第 16 話 逮捕
3人は森の中に足を 踏み入れたが、村から「出て来た森」とは 雰囲気が明らかに 違っていた。しばらく進むと、森の「終わり」が見えて来る。ルロエは最後の 木陰から様子を 伺い、後ろに続く2人に 手招きをした。
木陰から出ると、すぐ目の前には小川が左右に向かって 伸びている。右から左に流れている小川を 挟み、川と 並行に幅5mほどの道が続いていた。道の向こうには高さ2mほどのレンガ 造りの壁が左右に延びている。
「向こうへ 渡ろう」
ルロエは、 段差1mも無い小川の土手を下り、反対側の土手に 軽やかに跳び移った。エシャーを先に行かせ、 篤樹も後に続く。
小道に立ち森のほうを振り返って見ると、森も左右に広く伸びているのが分かる。
「さて……」
ルロエは道に立ち、前後を見渡した。
「どちらへ進もうか?」
道の前後に人影は見えない。
「この壁の向こうは……」
篤樹が 呟く。壁の向こうから人々の声が聞こえる。壁の高さは2m程度……となれば……
篤樹はルロエを見た。それは「大人にこんな 提案をしても良いものだろうか?」という、少し困った表情だった。ルロエは篤樹の表情から 察し、軽く笑んで頷く。
「そうだね……まずは中を 覗いてみるか」
かくして、ルロエが壁に両手をつき、その肩に篤樹が上って、まずは壁の上部から中を覗いてみることとなった。
「すみません、あの、 靴を 脱ぎます……」
「いやいや、そのまま 上りなさい。何かあったらすぐに動く必要があるから」
篤樹は申し訳なさそうに、まずはしゃがんだルロエに 肩車をしてもらう。壁に手をついた状態で、ゆっくりとルロエが立ち上がる。まだ中は見えないがこれなら……篤樹は壁に手を這わせながら、ルロエの肩に 膝立ちの姿勢になった。手が壁の上部にかかる。
両腕を「グッ!」と壁の 縁に乗せたので、ルロエの肩に乗せている両足にはほとんど体重はかかっていないはずだ。
「どうだい? 何が見える?」
壁に手をつき、篤樹の足を支えるルロエが声をかけた。
えっとぉ……
篤樹は両腕で体重を支えたまま、壁の上から中を見渡した。ちょうど目の前に建物の壁がある。篤樹が手をかけている壁との 隙間は1mくらいだ。
そのまま、建物の屋根に乗り移れそうだし、こちらの壁と建物の壁を使えば簡単に 上り下りも出来そうだ。
目の前の建物は 横幅が20m位だろうか? こちらに面した壁に窓は無い。隣の建物との間に隙間があるようで、建物と建物の切れ目から陽の光が差し込んでいる。
篤樹が乗っている場所から右に3mほどの場所に、何かが 積み上げられているのを見つけた。それを 覆うように布がかけられ、ロープが 巻かれている。
あのロープ、使えるかなぁ……
さらに腕に力を入れてルロエの肩から両足を持ち上げると、篤樹は壁の上に 腰掛けた。
「おい! 大丈夫かい?」
「あ、大丈夫です。こちら側もそちらと同じくらいの高さです。もう少しこっちに移動してもらえますか? ロープがあるみたいなんで……先にエシャーを上げてもらって、それからルロエさんを引き上げますね。エシャー、来れる?」
篤樹は壁をまたぐように両足ではさみ、ズリズリと移動する。
「この辺です」
エシャーは手に 握っていたエーミーの服を、マフラーの様に首に巻き直した。少し助走距離を取り、壁に両手をついて 屈む父の肩に駆け上る。タイミングよくルロエが起き上がると、エシャーはそのまま差し出されていた篤樹の右手を握りジャンプし、まるで平均台に立つ体操選手のように軽やかに壁の 縁に立った。
「スゲッ!」
篤樹は思わずエシャーの 軽業に感嘆の声を上げる。エシャーは 悪戯っぽく少し笑ったが、すぐにその笑みは消えた。首に巻いたエーミーの服をギュッと握り、そのまま壁の内側の隙間にストンと降り立つ。
