第 173 話 発覚
宿の受付前には10名ほどがくつろげるロビーが備えられている。その一角にエルグレドとレイラに案内され、ミゾベたち三人は横並びにまとまって座った。篤樹たち三人は少し離れた席に腰を下ろす。
「で……法暦省から内調に配転されたミゾベさんの御用件とは、一体なんでしょうか?」
エルグレドからの問いかけに、ミゾベは低姿勢ながらも横柄さを感じさせる態度で応える。
「こちらを……お渡しに」
そう言うと、封が施された書簡をエルグレドに手渡した。
「なんだ……パシリかよ……」
スレヤーの呟きに反応しミゾベが振り返る。だが、スレヤーは素知らぬ顔で篤樹と会話をしてるフリを見せた。
「これは……最高法院からの召喚状? 珍しいですねぇ」
エルグレドはさほど驚いた様子も見せずに書簡を受け取ると、法術が施された 封蝋に親指を当てる。受取人の本人確認を終えた 蜜蝋が、木の葉のようにヒラヒラと剥がれ落ちた。
「最高法院ってなぁに?」
エシャーが小声でスレヤーに尋ねる。
「王国で一番権威のある裁判を行う裁判所さ。何てったって裁判長は国王自身だからな」
「王様が裁判をするんですか?」
篤樹が横から尋ねた。
「そういうこと。『共和国』でも『王国』だかんな一応。一番偉いのは王様ってこった」
「でも裏で操ってるのは、あいつらなんでしょ……」
エシャーの問い掛けをスレヤーは途中で遮る。同行して来た内調の一人が、こちらに顔を向けた。フードが少しずれたおかげで鼻から下の輪郭と、フード下の長めの金髪が確認出来る。篤樹は直感的にそれが女性だと気付いた。
こちらの会話が中断したのを確認すると、その人物は再び姿勢を前方に戻す。
「エシャー……この先、場所と人を確認してからじゃなきゃ滅多な事は口にするんじゃねぇぞ……」
スレヤーが力強く、でも優しく小声でエシャーに注意する。エシャーもウンと頷き理解を示す。
「あの人……女の人でしたね?」
篤樹は自分の気付きをスレヤーに伝える。
「ああ……匂いで分かった。それにあのミゾベってヤツは……ま、いっか……」
スレヤーが言葉を濁す間にエシャーも加わった。
「私は馬車の降り方で分かったよ」
あ……なんだ……2人ともとっくに気付いてたんだ……
篤樹は自分の洞察力が、まだまだこの2人の足元にも及んでいない現実に自嘲気味に笑む。
「内調は特に法術士を優遇する実力重視機関だからな……男だろうが女だろうが関係ねぇんだよ。女だけの部隊もあるくらいだしな」
へぇ……そうなんだ……
篤樹は先ほど振り返った女性内調隊員の背中をジッと見る。真ん中のミゾベや左に座っているもう一人と比べると、外套越しでも何となく「女性っぽさ」を感じる背中だなと思った。
ちゃんと見れば俺だってもっと早く分かってたんだろうなぁ……。ま、答えを知った後に問題を見てるようなものか……
「なるほど……ね」
エルグレドは召喚状に目を通し終えると、元のロール状に戻しながら呟いた。
「御理解いただけましたか?」
ミゾベが尋ねる。それはまるで追い詰めた獲物を前に、勝ち誇る捕食者のような声色だ。
「ええ……あなたがミシュバにおられたのは、内調の情報要員としてスカウトされていたからなんですね」
「は?」
期待と違うエルグレドの返答に、ミゾベは間の抜けた声を洩らす。
「省庁所轄の情報をリークする連絡員……内調の末端として各省庁におられますから、特に珍しい話ではありません。まあ、普通ならそのまま省庁の規定給与と内調からの協力金の二重給与で皆さん満足されてますけど……あなたは『上』を目指しておられたんでしょう?」
「ちょ……ちょっと! 大臣補佐官といえどそのような……」
「そして今回のミシュバット遺跡における『何者かによる襲撃事件』に遭遇した……そこで知りえた『特別な情報』を内調の上役へいち早く……いや……上役を越えるどなたかにあなたは報告へ走られた……私達が襲撃犯を倒した時、すでにあなたの所在は不明になっていましたからねぇ」
