第 117 話 エルフの戦士
「話が違うぞピスガ! 我々は 人属とは距離を 保つと言ったはずだ」
森の中から出て来たエルフ戦士のリーダーらしき男が、石の上に立つピスガに 抗議する。ブルムも何となく 居心地が悪そうに挨拶の声をかけた。
「……ご 無沙汰しています。フィルロンニさん……ブラハ部族のブルムです……」
フィルロンニと呼ばれたエルフ戦士も、声を掛けられてまで無視は出来ないという感じで応じる。
「ああ……久しいなブルム…… 老けたな?」
エルフと人間が久し振りに再会する際の定番挨拶にブルムは苦笑した。
「まだ5年ですよ。そんなに老けちゃいませんって……」
「まあいい。ピスガ、人属が来たのなら我々がここに居る必要もあるまい。……皆、戻るぞ!」
フィルロンニはそう言うと、クルリと背を向け森へと戻ろうとした。
「ちょ……ちょっと待って下さい!」
ブルムが 慌てて声を掛ける。フィルロンニは面倒臭そうに振り返った。
「事情はピスガに聞け。我々も村に戻って対策を練らねばならん」
「それなら、フィルフェリーだけでも残っててもらえるかい?」
石の上に立つピスガがフィルロンニに声を掛けた。
「……必要有るか?」
フィルロンニが少し 苛立った声でピスガに言葉を返す。しかしピスガはお構い無しに続ける。
「ここで起きたことの目撃者はフィルフェリーだからなぁ。俺はこいつらに説明出来無ぇ。俺はエグデンの情報しか持って無ぇからな。良いだろ? フィリー」
ピスガはエルフ戦士の中に居る1人、正確には戦士達と同行している若いエルフ女性に声をかけた。指名された女性は困ったようにフィルロンニに顔を向ける。
「教えて下さい……ここで何があったのかを」
エグザルレイもフィルフェリーに声をかけた。とにかく義兄であるバロウの情報が少しでも多く欲しかった。フィルロンニは仕方無いという素振りで目を閉じ、指示をだす。
「 端的に見たままを話してやれ」
フィルフェリーに告げたフィルロンニは、手近な石に腰を下ろした。他のエルフ戦士達も思い思い、手近な倒木や石に腰を下ろす。
「えっと……あの……」
フィルフェリーはオドオドとした様子で人属の戦士達を見回す。
「どうぞ、フィルフェリーさん。こちらにお座り下さい」
エグザルレイはその場にいる全員を見渡しやすい場所にある倒木上にマントをかけ、フィルフェリーに着座を促した。フィルフェリーはフィルロンニに顔を向け「どうしましょう?」と尋ねるように目線を向ける。フィルロンニは片手を軽く振って「勝手にしろ」と合図をした。
2人のやり取りを見ながら、エグザルレイは優しく微笑み、再度フィルフェリーに促す。
「エルフ 属領から来られたなら、少々お疲れでしょう。どうぞ座って落ち着かれてから、お話をお聞かせいただけますか?」
「あ……はい……ありがとうございます……」
フィルフェリーはエグザルレイのエスコートに従い、用意されたマント 敷きの倒木に腰を下ろした。その正面に、人属の戦士達が距離をおいて集まる。ピスガは今まで立っていた石からピョンと飛び降りると、4つ足で河原を駆け抜け、フィルフェリーが座っている倒木ベンチに駆け上った。
「さ、フィリー。兄さんも説明しろって言ってんだから、こいつらにここで何を見たのか説明してやってくれよ」
そう言うと、さらにフィルフェリーの左肩にまで駆け上った。
兄さん……ってことはフィルフェリーさんとフィルロンニさんは 兄妹ってことか?
