第159話 臨機応変
「『面白い素材』ねぇ……」
レイラはニヤニヤと笑みを浮かべ、エルグレドを見る。
「不死身の王子様なんて、ホント面白すぎるわね」
「すごーい! エルって生ける屍なんだぁ!」
エシャーは心底感心したように声を上げた。
「違います! 生ける屍ではなく 不死者です!」
エルグレドはエシャーの言葉に過敏に反応し訂正を入れる。
「え? あ……ごめんなさい……え? 違うの」
その剣幕に思わず謝罪をしたエシャーだったが、違いを聞き直す。レイラが優しく応じた。
「エシャーはルエルフ村にいたから本物の生ける屍は知らないでしょ? 生ける屍はサーガと同じようなモンスターよ。サーガとの違いは『蘇生させられた 屍』ってとこくらいね。本能はあっても人格を持たない徘徊する屍、それが生ける屍よ。それにエルは腐ってないでしょ?」
最後の一言は冗談と分かるような口調でエルグレドに向けられる。エルグレドも笑みを浮かべ補足を入れた。
「生ける屍はある程度の法術士なら使える魔法です。戦場でも使われることがありますが……まあ、足止めにもならない程度の戦力ですよ」
「で、エルは 不死者」
エルグレドの返答を受け、レイラが再びエシャーに説明する。
「これは……まあ、実物が目の前にいるんだから説明も要らないかもね。その存在については実在する『可能性』が語られてきただけで、今まで誰もその存在を確認したことの無い生命体……それが不死者。生ける屍は一度死んだ者を魔法や呪術で『再稼働』させただけの物体に過ぎないわ。でも不死者は文字通り『死なない存在』なのよ。人格も記憶も身体も、全てが『死ぬことがない』のよ」
「ふうん……」
エシャーは不思議そうに頷く。
「なんだか分からないけど……エルは大変なんだねぇ……」
全ての思いを代弁するかのようなエシャーの回答を、エルグレドはとても気に入った様子で満面の笑みを見せた。
「ええ、大変ですよ。でもまあ『いつまでかは分からない』という期限付きですから……いつかはちゃんと『死ぬ』日が来るんだろう、と思いますけどね。さて……」
話の脱線を本筋に戻すため、エルグレドは会話を切り替える。
「そうですね……不死者として生きるのであればやれる事はたくさんあります。先ずはグラディー解放への新しい策に取りかかりました……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
数万度の熱で滅せられてさえも再生する身体……ですか。自分が不死者という実感はありませんねぇ。それにしても……この「痛み」は……さすがにキツイですね……。たとえ不死者でも、こんな状態ではまだ動き出せもしませんし……
エグザルレイは治癒魔法を全身に施しながら、ウンザリした顔で穴の縁を見上げる。
さて……あの「王子様」はどこまで逃げたのでしょうか? ヴェザ達にも早く合流しないと……
「おい! あんた! そこで何をしてる!」
穴の 縁からのぞき込む2つの人影が見えた。あれは……
「獣人族の方ですか? サムルさんの村の!」
エグザルレイは出し得る限りの大声で呼びかける。2つの人影は一瞬縁から顔を引っ込めると、すぐに1人が綱を握って穴に降りてきた。
「あんた……エグザルレイさん! どうしたんすか! 何があったんすかっ! その格好も……」
狼獣人属戦士の男は穴底まで降り立ち驚きの声を上げると、全身に大きな傷を負い全裸で横たわっているエグザルレイに駆け寄ってきた。
「少し……手違いがありましてね……作戦を変更したんです。考えていたよりも、大きな変更になってしまったもので……」
狼獣人戦士に抱きかかえられながら、エグザルレイは身を起こす。
「すみません……まだここから自力で出られるほどでは…… 何人ですか?」
「偵察は俺たち2人だけです。でも、すぐに誰かを呼びに……」
「いえ……」
エグザルレイは救援要請を制止し、しばらく考えた後に応えた。
