第 29 話 ルロエの罪
裁判長に 諌められたカミーラは面白く無さそうに天を仰ぐと、一息をつき口を開いた。
「申し訳御座いません、裁判長。エルフ族協議会の代表として立たせていただいているため、この男の発言がエルフ族を 侮辱する内容であると感じ、つい反論したまでのことです。お許しを」
反省しているとは到底思えないが、一応、礼を見せて謝罪したため裁判長もそれ以上の追及は思い留める。
「湖神様は……」
そんなやり取りを切り上げるように、ルロエが証言を続けた。
「湖神様はそのような……エルフとルエルフと人間の『違い』を調整されることで、和解と共生の道を備えて下さいました。それが『ルエルフ村』です。人と共に生きる願いを持つエルフが持つ『齢の時』を用いて、時の流れの違う空間『ルエルフの村』を創られたのです。そこでは誰もが同じ時間の流れに生きます……『外界』の10分の1程度の時が流れる空間です。最初の村人である私たちの先祖……世界中に散らばって隠れ住んでいたエルフと人間の夫婦・家族たち全てがこの村に呼び集められました。村人の寿命は等しく100年と定められました。また、互いの違いを受け入れ合い共に生きるために、年に1度……『外界時間』では10年に1度ですが、ルエルフ村の長とエルフの代表、そして、人間の代表との会合が持たれるようになったのです……」
「そう……」
カミーラが話を受け取る。
「湖神の導きでは仕方無いと、我らが祖先は 渋々ではあったがルエルフを我らの1氏族と認めました。定められた『10年会談』も受け入れることとなり、とにかく我々もこの者らをいたずらに排除する事から手を引いたのです。もっとも、人間はやがて『10年会談』に出てこなくなりましたな。人間たちも自分たちの国作りとやらに混乱していた時代ですから、仕方無かったのでしょう。それでもエルフ族はルエルフの 長と、短い時間でも意見を交わす時を守って来たのです」
「だがエルフ族たちは1000年前、『エルフ族協議会』なるものを我々の知らない内に作った……」
ルロエが口を挟む。
「エルフ族は、いつの間にか人間達との会談窓口を自分たちだけに一本化し『エルフ族協議会』を作ったんだよな? 私たちと人間の代表者とが出会わないように」
「違う! 制度が変わったから必要な組織を作ったまでの事だ! 4000年前の三者会談は湖神が主導したものだ。しかし1000年前には人間たちの社会も大きく変わり、大国が支配地域を広げるような時代になっていた。だからお前たちルエルフをどうこう扱うというようなレベルの三者会談ではなく、エルフ族対人間の二者間協議が必要になってきたのだ。だからエルフ族協議会が発足したのだ!」
「ならば、なぜその協議会に我らの村の代表者が加えられていないのだ? ルエルフもエルフの1氏族である、と定められているにもかかわらずに……だ」
「エルフ族協議会が差別的にルエルフの民を排除した、という事ですかな?」
ルロエとカミーラの論争に裁判長が割って入る。
「いえ……差別したわけではなく……」
カミーラが返答にまごつく間に、裁判長は続けた。
「我々はエルフ族協議会から出されている資料しか目を通す機会が御座いません。なので、ルロエ氏の語られる視点でのエルフ史は大変新鮮に感じます。ですが……」
裁判長がルロエとカミーラを交互に見つめる。
「もう、何となく私の気持ちとしては……早いところこの裁判を終わらせても良いのではないか? と考え始めております。私は公義を願う裁判官です。その公義は『差別を絶対に許さない』という信念の上に立っています。ルロエ氏がルエルフであるから、という理由から差別的に訴えられていたとすれば……」
「裁判長!」
カミーラが 苛立ちを隠さず話しに割って入る。
「人間はそのような短絡的感情で裁定を左右するのかね!」
「カミーラ大使! あなたは私の数倍生きてこられたかも知れませんが、今のような発言は法廷に対する明らかな侮辱発言ですぞ! この時点で判決に移りますがそれでも宜しいですか!」
「いや……申し訳……ございません……」
カミーラは明らかに「作戦ミス」を感じているようだ。しばらく考えを巡らすように演台から一歩退くと、両手で顔を拭うような仕草で気持ちを落ち着ける。
「改めまして裁判長……どうも私の言葉が足らず、不快な思いを抱かせてしまい、また、今回の裁判の本筋から離れた対話を繰り返し、混乱を招きましたこともお詫び申し上げます。その上で、我々エルフ族協議会の訴えに耳を 傾けていただきたいのです」
裁判長も、自分が少し大人気なく感情を表したことを恥じたのか、黙ってうなずいてみせた。
