第152話 懐かしい鏡
エグザルレイはアイルとその部下数名と共に「南の村」へやって来た。バゾビ達が住むもう1つの 人属の村が「北の村」だから「南の村」と呼んでいるらしい。
「大昔にはそれぞれの村にも名前が付いてたらしいが……今現在この地には5つの村しかないからな。俺達『南の村』と『北の村』が人属の村、『西の村』がグラン達半獣人族で『海の村』が狼獣人族……あと『エルフの村』……乏しい資源をそれぞれの領域で守りながら過ごしている……いや……過ごして『きた』だな……今は……」
エルフの村と比べると、かなり規模の小さな「森」がある。その森と 傍らの集落を囲むように岩が積み上げられ、村を守る 防塁壁となっていた。
「他の村も同じようなモンだ。水が無きゃ人も獣もエルフも死ぬ。初めの頃は食糧の奪い合い……次に耕作地や狩場の奪い合い……森が消え始めた頃からは水源を持つ村そのものを奪い合って生き延びて来た……」
村の中は……いや……「村」と呼ぶにはあまりにもお粗末な状況に、エグザルレイは心を痛めた。
まるで……野戦のための宿営地のようだ……
「あんたが本当に400年も昔のグラディー戦士だとは……悪いが今も俺は信じられない」
アイルは立ち止まり、エグザルレイに顔を向ける。
「だが、予言の通りに巨大な風と共に嘘みてぇに強い男……グラディーの戦士を名乗る1人の男がここに来た。あの壁を打ち破って……。だから正直、あんたが何者だろうが構わない……助けてくれ」
「ととたまぁー!」
幼い少女がアイルの足元へと駆け寄って来た。エグザルレイは一瞬、姪のトルパの姿を思い出す。アイルは 屈んで少女を腕に抱くと立ち上がった。
「この村の水源も枯れ始めている……バゾビ達の村も……獣人達の2つの村もな。近い内に……我々はエルフの村を襲うことも考えていた。元々は……人属の水源地なんだからな……」
「……もう、その必要はありませんよ。壁は取り除かれ、空気は変わり、風も流れています。グラディーは……再び緑の山々を取り戻します」
エグザルレイはアイルが抱く少女に微笑みを向けながら応える。
「グラディーの地にはグラディーの民が住むべきです。エグデンの連中ではなく……この戦に勝ち、この地に再びグラディーの平和な森を取り戻しましょう!」
「……1000にも満たない人数しか残っていない盗賊レベルの『グラディーの戦士』で、何万ものエグデン軍を打ち破って……か?」
アイルは自嘲気味に小さく笑う。しかし、その目には言葉ほどの自己卑下は宿っていない。
「とにかく、あんたの『力』に賭けるしかない……。この戦いがグラディーの完全滅亡への戦となるのか、それとも一族再生の戦となるのか……」
アイルは少女を下ろした。母親らしき女性がそっと少女を連れて行く。その姿を見送りながら言葉を繋ぐ。
「『予言者の声』は法術使いにしか聞こえない。しかも術士の力量により、聞き取れる内容が限られている。この村……この地に生き残っている人属には大した法術使いはいなかった。だから今まで予言の一部しか聞き取られていない。でもあんたなら……全てを聞き取れるはずだ」
アイルの瞳はエグザルレイの「自称」を疑っていると言いながらも、期待に満ちて輝いている。本能的に信頼を寄せる半獣人グランのような「全幅の信頼」とまではいかなくても、幼い頃から「昔話」に聞いていたグラディー戦士を前にし、アイル自身も戦士の血が熱く全身を流れ巡っているのをエグザルレイは感じ取った。
エグデン進軍に備え前線で待機しているバゾビやサムル達からも、同じ瞳でエグザルレイは送り出されたのを思い出す。この戦い……数的にも装備的にも象と蟻ほどの違いがあるのは間違いない。だが、それを補い余りあるほどの士気が高まっている。
「……奴らの手にこの地は渡しません……私たちの……グラディーの地を……」
エグザルレイの確固たる意志が込められた一言に、アイルは笑みを浮かべた。
「では行こうか。我らグラディーの戦士エグザルレイ」
アイルはエグザルレイの肩をポンと叩くと、移動を促し森に向かい歩き出した。村人たちは見慣れない客人の姿を 訝し 気に眺めながらも、「何か」が始まろうとしている雰囲気に不安と希望を抱いている。
