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「3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~」【 完結作品 】   作者: カワカツ
第4章 陰謀渦巻く王都編(全63話)
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第 214 話 剣士篤樹の初陣

 タリッシュがゆっくり近づいて来る。闘剣場中央に向かい、篤樹も一歩ずつ足を運ぶ。ほんのわずかな傾斜だが、湖側に向かって重心が傾いているのを感じる。対峙するなら王宮側に自分が立ち、湖側にタリッシュが立つようなポジション取りが良いと頭では理解しているが、当然、相手も同じように考えているのだろう。篤樹が進路を右に寄れば、タリッシュも同じ方向へとズレて来る。


 それなら……


 篤樹は揺さぶりをかけるつもりで進路を左側……湖側に寄せた。その時を見計らっていたかのように、タリッシュは急に歩速を早め王宮側へ一気に移動する。


 しまった!


 タリッシュとの間合いを保ったままで王宮側に身を移すことが出来なくなった篤樹は、仕方なく湖を背にする形でタリッシュと向き合う。間合いは5mほど……この距離なら、タリッシュが飛び込んできても左右どちらにでも身をかわせられる。


「おいおい坊や……大丈夫か? 剣先が震えてるぜ?」


 好位置をとったタリッシュはニヤニヤしながら篤樹を挑発した。しかし篤樹はその挑発に乗らず、タリッシュの動き、呼吸、音に集中し続ける。


 そうだ……「冷静な緊張」……。相手を侮らず……必要以上に恐れず……余裕をもって情報を整理する……。タリッシュさんは、まだ俺を素人だと馬鹿にしている……まあ素人だけどさ……でも……

 

 タリッシュが2歩間詰めてくる動きに合わせ、篤樹も1歩間を詰める。間合いはまだ広い……互いの剣先が当たる距離まであと1mくらい……篤樹はタリッシュの目をしっかり見据え、間合いを正確に感じていた。

 スレヤーとの特訓で、何となくだが剣の間合い……相手の「目」がどの位置にあれば、剣が届くか届かないかを感じ取れる。短距離選手としての空間認識・距離認識が備わっていたことも「間合い感の習得」の大きな土台になったのだろう。


 そろそろ、お互いに振れば剣先が当たる……篤樹はこの間合いをまずは保つことに決めた。タリッシュがさらに一歩詰めると篤樹は同じだけ後方に退く。タリッシュの表情が変わった。さらに一歩詰めて来たので篤樹は左後方に一歩 退()く。


「おい! 逃げてちゃ剣術試合にならねぇだろうが!」


 タリッシュは 剣戟(けんげき)の間合いをずらし続ける篤樹の動きに対し、苛立ちを見せ始めた。


 大丈夫……この距離を保って……


 篤樹はタリッシュの挑発に耳を貸さず、間合いを保ち続けている。が……タリッシュは不意に表情を緩めた。


 なんだ?……仕掛けて来る?!


「せいりゃッ!」


 次の瞬間、タリッシュは掛け声と同時に剣を振り上げ飛び掛かって来た。


 ヤバッ……急いで後ろに……


 これまでのように、篤樹は後方へ飛び退くよう移動しようとしたが、1歩ほどで背中が闘剣場の (ふち)に当たってしまう。


 しまった! 後ろにスペースが……無い!?


 避けられない事を悟り、篤樹は思わず剣を横向きに掲げ、座り込むような姿勢でタリッシュの斬撃を受ける。


 ガキン!


 上段から振り下ろされたタリッシュの剣を受けたが、その勢いを殺し切れず、受けた自分の剣が弾き押されて篤樹の兜に当たった。剣柄を握る手に伝わる衝撃もかなりの響きがあったが、なんとか叩き落されずに済んだおかげで剣身の直撃だけは免れる。

 そのまま押し込んでくるタリッシュの剣を左に受け流すように払い、篤樹は転がるように右側へ身を避け態勢を立て直す。その鼻先をタリッシュの剣が横一閃にかすめた。


 マズイ!この距離だとまだ……


 篤樹はさらに右斜め後方へ飛び退く。左手一本で横一閃に剣を振ったタリッシュは、その反動を利用するように体の向きを篤樹に直し、再び両手で剣を握ると強烈に打ち下ろして来る。だが、今度は剣で受ける必要がない距離だと測っていた篤樹は、その間にさらに数歩後方へ間合いをとった。

 一旦攻撃モードに切り替わったタリッシュは、さらに二振り三振りと上下左右に斬撃を繰り出し迫って来るが、剣を振る動作を捨てて退く篤樹は難なくその攻撃を避け続ける。


 見える! タリッシュさんの攻撃軌道が……剣先が……撃ち出す動作が! スレヤーさんより……格段に遅い!


