第161話 嘘も方便
エグザルレイは真っ白な霧の中に立っていた。自分の身に何が起きたのかはハッキリと理解している。
「まさか……ミッシェルさんが……」
言いようも無い喜びがジワジワ込み上げて来た。第六英雄柱施設破壊の中で死んでしまったものと思っていた「旅の同行者ミッシェル」と、まさか生きて再会することが出来るとは……だが……
「すっかりやられてしまいましたねぇ……お姉さん」
エグザルレイは苦笑しながら首を振る。まさかたったあれだけの説明で「拘束魔法」を理解し、自分自身の法術として使いこなせるとは……
「村一番の天才少女が、ユーゴ魔法院を首席で出られたという話は本当のようですね。素晴らしいセンスです。さて……」
この状況が「マズいもの」であれば、自身の手で打ち破るべきだが……
エグザルレイは拘束魔法を解くべきか否かを思案する。突然、聴力が回復し外の音声が響き始めた。
「……では始めたまえ、ミッシェル君」
「はい……」
ミッシェルの声はエグザルレイの記憶する声と変わっている。その響き具合から彼女の身に怪我や後遺症が残っている事をエグザルレイは感じ取った。
あの包帯は患部を覆うものでしたか……
「あなたの出身地はどこ?」
え?
エグザルレイはミッシェルの問いに一瞬戸惑う。しかし、すぐに予期せぬ違和感を声帯に感じた。
「わ……たし……は……アルビで……目覚めました……」
どういうことです? なぜ私の口が……
聞きなれた自分自身の「声」が、勝手に語り出したことにエグザルレイは驚く。
「ご両親は?」
「覚えて……いません……」
「どこで魔法術を学んだの?」
「アルビで……私を育てて……くれた……妖精から……」
エグザルレイはフッと笑う。
なるほど……お姉さんは何とも楽しい「アレンジ」まで創り出したんですね……では、お手並み拝見です。
「あなたは法術を、その環境下で自然と身に付けたわけね?」
「は……い」
「いつこちらに戻って来たの?」
「1年少し……前に……」
「なぜ?」
「法力が……嫌な気配を察知しました……恐ろしい事が起きそうだと。……その気配に導かれるように……グラディーの地へ……『壁』が崩れ……潜入し……かの地に眠る 怨念に気づきました……」
ほう……私の「作り話」を「事実の証言」に変えて下さるということですか……
エグザルレイはミッシェルの策を理解した。評議会の男が語った「仮説」も「あの 要人」の最期を看取ったミッシェルならではのアレンジなのだろう。
ミッシェルさん……
今も変わらずに「味方」で在り続けてくれているミッシェルの思いを感じ、エグザルレイの胸が熱くなる。
「なぜ……泣いているの?」
ミッシェルの動揺した声が聞こえた。
しまった! こちらの感情に身体は反応してしまうんですね。スミマセン!
エグザルレイはミッシェルがどう切り抜けるのか、ハラハラとしながら聞く。
「これは……グラディーの 怨龍の思念……です……」
何とかリカバリーしてくださいね……
「奴の中には……深い……悲しみが……と同時に……強大な怒りと憎しみが渦巻いています……。しかし…… 彼の地にて安らかに在れば……その怨念は……押さえられる……」
「他に彼から聞き出すことは?」
ミッシェルは評議会メンバーの男に尋ねる。
「ふん…… 出自についても怨龍についても、虚偽の証言は無かったということか。……アルビ育ちの法術士ねぇ……まあ良いだろう……」
「それは何の魔法なのだ?」
シャムルが 堪りかねたように男に聞く。
「拘束魔法による尋問自白術にございます陛下」
「拘束魔法?……尋問自白?」
「新たなる法術にございます」
新たなる法術? ミッシェルさん……大丈夫ですか?
エグザルレイはミッシェルの完璧なまでの「拘束魔法」と 胡散臭い「尋問自白術」とやらに苦笑した。
ホントに……したたかな 女だ……
「このミッシェルが生み出した新魔法により、この数ヶ月の間、魔法院・評議会内に 蔓延っていた多くの腐敗を取り除く大きな成果を結んで参りました。人はどんなに虚偽を計ろうとも、意識の中に在る『真実』を隠すことは叶いません。この法術は被験者から『真実』を聞き出すために非常に優れた術なのです」
「なるほど……ではやはりエグザの言うように……」
シャムルの問いにミッシェルが答える。
「陛下。この者は今、我が拘束魔法の霧の中に在ります。己が何を語ったかさえ覚えておらぬでしょう。彼は自分の内にある『真実』を無抵抗の内に告白したまでのこと。恐らく意識をもっての受け答えでも充分に真実を語るのではないかと。ご質問が御座いますれば、拘束を解きますので陛下自ら改めて問い直されてはいかがかと存じます」
なるほど……私は何も知らない振りで術を解かれれば良いのですね……了解です!
