第 228 話 騒がしい朝
正王妃メルサによる女王制移行革命に向け、密かに進められる「ルメロフ王暗殺計画」。その一策として、エルグレドは最高法院裁判にかけられたが、無事に(?)嫌疑も晴れて自由の身となり、篤樹たち探索隊メンバーと合流する。
サーガ大群行による混乱が続く王都内には、メルサを始め複数の反体制グループが活発に動いているという事を知った篤樹たち探索隊は、しばらく王都に留まり、その動向を注視することに。
そんな中、従王妃ミラとの良好な関係を築いた篤樹たちは、歪んだ王国体制の改革への協力を約束する。
その頃、エルグレドの肉体に宿る「特別な秘密」を嗅ぎ取った内調のボルガイルは、自分の部隊単独でその秘密を暴くための作戦を始めた。
一方、湖神の結界が砕けようとする中、ガザルは解放に向けて力を蓄えつつ外界に影響を及ぼし、王国各地ではサーガの群れ化が再び散発し始めていた。
様々な思惑が交錯する中、ついにガザルは湖神の結界を脱し、エグデン王都に再びサーガ大群行の殺戮の波が……
都の騒乱の中、仲間に「守られて」きた篤樹は、仲間を「守る」ために成者の剣を握り立ち上がる!
物語後半の序章となる第5巻「王都騒乱編」。どうぞお楽しみ下さい。
「エシャー、どうしたの? なんか朝から元気ないね?」
心配そうにサレマラから声をかけられ、エシャーは 慌てて笑顔を作った。
「えっ! そう?……何でも無いよ。大丈夫!」
明らかな作り笑いに、サレマラは 苦笑する。
「エシャーってさ……結構、 嘘が 下手だよね? 変に気を 遣わないで良いからさ、悩みあるなら言ってよ。1人で抱えないでさ。……お父さんや旅の仲間の事なんでしょ?」
サレマラはそう言うと、エシャーが口を開くまでの間をおくように、朝食後のジュースを口に運んだ。
「う……ん……」
サレマラの 指摘は確かに当たっている。エルグレドの裁判が終わるまでの間、自分がこの 学舎で待機生活を送ることに納得はしていた。でも、あまりにも仲間達の情報が入らない事に、正直、 苛立ちを感じ始めている。
レイラもお父さんも、昨日のお昼には王都に帰って来てたのに……結局、 今朝まで待っても何の連絡も無かった。帰ったらすぐに来てくれるって言ってたのに……
「……あのね。何て言うか……私だけ仲間外れにされてる感じがして……」
エシャーはポツリと語り始めたが、すぐに 口調を改める。
「あの、ほら! 昨日、お父さん達を見かけたからさ、夜にでも会いに来てくれるかなぁって思ってたのに、全然連絡も無いまんまだったから……どうしたのかなぁ? って……」
サレマラは優しく 微笑みながらコップをテーブルに置いた。
「そっかぁ……そりゃ 寂しいよね。お仕事が忙しいんだろうね……。王宮のお仕事って、夜も昼も無いってウチの親も 愚痴ってるもん」
「う……ん。そだね! 忙しいのかも!」
笑顔で納得したように答えてはみたものの……その「忙しさ」から自分だけが仲間外れにされている感じが嫌なのだ! 自分だけが子ども扱いされているような気がしてくる。
アッキーは剣術試合とかまでやってるのに……
「サレマラ、エシャー! 学長先生がお呼びだよ!」
寄宿舎食堂の扉から上級生の女生徒が顔を 覗かせ、2人に声をかけた。
「あ、はーい!」
サレマラは返事をすると、エシャーに不思議そうに視線を向ける。エシャーもキョトンとして首を 傾げた。
「……朝から学長に呼び出されるなんて……なんだろう?」
「お父さん達のことかなぁ……」
エシャーがわずかに期待を込めて答える。
「それなら私までは呼ばれないでしょ?」
サレマラが即座に答えた。結局、2人とも思い当たる話も無いので、とにかく、食器を片付けて学長室へと急ぐことにした。
―・―・―・―・―・―
「え? 夕食会……ですか?」
学長室に入ると、ミリンダは奥の机に座り書類に目を通していた。
「そうです。今夜6時にお迎えの馬車が来ます。2人とも、午後の授業が終わったら 身支度を済ませておきなさい。15分前には玄関ホールへ来るように」
顔も上げずに用件だけを説明するミリンダに、エシャーは段々と苛立ちを覚える。
「……もっと、ちゃんと説明して下さい!」
ミリンダの手が止まった。サレマラは驚いたようにエシャーの腕にソッと手を触れ「エシャー……」と呼びかけるが、 御構い無しにエシャーは続ける。
「急に呼び出されて来てみれば、今夜夕食会が有るから参加しろって……意味が分かりません! どこの誰との夕食会なんですか? どうして私とサレマラが 招待されたんですか? ちゃんと説明してくれないと……私、行きません!」