「これまでの会話でも周知出来ましたように、我々エルフ族とこのルロエ……氏……たち、ルエルフ族の間には過去に大きな 確執があったのは事実です。しかし……その確執を乗り越え、1つのエルフ族の中の……1氏族であるルエルフ族との関係が生まれました。その関係は良好とまでは言えずとも、互いに深く 干渉し合わない事でバランスを保っていたわけです。ところが……」
カミーラは大きく深呼吸をした。
「……ところが300年前、人間たちの歴史にも残っているのでご存知でしょう、あの『サーガ 大群行』が起こりました」
法廷内の空気がピンと張り詰めたのを篤樹は感じた。右隣に座っているエルグレドの顔にも緊張が見える。
「近代、あのような規模のサーガ結集は聞いた事がありません。森も海も砂漠も山も、動物も妖精も人間もエルフも……世界の破滅、終わりの時を 肌身に感じた事でしょう。どれほどの命が奪われ、 弄ばれ、喰われたか……300年を経ても、昨日のことのように私は思い出し、恐怖と怒りを覚えるのです」
300年前って言ったら……江戸時代の中期頃かなぁ? ん? その頃って何があったんだっけ?
篤樹は頭の中で社会の歴史年表を思い出そうとするが、何があったか全然思い出せない。鎌倉時代とか室町時代とか、色分けされた年表がイメージに浮かぶが、その下に書いてあった「年」や「出来事」が浮かんでこない。
「そんな昔の事なんか知ったこっちゃねぇっての!」なんて、文句を言いながらテスト勉強をやった記憶はあるが……300年前に「どんな事件があったか」なんて全然思い出せない。
しかし法廷内にいる人々からは、300年前の「サーガ大群行」という出来事をしっかりと認識していることが伝わってきた。そもそもエルフ族のカミーラは、その事件を文字通り「体験・目撃」したのだろうから「思い出す」と言えるのだろう。
「あの大群行を引き起こした犯人……それこそがここにいるルロエ、そしてその父シャルロ、および母シャリーなのです!」
カミーラの口から発せられたルロエの罪状に誰もが息を飲み込んだ。
「それは違う!」
ルロエはカミーラからの「罪状提示」に対し、即座に異論を唱える。しかし裁判長はその発言を遮った。
「ルロエさん、申し訳ないがカミーラ大使の話を聞き終わるまでは黙ってもらえませんか? 裁判長命令として」
裁判長に厳しく釘を刺されては、ルロエも口を閉ざすしかない。しかし「クソッ! あれか……」と 呟いた声を篤樹は聞き逃さなかった。心当たりが……あるんだ……篤樹はルロエに対する 旗色が一気に悪くなったことを感じながら、しかし「300年前」に何があったのか、カミーラの発言に興味が 湧いてくる。
「ありがとうございます裁判長。今回の裁判の核心……それは、我らエルフ族にとっても、人間社会にとっても、世界の全ての生ける者にとっても重大な事件……その犯人の1人が、300年の時を経てようやく裁きの座に引き出された事にあります」
カミーラは勝ち 誇ったようにルロエを指差した。
「あの 大群行は、それまでのサーガの『群れ化』とは大きく異なるものでした。従来の『群れ化』は 散発的に、時期を違えながら起こる……ある意味『自然現象』のようなものでした。それゆえに、ある時は我らエルフ族が、ある時は人間の各国や部族が、また、妖精や獣人達が、それぞれの場で対応して 蹴散らすことも可能でした。しかし、あの大群行は全く質の異なる『群れ化』でした。世界各地で、ほぼ同時期に多発したサーガの『群れ化』……初めは我々も昔からの『群れ化』と思い安易な気持ちで対応してしまったのです。その結果、一族の半数近くが奴らの犠牲となってしまいました。人間たちはどうですか! 兵士・魔法術士に限らず、男も女も、子どもも老人も……どれほどの犠牲が出ましたか!」
篤樹を除く法廷内の「人間」たちから、深い 呻きにも似たタメ息が 洩れる。
「あの時『ヤツラ』は、サーガ特有の『自我優先』を捨てていました。自分の欲のため、自分の命のため、自分の快楽のために行動するサーガたちだからこそ『群れ化』をしても『穴』を突くことが出来ていたのです。しかしあの時のヤツラには全く穴が無かった。なぜか? 我々も、あなた方の祖先も、 壊滅的な被害の中でその原因を知ったのです。ヤツラを『 統率』する1体のサーガの存在を……統率されたサーガ共はただの『群れ』ではなくなっていました。強大な力を持つ、統率された凶暴な大軍団となり……村を町を国を 襲い、破壊し、殺戮を繰り広げたのです。広大な森の木々も、あの数日の間にどれだけ焼き払われたことか……ヤツラを 統率していたサーガ……それがかの最恐サーガと呼ばれた『ガザル』です!」
えっ?
