第 23 話 重要証人
「それで!?」
篤樹は所長の話を聞きながら、一刻も早くエシャーの元に駆けつけたい気持ちになっていた。不安だったろうし、 怖かっただろう。「あの時」俺がそうだったように……いや、それ以上かも知れない……。不安と悲しみでエシャーは 壊れてしまったのかも……。それにしてもまさか「小人の 咆眼」をエシャーが使うなんて……使えるなんて……無意識に?
「まあ…… 騒ぎを聞きつけ、すぐに誰かが駆けて来てね。何かの魔法を使ったんだろうが……とにかく、彼女を一発で止めてくれたんだよ。軍部の兵士ではなかったな……服が違った。とにかく、その『彼』があの 娘を抑えてくれたおかげで、事なきを得たんだ。本来なら、あんな 重大傷害・破壊事件だから、すぐにでも巡監隊に引き渡すところなのだがね……幸いに私も職員も、2人の兵士にも大きな怪我は無かったし……もちろん、精神的にはかなりの重傷だったが……しかし、それもこれも『軍部の手違いが原因』という事で、軍部はこの件には関知しないと言われてね。私もあの後、彼女の調書を詳しく読んで……何と言うか……同情する点も多いかと。村を失った上にお母さんまでだしね……そこに来て、軍部の強力な拘束魔法を受けた影響で混乱してたワケだし…… 情状酌量ってことだね。まだ未成年という事もあるし……。ただね……」
「まだ何か?」
「うん……また 暴れ出すといけないから、彼女にはもう一度拘束魔法をって話も出たんだ。とは言え、軍部の当直法術兵が倒れてしまったからねぇ。そこで、封魔法コーティングを二重に 施してある特別監察室に、気を失ってる彼女を運び入れたんだよ」
所長は、テーブル上の球体の中で座っているエシャーの姿に目を向けた。
「だが、気がついた彼女は……今度は大声で泣きだしてね。驚いた監視員が呼びかけても返事もせず泣き続けて…… 孫娘のかんしゃく泣きどころの騒ぎじゃなかったよ。 可哀想だけど、感情のコントロールが出来ない状態で外に出すわけにもいかないからね……。で、昨夜の件もあるから、今もこうして外から見守るしかない状況というワケだよ」
「あの……」
篤樹は、所長の説明が「早く 厄介な荷物を引き取って欲しい」と思ってるように聞こえてイラっとしたが、とにかくここは「大人の対応」で言葉を選ぶ。
「あの、僕もエシャーも、もう解放されて良いのなら……その……僕がその部屋に迎えに入ってもいいですか?」
所長は「よし!」という表情で 頷いた。
「ああ! 是非そうしてくれると助かるよ!」
そうと言うが早いか、所長はソファーから立ち上がり、そそくさと扉に向かい始める。篤樹はその後を追って部屋から出た。
―――・―――・―――・―――
長い廊下を戻り、来る時に「制限魔法」がかかっていた場所を抜け、一般人も入れるホールまで出る。所長は館内設備の説明をしつつどんどん先へ進み、途中で、最初の館内案内の時には気付かなかった廊下(恐らく制限魔法がかかって見えなかったのだろう)を通って奥へ向かった。
「さあ、ここだ」
廊下の左側に4つの扉が並ぶ場所で歩を 緩めると、所長は奥から2番目の扉の前で立ち止まり制限解除カードを扉のノブに近づける。
開錠音と共に扉が開くと、そこは1m四方の小部屋……衣料品店の試着室のような正方形の「つなぎ部屋」になっていた。奥にもう一つ扉がある。
「こちらの扉が閉まったら、内側の扉が開くようになってるからね。彼女はその中にいるから……君からもよく話してあげて欲しい。今度暴れたら、さすがにお 咎め無しってわけには……」
「大丈夫です。ちゃんと言いますから」
篤樹は「つなぎ部屋」に入った。所長の「頼むよ……」という声が、閉まる扉の音でかき消される。
無音の空間。篤樹は目の前の扉を見つめた。この向こうにエシャーがいる。泣き通して、不安と悲しみに打ちひしがれている女の子が……何て声をかけよう?
急に篤樹は 緊張を覚える。
と、とにかく、せっかく自由の身になれたんだ! ルロエさんの件は……どうなってるのか分からないけど、とにかく、僕ら2人は無事にまた会えるんだ。大丈夫! ここからまた「次」に向かって進めば良いんだ!