エシャーの声が段々大きくなるにつれ、ミリンダの表情も段々と 険しくなって来た。サレマラは……段々と身を 縮ませていく。
「……この学舎に居る間は、ここの規則に従ってもらうと伝えたはずです。学長である私が『必要』と思う情報を伝え、指示を出したのですから、あなたはその指示に従っていれば良いのです」
感情を押し殺した 丁寧な物言いだが、ミリンダの言葉には不快感が 籠っている。しかし、エシャーも引き下がらない。
「学長は納得してるかも知れないけど、私は納得してません! 私は自分が納得できない指示になんか従えません!」
ルロエや探索隊メンバーに対し、朝から抱えていた不満も重なり、苦情をぶつける「相手」が目の前に現れた事で、エシャーは必要以上に怒りの感情をあらわに 抗議する。
「エシャー!」
ミリンダの 厳しい声が室内に響いた。
「……落ち着きなさい」
一転して 穏やかな口調でミリンダは語る。
「行き先を知りたいのなら、そのように 尋ねれば良いでしょう? そんな……初めから反抗的な抗議の声を上げる必要はありませんよ。夕食会はミッツバンさんからの御招待です。当学舎への多大な資金提供を下さっておられるお方で、もともと今夜は私が意見交換のために招待されていました。ところが今朝になって、学生の話も 伺いたいので女子学生の代表者を2名招きたい、と申し出がありました。今期の女子学生代表はサレマラですし、となればもう1人は 見聞を広める意味も込め、あなたが良いかと判断しました。納得出来ましたか?」
ミリンダの説明を聞いている間に、エシャーも少しずつ冷静になって来た。「それならそうと、最初から説明してくれてれば……」という不満もあるが、確かに初めからケンカ腰で抗議をした自分の非も認めないわけにはいかない。しかし……そんな個人的な感情の問題以上に……出された人名にエシャーは目を大きく開く。
「ミッツ……バン……さんの?」
さすがにサレマラも驚き呟いた。
「急な話なので他の人選は考えていません。もっとも、代表ならサレマラ1人だけでも構いませんが、どうしますか? エシャー」
ミリンダから改めて問いかけられ、一瞬、エシャーは抗議の姿勢を 貫き辞退も考えたが……それ以上にミッツバンへの関心が高まる。
何かの情報を得られるかも知れない!
「……あの……すみませんでした。そういうお話だったのなら……一緒に行きます」
エシャーの返答を満足そうな笑みで受け取ったミリンダは、再び視線を 机上の書類に落とす。
「お話は以上です。さ、授業へ行きなさい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイラさん、こんな朝からお出かけですか?」
朝食後の剣術指導をスレヤーから受けていた篤樹は、レイラが 外套を羽織って出かける姿に気付き声をかける。
「お! 何なら馬車を出しましょうか?」
振り返ったスレヤーも問いかけた。
「結構よ。王都の 街中をお散歩してきますの。のんびり観光気分で歩きたいから、お気になさらずに」
レイラは歌うようなリズムで返事をすると、軽やかな足取りで 湖中橋に向かって歩いて行った。
「お散歩ねぇ……」
笑みを浮かべてスレヤーがその背を見送る。
「……何か調べたいことがあるって、昨夜は言ってましたけど……」
篤樹は心配そうにレイラの姿を目で追い、ふと、湖中橋を駆けて来る騎士に気付いた。
「朝っぱらから法力の早馬か……」
スレヤーも気付いて呟く。騎士は島の出入り検問所付近でレイラともすれ違ったが、レイラは一瞬だけその騎士を振り返り、再び橋に向かって歩を進めて行った。
「 謁見宮のほうに行ったな……ありゃ軍部の騎兵だ。何かの伝令だろうよ。ま、俺らにゃ関係無ぇやね。ほら、アッキー! サボってないで型打ちをあと50本!」
「え? 別にサボってないですよ!」
篤樹は 模擬剣を振りかぶると、スレヤーの指示通りに素振りを再開した。
―・―・―・―・―・―・―
謁見の 間では王座にルメロフが座り、 段下の右側に文化法歴省大臣ビデルとユーゴ 魔法院評議会会長ヴェディス、王国軍務省大臣のヒーズイット大将が立ち 控えている。段下左側の壁際にはカミーラとエルグレドが並んで立ち控えていた。
「……長老大使とも 面識が有ったとはな……お前は一体何者だ?」
カミーラが小声で尋ねる。エルグレドは正面を向いたまま、口の端に笑みを浮かべた。
「さあ? 何の話でしょうか……。長老大使はもう発たれたのですか?」
