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「3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~」【 完結作品 】   作者: カワカツ
第4章 陰謀渦巻く王都編(全63話)
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第170話 気になる少年

「あなたのフルネームまで御存じとはね……」


 食後のピピを淹れた木製のカップを両手で包み持ち、レイラはスレヤーに語り掛けた。


「ウィルバル・スレヤー伍長って……なんだか『ウルヴァリン』みたいでカッコいいですねぇ」


 篤樹は幼少期に父親と見た古い映画を思い出し、つい口に出す。


「なんだよそれ?……ま、入隊の時に便宜上必要だったんで書き込んだだけの名前ですよ」


 当然誰も知るはずも無い名前を出されたスレヤーは篤樹に苦笑いを浮かべて答えた後、レイラの問いに答える。


「前にも言いましたが、俺は物心ついた時には浮浪児仲間と一緒に暮らしてましたからねぇ……そん時に着てた小汚ねぇ服に刺繍(ししゅう)がされてたんですよ。ウィルバル・スレヤーって名前がね。巡監にも何度か世話になったんで、その名前が俺の本名って事で記録されたんです。……にしても……何年振りかですね、その名で呼ばれたのは」


 スレヤーは、夕食最後の骨付き肉を大事そうに右手に握ったまま、エルグレドに視線を向け尋ねた。


「どう思いますか? 奴らの話」


 エルグレドは薄く笑み、首を傾げる。


「地震の被害状況を調べにミシュバの町へ……ですってね。馬鹿にしてるのかしら!」


 エルグレドが口を開くより早く、レイラが感情的に言い放つ。今夜のレイラは、相変わらず怒りの沸点が低いままだ。エルグレドは手の平に暖を集めるように両手を焚火にかざしたまま口を開く。


「虚偽説明なのは明白です。ただ、何を隠すための嘘なのか、までは読めませんね……さすが訓練された内調の方々です」


 こちらの季節で5月も終わろうとしている時期だが、大陸内陸部のせいか夜は肌寒い。エシャーは膝を抱え、焚火の傍で厚手の布を被り、肩から膝まで包むように座っている。


「……あの子も内調ってとこのメンバーなの?」


 エシャーは焚火を見つめながら、誰にともなく尋ねた。


「そうですね……」


 エルグレドがその問いに応じる。


「まだかなり若い……まあ恐らく、アツキくんやエシャーさんと同じくらいではないでしょうか? しかし……あの法力量は 桁外(けたはず)れです。大型であっても俊敏(しゅんびん)なゴブリン型サーガの動きを瞬時に止めた、ということは…… 拘束魔法も習得済みということでしょうし……」


「実力主義の内調が見つけた『金の卵』ってトコですかねぇ?」


 そう言うとスレヤーは最後の肉を口に頬張り、残った骨を焚火に投げ入れた。


「そんなに……凄い奴だったんですか? エルグレドさんから見ても……」


 篤樹が尋ねると、エルグレドは困ったように苦く笑み応じる。


「法力量は測りかねました。あの年頃の普通の人間では到底溜められない法力を秘めていることは分かりましたが……それ以上のものまで持ち得ているのかも知れません。でもあれだけの力をコントロール出来る技術とセンスも持っているとすれば……かなり『凄い』法術士だと思います」


 同年代でもそんなに凄い法術士がいるのかぁ……篤樹はやはり「負けた」気がしてしまう。比べても仕方ないことなのに……


「どんなに凄い法術士でも、あれじゃダメよ!」


 レイラが苛ついた声をだす。


「よっぽどビルのほうが将来性が有るわ! ピュートだかピートだか知らないけど、あの歳の人間の男の子のくせに全然輝きが無いんですもの! まるで人生を 達観(たっかん)した老エルフみたいだわ!」


 よほどピュートの事が気になるのか勘に触るのか、レイラはかなりお怒りモードだ。


「まあ、とにかく……」


 不機嫌なレイラをなだめるよりも、エルグレドは今後の対策を検討し始める。


「彼らの所持品や装備を見れば、王都から直接出発してきたという察しがつきます。お役所仕事の『旅道具一式』しか持っていませんでしたから、他の村や町にはまだ立ち寄ってはいないと見ました。かといって彼らが言うように、今朝の地震の一報を受けて出て来たなんてことは無理があります。どんなに優れた法力馬であっても、今朝の地震の報告を受けてこの時間までにこの辺りまで移動して来れるなんて有り得ません。地震発生前……昨夜の早い時間には王都を出発したと考えられます」


 エルグレドはみんなに話すというより、自分の中にある情報を整理し組み立てるように、焚火を見つめて語った。


「地震が起きる前に……って事は、『目的』は地震とは無関係ねぇ」


 レイラが相槌を打つ。エルグレドは尚も思案を巡らせながら口を開く。


「行き先がミシュバ『方面』だったというのは本当でしょう。それが何のためなのか? 今夜、ここで起こった『珍しいサーガの群れ』による襲撃……この事に何か関係があるのか……我々の前に素性を明かして現れた理由も分かりません。たとえ私がビデル大臣の補佐官だからといっても、わざわざ内調部隊が自分から挨拶に来るなど考えられない行動です」


「俺たちが狙いって線もあると?」


 スレヤーが確認するように尋ねる。


「薄くは無いと思います。スレイやレイラさんのフルネームをあの三人は知っていた……それを自分たちの側から我々に示したという事から考えても……こちらを熟知した上で狙っていることを暗に教えて下さったととらえるべきです。……『全て分かっている・逃げても無駄だ』という警告なのかも知れません。私たちの動揺を誘い……何かの情報を得ようとして近づいて来た……と考えるのは合理的です」


