第149話 プレゼント
「よっ……とぉ。これはホントに『石像』ねぇ! カッチカチじゃない! さぁて、あとはどうすんの?」
拘束魔法で固められた所長を2人がかりで 要人の傍まで運び終えると、ミッシェルが尋ねた。エグザルレイは所長の態勢を微調整しながら問い掛けに応じる。
「この所長さんだけが、あの防御壁魔法を通り抜けられるんでしたよね? それは何かの特別な入域法術を用いるんですか?」
「ううん、違うわ。英雄柱の『 要人』を<交換する時>に、魔法院から特任の法術士が立ち会いに来るのよ。あの防御壁魔法を要人の法力を使って再設定するためにね。 要人自身の法術ではなく、特任法術士の法術だから 要人の意志でも解除は不能なの。ま、どのみち魔法院に準備された 要人の意識が戻ることはほとんど無いんだけどね。で、その交換の時に、当代所長の身体にも併せて解除魔法を施すのよ。万が一の時にも所長の口から解除法が外部に洩れないように、法術を教えるのではなく所長自身の身体に一時解除の魔法をかけておくわけね。だから 要人の<メンテナンス>にも所長しか近づけないってこと」
「その情報も魔法院の書庫で?」
エグザルレイは所長の身体の向きを「要人」に向け直しながら尋ねる。ちょうど攻撃魔法を放とうとした姿勢のまま拘束されているので、姿勢として具合も良い。
「原理部分はね。実際の手順については、この仕事をやってる間にちょこちょこと情報を耳にしたわ。ま、国の『暗部』を知っても、別に気にもしてなかったんだけどね……」
ミッシェルもエグザルレイがやろうとしている事を雰囲気で理解し、 屈んで所長の足を「ズリズリ」移動させながら答える。所長の右腕の指先が要人の防御壁魔法に触れる位置まで進んだ。
「もう少し前に……少し左向きに……はい、その角度で!」
エグザルレイの指示に従い、ミッシェルは所長の両足位置を微調整する。
「他に知りたいことはある? 知ってる情報なら教えてあげてもいいわよ」
ミッシェルは何とも上機嫌な様子だ。旅の同行をエグザルレイから「積極的に」許可された事がよほど嬉しいようだ。
内調部隊で「認められる」のは出世のためであり、それは同時に周りとの競争で生き残るための「 術」だ。部下も同僚も互いのミスを監視し合い、競争相手を少しでも減らすためなら平気で人を裏切るのが常の組織だ。もちろん、作戦行動においての裏切りは自分の失点にも繋がるのでプロ意識をもっての協力はするが、それは互いを「認め合う信頼関係」に基づくものではない。
本当の自分の素性を知っているのは内調部隊の人間だけ……その「仲間」の誰一人信頼できず、また、信頼されない 殺伐とした人間関係の中、ミッシェルの心は「認められること」に飢え渇いていたのかも知れない。だからエグザルレイを「弟」と重ね合わせ、その渇きを潤す「信頼関係」を求めていたのだろう。
「下の……法術士達は?」
エグザルレイの声に、ミッシェルは質問の意図を汲み取った。
「 要人の法力を高めるためだけの道具よ……原理としては。採用者は、全て人格を破壊された上で運ばれて来る……助からないわ。 要人さえそう……初めから……そう加工されてるから……」
「加工……ですか。酷い法術だ……忌まわしい……呪われた魔法です……ね」
エグザルレイは感情の高ぶりを必死にコントロールする。
許せない……こんな法術を生み出した連中を……それを実行し、継承し続けている奴らを……私は……
「だからさ……」
ミッシェルが語り掛ける。
「あんたがこの 要人達……英雄柱に縛られてる人達に解放をプレゼントしてあげなよ。こんな忌まわしい呪縛からのさ。ほら……」
ミッシェルは屈んだままの姿勢で要人へ目を向ける。エグザルレイも改めて要人に視線を向けた。
「あり……がと……たの……む……」
要人の声をエグザルレイはしっかりと聞き取る。
「そうですね……『解放』のために……です」
怒りと憎しみの感情が激しく渦巻き始めた心を客観的に見つめ直し、その沼から足を引き抜くと、エグザルレイは口元に笑みを浮かべた。
「……では、この位置で良いでしょう」
所長の右腕は要人の防御壁魔法を完全に突き抜け、身体も半分ほどが内側に入った。所長の指先は真っ直ぐ要人の頭部を指している。