篤樹はガザルの名を聞いて思わず反応する。湖神様の橋……小宮直子と再会した、あの橋の上での死闘を思い出す。とうてい「闘い」とは呼べない一方的な逃走劇ではあったが……それでもあの「死の 塊」のようなバケモノからよく無事に逃げられたものだ。奇跡としか良いようがないあの「闘い」の相手ガザル。アイツが……
「『ガザル』とは何者でしょうか? そう、ヤツは元々はここにいるルロエと同じルエルフ族、あの村の住人だったのです!」
後方の入口側に腰を下ろしているボロゾフが「何っ!」と一瞬叫んだ声が聞こえた。
「それだけではありません。なぁ? ルロエ?」
カミーラがルロエに声をかける。
「ヤツはお前とどんな関係なんだったっけ? 皆さんにお教えしてくれよ!」
ルロエは 苦々しそうにカミーラに 一瞥をくれた後、裁判長を見つめて口を開く。
「私の…… 大叔父……だよ。ガザルは……私の祖母の弟です。しかし……」
「まだ私の話は終わっていない!」
カミーラはルロエから答えを引き出しただけで反論は許さなかった。裁判長も宣告通り、まずはカミーラの話を聞きたいようだ。
「そう! この男はあのガザルの身内の者なのです。でもそれだけじゃない! コイツは父母と3人で 共謀し、ガザルを北のエルフ族の地まで手引きし、大群行を前に、かの地のエルフを 惨殺する手助けを行ったのです!」
「具体的な話をもう少し詳しくお願いできますかな? 大使」
裁判長の目は、先ほどまでと違って「生意気なエリート」を 睨むような目つきではなくなっている。ルロエがまた不利な状況に陥っていると篤樹は感じた。
「ガザルは……私は直接ヤツの波長を感じましたし、人間も過去の記録から御存知でしょうが、ヤツはあの時『20歳そこそこ』の姿形だったのです。当時私は220歳、ルロエはこの地で生まれたので人間と同じ齢で18歳……ヤツも私たちも見た目の姿形がほぼ同年代だったのです」
「というと?」
裁判長が合いの手のように問いかける。
「私とルロエは、当時の見た目が同じ年代に見えても何の不思議はありません。問題なのはガザルです! ヤツはこのルロエの祖母の弟、ルロエの父親よりも明らかに年上のはずです。そうだな? ルロエ」
ルロエは裁判長を見る。反論の機会を与えて欲しいと目で訴える。しかし裁判長は首を横に振った。
「聞かれた質問にだけは 速やかに答えるように」
「……そうです。ガザルはルエルフ村では……父よりも20年以上早く生まれていましたから……」
「それだけでなく!」
カミーラがルロエの発言をもぎ取る
「我々の調査によれば、このルロエの父がルエルフ村を出たのは20歳の頃。それより10年以上前にガザルは村を出て『外界』……つまりこの地へやって来ています。すなわち今から420年ほど前という事です。ここで大きな疑念が生じます。ルエルフは人間と同じ寿命……100年寿命の生物です。ルエルフ村と外界の時の流れは10倍の違いがあるとは言え、いずれの地に生きても『100年の命』であるはず……にもかかわらず、ガザルはこの地に来て100年以上も生きていた事になる。しかも、姿形は20歳ほどの若さで……なぜそんな事が起こりえるのでしょうか!」
篤樹はルロエが「違う……」と 呟く声を聞いた。首を横に振りながらカミーラを横目で 睨みつけている。
「ここにおぞましい真実があります。ヤツは……ガザルなるサーガは、我らの 同胞エルフをこの地に来て以来、 喰らい続けて生きていたのです! そしてこいつらも、ヤツと同じく北のエルフ族を喰らうつもりでいたのです!」