エルグレドは楽しそうに笑顔を交えて語り続ける。ミゾベは思い描いていた状況と大きく違う返答が続く事に対応し切れずあたふたしている。
「あなたがもたらした『特別な情報』は、その『どなたか』にとっては是非とも真偽を確認したい情報だった……。あなたは報奨として内調への配転希望が叶い、初仕事としてここへ来られた……という事は……」
エルグレドの視線は、ミゾベの左手に座っている内調部隊員に向けられた。
「あなたがこちらの内調隊のリーダー……ですね?」
声をかけられた内調隊員は一瞬ピクッと身体を揺らし反応する。
「クックックッ……相変わらずいけ好かねぇ 男だな、お前ぇはよぉ」
指名を受けた内調隊員は、フードを外した。篤樹達から顔は見えないが、濃い紫がかった黒髪の男だと分かる。
「やっぱり君か、サレンキー。相変わらず鋭い視眼だね」
「どこで気付いたよ、優等生さん」
サレンキーも楽しそうな声で……しかし、篤樹にも分かるくらい「敵意むき出し」の口調でエルグレドに問う。
「窓から馬車が見えてすぐ……君が私を見つけてすぐ……かな?」
「はっ! 相変わらず猿芝居に付き合うのもお上手なこって!……でもよぉ」
サレンキーはグイッと身を乗り出す。
「お前ぇの猿芝居も、いい加減に終わりみてぇだなぁ?」
「これですか?」
エルグレドは召喚状を持ち上げ見せる。
「まさかミゾベさんからの情報だけで、こんなに早く最高法院からの召喚を受けることは無いでしょうから……何らかの下積みはされておられたんでしょうね。君達の部隊が私を?」
「俺達だけじゃ無ぇよ。4つの部隊で調べてた。で、今回このミゾベの情報を受けて実行が決まったって事だ。お前の身柄を拘束させてもらうぜ」
そう言うとサレンキーはおもむろに右手の人差し指をエルグレドに差し向けた。しかし、エルグレドは余裕の籠った声で応じる。
「私に拘束魔法は効かないと、学院生時代に教えたでしょ? それに拘束魔法は無動作で不意に仕掛けることに意味があるんです。軍や巡監隊なら拘束魔法の使用規則もあるでしょうが……内調隊なら覚えるべきですよ」
サレンキーは勝ち誇った笑みを浮かべ、右手の人差し指をエルグレドに向けたまま……固まっていた。
「補佐官……貴様! 抵抗する……」
ミゾベも両手をエルグレドに向かい差し伸ばそうとした態勢のまま、あっという間も無く拘束魔法で固められてしまう。
「あーあ、マズいんじゃないの? 隊長さん」
レイラは椅子にゆったりと座ったまま、エルグレドに笑いながら問いかけた。
「まあ、大丈夫でしょう?……ねぇ、 マミヤさん」
エルグレドは右隣に座る女性内調隊員に声をかける。マミヤと呼ばれた隊員は、ゆっくりとフードを下ろした。
「相変わらずですね、エルさん。すごく綺麗な法術……」
そう呟くと、両手で顔を覆い泣き出した。そのやり取りを背後から見ていた篤樹たちは、唖然として椅子から立ち上がる。
「ど……どう……どうしたんですか? え?」
エルグレド達の席に近づきながらスレヤーが尋ねた。エルグレドも困ったような表情を見せている。
「私に王都の最高法院から召喚状が届きました。文化法暦省大臣補佐官の地位にありながら、王国政府に対する反逆行為を行っていた嫌疑がかけられているそうです。『全く身に覚えのない話』ではありますが、正式な召喚状ですし……ビデル大臣の同意署名も記されているため、王都の法院へ出頭しなければならなくなりました」
「その辺の事情は分かりましたけど……」
篤樹は肩を揺らしてさめざめと泣いているマミヤを、どうしたものかと見下ろし尋ねた。
「こちらのほうの事情は……」
エルグレドは全員に視線を送る。エルグレドの「本当の過去の話」は禁句なんだという事を一同が理解し頷いたのを確認する。
「こちらはサレンキー……で、こちらはマミヤさん。ユーゴ魔法院で、私の同期生だったお二人です」
