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第 20 話 タグアの町の裁判所

 篤樹とビデルを乗せた馬車は 速度(そくど)(ゆる)め、やがて、車窓(しゃそう)から見えていた大きな建物の前で止まった。


「さあ、降りるぞ」


 ビデルは天井に頭をぶつけないように椅子から立ち上がると、中腰の姿勢で客車の扉が開かれるのを待つ。しかし、なかなか扉は開かれない。


「クソ! 何なんだここは!」


 結局、ビデルは自分で扉を開き、いらいらした様子で馬車から降り立った。篤樹も黙ってその後に続いて降りる。


 石造りの広い階段を10段上った先に、馬車から見えた大きな建物が建っている。見た感じ、ここはサーガの 襲撃(しゅうげき)を受けていないようだ。

 階段を (のぼ)りきると建物の入口と思われる大きな木の扉が正面にあり、その前に4人の門番の姿がある。2人は篤樹も見慣れた巡監隊員の服を着ているが、あとの2人は違う「制服」だ。


「ふん。軍部のヤツラめ。門番まで配置してやがる……」


「あの2人……兵隊さんですか?」


「ああ。ま、非常事態宣言の最中だから、奴らが出しゃばるのは仕方無いんだがね……とにかく今回のは 越権行為(えっけんこうい)だ! 私の 管轄(かんかつ)だぞ!」


 ビデルは恐らく「篤樹たち3人の件は自分の管轄」なのに、勝手に軍部が連れ出した事に抗議するつもりなのだろう……と篤樹は思った。まあ、何でもいいや。エシャーとルロエさんに会えるなら……


「エグデン王国王室非常時対策室室長『文化法暦省大臣』のビデル・バナルだ! 軍部によって、ここに連行されたルエルフ族の父娘を引き取りに来た。責任者を出したまえ!」

 

 ビデルは扉の前までズカズカ進むと、門番をしている軍部の兵士に向かい声をかけた。篤樹はその声に「 威厳(いげん)」を感じる。やっぱり偉い人ではあるんだなぁ……

 突然の「お偉いさん」の 訪問(ほうもん)(おどろ)いた2人の兵士は、互いに顔を見合わせる。


「御苦労様です! 少々お待ちいただけますでしょうか? 確認を……」


「ふざけるな!  一刻(いっこく)()しい! 扉を開けろ! 部隊長の名は?」


「は、ボロゾフ 准将(じゅんしょう)であります!」


「ああ、ボロゾフ くん(・・)か。分かった! 開けたまえ!」


 篤樹はビデルがわざと「くん」付けで呼んだのだと感じた。恐らく門番をしている4人もそう感じただろう。「アイツより俺は上の立場だぞ」と (あん)に宣言しているのだ。それで自分の威厳を高めているのだろう。

 だが、それは確かに立場を明確にする物言いだろうが、同時に「小物感」が増すことに気付かないのだろうか? こういう「 (した)横暴(おうぼう)」な人に限って、上には へつらう(・・・・)タイプだとみんな感じるのに……

 

 それでも上位者の権威は組織において効果テキメンなようで、すぐに扉は開かれ、2人は玄関ホールへ通された。


 正面には 重厚(じゅうこう)な木製の大きな階段が伸び、途中の (おど)り場から、2階へ続く階段が左右に分かれている。

 踊り場の壁には、篤樹の見た事のない「文字」と大きな絵が (かか)げられていた。中央の「 天秤(てんびん)」を色んな「生物」が囲む絵だ。


 正面階段の左右には、奥へ続く廊下が伸びている。その右側の廊下から初老の男性が走ってくる姿が見えた。

 フサフサの 白髪(はくはつ)口髭(くちひげ)特徴的(とくちょうてき)な、その小柄(こがら)な男性は「大臣閣下専属の案内人」として飛び出してきた裁判所の所長だった。篤樹は何となく理科の教科書で見たアインシュタイン博士を連想する。


