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第 267 話 未回答

 ガイアとバズは治癒魔法で手当てを施された後、両手両足を縛られ床に座らされていた。その周りをフロカと4人の「同志」が囲んでいる。フロカは尋問を終えると、ガイアの剣を取り上げスレヤーのもとに来た。


「口は割らないが、間違いなくメルサ派の者だろう。一緒に連れて行き、詳しく調べる」


 スレヤーにひと言報告しながら、腰に差す模擬剣とガイアの真剣を差替え、軽く一礼をしてミラのもとへ立ち去って行く。


「紹介するね! この人がコートラス。で、こっちがオスリム。あと……」


 エシャーは篤樹の右手を左手で握り、自分の右手で指さしながら「同志」のメンバー紹介をする。その指先はミラとしっかり抱き合ってる男に向けられた。


「あれが、ゼブルン……殺されかかった王様候補の王子様なんだって」


 あの人が……革命後の「王様」……


「こいつが『アッキーくん』かい?」


 ゼブルンに視線を向けていた篤樹は、不意に名前を呼ばれ急いで視線を戻す。


「あ……はい……。賀川篤樹です……あの……」


 オスリムがニヤついた目つきで、篤樹を足元から頭まで何往復か品定めする。


「これがお嬢ちゃんの『大切な友だち』くんかぁ」


 意味深な言い回しに、篤樹は苦笑いを浮かべた。

 

 そのまま、オスリム・コートラス・エシャーそれぞれから、現状に至った報告を聞く。


「……ってことで、一旦、通路内に身を潜めてたら、あんたらが下りて来たってことさ」


 オスリムの言葉を受け、コートラスが続きを語る。


「警衛隊の同志が手引きに来る予定はあったが……様子が妙だったんでな。エシャーに頼んで、あの2人が『本物の同志』かどうか鑑定してもらったんだ」


「最初の1人とはちょっと距離があったからさ、どうやって近寄ろうかなぁと思ってたらアッキーとスレイの姿が見えて……もう1人下りて来たから『じゃあ、向こうまで見て来る』って言って、耳隠して出て行ったんだぁ」


 エシャーが得意気に説明する。いつの間にかそばに寄って来ていたスレイが、エシャーの頭に手を置いた。


「良い判断だったぜ、エシャー! あいつらも面食らって体勢を崩したしよ。おかげで、こっちは全員無傷で済んだからな。……っと、アッキーがかすり傷を負ったくらいか?」


 スレヤーは篤樹の左手に視線を落とす。エシャーに抱きつかれたままスレヤーに振り倒された時、床についた手の平に擦り傷が出来ていた。


「えっ? あ、ホントだ……」


 当の本人も言われて初めて気が付く程度の傷だったが、確かに血が滲み、小石もいくつか皮膚に刺さっている。


「え? そっちの手?」


 エシャーが篤樹の正面に立ち直し、両手で篤樹の左手を握り持ち上げた。


「あ……大丈夫だよ。このくらい……」


 篤樹は手を引き戻そうとしたが、すでにエシャーの手からは治癒魔法の淡い光が放たれ始めていた。せっかくなので、そのまま、治癒魔法に手を委ねる。


「うん! はい、これでオッケー!」


 満面の笑みでエシャーは篤樹に顔を上げた。


「ありがとな」


 篤樹も素直に感謝を述べ、笑顔で応える。


「この後のことだが……」


 オスリムが仕切り直し、全員に聞こえるように声を上げた。


「またまた予定変更で、ミラ様のお迎えは不要になった。……ってことで、上には行かず、このまま一旦退くぞ! 現王からの譲位宣言は明朝、明るくなってから、王都民の前で行うことになる……まあ、大群行の危機を乗り越えられればの話だがな」


 笑顔になりかかっていた一同の表情が、一気に不安の色を帯びる。湖水島内での騒ぎと同時に、壁外でサーガ大群行が再発した情報もオスリムのもとに届いていた。今、この場にいる「同志」全員は、その情報を共有している。


