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第 268 話 後を追って

 スレヤーの目の前に、笑顔のコートラスが立っている。


 しかし、初老の「同志」は、温かみのある笑顔を向けたまま、頭部に……そして、ほぼ同時に首と胸に、その後は立て続けに数本の矢を全身に撃ち込まれていく……


 まるでスローモーションのようにスレヤーはその攻撃を確認し、同時に左腕に鋭い痛みを感じた。


 攻撃を受けている!


 一瞬遅れで脳が状況を把握するより先にスレヤーは身を翻し、背後の篤樹とエシャーに向かい両手を広げ跳びかかった。最下層床から3段ほど上った辺りでの突然の出来事……。篤樹とエシャーの顔には、まだ談笑の余韻の笑みが浮かんだままだ。


 階段上り口まで篤樹とエシャーを抱きかかえ跳び下りたスレヤーは、右太もも裏にも矢が刺さった感覚を認めつつ2人を横に突き飛ばし、自らも反動を利用し階段口の逆サイドへ避難する。


「敵だっ!」


 床に倒れる段階で篤樹とエシャーに短く状況を伝え、すぐに左腰に下げている剣を鞘から抜いた。


 ドサッ!


 わずかに遅れ、全身何ヶ所にも矢が刺さっているコートラスが階段下に倒れて来る。エシャーは目を大きく見開いた。


「コートラスっ!」


 階段上り口横の壁からエシャーはコートラスに向かい右腕を伸ばしたが、目の前を矢が通過し思わず腕を引き戻す。


「……」


 コートラスの視線がエシャーをとらえ、何かを伝えたそうに唇が震えた。しかし、その瞳からみるみる「生命の光」が失われていく。


「いやぁーっ!」


 再び身を出そうとしたエシャーを、今度は篤樹が背後から抱き戻す。


「危ないッ! エシャー」


「居たぞっ!」


「1人排除っ!」


 階段の上から声が聞こえる。


「敵は何人だっ!」


「不明です! 即射対応しました!」


 あの声……


 指示を出している男の声に、篤樹は聞き覚えがあった。すぐに視線をスレヤーに向ける。スレヤーはちょうど右太ももに刺さっていた矢を引き抜いたところで、視線を篤樹に合わせうなずいた。


「こちらは王政府臨時主権軍だ! おとなしく投降しろっ!」


 再び響く男の声……篤樹もスレヤーにうなずき返す。


「現在、王政府はメルサ正王妃による臨時主権体制に入った! 私は主権軍司令、ジン・サロン中将だ! おとなしく全員投降し、ルメロフ王とミラ従王妃を解放しろっ!」


「なんだぁ、ジンっ? お前ぇ、たった数時間でえらく大昇任したもんだなぁ!」


 階上から響くジンの警告に、スレヤーがゆっくり立ち上がりながら応じる。


「ほう?! そこにいたのかスレイ! ということはミラ従王妃も一緒なんだな?」


 スレヤーの存在を認めたジンは、驚くというよりも「読みが当たった」という喜びの籠った声で返した。スレヤーはその間に、エシャーに向けて「クリング」と口を動かす。


「エシャー……」


 スレヤーからの指示に反応を示さないエシャーに、篤樹が背後から声をかける。


「よくあの壁の魔法が分かったなぁ、ジン!」


 敵の注意をそらすようにスレヤーが声をかけた。


「優秀な部下が目印を残してくれてたからな。あの2人はまだ生きてるのか? もうバレたんだろ? 殺したのか?」


「丁重におもてなししてるから安心しなっ!」


 なかなかクリング攻撃に出ないエシャーを気にかけ、スレヤーは篤樹に視線を投げかけながらジンとの対話を続ける。


「エシャー……スレヤーさんが、クリングを使えって……ねえ? 大丈夫?」


 エシャーは篤樹の声に振り返らず、コクンと首を縦に振った。


「どうなんだ? ミラ従王妃は一緒なんだろ? 声を聞かせろよ。そうすれば攻撃態勢を解いて、話し合いで済ませてやってもいいぞ」


 ジンの声を聞きながらエシャーは左腕からクリングを外すと、輪を右手で握る。


 ジャリ……


 篤樹の耳にも階段を忍び下りる音がハッキリ聞こえた。即座にエシャーは反応し、スレヤー側に向かって駆け抜ける。わずかに遅れ、棒弓銃の矢と攻撃魔法の光がエシャーの背後を通過した。その内の一撃が、既に絶命しているコートラスの身体にも当たる。