この子、運動神経いいなぁ……
篤樹は心から感心した。
「エシャー、そのロープって、 解ける?」
「うん……」
積み上げられた「何か」を覆う布に巻かれているロープを、エシャーはガサゴソと解きにかかる。
「あっ……」
ロープを解いていたエシャーは、めくれた布の下にあるものを見て驚きの声を上げた。
「どうしたの?」
ロープを解く手を止めて、顔を 背けたエシャーに篤樹が声をかける。めくれた布の中から、毛むくじゃらの腕のようなものが見えた。エシャーは後ずさり、壁から下ろしている篤樹の左足にギュッとしがみつく。
「コラッ! そこで何をしている!」
突然の声に篤樹は壁から落ちそうに驚く。後ろから? 篤樹はバランスを 崩さないように気をつけて後ろを振り向いた。
建物の切れ目付近に、男の姿が見える。黒いズボンで、服は緑色……制服のようなデザインに銀色のヘルメット……篤樹は直感的に「警察っぽい」と感じた。
「キャッ!」
エシャーの悲鳴に視線を下ろすと、同じような「警察っぽい」男たちがいつの間にか立っている。1人はエシャーの手を 掴み、もう1人はそれを乗り越えるように篤樹の左足を掴んできた。建物の前後の切れ目から 挟み 撃ちにされた形だ。
「どうしたんだい! アツキくん!」
塀の外側からルロエが声をかける。篤樹は一瞬ルロエを見たが、姿勢を 崩し、塀の内側に引きずり落とされた。
落下の際、篤樹は建物の壁にしこたま頭を打ち付けてしまう。塀と建物の隙間、狭い通路に 折り 重なるように、篤樹とエシャーと「警察っぽい」男2人が倒れ重なった。
「外にまだ仲間がいるぞ!」
最初に声をかけてきた男が、急いで塀によじ上り外を見る。その後ろから別の男が続き顔を出した。口には笛をくわえている。けたたましく甲高い 笛音が鳴り響く。
「止まれ! そのまま! 仲間を置いて逃げるのか!」
「待ってくれ! 一体何が……」
塀から身を乗り出している男の叫び声と、外のルロエの声が笛音と混ざって聞こえた。
ルロエさん逃げて……
壁に頭を強打した篤樹は、薄れゆく意識の中、声にならない声で叫んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
頭が痛い!
篤樹は激しい頭痛で意識を取り戻した。両手で頭を 抱えるように触ると何かが巻いてある。どうやら傷の手当をしてもらったようだ。
苦痛にしかめた薄目で辺りを見渡す。 格子入りの窓から射し込む月明かりで、自分が 牢屋のような部屋に閉じ込められていることに気付く。ゴワゴワした毛布の上に転がされ、その「 敷布」よりも薄い布が身体にかけられているだけだったが、寒さは感じなかった。
頭痛を 堪えてゆっくり立ち上がり、部屋を改めて見回す。 一箇所だけの扉……鉄枠で補強してある扉を 叩き、篤樹は助けを求めた。
「黙れ!」
篤樹がドアを叩く音に対し、部屋の外の離れた所から 怒鳴り声が聞こえた。誰かいる! 篤樹は 諦めずに叫んだ。
「すみません! ここはどこですか! 教えて下さい! エシャーは? 一緒にいた女の子は!」
外の人物が扉の前まで早足に歩いて来る気配……篤樹は身構える。
「うるさい! 静かにしろ! あの親子もここに 捕まえてある。明日、詳しく事情を話してもらうから、今夜は黙って寝ておけ!」
扉は開かれる事無く、扉板のすぐ近くで外の人物が怒鳴った。篤樹は仕方なく壁に背をつけ、床に座り込む。 塀から落ちる時にぶつけた頭の 怪我がズキズキ響くのを感じた。
クソッ! 一体なんでこんな目に……たぶん、壁を乗り越えるなんてのがダメだったんだろうなぁ……どこかに入口はあったはずだから、ちゃんと入口を 探して入ればよかった……
これからどうなってしまうのか、不安を覚える。だが、同時に「人間が居る世界」に来たのだという安心感も、篤樹の内に芽生えていた。