篤樹は自分を力づけるように言い聞かせた。
しっかりしなきゃ! でも、なんて話しかけたら良いんだろう……
目の前の扉が「ガチャッ!」と音を立て、数センチほど勝手に開いた。篤樹は残りを押し開く。エシャーは部屋の奥の 右隅に座っている。所長の部屋で観たままの 格好……膝を 抱えて座り込み、顔を 埋めている。小さくすすり泣く声が聞こえた。よし! 篤樹はそっとエシャーに近づいた。
―――・―――・―――・―――
2人が「特別監察室」から出てくるのを、所長は廊下でウロウロしながらしばらく待つ。遅いなぁ……大丈夫かなぁ……所長は転送画魔法システムのある隣の部屋に入って、中を確認しようかどうか迷っていた。
所長・責任者としての立場で言えば、安全確認業務なのだから何の問題もない。ただ「若い2人」の様子を 覗くのは、大人としていかがなものかと 律儀に考え、躊躇している。
早く出てきてくれないと 確認しなきゃならないよ……
所長は「特別観察室」の前で立ち止まると、扉にソッと耳を押し当てた。
ガチャ!
扉が開き、所長は思わず飛び上がる。
「あ、スミマセン!」
篤樹は所長を驚かせてしまった事を 即座に 謝った。その後ろから、泣き 腫らした目のエシャーが両手で口と鼻を 隠し、バツが悪そうに顔をだす。
「……あの……すみませんでした……私……ぼんやりとしか覚えてないんですけど……昨日は……スミマセンでした」
「あ……ああ、ああ! 大丈夫だよ。大丈夫かい?」
所長は一瞬、エシャーに 身構えた。しかし「正気」を取り戻していることを確認し、安心したように笑顔を見せる。
「いや……君も、ホントに……何と言うか……大変だねぇ。とにかく、気持ちを落ち着けてね。ほら、 アツキくんも来てくれたし、ね?」
篤樹は、所長がまるで「泣き止んだ孫に大好きなおもちゃを見せてご 機嫌をとる老人」のように、エシャーに距離を置いて話しかけているのが面白かった。よっぽど怖い思いをしたんだろうなぁ……
「……昨夜の話は、一応僕からも話しておきました。本人、あまり覚えていないそうで……」
「いや、ホントにもう大丈夫だから! みんな、そんなに 大怪我じゃないし……そもそも軍部の手違いが原因だからね。廊下の 補修費用も、向こうの経費に 上乗せして請求するから、気にしなくて良いよ」
所長はとにかく2人に(というかエシャーに)早く裁判所から出て行って欲しそうだ。
「……それと、あの、ルロエさんに一目だけでも会えませんか?」
篤樹が尋ねる。
「え? ああ……うん、そうだよね……あ! そうだ! ビデル…… 閣下に聞いてみなさい! ほら、君たちはビデル閣下の管理下に 在るわけだから。ね? そうしなさい。ちょっと……私にはこの件に関して面会を許可する 権限は無いから……なんとも言えないんだよ。ね?」
所長は「やっと 厄介なお荷物とおさらば出来る」という喜びを全身に 滲ませながら、ビデルのもとに行くように2人を 急き立てる。
ビデルさんかぁ……
篤樹は、正直言ってこのままビデルと会わずにここから出られたら、どんなに気楽だろうかと考えていた。でも、そういうわけにはいかないだろう……それに、考えようによっては「大臣」という立場の人と近い関係になっていれば、この先、何かと便利かも知れない。
『 外界でタクヤの塔を 目指しなさい』
あの時「先生」から言われた場所に行くためにも、とにかく「情報」と「力」は必要だ!
「……ねぇ、アッキー? 誰? その『ビデル』って人……」
篤樹の上着を引っ張りながらエシャーが尋ねる。そうか……エシャーとルロエさんは詰所でビデルさんに会う前に、こっちに連れて来られたんだ。
「えっと……ビデルさんっていうのは……」
エシャーへの説明を、誰かの声が遮る。
「ああ! ここにいましたか! カガワアツキくんですね? それと……ルエルフのエシャーさん。もう大丈夫ですか?」
廊下を歩いてくる若い男の人……お父さんたちが着るような「背広」に似てるけど何となく素材やデザインが違う、独特な濃い灰色の服を着ている人物が声をかけて来た。
「所長、あの後、少しは休まれましたか?」
その男性は近づきながら所長に手を差し出し、握手で 挨拶を交わす。
「おや、あなたでしたか! 昨夜はどうもありがとうございました!」
その人物が「誰」かを確認すると、所長も満面の笑顔で手を 握り返した。
「ご挨拶が遅れて申し訳御座いませんでした。私も到着してすぐの事でしたし、あの後もバタバタしていまして……自己紹介もせずに失礼いたしました。私はエグデン王国王室非常時対策室室長付きの 大臣補佐官をしているエルグレド・レイと申します。この度は軍部の 不手際でこちらにも御迷惑をお 掛けし、申し訳御座いません」
エルグレドと名乗った男性は、言葉通り申し訳無さそうに表情を 曇らせ、丁寧に所長へお 詫びの言葉を述べる。
「いやいや、あなたや 対策室の責任では無いんですから、どうぞお顔を上げて下さい!」
所長はその礼儀正しい若い男性に好感をもった様子だ。
二十歳過ぎ……22~23歳くらいだろうか? 金髪で長すぎない、清潔感漂うサラサラとした髪、色白でも健康そうな 肌、右目は茶色で左目はうすい緑色……これが「オッドアイ」って目かぁ。なんだかモデルさんのように「きれいな人」だなぁ……篤樹はエルグレドの 端麗な容姿に思わず見入ってしまう。
全然「 泥臭さ・男臭さ」を感じさせないが、かと言って女性的という印象も受けない。「中性的」で……しかもかなり「上位」に存在する中性さを感じる。
イテッ!