「くそっ……」


 スレヤーが怒りの籠った声を洩らした。


「何を企んでるんだスレイ? 無駄な抵抗はやめろ! 俺は……お前を殺したいワケじゃ無い!」


「……途中に3人居た。上のほうにも何人か……」


 ジンの呼びかけの間に、エシャーがスレヤーに報告する。


「悪ぃな……とりあえず、良いかい?」


 スレヤーの言葉にエシャーはうなずくと、篤樹側に向かって飛び出した。同時に、今度は法力刃を出したクリングを階段に向かい投げ放つ。


「うわっ!」


「グッ……」


 階段から兵士の驚きと苦痛の声が聞こえる。篤樹に抱き止められたエシャーの手元に、クリングは忠実に戻って来た。


「そんなオモチャで抵抗する気か、スレイ! おいッ! 負傷者を引き上げろ!」


 ジンの声が響く。複数人の慌てた足音が聞こえる。エシャーのクリング攻撃で何人かに怪我を負わせた様子だ。

 エシャーは再びクリングに法力を注ぐと、先ほどとは少し位置を変え再び飛び出した。


「わっ!」


「くそッ!」


 階上で慌てる声が響く。スレヤーの横に身を隠したエシャーの手元に、再びクリングは正確に戻って来る。


 ジンさんは「オモチャ」って言ったけど、結構すごいじゃないか!


 篤樹は、エシャーの巧みなクリング操作に驚いた。


「いい加減にしろよ、スレイ!」


 ジンの苛立つ声が響く。エシャーのクリング攻撃効果で、一旦下り始めていた階段からジン達の気配が遠ざかる。篤樹は初撃の成功を喜び、笑顔でエシャーとスレヤーに顔を向けた。しかし、スレヤーはかなり険しい表情のまま階上の気配に耳を傾けている。


 エシャーは……もはや語り合うことも叶わなくなった「友人」の死体を、怒りに満ちた瞳でジッと見つめていた。


 スレヤーが篤樹にジェスチャーで指示を出す。


『グルッと回り込んでこっちに来い!』


 篤樹は指示を確認すると階段上り口から一旦離れ、最下層フロアを大回りしてスレヤー達に合流する。


「スレヤーさん、怪我は?」


「ん? ああ……今、エシャーちゃんに止血と簡単な治癒魔法をしてもらったから問題無ぇよ。さて……と」


 ジン達はこちらの人数や構成をまだはかりかねているようで、動きは無い。こっちが「たったの3人」だとバレれば、すぐにでも総攻撃を仕掛けて来るかも知れないが、間口の狭い階段のため確認にも下りて来られない様子だ。


「柱2本に、通路が2つと階段3つかぁ……」


 スレヤーはフロア全体に視線を巡らし終わると、目を閉じ、溜息をつく。


「こりゃ、なかなかなモンだな……」


「どうします?」


 何かの決断を感じ取った篤樹はスレヤーに問いかける。


「よし!……悪ぃがよぉ……アッキーとエシャーで、オスリム達を追いかけて状況伝えて来てもらえるかい?」


「……スレイは?」


 エシャーの視線がスレヤーに向けられた。スレヤーは笑みを浮かべる。


「援軍来るまでここで足止め役をやっとくからよ……早ぇとこ頼むわ」


 2人に向かいそう言うと、スレヤーは視線をコートラスの死体に向けた。


「……なぞなぞの答え……案外早く聞けるかもな……」


「え?」


 スレヤーの呟きに篤樹が聞き返す。しかし、スレヤーは視線を階段に向け、強い口調で指示を出した。


「行けっ!」


「……はい。……エシャー」


 篤樹はエシャーの手を取り、移動を始めようとする。一瞬、エシャーがそれを拒もうと力を入れたのを感じた。だが、とにかく早く援軍を呼びに行きたい篤樹は、再度強くその手を引く。今度はエシャーも素直に応じ、2人は足音をたてないように気を付けつつフロアを横切り、オスリム達が進んで行った通路へ入った。