「 暁の内にな。……まあ、あの方が『良し』と判断されたのなら、お前はエルフにとっての 脅威とはならない者ということだろう……。これほどの 偽り者であったとしてもな」
エルグレドの目を 覗き込むように、カミーラが顔を近付けた。
「大使……やめて下さい。ほら、伝令者が来ますよ」
すぐに謁見の間の扉を叩く音が響く。室内で扉の前に立つ2人の衛兵が王座に顔を向けた。
「よし。開け」
ルメロフが面倒くさそうに手を振ると、すぐに衛兵達は左右の扉を開いた。軍部の伝令騎士兵が 兜を脇に抱えて入室して来る。真っ直ぐ王座の前まで進むと、段下中央に敷かれている 絨毯の上に片膝をつき、 頭を垂れた。
「頭を上げよ」
ルメロフの言葉で兵士は顔を上げ、視線をヒーズイットに向ける。
「状況は?」
ヒーズイットの問いかけに、兵士は立ち上がり口を開いた。
「昨夜、東部のリミエ村が襲われました。魔法院の法術士方が駆けつけて下さったので被害はほとんどありませんでしたが、直前にはユライの集落が20体ほどの群れにより 壊滅状態です。一昨日から、東部だけでも5つの群れが連続で目撃されています。タリメリアの町長から、軍部の部隊増強要請を託されています」
「やはり東部もか……」
兵士の報告に、ヒーズイットはボソリと呟いた。
「そうか。分かった。ご苦労であったな。下がってよいぞ」
ルメロフは笑顔で兵士を 労うが、当の兵士は困惑顔でヒーズイットに顔を向ける。
「……王が良いと言って下さってる。タリメリアへの増軍は善処しよう。報告書を省に提出し、規定休息取得後、部隊に速やかに復帰せよ」
兵士は姿勢を正し礼を示すと、身を 翻し退室して行った。
「今朝の報告は以上で終わりか? 最近は毎日毎日、朝から騒がしいなぁ」
ルメロフが席を立とうとしたが、即座にヒーズイットが大きな声を出す。
「国王陛下! 国の一大事なのですぞ! 御自覚下さい!」
突然の 叱責と声の大きさに、ルメロフは 慌てて腰を下ろした。
「大将……王に対しその物言いは少々礼に欠けるかと……」
ビデルが横からたしなめるが、その声には非難よりも同意の色が濃く込められている。
「まあ確かに……」
そのままビデルは語り続けた。
「今回の 大群行が収まってより約1ヶ月……一時はこのまま 沈静化するものと考えていましたが……小規模ながら『群れ』が各地に再発しております。これは 看過できない状況ですな……。ルメロフ王よ、早急な対応が必要であると私も考えますが?」
ルメロフへの進言ではあるが、同時にエルグレドへ目線を送る。
なるほど……。 現状把握のために、この席に呼ばれたワケですね……
エルグレドはミシュバを出て以降、国の情報からも 隔絶されていた。その10日間の情報空白を埋めるため、補佐官という立場にもかかわらず、ビデルからこの場への出席を命じられたことを理解した。
「特にこの一週は大きな被害が続いている。300体ほどの群れまで目撃したとの情報もある。やはりサーガ共の指揮系統が復活しているんじゃないか? ガザルを封じたと聞いたが……どうなってるんだ?」
ヴェディスがビデルに向かい、 不審そうに尋ねる。昨日の訴えを退けられた腹いせもあるのだろう。
「さあ……ルエルフ村や湖神の結界がどうなっているのか……我々としても一刻も早くその情報を見つけたいと思っておるのですが……。なにぶん昨日まで特別探索隊のエルグレドが 拘束されておりましたので」
ビデルもチクリとやり返す。
「湖神の結界をガザルが破ったのか……それとも、サーガの中にガザルのような別の『統率者』が現れたのか…… 皆目見当もつきません。とにかく、今は各地に出没している群れをいかに抑えるか……ですな」
「なんだか難しい話だなぁ? で、我は何をすればよいのだ?」
ルメロフが困ったような笑顔を浮かべ一同に問いかけた。
「兵の士気が下がらぬように、言動を 慎んで下さっていれば」
「王宮内に留まり、 従臣からの書に承認を与えて下さっていれば」
ヒーズイットとヴェディスが即座に答えた。
「王は国の 要人です。王座にどっしりと構えて座り、国政は我々従臣職の者にお任せ下さい」
ビデルが要件をまとめるように語ると、ルメロフは何となく理解したように笑顔で 頷いた。カミーラは鼻で笑い、 嘲笑を浮かべている。
要人……ですか……。この国はやはり……変わらなければなりませんね……
エルグレドの目には、王座に座るルメロフの姿と「 英雄柱」に囚われていた要人の姿が重なって見えた。