この距離……この角度……確実ですね……
エグザルレイは所長の背中に両手を当てると、法力を高めながら口を開く。
「私の名はエグザルレイ・イグナ……失われしイグナ王国第12代国王シャルドレイ・イグナの子として生まれた者です。 謀略に巻き込まれ、国を追われ、グラディーの地にて戦士として戦う者となりましたが……戦闘の中で瀕死の重傷を負いました。回復のために大賢者を頼り、アルビ大陸へ渡り、特殊な森の中で400年の時を過ごし、この地に戻ってきました。グラディーを解放するため……全ての呪縛を……解くために」
今から 生命の終りを与えようとしている 要人に対する最大の敬意を表すため、エグザルレイは 下手人となる自分の身上を語る。
「え? ちょ……ちょっと……」
ミッシェルはあまりにも唐突で、想像を超えるエグザルレイの独白に言葉が見つからない。
「どうぞ……今より後、 永遠に安らかに休まれますように……」
エグザルレイの両手の平と、所長の背中の 狭間が白く輝き始めた。やがてその光が所長の右肩へ、そして腕へ移動して行く。要人の表情に「安堵の微笑」と読み取れる動きが表れたのをミッシェルは見た。次の瞬間———
バピュシー!
所長の右手指先からひと塊の光球が飛び出し、目の前の要人の顔面が白い光に包まれた。光球はそのまま真っ直ぐ英雄柱の 間の内壁に当たり、突き抜けて行く。
所長の前には頭部を失った要人がその座に腰かけたまま、両手の指をピクピクと 痙攣させていた。
「やった……の?」
ミッシェルが恐る恐るという感じでエグザルレイに語りかける。
やった……はずだ……これで……
エグザルレイもまだ「答え」が見えない。
ダメなのか? 1柱だけでは……いや……そもそも私の思い違いだったのか? 20の柱の1つでも 陥せば、全ての壁が連動して 陥るという仮定は……
要人の指の痙攣が小刻みになり、やがてコトンと肘掛けの上に落ちた。
ガコン!
要人の絶命を待っていたかのように、建物全体が激しく揺れる。
やった……みたいですね……
「え、え、何? この音、建物が……」
「ミッシェルさん! こっちへ! 上手くいったようです!」
エグザルレイはミッシェルに声をかけその手を握ると、宙2階に位置する要人の座から渡り廊下を駆けだした。建物の外では巨大な竜巻のような激しい音が響き、その音に押し潰されるように建物が揺れ動く。
想定以上の変化ですね……どこかに身を隠さないと……
建物の構造を脳内で思い描き安全地帯に目星をつける。この「英雄柱の 間」は最も高い強度が維持される空間……しかし「外」で起こっている<変化の力>には、この建物全体を崩壊させるほどの力を感じる。崩壊しても落下物から身を守れる場所…… 瓦礫の層が最も薄くなる場所は……
「あの扉横のスペースへ!」
エグザルレイはミッシェルを自分の前へ引っ張り、目標の隙間へ飛びこませた。
「痛い! ちょっとぉ! 何がどうなって……」
床に転がるように倒れたミッシェルは苦情を訴えかける。しかし、エグザルレイの背後に視線を向けると、目を見開き叫んだ。
「ダメッ!!」
ミッシェルに続き、同じ隙間に潜り込むために屈みかけていたエグザルレイの脇をすり抜け、ミッシェルは隙間から飛び出す。 咄嗟のことでエグザルレイも態勢を変えられない。そのまま隙間に転がり込み、入れ替わりに飛び出したミッシェルの背を目で追う。
それはまるで、夢の中で必死にもがくような 虚しい時間だった。天井から崩れ落ち始めたいくつもの瓦礫は、水中に沈みゆく小石のような緩やかさで確認出来る。一筋の光……攻撃魔法が放つ鮮明な白い光が、こちらに向かって伸びて来ているのが分かった。その光源は……宙2階の中央…… 要人の座を囲む柵に寄りかかり、真っ直ぐ右腕を伸ばしエグザルレイを 睨みつけている所長の怒りに満ちた目……。エグザルレイと所長の視線の間に立ち塞がって来たミッシェルの背中———
所長からの法撃を受けたミッシェルの身体が白く光り輝いた時……大きな瓦礫の影がエグザルレイの視界を塞ぎ「時の動き」が戻る。
ドンガラガンゴーン! グォー!