「私たちが持っている情報なんて、大したものじゃないでしょうにねぇ?」


 レイラが意味深な笑みを浮かべエルグレドに語りかける。エルグレドは苦笑しながら応じた。


「さあ?……彼らが『私』を狙っているのか『私たち』を狙っているのかによって、求めている情報が見えて来るんですけどねぇ」


「たとえば……」


 篤樹も自分なりに考えをまとめてみる。


「たとえばエルグレドさんの『今まで』がバレちゃったとか……」


「それなら大した情報よねぇ?」


 レイラも同意して頷く。エルグレドは右手で軽く拳を握り、それを口に当てしばらく考えを巡らせた。


「……それも排除出来ない可能性です。ただ……バレたのであれば、あのような形での接触はしないでしょう。もう少し様子を見ながら情報を集め、最後に姿を見せるはずです。なので、単に『今の私の立場』からの情報を狙っているのかも知れません」


「今の立場の? 大臣補佐官ってことですか?」


 スレヤーが尋ねる。


「まあ、ビデルさんの裏の顔もある程度知っていますからね。でも、そんな政治絡みの調査なら、普通の情報屋を使ってでも調べられます。今の私の立場は『ルエルフ村探索隊』の責任者……用があるのはルエルフ村に関する情報なのかも知れません……」


 自分でも納得が出来ていない様子でエルグレドは答える。


「しかし……いずれにせよ今夜は『偶然出会った』という(てい)を彼らは貫きましたし……今のところ私たちもその演技に乗っておいて大丈夫でしょう」


 そう言うとエルグレドは立ち上がった。


「いくら考えてもキリがありませんね。そろそろ休みましょう。連日の夜更かしは体にも毒ですからね。夜番は3交代でいきましょう!」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 



「休めないのかしら? エシャー」


  微睡(まどろ)みの夢世界にいた篤樹は、レイラが発した小さな声で再び意識が現実世界へ引き戻された。


「あ……ごめんねレイラ……」


 エシャーが答えた声によって、篤樹は完全に意識が覚醒したが、寝返りを打って再び眠りへの道を歩もうと決めた。


 夜番最後の交代だからな……早く寝ないと……


「あのボウヤの事を考えてたのね?」


 隣り合って横になっているレイラからの問いかけに、エシャーは一瞬答えに詰まったが、少し間を置き答える。


「……うん……分かる?」


「エシャーは素直な ()だからねぇ。具合が悪いワケでも無いんなら、原因はあのボウヤしか無いでしょ?」


 エシャーは半身を起こし、レイラに向き直った。


「え? そんなにおかしな態度だった?」


「ふふっ……自分で気付いてないところがあなたの可愛らしいところよ。大丈夫。ウチの男性陣はこういうのには (うと)いみたいだから、気にもなっていないでしょ」


 レイラは優しくそう言うと「あのボウヤねぇ……」と呟く。


「なんだかさぁ……」


 レイラの呟きに被せるように、エシャーが語り出す。


「あの大きなサーガに追われてる時から……気配を感じたんだ。最初はレイラが助けに来てくれたのかなって……だけど……私が戦ってる間、全然姿を現さなかったから違うのかなって……。でも『誰かが近くにいてくれてる』って……怖かったんだけど、何だか安心してられたっていうか……お父さんとかお母さんとかが一緒にいてくれてる感じがしてさ……」


「安心感ねぇ……」


 レイラが繰り返す。


「うん。安心感!……サーガがすぐ近くまで来て……『もう倒さなきゃ』『今倒さないと殺される』って……それで振り向いて攻撃態勢をとったら……『安心感の気配』をすぐ横に感じてさ……そしたらサーガの動きが止まって……それがピュートの拘束魔法のおかげで……だから、私の攻撃でも倒すことが出来て……その後すぐにレイラとアッキーが来てくれたんだけど……」


「あら? お邪魔だったのかしら?」


 レイラが茶化すように尋ねる。エシャーは慌てて言い繕う。


「ううん! そんな……ありがとうね、ホントに……2人の顔を見たら本当に安心したんだよ! 助かって良かったぁって!……ただ……あの子……ピュートの気配がすごく気になって……それに……う~ん、何て言ったらいいんだろう?」


「もっとあのボウヤのことが知りたくなった?」


「う……ん……そうかなぁ?……そうだね……そんな……感じかなぁ?」


「他人に興味を抱くのはいい事よ。特にあなたくらいの年頃の子たちにとって、他人を知るというのは成長のために必要なことよ。ただ……」


 レイラは穏やかにひと呼吸をつく。


「あのボウヤに深入りするのはお止めなさいね。あなたが傷付くことになるわよ」


「え?……何……それ?」


 エシャーが驚きと不満を込めた抗議の声を発する。


「あのボウヤは……アイツはねぇ……」


 レイラの声が不意に厳しさを増した。


「私の事を『オバサン』と呼んだのよ! たかが人間の半人前のクソガキが!」


 あまりの殺気に、エシャーは言葉を失う。その様子を確認したレイラは静かに笑い声を洩らす。


「冗談よ、冗談。ま、あちらの部隊もお忙しいみたいだし、そうそう会うことも無いでしょ。もう忘れなさい……さ、夜番の交代時間が来るまで、しっかり身体を休めるわよ」


「う……ん……そだね。……ちょっと……気になったから……うん! 寝よう! お休み、レイラ」


 エシャーはレイラの傍に身を横たえると、上掛けを身体に巻きつけた。


「なんだか……気になっちゃったんだ……ゴメンね、心配かけて……」


 レイラにポツリと呟く。


「いつでもどうぞ。何でも話して。お休みなさい……」


 ほどなくすると、2人の穏やかな規則正しい寝息が幌の中に流れ始めた。


 ……眠れなくなっちゃったよ……


 篤樹は何とも言えない悶々とした気分のまま、その後小1時間ほど眠りへの道を模索し続けた。


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