「その必要はありません。その代わり……手紙を託します。ヴェザとアイルさん、サムルさんに渡して下さい」
そう言うと狼獣人戦士から筆と紙を受け取り、急いで手紙を 認める。その間に狼獣人戦士は外套を脱ぎエグザルレイにかけようとした。
「あ、ご心配なく。このままで大丈夫ですから。それよりも……ここで異常な爆発が起こったことを皆さんも確認したんですね?」
「ええ。昨日の夕刻前でした。防衛戦線にいた我々も見ましたよ。真っ黒な雷雲が蛇のように山を越えて行った後……しばらくして真っ白な光の柱が立ちました。その後、轟音が鳴り響いたんです」
狼獣人戦士は外套を羽織り直しながら答える。
昨日……ですか……
エグザルレイは告げられた時間に一瞬驚きを見せた。
私が「消滅していた時間」は……約1日ということですね……
「それで、あなた方が偵察に?」
「はい。峠のエグデン兵たちは……酷い有様でした。あの黒い雲にやられたみたいなんですが、とにかく誰一人生き残りがいないもので何が起こったのか正確には……」
全滅……
「あの、ホントに良いんですか? このままで……尾根まで戦士たちは集結してますけど」
「ええ……むしろ尾根を越えてこちらまで来ないように、急いでお伝え下さい」
エグザルレイはまだ身体中に傷と痛みが残っているが笑顔を見せる。
「ヴェザたちによろしくお伝え下さい。くれぐれも『上手くやってくれ』と。お願いします」
狼獣人戦士は、明らかに重傷を負っているエグザルレイをこのまま放置して行って良いものかどうか、迷いながらも指示に従い穴から出て行った。その姿を確認するとエグザルレイは再び地に座し、治癒魔法に力を注ぐ。
グラディー領包囲壁を打ち破って2ヶ月弱……エグデン軍も、まさかこれほどの痛手を被るとは考えてもいなかったでしょう……この機を……逃すわけにはいきません!
―・―・―・―・―・―
数時間後、エグザルレイは穴から自力で這い上がれるまでの回復を果たしていた。
「なるほど……ね。『不死者』ですか……あの爆発で蒸発したはずの肉体さえも、とは……やれやれ……」
自分の身体に起きていた変化に、このような形で気付かされたのは少なからずショックだったが、起きてしまった事に捕らわれ続けていても前進出来ない。エグザルレイは体験してきた様々な出来事を想起しつつ静かに微笑んだ。
「生きているのだから、このまま立ち、歩む他はありませんね……」
まだ回復途上の身体を引きずるように、エグザルレイはグラディー山脈の北面麓の道を歩み始めた。すぐに前方から土煙が近づいて来るのを見つける。エグザルレイは歩みを止めた。エグデン軍の装備に身を包んだ5騎の騎兵は、エグザルレイの傍まで馬を進ませ立ち止まる。
「法術士エグザ殿か?」
先頭の騎兵が尋ねた。
「はい。旅の法術士エグザです。シャムル様は御無事だったでしょうか?」
エグザルレイは騎兵の 身形から、彼らが一般兵ではなく王宮近衛兵だと推察し尋ね返す。
「王子は無事に 退かれた。ところで『グラディーの 怨龍』とやらはいかがなされた? それにその傷……その……お召し物はどうされた?」
ほう!「グラディーの怨龍」ですか。良いネーミングですね……
「あの怨龍めは私が打ち払いました……と言っても滅するには至りませんでしたが……。戦いの中、服は焼け失せました」
エグザルレイと騎兵長が話している間に、2騎が大きなクレーターへ近づいて行った。騎兵長はその姿を見送ると、視線をエグザルレイに戻す。
「ひどい御怪我だ……よくぞ御無事で。シャムル様も大変お喜びになられる事でしょう。おい!」
騎兵長が傍に待機していた2騎の兵に声をかける。2人は馬を降りてエグザルレイに駆け寄り、外套を羽織らせ治癒魔法を施し始めた。エグザルレイは大袈裟に苦痛を訴えながらその応急処置を受け入れる。
「シャムル様より、あなた様を発見次第保護しお連れするようにとの 命を受けております。御同行願えますね?」
これは依頼ではなく命令であるとすぐに分かる口調で騎兵長がエグザルレイに問う。それはエグザルレイも当然承知の上だ。