あの男たちは多分、この世界の警察みたいなものだろう。ここはさしづめ警察署の 留置所みたいなものだろうか? 日本の警察みたいにちゃんとしてるかなぁ? 映画やテレビで 観るような、どこかの国の警察みたいに 酷い目に遭わされたりしないだろうか? まあ、日本の警察もたまに酷い事件を起こしたってニュースも聞くけど……
優しいお巡りさんだったら良いなぁ。ちゃんと事情を理解してくれて、お父さんやお母さんに連絡してくれて、迎えに来てもらえたら……そんなはずないよなぁ……
篤樹は 悶々と考えを巡らせながら、いつの間にか眠りについた。
―――・―――・―――・―――
翌日は「外の人物からの予告通り」に、朝から別室での取調べが始まった。
石造りの無機質な室内には、 簡素な机と椅子が部屋中央に置かれている。どちらも木製だ。その椅子に篤樹は座らされ、両足と両手をそれぞれ椅子の足と 肘掛に縛りつけられる。
部屋の中央の天井からは、 鉄網製のランプが吊り下げられていた。 格子がはまっている窓から 射し込む陽の光は暗く、日中にもかかわらずランプには 灯が点されている。
なんだか刑事モノのドラマで観る取調室みたいだなぁ……世界は変わっても人間の 造形センスって似てるんだなぁ、などと篤樹はのん気に考えていた。
だが、勝手の違う「容疑者」に対し、取り調べを担当する男の声は厳しさを増して行く。最初の質問である出身地確認の段階で何度も「 嘘をつくな!」「本当のことを言え!」「我々を馬鹿にするのか!」と怒鳴られた。しかし、とにかく篤樹は何度も 繰り返し、自分が元いた世界についてと、この世界に来てルエルフの村で起こった出来事を語る以外は出来なかった。
幸いだったのはこの「警察官」から暴力を 振るわれなかったことだ。机をバンバン 叩く音と、怒鳴り声はさすがに 怖かったが、それでも心が折れずに、自分の身の上を正しく伝え続ける勇気を篤樹は持ち続けた。
朝食抜きのままで始まった取調べの途中で、ようやく食事が出される。パン2個とスープだけだったが、これが思いがけず 美味しく、篤樹は食事の間だけ解かれた右手でパンをガツガツと食べ、スープも片手で皿を持ち上げゴクゴクと 一滴残らず飲み 干してしまった。
最初は 不快そうにその姿を見ていた取調官も、最後にはその食べっぷりに感心したように語りかける。
「そんなに 美味いか? これはなぁ、この町の農場で 採れた野菜や小麦で作ってるんだ。俺達の自慢の農産品さ。美味いだろ? 規則でお代わりをやる事は出来ないが、ま、 堪能してくれな」
思わぬ親近感を得られた食後の取調べはスムーズにいった。質問されたことに、篤樹は事実のままを答える。取調官も篤樹の語る「元の世界」と「ルエルフの村の出来事」に興味を示し、特に元の世界の様々な情報に驚き、 怪しみ、さらに質問を投げかけてきた。
篤樹も、自分の知り得る情報でなんとか「元の世界」の事を説明しようとするが、いかんせん 偏差値50前後の勉強しかやって来なかった中学3年生では、限られた情報しか持ち合わせていなかったことが 悔やまれた。
一通りの取調べが終わり独房に戻される前に、篤樹はエシャーとルロエの様子を取調べ官に 尋ねた。
「うん……そりゃ君が世話になった人たちだもんなぁ……気になる気持ちは分かるが……彼らはルエルフだからなぁ……。一応『共犯』だし、情報は教えられないんだ。あ、でも2人とも元気にはしてるはずだよ。 別棟に移動になったけど、それぞれで調書も取ってるみたいだから……」
何とも歯切れの悪い返答に、篤樹はますます2人の様子が気になってしまう。でも、きっとまた会えるさ、そんなに悪い事をしたわけでもないんだし……と自分に言い聞かせるしかなかった。