「分かった……よいぞ。エグザの術を解け」
シャムルの 命に従い、ミッシェルはエグザルレイにかけた拘束魔法を完全に解除した。視界が開けた時、目の前にはミッシェルの優しい瞳があった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ミッシェルさん……生きてたんだ……」
エシャーは目に涙を浮かべ呟いた。
「よくもまあ……御無事でしたわねぇ……」
レイラも驚いた声を出す。
「ええ……本当に……」
エグザルレイは嬉しそうに微笑みながら語る。
「彼女が無事だった理由には……その『尋問自白術』の成立が深く関係しているんです」
「あ、そうだ!」
スレヤーが思いついたように口を開く。
「『拘束魔法』は今も軍部や内調でも普通に使ってますけど、何ですかその『尋問自白術』ってのは? 聞いた事もありませんぜ?」
「それはそうでしょう」
エグザルレイは嬉しそうに頷きながら応えた。
「ユーゴ魔法院の長い歴史の中でも『尋問自白術』なんて術を操れた法術士はただ一人、ミッシェルさんだけなんですから……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
グラディー領へ向かう使節団の中、護衛騎兵に守られた数台の馬車……その1台の中に3つの人影が見える。1人はシャムル王直属大使の地位を付与されたエグザルレイ……そして、ユーゴ魔法評議会の代表として選ばれたミッシェル。もう一人は……
「まさか、あなたとまで再会出来るとは思っていませんでしたよ、メフィリムさん」
エグザルレイがキボクの酒場に潜伏していた時、情報屋としてつながっていたメフィリムだ。
「ああ……ホントになぁ……」
キボクの時代を知っている者なら、誰も彼だとは気づかないであろう「上流階級に仕える下僕」の変装をしたメフィリムが笑顔を見せる。
「やっと3人で話せるわね……」
ミッシェルも嬉しそうだ。
王都にいる間はお互いに「初対面」の関係で通すしかなかった。人目もあるために3人だけでの接触は出来ず、しかもお互いが素性を誤魔化しているため、他の者から漏れ聞く情報からは「あの後」お互いに何が起きたのかを 推し 量ることさえ出来ないままだった。
そうした状況下、エグデン王室では対グラディー政策として「触らぬ神に 祟り無し作戦」が進められた。要はグラディー領の残党者との 和睦交渉だ。もちろん和睦と言っても、その内容は「相互不可侵条約」となっている。
シャムル王と議会からの信任を受けたエグザルレイは交渉役の1人に 抜擢され、彼を補佐する役目という「監視役」を評議会から受けたのがミッシェル、そして、その従者という立場のメフィリムだ。
「お互いに事情説明が必要ね。『エグザ大使』」
ミッシェルがかすれた声ながらも楽しそうに尋ねる。エグザルレイは第六英雄柱施設破壊後のグラディーでの出来事を2人に伝えた。
「……ということで 咄嗟に出た安直な偽名なので、その名で呼ばれる度に大変恥ずかしいんです」
最後にエグザルレイはまるで言い訳のように付け加える。
「なるほどね」
メフィリムが話を受け取り口を開く。
「そっちはそっちで大変だったんだなぁ。ま、こっちはとにかく追手がかかってる身だからよぉ……なるべくキボクから遠くに逃げようって最初は思ってたんだ。でもよ……お前に渡した情報がどんなふうに使われるのかって……それが気になってな。情報屋の 性ってやつさ! 常に新しい情報を得ていくことが、自分の身を守る事にもなるからな……。で、当たりを付けて第六英雄柱施設を目指してたらよ、ビンゴだったってワケだ!」
メフィリムはミッシェルに視線を向ける。
「あの爆発のような大風が吹いた日の夜、俺は海岸線から施設への接近を試みてたんだ……まさかあそこが跡形も無く吹き飛んでるなんて思わなかったからよ、とにかく何があったのかって情報を得ようとしてな。そしたら海岸線に色んな残骸やら死体やらが打ち上げられてるじゃねぇか! もう恐ろしくなってよ……行こうか戻ろうかって悩みながら進んでいたら、コイツを見つけたんだ」
「コイツ?」
ミッシェルの声には怒りと威圧が 籠っている。
「いや……この女……あー、ミッシェル……さんを見つけたんだ」
「『さん』は要らない!」
再びミッシェルがメフィリムの言葉尻をとらえる。
「え……ああ……仕方無ぇだろ。立場上の癖なんだから……」
メフィリムは困ったように言い 繕い、続ける。
「とにかく、海岸線の兵士の死体に混じって女の死体が上がってたんだよ。気になって近づいたら……それがミッシェルだった。で、よくよく見ればまだ生きてるって分かってよ……顔面は酷い大怪我だしどうしようか悩んだけど、ま、生き証人の証言情報ってのは捨てるにゃ惜しいからな……隠れ家まで連れ帰って看病したってわけさ」
エグザルレイは2人のやり取りを微笑みながら聞いている。