森の入り口からはアイルとエグザルレイの2人だけになった。
「……この村の人間の中には、元々は今のエルフの村に住んでた人間の子孫が多いんだ」
アイルは森の小道を先導しながら語り出す。
「300年くらい前かな……エルフ達があの村を乗っ取ったんだ……ま、正確に言えば、エルフよりも前に他の人属集団に乗っ取られていたんだけどな」
「他の……?」
エグザルレイが聞き返す。
「ん? ああ……『壁』が出来て何年もしない内に、あちこちの村が対立を始めてな。そりゃ、それぞれの部族を守るためにゃ仕方無かったんだろうよ。風も空気も空も変わって食糧難が続いたんだから。狩場や畑、水源を失った連中は一族そろって盗賊紛いの集団になっちまった。ご先祖さん達の村もそんな連中に襲われたんだが……まあ、一部の女・子どもは『奴隷』のように扱われながらも生き延びた」
姉さまやトッパや集落の人々が奴隷に……エグザルレイは拳と唇を噛み締めた。
「で、そいつらはエルフの集落にまで手を出した。おかげでエルフ族の怒りを買って攻め込まれてな……ま、エルフたちが住んでた山も木々が失われて住めなくなっていた時期だったせいで、そのまま水源の森ごと村はエルフたちに乗っ取られたんだ。奴隷状態だった元々の村人……ご先祖さん達は命こそ奪われなかったが、村から追い出されてな。で、ここに辿り着いた」
「……この村を奪ったのですか?」
「そうじゃない。ここも飢饉や争いで人数も減っていて、いつ他の部族から襲われるかと不安に怯えていたんだ。そこにご先祖さん達がやって来た。お互いに弱小の群れ同士だったからな……平和的な合同ってやつさ」
時間の経過からすれば、トッパでさえ100歳を超えてる頃の話なんですね……
エグザルレイは頭の中で冷静に状況を整理しながら話を聞く。
「そのご先祖の中には法術使いもいた。まあ、あんたと比べりゃ法術なんて呼ぶのもおこがましいくらいの力しか無かったんだろうけどな……その先祖がこの森の中で『あれ』を見つけたんだ」
アイルは立ち止まって前方を指さす。エグザルレイはその指さす先に目を向けた。小さな森の最深部付近に、岩を積み上げて作られた小さな祠が見える。ミツキの森で、タフカと共に特訓を受けた祠と同じくらいのものだ。
「あれは?」
「『予言者の声』が聞ける特別な祠さ……俺は聞いたことも無ぇけどな。さあ……」
アイルは祠の入口を指さす。
「俺にとっちゃ、ガキの頃に何人かで勝手に入って大人から大目玉を食らったって思い出しか無ぇ場所だがな……あんたなら……意味のある『声』を聞けるだろうよ。入ってくれ……ちょっと狭いがな」
エグザルレイは促されるがままに祠の入口へ向かう。 屈まなければ入れない高さの入口だが、中は地面を数十センチほど掘り下げてあり、天井も少しだけ高くなっているおかげで真っ直ぐ立つ事が出来た。直径3m程の円形ドームのような造りになっている祠内部の最奥壁に「石造りの棚」……そこに置かれているのは、入口からの光を反射するモノ……。エグザルレイはそれに近づき、確認する。
鏡?……金属の 研磨鏡ではない……水晶鏡とも違う……見た事も無い素材ですね……それに綺麗な 曲面になっている……
手を伸ばしてそれを持とうとしたエグザルレイは、何かの「力」を感じて伸ばした手を引っ込めた。凸状の曲面に加工された「鏡」……長方形の鏡面に映る自分の顔を見つめる。
これは一体……
「その『予言者の鏡』を見つめてると『声』が聞こえるらしいんだが……どうだ?」
祠の入口からアイルが顔を覗かせ尋ねた。エグザルレイは首を横に振り応じる。
「不思議な素材の『鏡』ですが、私には何も……」
「そうか? 手に持ってよく見てみなよ」
アイルの勧めに従い、エグザルレイは再び「鏡」に手を伸ばした。何かの「力」は感じるが、それは悪意として向けられているモノではない。
ならば……
意を決し、両手でしっかりと「鏡」を掴み、自分の顔の前に鏡面を向けた。
なんだ?……何かが見える……聞こえる……鏡面にボンヤリと、やがてハッキリと映し出されたその人物の顔は……
「えっ……メノウ婆さん!?」
