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「3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~」【 完結作品 】   作者: カワカツ
第4章 陰謀渦巻く王都編(全63話)
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第 207 話 剣士の中の篤樹

 頭が痛い……。真っ暗だし……スレヤーさん……後ろからいきなり何をしたんだ?


 篤樹は宝物庫内で、背後のスレヤーから「突然、何かをされた」ということは理解していたが、そのことに対する抗議の声を上げられないもどかしさを、真っ暗な闇の中で感じていた。


 あ……目が……


 ゆっくりと (まぶた)が開かれていく感覚……だが、自分の意思とは違う「違和感のある反射」を感じ、篤樹はボンヤリとした焦点が合うのを不思議な気持ちで見ていた。やがて目の前に誰かの姿が……女の人……ミラさん? 違う……


 篤樹は自分がどんな姿勢なのかも分からない。立っているのか、倒れているのか、重力がどちらに向いているのかも……とにかく目の前の人影……女性の横顔にゆっくり焦点が定まって行く。あれは……


「篤樹?」


 その少女は、篤樹とは全く別方向に顔を向けて呼びかけている。


 磯……野……え?……磯野!?


 目の前に見える磯野真由子に、篤樹は必死で声をかけようとした。だが、まるで夢の中で口が重く開かないように声が出ない。


 え? 磯野? ここは……バスの中……?


 自由に身体を動かす事は出来ないながらも、開かれた視界から見える光景はあの「転落したバスの中」だと気づく。その直後、磯野真由子の姿は座席と共にぐるりと回転し、視界の右側へ消えて行った。


 バコン!


 激しい破壊音が聞こえると同時に、篤樹は自分の身体の向きがぐるりと変わるのを感じた。座席、床、天井……あのバスの中だ……そして……

 篤樹の視界にハッキリと映ったのは、バスの後部窓から外に飛び出す格好で「こちらを見ている 自分(篤樹)」の驚いた表情……


 なんで?……「俺」が「俺」を見てるって……


 数秒後に訪れた激しい衝撃によって再び意識を失うまで、篤樹はこの奇妙な光景に困惑し続けていた。



―・―・―・―・―・―



 何だ……どう……なってんだ……


『コイツ……おもしろそうだな……』


 え?……誰の声だ?


『どうなるかな……アイツよりも良いかもな……』


 何の話だろ……


『少しだけ……手を貸してあげるよ……。みんなそれで「動き出す」のが遅かったからね』


 みんな? 「動き」って……


『だから「言葉なんか要らない」って言ったのにさ……アイツはやっぱり駄目だ……』


 何だよ……この声……クソッ……頭が痛い……割れそうだ……



―・―・―・―・―・―



「……痛ってぇ!」


 突然、視界が開けた。


 森の中?


「……なんだよ……ここ……」


 あれ?……何で……俺は勝手にしゃべって……


「くそッ! 頭が割れそうだ!……ってか……どこだよ……ここ?」


 開かれた「視界」が、左右の景色を確認する。森の中だ……バスは……無い。


「誰かー!」


 突然、大きな声で叫ぶ。篤樹はその声に動揺した。


 俺の……声じゃ……無い……


「ダメか……」


 篤樹は混乱する頭を必死で整理しながら、今の自分の状態を確認する。「声の主」は、自分の身体状態を確認するように視界を動かしている。篤樹はその「開かれた視界」を見ていた。学生ズボン……学ランの裾……ボタン……手の平……


「……あんな事故の割には、骨折も大怪我もしてないってのはラッキーだけど……さてさて……俺は一体全体どこにいるんだよ?」


 声の主は数秒間目を閉じた。急速に気持ちが落ち着いて来るのを篤樹は感じる。次に視界が開けた時、篤樹は声の主が今の状況を楽しそうに「感じている」事が分かった。


「何だろうなぁこれ…… 卓也(たくや)から借りた『本の世界』かぁ? 夢でも見てんのかなぁ?」


 卓也? 今「コイツ」……卓也って言ったよな?


 篤樹は今の自分の状況が「バーチャルリアリティー」に似ていると感じる。春休みに家族で出かけたゲーム体験会場にあったVR体験機。オートモードで勝手に進んでいくストーリーや、自分の意思とは違う動作に困惑したあの体験と……似ている。


 俺は今……誰かの「中」にいるのか? 誰だ? 卓也を知ってる……卓也を「相沢」じゃなく「卓也」と呼ぶヤツは……


「さて……ここが『転落事故現場』じゃないとするなら……どっかに『転移』したってことか? 空間転移なのか時間転移なのか、はたまた異世界転移なのか……。どんな設定なんでしょうねぇ……」


 コイツ……冷静だなぁ……でも誰だ一体? こんな声のヤツなんか知ら無ぇぞ?


 自分の意思を働かせて動かす事の出来ない「誰かの中」に居る……篤樹は感覚的に理解し、自分で動作しようとする努力をやめた。この声の主……「本体」の視覚・聴覚・思考・動作でしか「動かない」世界……


 本体は周りの木々や草花を確認しつつ、ゆっくりと歩き出した。どうやら自分が知っている植物と知らない植物を確認しているようで、篤樹の意識にも本体の安心感や疑念、感情の雰囲気が伝わって来る。


 それにしても「コイツ」……マジで不安とか感じて無いのかよ?