1年と数ヶ月の間に……色んな変化があったんですね……
「意識が戻るまでにひと月位はかかったかなぁ……ようやく『情報』を聞き出せるかって段階になったんだけどよぉ……」
「私はこの人が『あなたの情報屋』だって気づいてたからね」
ミッシェルがエグザルレイに視線を向けて語りだす。
「助けてもらった立場だけど、先に主導権を握らないとダメじゃない? そういう場合って。で、身体も満足に動かせない状態だったからね、試してみたのよ。あなたが所長に放った『拘束魔法』をね」
「そんな!……いきなり?」
エグザルレイは驚いて聞き直す。
「何となく理解は出来てたからね。本当は意識が戻ったのは1週間目くらいだったのよ。でも力が足りないって分かってたから、しばらくは様子を見ながらイメージトレーニングを繰り返してたの」
ミッシェルは悪びれる 風もなく語る。
「その間に、今後の事を考えたのよね。この 男も私も追手がかかってる身だし、きっとお互いに助けになるだろうって。私をはめた内調の連中を何とかする必要があったから2人で作戦を練ったのよ」
「酷いなぁ……話を 端折りすぎだぜ! 聞いてくれよ! コイツはなぁ、俺を何週間も法術の実験台にしやがったんだぜ!」
「コイツ?」
メフィリムの抗議はミッシェルの一言で掻き消された。
「実験というのは例の『尋問自白術』とやらですか?」
エグザルレイは笑顔で尋ねる。
この2人……何だか姉さまとバロウさんが出会った頃のようですね……
「ああ。まあ、お前の事だからタネ明かしは不要だろう?」
「つまりは『 動唇術』……ですね」
メフィリムの問いにエグザルレイはすぐに答える。
「せいかーい! どう? 考えたでしょう?」
ミッシェルが楽しそうに尋ねる。
「『拘束魔法』で自由を奪っている間に、言語能力神経を操作して『動唇術』を行う、というわけですか……原理は簡単でも実用はかなり難しいでしょ? 私にはそんな分散法術は出来ませんね」
「あらぁ、素直じゃないの。そうよねぇ、あなたみたいにガサツな若者には使えない繊細な法術よぉ。それをお姉さんが生み出したの!」
ミッシェルは得意満面だ。
「でも俺の情報力が無きゃその『動唇術』ってのを『尋問自白術』にまで仕立て上げることは出来なかったんだからな!」
メフィリムが「手柄の独り占め」に抗議の声を上げる。ミッシェルはそれを軽くいなすと話を続けた。
「彼が集めた『情報』を元に、私が『拘束者』に尋問をして『自白』を作るのよ。先ずは内調の追手を断ち切るために魔法院へ出頭したわ。新魔法を生み出すために修行をしていて、大怪我まで負ってしまったって言いながら……。で、事前に目ぼしい法術士の情報はメフィリムに集めてもらってたから『新魔法』を披露すると言って評議会の場に立ったのよ。まあ……そのおかげで被験者になってもらった何人かの評議会メンバーは魔法院を追われる羽目になったんだけどね……」
「自業自得さ。 反吐が出るような真似をしてやがってたんだからよ、あのジジイ共は!」
この2人……「被験者」とやらに仕立てた評議会メンバーの秘密を、白日の下に 晒したんでしょうね……良いコンビです。
「そんなんで評議会の信用を得ればこっちのものよ。拘束魔法と尋問自白魔法という新魔法の原理講義を行って……拘束魔法は実際に上級法術士の何人かが成功したわ。でも尋問自白魔法の原理は誰も理解出来なかった。当り前よね。そんな原理なんか無いんだから。でも魔法院と評議会の信用を取り戻すことに成功したわ」
ミッシェルは 悪戯っぽい笑みを瞳に浮かべる。
「私をはめた内調の連中は、資金の横領や権限外の目に余る暴行・殺人を働いていた……その情報を『彼ら自身の唇』を使って審査会の場で語らせたの……自業自得よ……」
「まあおかげでミッシェルは無罪放免になってな! 内調のヤツラが粛清されたおかげで、俺のほうの捜査の手も 有耶無耶になったってわけだ!」
メフィリムがミッシェルの気持ちを 慮って明るい声で答える。
「そんで、晴れて無罪放免の身になったコイつ……ミッシェルが従者として俺を『雇う』ことになったってことだ。 世間体としてはな」
「そうでしたか……」
エグザルレイは笑みを浮かべて応じた。
「お2人の助けが無ければ、事はここまでスムーズにはいかなかったでしょう。本当に感謝しています」
深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝える。
「またぁ! こっちはこっちで自分のためにやってんだから気にしなさんなって前にも言ったでしょう!」
ミッシェルが照れ隠しのように慌てて打ち消す言葉の裏に、温かな気持ちを感じ取る。
本当に……ありがとうございます……
まるで姉夫婦に抱かれてるような安らぎをエグザルレイが覚える中、使節団の馬列はグラディー山脈の坂を上り始めた。