「あっ……でも……」


 篤樹は視界に入ったミラの姿を見て、ハッと声を洩らす。


「どしたよ? 何か問題あんのか?」


 スレヤーが尋ねる頃には、全員の視線が篤樹に向けられていた。


「いや……問題っていうか……ミラさんの……」


 脳裏にフッと浮かんだミラの「貞操着姿」を思い出し、篤樹は慌ててミラから視線をそらす。


 えっとぉ……


「あっ、そうだ! だから……王様……ルメロフ王も一緒に連れて行かないと……」


 ルメロフからゼブルンへの「王位禅譲」より、ルメロフにしか解けない「貞操着解除」のほうが篤樹の印象には強かった。しかし、何となくそれを口にするのが恥ずかしくなり、しどろもどろになってしまう。


「ああ……それなら御心配なく!」


 オスリムが応え、他の同志達も笑みを浮かべる。


「え……」


「あのね……」


 事情が分からない篤樹とスレヤー達がキョトンとすると、エシャーが微妙な笑みを浮かべて口を開いた。


「王様ね……もう、こっちに居るんだよ……実は」


「はあ?」


 今度はスレヤーが ()頓狂(とんきょう)な声を上げる。


「いつの間に?! 昼……んにゃ、つい1時間前には大将と一緒に王宮に居たぞ?」


「昨夜からだよ、スレヤー伍長」


 ゼブルンが、ミラの肩に腕を回し笑顔で答えた。


「え?」


 意味が分からず、篤樹とスレヤーは互いの顔を見る。自分だけが理解出来ていないのではない事を確認し、2人は再びエシャーに顔を向けた。


「あのね……エルが……やったみたい……」


 先に秘密を知った後ろめたさからか、エシャーが苦笑いで答える。


「大将が?」


「エルグレドさんが……何を?」


「昨夜の内に、俺の弟と王様を入れ替えたんだよ。補佐官の作戦でな」


 オスリムの「したり顔」を前に、篤樹とスレヤーは、ただ、ポカンと口を開いた。



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



「アイリ……」


 久し振りの再会で賑わう篤樹達の輪を見つめていたアイリに、チロルがそっと声をかける。


「え……あ……何?」


 チロルに顔を向けた途端、瞬きをしたアイリの右目から涙がこぼれた。チロルはそんな「侍女仲間」に、そっとハンカチを手渡す。


「あ……ゴメン……何か……」


「ううん……。ほら……ミラ様が……」


 ゼブルンとミラが、フロカやリュウとリメイ、同志達の護衛を連れ通路口前に待機していた。捕縛したガイアとバズも連行されている。その一団からコートラスが離れ、篤樹達のもとへ向かって歩いて来る。アイリ達とすれ違う際に、コートラスはチラッと2人に目を向け語りかけた。


「チロル。作戦が終わるまではしっかりミラ様の侍女としての務めを果たせ。そこの侍女も……な……っと……」


 ミッツバンの執事を演じていた時のように、厳しい表情で語りかけたコートラスだったが、アイリの目から涙が溢れている事に気付くと「ギョッ」として立ち止まる。


「ど、どうした? 何か……」


「何でもございません。お気になさらずに……」


 チロルが「侍女らしく」答えると、コートラスはとりあえず「わかった……」とうなずき、篤樹達のもとへ向かった。


「あっ……」


 コートラスとすれ違ってすぐ、ミラ達のもとへ移動して行くアイリ達の姿に気付き篤樹は声を洩らした。しかし、2人はそのまま通路口前まで行ってしまう。


「どうしたの? アッキー」


 エシャーが篤樹の前に顔を乗り出し尋ねた。


「いや……すっかり紹介するの忘れちゃってた……。ほら、あの子……ミラさんの侍女の子達にすごく世話になったんだ。俺らのいっこ下ってだけど、しっかりしてる子達でさ……」