「これはこれはビデル閣下。このような場所へ足をお運びとは……」


「運びたくて運んだのではない。ボロゾフ くん(・・)はどこだね? ルエルフ 父娘(おやこ)の件で話があるのだが?」


 間違いなく自分より年上と思われる所長に対しても、ビデルは上から目線で話しかける。何かイヤな感じだなぁ……篤樹はビデルを「怖い」と思うよりも、なんだか「恥ずかしい同行者」と思うようになって来た。


「ボロゾフ准将は、ただいま別室にて御対応中でして……」


「そこへ案内してもらおう!」


「いえ、それが……その……」


 所長が 即応(そくおう)しないことにビデルは 苛立(いらだ)ちを隠そうともせずに続ける。


「いい加減にしたまえ! 何だねこの町は? 私がわざわざ 王都(おうと)から視察(しさつ)に来たというのに、失礼な対応ばかりだね! ここはみな軍部の肩をもつ 習慣(しゅうかん)でもあるのかね?」


 なんか色々とストレスが ()まってるみたいだなぁ……篤樹は一歩引いてやりとりを見ていた。


「肩を持つとか持たないとかでなく……」


「とにかく案内してもらおうか!」


 ビデルの声がホールの中に (ひび)き渡る。


「おお!  閣下(かっか)! 上から失礼します!」


  ()()けになっているホールの上から声が響く。二階部分はホールを囲むように廊下が (もう)けられている。その左上の廊下の手すりから顔を出している人物が声の主のようだ。


「ボロゾフ くん(・・)かね?」


 明らかな不快感をこめた声でビデルが答える。


「はい、ボロゾフです。 御無沙汰(ごぶさた)をしておりまして……」


(きみ)! すぐに ()りてきたまえ! 何のつもりだ! 場合によっては 閣僚侮辱罪かくりょうぶじょくざいで……」


「ほう、ビデル くん(・・)か?」


 ビデルの怒りに満ちた 罵声(ばせい)(さえぎ)ったのは、ボロゾフの背後からヌッと現れた人物だった。


「はぁ? 誰……あ!」


 ビデルの声と表情が「怒り」から「驚き」に変わる。


「あ、あなたは……なぜこちらに……」


「立ち話もなんだから、君も |こちらへ上がってきたまえ《・・・・・・・・・・・・》」


 その人物は右手を伸ばし、人差し指をチョイチョイと曲げ、ビデルに上がって来るように示した。ビデルは顔色を変え、正面階段へ小走りに駆け出す。


「あ、あの! 僕は?」


 篤樹は、自分もついて行くべきかどうか、ビデルに声をかけた。


「待っていなさい!」


 ビデルはそう言いながら階段を駆け上がって行く。待ってろって……篤樹はどうしようかと視線を戻し、ホールの中を見回す。ニッコリと微笑む所長と目が合った。


「所内の見学でもなさいますか?」


 そっか、ビデルさんの連れってことで特別扱いなのかも……


 篤樹はどうしようか迷ったが、せっかくの機会でもあるし、ただ待っているのも 退屈(たいくつ)なのでその申し出を喜んで受け入れることにした。



―――・―――・―――・―――



「所長さん、さっきの方は?」


 階段横右側の廊下を奥に向かって歩きながら、篤樹は所長に尋ねる。


「え? どなたですか?」


「いえ、あの二階から声をかけて来られた……」


「ボロゾフ 准将(じゅんしょう)ですか?」


「いや、後から顔を出された方です。僕……よく見えなくって……」


 篤樹は気になっていた。ボロゾフ准将の後に声をかけてきた人物の ()が、何となくエシャーたちのように「 (とが)っているように見えた」のだ。


「ああ、あの方ですか。あの方は『エルフ族協議会』の副会長をされているドュエテ・ド・カミーラ・シャルドレッド高老大使様ですよ」


「エルフの……ドゥエドラ……」


「ドュエテ・ド・カミーラ・シャルドレッド高老大使様です。難しいですよねぇ、発音が。私も正確ではないんですよ。エルフ族には人間の言語に無い発音がいくつもありますからねぇ。まあ『大使様』とか『カミーラ様』ってお呼びしてれば大丈夫ですよ」