「ど……同期生?」
篤樹が復唱する。エシャーは確認するように問いかけた。
「じゃ……エルの……えっとぉ……お友だち? 2人とも……内調に?」
「そのようですね……優秀なお2人だったのに、王室省庁でお名前を聞かないのでもしやとは思っていましたが……こんな形でお会い出来るとは……」
「こんな形でって!」
突然マミヤは泣き腫らした顔を上げエルグレドを睨みつける。
「エルさんが……エルさんが……まさか……裏切り者だったなんて……」
一瞬マミヤから放たれた殺気にレイラが瞬時に反応し、攻撃態勢を取ろうとした。だが、その必要も無しと思い直し、腰を落ち着ける。
「裏切り……そんなこと……そんなこと無いですよねぇ?」
マミヤはそう言うと、また号泣し始めた。レイラは呆れたように笑みを浮かべ、エルグレドに視線を向ける。
「『この件』について、是非とも詳しくご説明下さいな。女泣かせの隊長さん」
―・―・―・―・―・―
「院生会長!?」
マミヤからの証言に、篤樹達は驚きの声を上げエルグレドを見る。マミヤは続けて口を開いた。
「はい……エルさんが院生会長で……サレンキーが副会長で……ヒック!……すみません……わた……私が……書記を……」
「院生会長ねぇ……」
面白い玩具でも見つけたような笑みを浮かべ、レイラはエルグレドを見る。
「魔法院時代には成績はギリギリ首席だけど『目立たない院生』だったんではなくって、隊長さん?」
エルグレドはバツの悪そうな苦笑いを浮かべた。
「たまたまですよ、たまたま。他にやり手がいなかっただけで……」
「違います!」
しかし、マミヤは首を振ってエルグレドの「謙遜」を否定する。
「エルさんは入学の時からみんなにすごく頼りにされていて、とても同じ歳の男子とは思えないくらい落ち着いて周りを見ていたし……だから私だけじゃなくて、他の子達もなんだか敬語を使っちゃったり……でも本当に友だち思いでみんなに優しくって、先生方なんかよりよっぽど分かりやすく法術の手解きをしてくれて……たまたまなんかじゃありません! みんなが心から選んだ歴代最高の院生会長です!」
力説するマミヤの勢いを止めることは不可能だと諦め、エルグレドは苦い笑みを浮かべ黙ったまま横を向いていた。レイラとスレヤーはニヤニヤしながらエルグレドに視線を送り続ける。
「人望の厚い方でいらしたのねぇ……院生時代から」
レイラはじっくりとエルグレドを痛めつけるように、マミヤの力説に同調の声を発した。
「はい! 院生みんなの憧れの的でした!」
「マミヤさん……昔の話はもうその辺で……」
さすがにエルグレドとしては、これ以上レイラやスレヤーが調子に乗ってしまわないようにと話を区切る。
「それで? 恐らく内規違反になるかも知れませんが……可能なら教えていただきたいんです。どうして私が最高法院に召喚されたのか? 王国政府に対するどのような反逆の嫌疑がかけられているのか?……全く身に覚えのない話なのか、それとも何かの誤解から生じたものなのか……」
「それは……」
マミヤは困ったように口を閉ざし横を向く。さすがに「同期であった憧れの友人」とは言え、職務上の守秘義務もあるのだろうと篤樹は感じ取った。だが、予想を裏切るようにマミヤはエルグレドに真っ直ぐ顔を向け直す。
「エルさん!……正直に答えて下さい。あなたは……あなたがあの『ガナブ』なんですか? お父様と一緒に文化法暦省を狙い、盗賊行為を繰り返していたというのは本当なんですか?!」
エルグレドを睨みつけるように見つめるマミヤの熱意に満ちた表情とは対照的に、篤樹、エシャー、レイラ、スレヤーはポカンと気の抜けた顔になっていた。しかし、一番面食らったのは当のエルグレドだった。
「そう……来ましたかぁ……」
思わずポツリと呟いた声には、いつものように一手先を読んでいる余裕は感じられない。本当に、予想外の嫌疑に対し、心底驚いているようだった。




