使、何をおっしゃられますか? 彼は普通にしゃべっているだけですぞ?」
裁判長がカミーラの 驚愕の表情に呆れて口を挟んだ。
「何を言っているのだ? 君は。この者は私の先史エグラシス語の質問に対し、先史エグラシス語で答えたのだぞ!」
「大使! 裁判長に対して『君』とは……」
裁判長がカミーラの「言葉尻」をとらえ注意をしようとする。だがカミーラは怒りの形相で再び言葉を発した。
”黙れ下等生物が! 何が裁判長だ! いつまでも 愚者が賢者の 真似事をするんじゃない!”
篤樹は、カミーラの 暴言に裁判長が怒鳴りだすのではないかと思わず肩をすくめた。しかし裁判長は困ったような表情でカミーラに尋ねる。
「あの、大使? 現代語でお願いします。もう良いんですよね? ビデル閣下、現代共通語でしゃべられても……」
篤樹はハッとしてカミーラを見た。もう一度試されたんだ。それじゃ……
「大使、今の『暴言』を裁判長に 翻訳しますか?」
挑みかかるような思いで、篤樹はカミーラに目を向け尋ねた。
”暴言…か。疑いようも無くキサマはこの言語を理解出来ているらしい”「……翻訳はする必要も無いだろう。君も知恵ある者なら 思慮深く大人の対応をしたまえ」
篤樹にとってはカミーラの言葉全てが「普通の日本語」に聞こえたが、周りのみんなには後半だけが「現代共通語」として伝わってるようだ。カミーラはフッと笑いを浮かべるとビデルに向き直って尋ねる。
「これは何だ?」
「湖神の守りの力の一つ『言語適用の魔法』です。『通訳魔法』のようなものですな。しかし、彼に与えられている『言語適用の魔法』は私たちが知り得ている『通訳魔法』とは、比べ物にならないほど高度な魔法です。制限も無く、今、大使に実演していただいたように、言語の違う者同士であっても相互でしっかりと意思の 疎通が図れる、という別次元の通訳魔法です。大使……アツキくんはあなたに先史エグラシス語で返答をしたのでしょう? このような魔法を今まで見聞きされたことはございますか? 無いはずです! これぞ神の力、湖神の守りの力の一つであることを御理解いただけるのではないでしょうか! さあ、彼の返答はいかがでしたか?」
カミーラは一瞬答えに詰まったが、納得したようにうなずき答える。
「皆さんも『お聞きの通り』に、彼は 流暢な先史エグラシス語で答えたよ」
「そんな!」
裁判長が驚いた声を上げて立ち上がる。
「彼は今、現代共通語でしか答えていなかったではないですか!」
カミーラは頭を振って答えた。
「それが『湖神の守り言語適用の魔法』の効果という事なのでしょうな。語られている言葉を、自分の理解出来る言葉に変えて聞き、語った言葉を聞く相手に理解出来る言葉に変えて語れる……いや『聞かせる』というべきか。世界のどこの、誰に対してでも通用する便利な魔法だな。確かに人が生み出せる現代魔法にも我らの古代魔法にも無い未知なる力と言えよう」
その答えにビデルは満足げに頷く。
「御理解いただけたようで何よりです。我々の……賢者エルフ族を含めて誰も知り得ることの無かったこの魔法を、このような若者が果たして何ゆえ 操れるのか? 否! 湖神より与えられた守りであるがゆえに、その身に帯びているのであります。彼自身がまだ気付いていない未知なる『湖神の守り』に包まれているのです。その力に目覚める成長……成熟すれば、あのガザルをも打ち破る伝説を、きっと築き上げる者となることでしょう!」
法廷の全員が、まるでビデルの 演劇染みた口上の魔法にでもかかったかのように篤樹を見つめる。
ボロゾフ 准将までが、目に涙を潤ませている姿を見て篤樹は 背筋が凍りそうな緊張に襲われた。
俺って……この後、どうなってしまうんだろう……