「ん? ありゃあ一体なんじゃらホイッ?」


 生い茂った下草の中に何かの (かたまり)が見えた。本体は迷わずその塊に近づいて行く。篤樹はその塊が何なのか、本体よりも先に認識した。


 うわっ! よせ! 近づくなよ! それって……半獣人の死体だよ!


「……犬?……違うか……デカいな……猪? 熊?……っていうか……バケモノ?」


 本体はその塊が何かの死体であることを理解はしたが、それが何なのかまだ全く分かっていない。動揺しながらも周囲の様子を確認し、少しずつ死体を動かす。


「こいつは……」


 「半獣人」の死体だと理解した本体の中に、急激に不安と恐怖が広がって行く。


「……参ったなぁ……マジかよ……。こりゃ、狼人間か猪人間か熊人間ってとこだな……よし! んじゃ『異世界転移』ってことで、まずは考えましょっかね」


 声に出して現状を整理し、この状況を受け入れることを宣言した。その途端、本体の中に広がり始めていた不安と恐れがスッと薄れていく。


「お! 武器見っけ! ラッキー!」


 本体は視線を巡らせると、半獣人のそばに落ちていた長剣を見つけた。すぐにそれを手に取って確かめる。どうやら「使えそうな武器」と判断したようだ。本体は視線を、半獣人の死体に向ける。


「……どこのどなたか存じませんが…… (さや)も一緒に下さいね。抜き身で持ち歩いてたら、お巡りさんに捕まっちゃうかも知れないんで……」


 そう言うと、革ひも付きの鞘を死体から外し自分の肩にかけた。本体は一瞬何かを 躊躇(ためら)うように気持ちが揺れたが、思い直し視線を下げる。


「……ホントすみません。……でも……僕も困ってるんです。……許して下さい」


 死体に向かい手を合わせると、数秒間目を閉じた。心の中の 躊躇(ためら)いが消える。


「こんな剣、使ったこと無いもんなぁ……」


 黙祷を終えた本体は、左手一本で剣の柄を握り「ブンッ!」と一振りして具合を確かめる。剣先が「ピタッ!」と空中で停止した。


 あっ……この感覚……


 篤樹は自分の左手に伝わって来た「不思議な感覚」にハッとする。


「なかなか重たいもんだなぁ……『39(さんく)』2本分くらいかぁ……」


 本体は両手で剣を握り直すと、スッと気持ちを整える。そのまま木々の合間の空間をジッと見つめた。


「メーンッ!!」


 唐突に高音で叫び、一瞬にして身体を2mほど前へと移動する。


 あれっ? 今の声……「奇声」って……


「キャーッ!」


 本体の叫び声に反応するかのように、少し離れた森の中から女性の悲鳴が聞こえた。視界が即座に反応し、左右を見回す。


「誰かぁ! 助けて下さい!」


 今度は男性の声だ。視界が定まると、本体は早足で移動し始める。気をつけながら草木の間を50mほど進むと、一瞬、視界に人影が見えた。本体は近くの幹に即座に身体を隠す。


「黙れっつってんだろが!」


 バシッ!


 何かを叩きつける音が響いた。


「なんだ? さっきの鳴き声は?」


 別の男の声だ。本体は木の幹に預けていた背を、ゆっくり下草の高さまでずらし屈む。その体勢からそっと顔を覗かせ。下草の隙間から見える人影に視線を向ける。


「ヤギか何かが獣に襲われたんじゃねぇのか?」


「……気色悪い声だったぜ……ヤギの断末魔にしちゃよ」


 地面に正座している男女の姿と……そばに立っている4人の男……。本体は正確に会話の主を把握した。


「……静かだな……鳥だったか? まあいい……」


 立っていた男の一人が、正座をしている男女の前に中腰になる。


「どこに荷物を置いて来たんだい? 俺たちゃ探し物ってのが嫌いでよぉ。荷物さえ渡せばすぐに解放してやるって言ってんだから、さっさと出して欲しいんだよなぁ……」


「し……知りません! ほ……ホントに……その袋……1つだけしか……」


 ドカッ!


 話を聞いていた別の男が、正座をしている男の顔を蹴り飛ばした。


「舐めんなよ! 俺たちゃしばらく様子を見てたんだよ! お前らの荷物は3袋だったじゃねぇか! 残り2つをどこに隠して来たんだ? さっさと言えよ!」


 蹴り倒された男のそばに、蹴った男が近づく。その手には短剣が握られている。


「グアッ!」


 近付いた男が屈むと同時に、倒れていた男の苦痛に満ちた叫びが聞こえた。


「ほら? これで走って逃げることはもう無理だ。諦めて言ってくれよぉ。俺たちはお前らが隠した『残り2つの荷物』が気になって気になって仕方が無いんだ……よっ!」


 刺された右足を両手で押さえながら、道の上を転がっている男に向かい、周りの男たちが次々に蹴りを加え始める。


「やめてー! お願い! それ以上やったら死んじゃうわー!」


 女性の悲痛な叫び声と、殴打を繰り返す男たちの笑い声が響き渡る。本体の中に「熱い感情」が広がっていくのを篤樹は感じた。


 コイツ……何をするつもりだよ……


 本体は手近な石を見つけると手に取り、道を挟んで男たちの反対側の森の中に向かって投げ入れる。


 ガサガサッ!