「では、成功を祈る! 頼むぞ!」


 一団の最後尾でオスリムがコートラスに声をかけ、通路へ姿を消して行く。


「ふうん……」


 エシャーは何かを考えながら、篤樹の説明に相槌を打つ。


「なんかさ、10歳の時からミラさんの侍女として働いてるらしくって、普段はまじめな侍女なんだけど、色々あって友達になってさ……」


「あっ! あの子も知ってる! 見たことあるよ!」


「へ?」


 話の腰を折られた篤樹は自分が何を話していたのかを見失い、エシャーに会話の主導権を奪われる。


「サレマラと一緒にお買い物に行った時に見た子だ!」


「サ、サレマラ?……って、誰?」


 そこからはエシャーのマシンガントークとなる。学舎の話、サレマラとのやり取り、抜け道の先にある秘密の部屋でゼブルン達と出会ったこと……話の流れで、ミゾベの変身魔法の詳細を篤樹は理解した。


「チロルとはミッツバンのお (うち)で会ったんだけどね……」


 エシャーはゼブルン一行が姿を消した通路に向けていた顔を、篤樹に向け直す。


「アッキーもお城で新しいお友だちが出来てて良かった! 安心した」


 満面の笑みを向けるエシャーに、篤樹も笑みでうなずき応じた。


「スレヤー伍長……」


 篤樹とエシャーの近況情報交換を聞き終え、コートラスがスレヤーに語りかける。


「上には私1人で戻っても構わんよ? 君たちも皆と一緒に待機してくれていても……」


「んあ? だからさっきも言ったろ? 俺達ぁ、大将とレイラさんと合流してぇだけだって。ま、ついでにミゾベが王様に変身してる姿も見て笑えりゃ良っかって程度のこったからよ。気にすんなよ」


 ルメロフに変身しているバスリムの安否情報がまだ入手出来ていないため、コートラスが安否確認と救助に戻ることになっていた。その作戦確認の中、スレヤーも篤樹とエシャーと共に「上」に戻るつもりだと伝えたのだ。エルグレドとレイラは自分達の「同志」なのだから当然だ、と、オスリムが出した待機の提案を改めて断る。


「そうか……。では『上』の様子は分からんが、ぼちぼち行くとするか?」


 コートラスの提案にスレヤーはうなずく。


「アッキー、エシャー。行くぜぇ」


 先に歩き始めたコートラスに続き、スレヤーも先ほど下りて来た階段に向かい始めた。篤樹とエシャーは特に返事もせず、続く会話を楽しみながら2人の後について歩き出す。


「……それでね、あのピュートって内調の子がね、一緒に馬車に乗って来ることになったんだけどね、あの子、ボルガイルって人の本当の子どもじゃ無いんだって! そう言われれば、全然似てないもんね」


「へぇ……」


 エシャーと篤樹の会話を背後に聞きながら、スレヤーは前を行くコートラスに声をかける。


「そんでぇ?  禅譲作戦(ぜんじょうさくせん)は上手くいったとしてもよぉ……魔法院評議会が黙っちゃいねぇだろ? どうやって黙らせるつもりなんだぁ?」


「『評議会』という組織全体を相手にするつもりはないさ……」


 コートラスは足を止めず、階段を上りながら答えた。


「現会長のヴェディスから『禅譲を認める』って宣言を引き出しゃ良いだけの話さ。アイツは歴代の会長の中でも最高に笑える『秘密』をもってやがる上、プライドも高い保身主義者だからな」


「どんなネタだよ、それ」


 スレヤーが興味津々に尋ねたが、コートラスはなぞなぞの答えをじらして楽しむような笑みを浮かべ、首を横に振る。


「君らと行動を共にしてはいても、この先は『同志』の中でもトップメンバーだけの特別な情報なんでな。悪いが、全てのショーが終わるまでは……」


 コートラスはスレヤーに顔を向け、悪戯っぽく笑みを浮かべた。





……振り返ったコートラスの側頭部に、何の前触れも無く棒弓銃の矢が深々と突き刺さった。


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