「このような一介の旅の法術士が御顔向けなど……滅相も御座いません」
「いや、王子は強くお望みなのだ」
「光栄に存じます。本当によろしいのでしょうか?」
せっかく狙い通りにあちらから食いついて来てくれたのだから、この機を逃す 術はない。エグザルレイは上級兵が喜びそうな奥ゆかしさを演じつつ快諾する。
「よし! ではそちらの馬に同乗を。おい、行くぞ!」
騎兵長はクレーターの状況を確認していた2騎に声をかけ、向きを変えて馬を進める。エグザルレイを乗せた騎兵がそのすぐ後に続いた。
「ムジカ様の報はお聞き及びか?」
騎兵長がエグザルレイに尋ねる。
ムジカ……現エグデン国王か……この様子だと……
「私がこの地に入ったのは5日ほど前の事ですので……王陛下の身に何か?」
「そうか……ならばまだ知らぬな……。王は2日前に 崩御なされた」
「そう……でしたか……」
エグザルレイは事さらに驚きと哀悼の思いを演じる。こんな好機に恵まれた喜びを微塵も感じさせないよう、最大の注意を払いつつ。
「それであなた方が……」
「ああ……シャムル様だけでも王都へお戻りいただくために……だがまさか5万の兵が全滅などとは……」
騎兵長の様子から心情は手に取るように理解出来る。あの王子……シャムルの様子からすれば御飾りの王族である事は一目瞭然。ユーゴ魔法院評議会に支配されている王族なのだから当然「扱いやすい王子」が次期国王として残されたのだろう。他はエグザルレイの時と同じく王族男子降民制度で排除……。民や軍にとっては魅力無き無能な王の誕生か……
「グラディーの怨龍は、それほどまでに強大な災厄なのです」
エルグレドは騎兵長がシャムル批判の語調である事を柔らかく受け止めつつ「グラディーの怨龍」がいかに危険な存在であるかを騎兵長らに刷り込んでいく。騎兵長も身を 弁える理性を取り戻して語る。
「うむ……シャムル様率いる5万の兵が、こうもいともたやすくとは……だが……」
騎兵長は顔をエルグレドに向けた。
「その怨龍をも退けられるとは……あなたは一体何者なのですか? 魔法院の法術士としては初めてお聞きするお名前ですが……」
「ユーゴ魔法院には一度も属しておりません。私は……アルビにおいて法術を修得した者……我流の法術です」
「なんと! 大海を隔てたあのアルビで?」
騎兵長は本気で驚いているようだ。
「ええ。生まれは恐らくエグデンなのでしょうが……幼少の頃に何があったのか……私が記憶するのは、アルビにて育ったという事実のみ」
「御両親と共に海難事故にでも遇われたのかも知れませんね」
エグザルレイを乗せた騎兵が私見を述べる。
「そうかも知れません。とにかく人間のいないアルビ大陸が私の故郷です。妖精や……不思議な森の中で……法力を身に付け法術を覚えました」
「導師も持たずに法術を 解したのですか?」
並走する騎兵が驚き尋ねて来た。
そりゃ……いましたけどね……
「ええ。育ちの環境でしょうか、妖精と共に生きる中で自然と……成長と共に自らの視点も整えられ、法術を解するにいたりました」
「だからこそ、かようなる怨龍にも立ち向う法術が身につかれたのかも知れませんね。『自ら解さぬ者に法術は修められず』ですからね」
一番年少者らしい騎兵が持論を述べる。
「ユーゴの教えか……法術に限らず全てに言えるな」
騎兵長も相槌を打ち、言葉を繋ぐ。
「詳しくは後ほど改めて伺うことになるでしょうが、まずは御無事で何よりでした。さあ、宿営が見えてきました。シャムル様がお待ちです。お傷の手当と着替えをすませましたら、すぐに謁見を願います」
「グラディーの怨龍」と戦ったクレーターから30kmほど離れた岩地に、エグデン王室の旗が掲げられた天幕が100張り近く設けられている。旗は全て崩御したムジカ王への弔意を表し半旗となっていた。
新王シャムル様……ですか……
エグザルレイの顔には、自然な笑みが浮かびあがった。