「誰だ!?」


 突然の気配に、暴行を働いていた男たちが声を上げ驚き動きを止めた。しばらく様子を窺い、4人の内2人が道向こうの森の中へ2手に分かれ入って行く。


「……どうもさっきから、おかしな気配がしやがる……」


 残った2人の男たちは、森の中へ分け入った仲間たちの様子を背後から見ながら呟いた。


 「コイツ」…… ()る気だ!


 篤樹が本体の感情を感じとると同時に、本体は隠れていた下草を掻き分け、男たちに向かって飛び出す。左手には鞘から抜いた剣を握りしめている。


 背後から迫った突然の物音に驚き、男たちが振り返った。本体の視線は、まず右側の男の武器、次に左側の男の武器に移る。右の男は左腰に長剣を鞘に収めた状態で、右手に短剣を握っている。左側の男は急いで左腰の鞘から剣を抜こうとしているが、モタついてる様子だ。


 本体は迷わずに左側の男に狙いを定めると、左手一本で握っていた剣を頭上に振り上げ、右手を柄に添え握る。


「メーンヤァー!」


 奇声と共に直前でさらに加速し、男の頭部へ剣を振り下ろした。男は咄嗟に両腕を頭上に交差する体勢で防御したが、強烈な打ち下ろしはその両腕ごと叩き下ろし、ほとんど勢いも殺される事無く剣先は男の頭部に打ち当たる。篤樹は自分の両手に鈍い衝撃を感じた。


 剣を打ち下ろされた男の顔が異常な形相に崩れ始めた頃には、本体の視界は右手の男へ向けられる。男は新たな武器を腰から抜くより、初めから右手に握っている短剣を使って応戦しようと構えた。その間に、本体の視線が男の右脇腹を確認した。


「どおぅやぁー!」


 本体は身体を右に振り向かせ、その腰の回転を次の一撃への動力とするように右手の男に飛び込み、剣を横から振り抜く。右手で構えた短剣を真っ直ぐ突き出して来ていた男の右わき腹に剣先が食い込むと、そのままお腹に向かって横一線に裂いていく。


 その手応えと傷跡を確認するように本体の視線は動き、男の左側にすれ違う様に飛び出しながら、最後に男の表情を確認した。


 一瞬の出来事だった……篤樹は自分の目ではない視点で、流れるように動いた戦闘光景に身体が 膠着(こうちゃく)する。


「キサ……マ……」


 腹を裂かれた男は、振り向きながら怒りの声を上げようとしたが、そのままグルリと地面に倒れ伏し 痙攣(けいれん)が始まる。


「どうしま……」


 道向こうの森に入っていた男たちが引き返して来たが、目の前に倒されている2人の仲間の様子を見て言葉を失う。本体は剣を中段に構え、2人の男たちを見据える。


「イヤッツァー!」


 威嚇のように奇声を発し、男たちに数歩にじり寄った。


「テ……テメェ!」


 1人が長剣を頭上に掲げ駆け寄って来た。本体の視線は男の喉に焦点が合っている。相手はまだ剣の間合いに距離を感じているのか、振り下ろしの態勢に入っていない。しかし本体は、自分の飛び込み速度と詰められる距離、手にした剣の長さを感覚的に把握していた。


 駆け込んで来る男との距離が一瞬で縮んだかと思うと、左手で柄を強く握った本体の剣が真っ直ぐ男の喉を刺し貫く。まるで、駆け込んでいた勢いのまま自ら剣先に喉を突き通すように男は突進し、何が起きたのかを認識する間もなく (つまず)くように倒れ絶命した。


「ヒ……ヒャー!」


 残っていた1人の男は恐怖に顔を歪め、悲鳴を上げながら逃げ出して行く。


「フゥ……フゥ……」


 本体はゆっくりと息を整える。逃げ出していった男の背を見送り、戦いの終了を確信すると、ようやく緊張が解けていく。その段になり、初めて本体は自分が「何をしたのか」について考える余裕が生まれて来た。


 俺は今……人を……殺した?


「ありがとうございました! ありがとうございました!」


 背後から聞こえる男女の声……俺は今……何をしたんだ……この手の感触……


 本体は男女の声に振り返る事も出来ず、自分が握りしめているモノに目を向けた。銀色に光沢を放つ剣身には、まるで赤いカラーセロファンがついているのかと思うような、半透明の薄っすらした赤い液体が広がっている。


 本体の中に、大きなショックが急激に膨らんでいくのを、篤樹は感じていた。


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