 篤樹はスレヤーとの特訓では見切れなかった「剣筋」というものを、タリッシュとの戦いの中で見切れるようになっている自分の目に驚きと喜びを感じた。


 もうさっきみたいに追い詰められないようにしないと……


 冷静に状況を判断する意識も働き始めている。盗賊村で亮から土竜退治の際に習った「適切な間合い」のイメージも思い出す。真後ろにばかり退くのでなく、時には斜め前に出るようにフェイントをかけつつ逆斜め後方へ退くことで、「弧を描くような間合い」を保ち、常に後方にスペースを残す。


「よし! アッキーそれでいい! 先ずは自分の距離を保て!」


 スレヤーは周りの歓声にも負けない大声で指示を出した。


 ……んでも、あんだけ集中出来てりゃ周りの声は届いて無ぇか……


 嬉しそうに笑みを浮かべながら、立ち上がりのリズムを掴んだ「愛弟子」を誇らしげに見つめる。


 出会い頭の事故さえ起こさなきゃ、アッキーの足腰ならタリッシュの斬撃を避け続けられるだろうよ……後は攻撃のタイミングを読めるか?……何よりも……自分から「攻撃を仕掛ける踏ん切り」をつけられるかどうかだな……


 篤樹の「弱気」を知る師範だからこそ感じる「不安」をスレヤーは抱えていた。特訓中も篤樹の「逃げ・受け・流し」には天賦の才を感じたが、いざスレヤーに向けての攻撃となると、剣筋も鈍く威力も無い。撃ち出しの前から 躊躇(ためら)いの空気が簡単に読み取れていた。その「弱気」は、特訓最後の一振りまで消えることは無かった。


「逃げてばかりじゃ、いつかは敗けるぜ……」


 祈るような思いでスレヤーは呟く。


 それにしても……大将……


 スレヤーは王族観覧席でルメロフ王の横に座っているエルグレドに目線を向けた。


 ……この「嫌な匂い」の正体は何なんですか? 気づいてるんですよねぇ?



―・―・―・―・―・―



「エルグレド! お前はどっちを応援してるんだ?」


 ルメロフは闘剣場で始まった剣術試合を、ワクワクした表情で眺めつつエルグレドに尋ねた。


「手前の小柄なほうの剣士ですよ、ルメロフ王。彼は私の隊のメンバーですからね」


 エルグレドは優しく答える。


「そうか! 小さいほうだな? よし! では我も小さいほうを応援しよう!……でも弱そうだぞ? 良いのか?」


「大丈夫ですよ。彼だけでなく、彼を指導した者も私の隊の優秀な剣士ですから」


 ね……スレイ……大丈夫……ですよね?


 自分の言葉にエルグレドは苦く笑み、戦いの流れを見つめる。


 アツキくんが一体どんな戦いを行うのか……スレイからどんな手ほどきを受けてこの試合に臨んでいるのか……しっかり集中して見届けたいんですけどねぇ……


 エルグレドは右目の視野を広げた。王の隣のブースには正王妃メルサが、その隣のブースには従者と共に従王妃グラバが観戦している。エルグレドは初めからグラバの様子が気になっていた。グラバ自身もだが、従者たちもこの試合に集中していないことは明白だ。しかもその従者たちから発せられている法力の気は……何とも 禍々(まがまが)しい「力」を感じる。


……病気の治療のため、外部から召喚した治癒法術士たちと聞きましたが……彼らからは「生命を癒す力」より「死を引き寄せる力」を感じますねぇ……


 有事に備え、エルグレドは左目でルメロフ王と闘剣場を、右目でメルサとグラバたちの様子を意識するように視野を向け続けた。


 ホントに……アツキくんの「初舞台」に集中したいんですけどねぇ……



―・―・―・―・―・―・―



「くっそぉ……チョロチョロとネズミみたいに逃げ回りやがって……」


 タリッシュは数分に渡って繰り出し続けた「空振りの斬撃ラッシュ」のせいか、見るからに息が上がっている。篤樹も同じ時間集中して逃げ続けたことで息が荒くはなっているが、スタミナはまだまだ充分に残っていた。


 そろそろ攻撃に……いや……でもまだ危ないかも……


 せっかく立ち位置が逆転し、王宮側に背を向ける「傾斜の上位置」を掴んでいながらも、篤樹はまだ「逃げる構え」を崩さない。


 倒さなきゃ……「勝ち」を獲れないのは分かってるんだけど……


「タリッシュ!」


 闘剣場の縁に立つジンが、篤樹の背後からタリッシュの名を呼んだ。ちょうどタリッシュからは篤樹を視界に捕えつつ、ジンにも視線を合わせられる角度となっている。


「この試合は『実戦形式』だぞ! 忘れるな!」


 ジンからの含みある指示を受け、タリッシュは一瞬困惑した表情を浮かべた。しかし、すぐに意図を理解したようにニヤリと頷く。


 え?……何かの指示が……出た? 何だ? この試合の……形式? え……?