 通路口で振り返ると、スレヤーはまだ階段口の壁に身を潜めたままだ。ジン達に動きは無い。


「走るよ……」


 篤樹はエシャーに告げ、先ずは手をつないだままゆっくり駆け出し、ある程度スピードが乗ると手を離した。勢いのままにエシャーもついて来ているのを背後に感じながら、篤樹はさらに足を早めようかと考える。


 急がないと……。オスリムさん達に伝えて……それから援軍を連れて戻って……


 ふと、エシャーの気配を背後に感じなくなり、篤樹は振り返った。10メートルほど後方でエシャーが立ち止まっている。


「エシャー……エシャー! 急がないと!」


 呼びかけに反応しないエシャーに、篤樹は焦りの籠った声をかけた。しかし、エシャーは動かない。仕方なく篤樹はエシャーのもとまで戻った。


「早くしないとスレヤーさんが……」


「スレイ……死ぬつもりだよ」


 えっ?


 意を決して口を開いたエシャーの言葉に、篤樹は絶句する。


「オスリム達に言っても助けに戻っては来ないよ……大事なのはゼブルンとミラさんを守り抜く事なんだから……。スレイが時間を稼いでる間に、その目的を達成するための作戦を実行するだけ……。大事な護衛を、援軍に回したりなんかしないよ」


 でも……そんな……じゃあ、なんでスレヤーさんは……


「アッキー! 戻ろっ? スレイひとりだけじゃ死んじゃうよ! 3人で戦おっ!」


 エシャーは決意に満ちた視線を篤樹に向けた。


 戦う……


 無意識に自分の左手が、腰に差している剣の柄を握った。篤樹はその感触にハッとし視線を左手に向ける。


「ね? アッキー! 戻ろっ! スレイひとりじゃ可哀想だよっ!」


「え……あ……でも……」


 スレヤーの指示は「オスリムに伝えろ」だ。そうすれば援軍が来る。篤樹は自分に与えられた使命に何の疑いも感じていなかった。しかし、エシャーの言葉を聞き、突然、その使命に疑いが生じる。


 エシャーやレイラ達は「真偽鑑定眼」をもつエルフ種族だ。正式な魔法を発動させなくても、ある程度の鑑定は瞬時に出来ることを見て来た。別れ際にスレヤーと視線を交わした時、エシャーはその内にある思いを読み取ったのだろう。ゼブルンとミラの無事こそが彼らの「禅譲作戦」の (かなめ)……援軍は……出してもらえない……


「ね? 急いで戻ろうよ! 早くしないとスレイまで……」


 必死に 懇願(こんがん)するエシャーと視線を合わせる。


 戻って……戦う? この剣で? でもこれ……真剣だよな……人を殺す……道具……。向こうもみんな、人を殺す道具を持ってる人達……


 篤樹の脳裏に、床に倒れたコートラスの姿が思い浮かぶ。瞳から急速に失われていく「生命の光」……ミシュバット遺跡でも見た「人間の死の瞬間」が、突然、「現実の死」として再認識される。


 人を殺す……? いや……誰かに……殺される? いやだ……そんなの……どっちもイヤだ!


「ねえ? アッキー……」


 エシャーが不安げな表情を浮かべた。


「あ……でもさ……やっぱり言われた通り……オスリムさん達に……」


「……。分かった! もういいよ!」


 伝令役に向かう意思を表す篤樹の言葉を遮り、エシャーは声を荒げ応じる。


「私はスレイを助けに行くっ! アッキーは……『ちゃんと戦える人』でも見つけて来てっ!」


「そん……あっ! エシャー!」


 身をひるがえしスレヤーのもとへ駆け出して行くエシャーの背中を、篤樹は一歩も動き出せないまま、ただ呆然と見送った。


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