「んぁ? こりゃ……ヒッ! なんじゃ! お……お……お前……エル?……エルかい!」
「どういう事です!」
エグザルレイは振り向いてアイルに尋ねる。
「何か見えるのか? 聞こえるのか!」
アイルはエグザルレイの突然の叫び声に驚き祠の中へ入って来た。しかし、その手に持つ「鏡」とエグザルレイの顔を交互に見比べ、首を傾げる。
「……やっぱりあんたにしか見えず聞こえず……みたいだな……それ」
アイルは複雑な笑みを浮かべると、もう一度鏡面を覗き込む。
「……『予言の声』をしっかりと聞いておいてくれ……俺は外で待つよ」
そう言い残し、アイルは祠から出て行った。エグザルレイは再び不思議な「鏡」を覗き込む。鏡面には、かつて人属の村で世話になっていた法術使いメノウの顔がまだハッキリと映っている。
「メノウさん……少し……お歳を召されましたか?」
「エル! エル! ああ……お前……なんで……この『鏡』は一体……」
どうやら「突然の再会」に対し、メノウはエグザルレイ以上に驚いている様子だ。
「メノウさん……落ち着かれて下さい。実は……」
エグザルレイは自分の今の状況……今までの経緯を鏡面に映るメノウに順序立てて説明を始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それも……『残思伝心』みたいな魔法なの?」
エシャーがエルグレドに尋ねる。
「いいえ……。いや……もしかすると同じような『力』が働いたものなのかも知れませんが……エルフの秘薬を用いた残思伝心とは、また違った効果の魔法ですね」
「あの……」
エルグレドの見解に篤樹はハッとしたように口を挟んだ。
「あの……実は僕……その『鏡』のような不思議な体験をミシュバットの遺跡の地下でしました……」
篤樹は遥と共にミシュバット遺跡の地下で観た「鏡」……渋谷しずの作った不思議な水晶鏡の一件を報告する。
「えー! アッキー、もっと早く教えてくれればいいのにぃ! 私も観たかったなぁその不思議な『鏡』」
エシャーがまず第一声を上げる。
「そんな……だって、そんなヒマ全然無かったから仕方無いじゃん!」
篤樹も慌てて異議を申し立てた。レイラがその異議に賛意を表し、口を開く。
「そうね、仕方無いわよエシャー。色々と有ったんだから。それよりも……『時間と空間』を超えてという点では同じ法則を感じられるけど、エルのほうの『鏡』はそれ以上のものね。400年も前に死んだ人間と鏡越しに会話出来るなんて……」
「ええ……」
エルグレドも頷きながら応じる。
「『不思議』という言葉だけで片付けるには、あまりにも『時空の法則』を超越した魔法術ですよ。しかし……私たちの知り得ている原理や法則を超越した魔法術が存在しているんです。『この世界』には……ね」
エルグレドは篤樹に視線を向けた。
「それもチガセの……アッキーのドウキュウセイたちに何か関係がある……ってことですかい?」
スレヤーがエルグレドの視線に気づき質問した。エルグレドは紙と炭筆を取り出すと何かを描き始める。
「こういう形の『鏡』だったんですが……アツキくん、何か知りませんか?」
エルグレドは描き終えた絵をテーブルの上に滑らせ篤樹に渡す。エシャーたちも身を乗り出しその絵に注目する。
「あらぁ? 絵心が無いわねぇ。法術使ってこんなにリアルに描いたんじゃ、全く面白味が無いわぁ」
レイラがエルグレドの絵の感想を述べる。確かに……篤樹も同感だった。面白味がないというより、エルグレドの絵はまるで白黒の写真のように精巧なものだったことにまず驚いたのだ。それよりも……描かれた「モノ」に、篤樹は息を飲む。
「正確を期すためには現物のイメージをお見せしないと。どうですか? アツキくん。何か、チガセに 所縁のあるモノなのでは?」
「これ……あ! これって……どの位の大きさでしたか?」
エルグレドの問いに、篤樹は興奮しながら確認する。
「私の腕位の長さの……長方形のものでしたよ」
エルグレドが自分の肘から指先を示しながら答えた。
そんなに……大きかったっけ? いや……でも間違いない! これは……
「これ……このあいだ話した……僕が乗っていたバス……の外に付いてた鏡です……多分……」