建物が崩壊していく音と激しい風……体験した事のない暴風の中、瓦礫の隙間で必死に防御魔法を放ち身を守るエグザルレイは、嵐の収まるまでの長い時間をただひたすら待ち続けた……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……それで? 何が起こったんですか? その……ミッシェルさんは?」
しばらく口を閉ざしたエルグレドに向かい、篤樹は英雄柱の「解放」によって何が起こったのか、せっかく出会った協力者ミッシェルがどうなったのかを尋ねる。エルグレドは胸ポケットから定規状の細長い「 懐中時計」を取り出した。
「もう12時を回りましたか……少し話をまとめながら進めましょう」
「質問に答えるべきよ?」
レイラはエルグレドの思いを察しつつ、優しく語りかけた。
「別に……そんなつもりでは……。まあ……ええ……ショックでしたよ……周りの音が収まってすぐ、瓦礫の隙間から外へ出て彼女を捜しました。と言っても……探しようも無い状態になってましたがね……。400年間外界から隔絶されていたグラディー領は、外との気圧に大きな差が生じていたんです。壁が消えた事で……「外」の空気が一気にグラディー領内へ吹き流れました。その流れは英雄柱の要塞を破壊し吸い込むほど強大な突風を巻き起こしたんです。建物の土台と一部の瓦礫を残し……施設周りの地上に在ったほとんどのモノは消えていました」
「じゃあ……ミッシェルさんは……」
エシャーが篤樹の質問を繰り返す。
「……私がその時に見つけられたのは、瓦礫の下敷きとなっていた数名の兵士の遺体だけでした。……所長も法術士達も……ミッシェルさんも……見つかりませんでした」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
もう……行かなければ……
エグザルレイは西の海に沈みゆく夕陽を確認すると、自分の頬を両手で「パシン!」と叩く。英雄柱施設崩壊から4時間以上……散乱する瓦礫や、根ごと 剥ぎ倒された木々の合間を当てどなく歩き回りミッシェルの姿を捜した。見つかるはずは無いと、捜索最初の5分で冷静に判断はついていたが……しかし……それでも見つけ出したかった。
「これほどの異常事態となれば……エグデン軍も態勢を整えて調査に来ますね。……もう……さすがにタイムリミットです。……行きます」
自分自身の 魂に語りかけるように声に出し呟くと、エグザルレイは南に向かい歩き始めた。施設が在った場所から2キロ以上離れた右手の海岸線にも、施設の残骸や兵士達の遺体が散乱している。
恐らくまだこの先にも……
意を決して歩み出しはしたが、その視線は前方周囲の散乱物を識別し、ミッシェルの姿を捜し続けていた。
?!……あれは……
進行方向左前方に、法力馬の死骸が倒れている。これまでにすでに何頭かの死骸を見てきてはいたが、馬の下に押し潰されている見覚えのある「布袋」にエグザルレイは気付き、咄嗟に駆け出していた。
「やはり……ミッシェルさんの……」
布袋を開き中を確認する。見覚えのあるミッシェルの服が入っていた。法術書が2冊と調理器具にナイフ、食材保管用の小箱……そして……
「これは……」
水晶を加工した定規状の細長い懐中時計を見つけた。時刻表示の邪魔にならない部分に、文字が刻まれている。
『大好きなブレンへ・お姉ちゃんより』
幼い……子どもの字だが「強い想い」を読み取れる筆跡……。ブレン……ミッシェルさんの……弟?
エグザルレイはしばらくその文字に見入った。やがて目の前が涙で 滲み、両手が震え、力抜け落ちると、その場に崩れるように膝をつく。
瓦礫と遺体の散乱する海岸線に響き渡ったエルグレドの 哀嘆の叫びを吸い込むように、夕陽が水平線の彼方へ沈んでいった。