「……カミーラ……大使……ですか……」


 篤樹は今さらながら、この世界には「普通に」エルフがいるという事に驚く。まだ心のどこかで、せめて「 (めずら)しい種族(しゅぞく)」としてエルフが存在していて「いつか機会があれば会える」程度の出会いかと思っていた。まさかこんなに早く、普通の(十分に普通ではないが……)状況で会うことになるとは……

 

 所長は篤樹の様子を特に気にするでもなく、 淡々(たんたん)と所内を案内して回ってくれた。どうやら 来訪者(らいほうしゃ)館内(かんない)を案内して回るのに慣れているみたいだ。そう言えば小学生の時に、社会科見学で消防署に行った時も「署長さん」が案内してくれたっけか。責任者の仕事なのかなぁ?


「……と、まあ、この辺りまでが一般の皆さんにも公開している所内見学コースです。何か質問はございますか?」


 なんだかすっかり「裁判所見学」をさせてもらったが……正直「面白くない」と篤樹は感じていた。大体、こんなことをするために来たわけじゃ無いし……それよりも……


「あ、あのぉ……」


「はい?」


「今回、僕ら……私たちはルエルフの父娘に会うために、ここに来ることになったんですが……2人は?」


 所長が 怪訝(けげん)そうな顔をする。あ、しまった! ちょっと本題に入り過ぎちゃったかな?


「それについては今、ビデル閣下が大使と御協議なさってるはずですが……そういえばあなたは……」


 しまった!  素性(すじょう)疑問(ぎもん)(いだ)かれてしまったかな?


「あなたはビデル閣下の……どのような御関係で?」


 あーあ、 勘違(かんちが)いしてくれてたままなら気楽だったのになぁ……仕方無い。


「あ、僕、巡監隊の詰所からビデルさんに……閣下に連れ出されてきたんです。賀川篤樹と言います。すみません、紹介が遅れ……」


「アツキ? 君がアツキくんかい!」


 所長の顔がパッと笑顔になる。篤樹は続ける言葉を忘れて (うなず)いた。


「そうか! じゃ、君は別にヤツの……『 閣下(かっか)』に近しい者、というわけでは無いんだね?」


「え? あ、はい。ビデルさんとは今日初めて会ったばかりで……あの、それよりどうして僕のこと……」


「こっちへおいで!」


 所長は篤樹に手招きすると、行き止まりの「壁」に向かって歩き出す。


 え? 何やってるんだ、この人?


 壁まであと二、三歩という所で篤樹は立ち止まるが、所長は構わずに同じ歩調で前進する。「ドンッ!」とぶつかるタイミングを過ぎ、所長は 躊躇無(ちゅうちょな)く進んで 壁の中に(・・・・)姿を消した。


 はぁ? なんだ? これ……


 篤樹は恐る恐る壁に近づき、ゆっくり右手を壁に押し当てようと伸ばす。だが、伸ばした手は壁に「触れる」こと無くスーっと壁を突き抜けた。


あ! 手が……「通る」?


 今度はゆっくり顔を近づけ、 (ひたい)を当てるように近づける。だが、やはり壁に触れることはない。まるで湯気を触るように、何にも 接触(せっしょく)する感覚の無いまま、顔が「壁」を通り抜けた。突然、目の前に所長の顔が現れる。


「スマン、スマン。忘れていたよ。ほら、これを!」


 驚く篤樹に、所長は「カード」を渡した。材質は分からないが、プラスチック製のトランプのような質感と大きさのカードだ。


「所内には『 制限魔法(せいげんまほう)』がかかってる場所があるのでね。これを持っていないと、私でも時々迷子になってしまうんだよ。 制限解除(せいげんかいじょ)カードだよ」


 篤樹は所長の手から制限解除カードなるものを受け取った。 途端(とたん)に「すり抜け途中だった壁」が消え、普通の廊下と景色がつながる。


 色んなところに魔法が (ほどこ)されてるんだなぁ……篤樹は改めて自分が「異世界」にいる現実を実感した。


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