 背後から聞こえたジンの言葉の意味を篤樹も考えるが、答えが分からない。


 模擬剣を使う以外は実際の戦いと同じだって言ってた……実際の戦いって?


 困惑する篤樹に向かい、タリッシュが再び詰め寄って来る。


 とにかく……まだ距離をとっておかないと……


「よう小ネズミの素人剣士ちゃんよぉ……」


 ジンの指示を受け冷静な判断力を取り戻したタリッシュは、余裕の笑みを浮かべ歩を進めて来た。篤樹は今まで通り、弧を描くように左右後方へ退きながら相手からの攻撃に備える。


「悪く思うなよ……実戦ってのはさぁ……」


 両手で握った剣を左肩に載せるように構えたタリッシュが、一瞬視線を外した。スレヤーとの特訓では見たことの無い動きに篤樹は戸惑う。


 剣の出方が……読めない!


「……こういうのも……有りなんだぜッ!」


 篤樹はタリッシュの剣が振り出される動きに警戒していた。しかし、攻撃の気配を感じたにもかかわらず、タリッシュの上半身の動きはほとんど変わらない。


 あれ?……なんだ?


 ほんの一瞬、篤樹の反応が遅れる。タリッシュの「攻撃」が「右足のつま先から蹴り出された石球」だと気づいた時には、もう避けられなかった。


 金属製の兜を被っているが、顔に覆いが付いていないタイプだ。タリッシュから蹴り上げられた大小の石は、直接、篤樹の顔面に襲いかかる。それ自体の痛みは大したことは無い……しかし、予想外の角度から撃ち込まれた突然の石散弾に、篤樹は咄嗟に身を (ひね)って顔を背けてしまった。逸らしてしまった目線を再びタリッシュに戻そうとした段階で、すでに逃れられないほどに距離が詰められている状況を篤樹は認識する。


 剣で受けるしかない! でも……相手の剣筋は……


 一度敵から目を逸らしてしまった篤樹は、タリッシュの剣が今どこでどんな動きをしているのか把握出来ていない。


 腕の位置は……両方上に? だったら打ち下ろしか!


 剣の打ち下ろしに備え、篤樹は自分の剣を横持ちにして頭上に抱える。だが……タリッシュの剣はなかなか打ち下ろされてこない。


 そんなに近づいたら……剣はもう当たらないんじゃ……


 タリッシュの踏み込みは、篤樹の想定以上に接近している。タリッシュは最後まで剣を振り下ろすことなく、そのまま篤樹に体当たりして来た。剣の打ち下ろしに警戒し、横剣で両腕を上げていた篤樹の両脇をタリッシュは下から跳ね上げると、両手で掴んでいる柄頭を思いきり篤樹の顔面に打ちつける。


 ゴキン!


 火が出るような痛みを鼻頭と左頬に感じ、篤樹は後方に押し飛ばされた。タリッシュはそのまま剣を構え直すと、今度は右上からの角度で打ち下ろして来た。篤樹は痛みと混乱の中で横剣で受けようとしたが、間に合わない。


 バゴンッ!


 剣身ではなく、右腕でタリッシュの剣を受けてしまった。篤樹は鈍い音が響くのを感じた直後、右腕に今まで経験したことの無い激痛を覚え思わず剣を落としてしまう。そのまま身を屈めるように、篤樹は左手で右腕を押さえた。


  ()ッ! 腕が……折られた?!


 自身の身体に加えられた「破壊」を認識する篤樹の視界左側から、タリッシュの剣が振り抜かれて来る。


 ガァイン!


 金属の鈍い破壊音と共に襲った頭部への衝撃で、篤樹は目の前が真っ白になった。


 あれ?……どうしたんだ……


 最後の攻撃が、頭部への強烈な打撃だったことがせめてもの幸いだった。篤樹は数秒の間に受けた全ての痛みから解放されるよう意識を失うと、闘剣場の地面に横倒れていった。


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