右腕をつままれるような痛みを篤樹は突然感じた。横を見ると、エシャーが篤樹の右腕をギュッと 掴んでいる。篤樹と同じようにエルグレドに見入って、つい、力が入ってしまったようだ。
「……いや、本当に御迷惑をおかけします……っと、エシャーさん、大丈夫ですか?」
エルグレドが心配そうにエシャーを見る。
「あなたの眼が『小人の 咆眼』だったものだから、私も手加減を考えずに術を 放ってしまいました。……気になってはいたんですが、色々と仕事が立て込んだもので、 介護もせず失礼しました」
「え? あの……」
エルグレドの言葉にエシャーが 動揺する。まさか、この人が?
「彼女は昨夜の事をよく覚えていないらしく……」
所長が会話に割って入る。
「昨夜、君の『 暴走』を止めてくれた人ですよ、この方が」
「え! この人が!」
篤樹は思わず聞き返した。
「小人の咆眼」とルエルフの「ルー」を使って暴れるエシャーを、一瞬で止めた法術士……すごい魔法使いなんだ、この人……
エシャーは特別監察室で篤樹から聞いた「昨夜の暴走」を思い出し、恥ずかしそうに目をそらす。
「覚えていないのなら幸いです! いたいけな少女に対し、あのように強力な 絶気魔法を使った悪者……と 記憶されてはいないんですね」
エルグレドは少し 冗談めかした口調でそう言うと、今度は心底心配するように確認する。
「……でも、本当に頭や手足に痛みはありませんか? 胸や背中、体のどこかに普段感じないような痛みとか……」
「あの……はい……ホントに大丈夫です……」
エシャーは、ほとんど篤樹を「 盾」にするくらい背後に回りこみながら答えた。
「そうですか! うん……あなたも法術を使うし、ルエルフの持つ古代魔法力もあるでしょうから……魔法 害性が軽く済んだのかも知れませんね。安心しました」
エルグレドはようやく「ホントに安心した」という表情を見せる。
「さて……」
そう 呟くと、エルグレドは少し困ったように真面目な表情を篤樹に向けた。
「カガワアツキくん……そして、エシャーさん。本来なら君たちはとっくに自由の身となり解放されている立場です。そんな君たちにこのような事をお願いするのは心苦しいのですが……」
篤樹はなんだか嫌な予感がした。今までの経験上「本当なら~ですが」という言い回しの後には、あまり好ましくない状況が起きることを知っていたからだ。一体「自由」になれずにどうなるのだろうか?
「この後に行われる『 宵暁裁判』の重要証人として、君たちに 出廷 要請が出ているんです」
「しょ、しょうきょう裁判?」
「はい。エルフ族による特別裁判……ルロエさんの裁判です」
ルロエさんの裁判に? 篤樹は耳を疑った。
「重要証人」って……一体何を……
「もちろん今回の裁判は通常のものではありません。お2人には出廷を拒否する権利も認められています。どうですか?」
「……ちょっと……」「出ます!」
篤樹が少し考える時間を要求する間もなく、エシャーが返事をする。
「ちょ、ちょっと! エシャー……」
「お父さんに会えるんですよね?」
エシャーは要請された内容が何かよりも、父親に会えるということで、もう気もそぞろになっている。そりゃそうだよなぁ……仕方無いか……でも「重要証人」って響きがどうも気になるんだよなぁ……
「ありがとうございます! では所長、この後は私が2人を引き受けてよろしいですか?」
「え……ええ! もちろんです! よろしくお願いしますよ。では、私はここで!」
所長は 嬉しそうな笑顔でそう言うと、篤樹の背中をポンと 叩いて顔を寄せる。
「私がビデル閣下の悪口を言ってたことは内密に頼むよ。しっかし、国の役人の中にもちゃんとした人はいるもんだねぇ」
所長は小声でそう言うと、篤樹にウインクを見せた。