「違う! そうじゃない! 黙れ!」
カミーラの言葉についにルロエは耐えかねて叫ぶと、そのままカミーラに飛びかかろうとした。
その時一瞬、篤樹は「時が止まった」ように感じた。
ルロエは演台の前に立ちカミーラを 睨みつけている。あれ? 今「乱闘」になろうとしてなかったか? 篤樹は自分の目を疑い、手でまぶたをこすった。何だったんだ? 今のは……
篤樹はふと気配を感じエルグレドに目を向けた。 額から汗が滲んでいる。左手を奇妙に動かしながら、ジッとルロエを見つめ、小声で何かを呟いているようだ。篤樹はエルグレドが何かをしたのだと 察した。
あのタイミングで、ルロエがカミーラに殴りかかりでもしていれば、この裁判は終わってしまっていただろう。ルロエの「有罪」が確定する形で……
カミーラは当てが外れたようにルロエを見続けている。まるで「なんだ、殴りかかって来ないのか?」とでも言うような、ちょっと 拍子抜けした顔だ。
「えっと……うん、そう! ヤツは……ガザルは、エルフを喰って命と若さを 保って生きていたのです!」
まるで、停まっていた車が再び発進し加速するようにカミーラは話を続けた。
「他の生物の命や若さを喰らい自分のものにする。もちろん、そのような事は普通は出来ないでしょう! しかしヤツはその力を手に入れたのです。どのようにして? ルエルフという体質とサーガになった事による副産物としてです! 私たちは北のエルフ族の地を調査しました。その時、息の残っていたエルフからの証言を得たのです。ガザルはエルフを『生きたまま』喰らっていたと。御承知のように、我らエルフ族や妖精族は肉体の死を迎えた後に『木霊』となります。殺してしまった後では肉体は残らない。だからヤツは……まことにおぞましい話ですが、エルフを『生きたまま』喰らっていたというのです! ヤツはそうやって自らの齢を伸ばし、若き姿と力を 蓄えていたのです!」
カミーラは一気にまくし立てる。
「北のエルフ族が滅ぼされ……ほとんど時を置かずにあの『サーガ大群行』が起こりました。ヤツラを率いていたのはガザル……エルフ喰いのサーガ、ガザルだったのです」
「ふぅ……」
裁判長は、今の今まで息を止めていたかのように大きく息を吐き出した。エルフを……生きたまま喰っていた?……アイツなら確かにやりそうだ……篤樹はガザルの 冷徹な目を思い出し、身震いする。
「ガザルの悪行は我々も昔の記録から知ってはいたが……それほどまでとは……しかし、今の話だけでは、このルロエ氏がガザルに組みしていたという話にはならぬ、と思いますが……」
ルロエは、まだじっとカミーラを睨みつけている。カミーラはフンッ! と鼻で笑い証言を続けた。
「この者たち一家3人の下に、かのガザルは訪れていたのです。北のエルフ族が大虐殺される前に……そして、この者たち家族がガザルを引き連れ北のエルフの森へ向かっていた、という情報をそこかしこで我々は手に入れました……人間や獣人、多くの者から複数の証言を。そして、北のエルフ族は滅ぼされ、村の守りの盾が盗まれ、その後ガザルによってあの『大群行』が起きた時……この者たち家族3人の消息は途絶えた。ゆえに我々エルフ族協議会はガザルを手引きした首謀者として、この者の父であるルエルフのシャルロ、共謀者としてその妻シャリー、そしてこのルロエを大罪人として手配していたのです」
シャルロさん家族があのガザルを手引きして北のエルフ族を全滅させた……? 有り得ない!
篤樹はルロエがどんな「真実」で反論するのかと、その背中を食い入るように見つめた。