フィルロンニとフィルフェリーの顔をサッと見比べた。エルフ属特有の 尖った大きな耳は当然として、確かに顔立ちも髪色もよく似ている。しかし、自信に満ち 溢れている兄の表情に比べ、妹は 困惑したような、オドオドとした弱々しい表情というか、自信の 欠片も窺えない。
エグザルレイは生まれて初めて対面したエルフ属への関心を抱きつつ、しかし今は義兄の情報を早く掴みたいと願い、フィルフェリーに「どうぞ」と右手で発言を促した。
「はい……あの……私は2日前に薬草を探しに村を出て……なかなか見つからないので森奥を進んで……それで……結局……協定を破り、この 人属領の森まで来たんです……」
そこまで話すと人属戦士達の顔色を 窺うようにサッと皆を見渡す。フィルフェリーの心配を感じ取ったピスガが口を 挟んだ。
「こいつらはそんな事で怒るような連中じゃ無ぇから安心しな。元々はここも、エルフだの人間だのって種族関係無しに自由に行き来してた森なんだしよ」
「あ……はい……すみません……。それで……私が探していた薬草は水辺に生えているものなので……この川沿いにずっと歩いて来たんです。そうしたら……」
「ゴブリンがいたんだってよ」
ピスガが口を挟む。
「ゴブリン? サーガですか?」
エグザルレイが反応した。しかしフィルフェリーは首を横に振る。
「いえ……サーガではありませんでした……普通の……ゴブリンです」
「……つってもゴブリンは普通のでもサーガでも、どっちもどっちの害獣だからなぁ」
ピスガが頷きながら合いの手をいれる。
「はい……だからすぐに身を隠しました。幸い、気付かれなかったようで……。でもゴブリンはその1体だけでなく、4~5体はいました。それと……そのゴブリン達に向かい指示を出している 人属……多分、エグデンの法術士なのだと思いますが……2人いました」
「ヤツラ……ゴブリンを 操れるのか?」
ブルムが驚いたように確認の声を上げた。それには即座にピスガが答える。
「エグデンの法術兵の中に何人かいるんだよ。 特殊な薬を使って言語を 解する生物を一定時間操れる連中がな。でも言語を解さない生物には効か無ぇ魔法みたいだ」
「言語を解するとは……当然、人間も……って事ですよね?」
エグザルレイの問いにピスガは頷く。
「特殊な薬を……ってことはあの傷跡は……」
エグザルレイは横たえている戦士3人の遺体に目を向けた。その様子に気付いたピスガは確認するように尋ねる。
「体内に直接射ち込む薬だ。俺がエグデンで見た時は実験体に針を刺して流し込んでたな。……恐らくそいつらにも……あるのか? 痕跡が」
「……はい。足や腕に……」
「自由に操れるゴブリン共を使い、何か特殊な道具でその薬を補給隊の連中に射ち込ませ、ここまで誘導して来た……ってことか。ゴブリンの動きなら補給隊が異常を察知する前に事を終えられるからな……」
ブルムが納得したように語る。グラディーの人属戦士達も皆状況が分かって来たというように頷く。
「それで? フィルフェリーさん。他の仲間……補給隊の残りの4人について行方を知っていますか?……なぜあの3人はここで殺されたのかも……」
フィルフェリーはエグザルレイの質問に一瞬目を閉じ、苦悶の表情を浮かべた。
「……やつらは……ゴブリンを操っていた者達はこう言ってました。『数が多い。少し減らそう』と。そして『 要るのは法術使いだけで良い。法術を使える者は川を渡れ』と指示を出す声が聞こえました。しばらく間をおいて次はゴブリンに指示を出す声が聞こえました。『そこの3人を始末しろ』と……」
やはり法術を使える者を連れ去ることが目的だったのか……
エグザルレイはブルムと目を合わせ、先ほどの仮説が正しかった事を互いに確認する。
「で、その直後に俺はここでフィリーを発見したんだ」
ピスガがフィルフェリーの肩の上に二本足で立ち、説明を加える。
「エグデンの動向調査報告を各集落の族長達に伝えようと戻って来たんだが……途中で使ってた鳥ごと 射ち落とされちまってな。仕方なく別の足を捜しながら補給路を走ってたら仲間の血の匂いに気付いてよ。……で、ここまで辿って来たら戦士が3人やられてるじゃねぇか! 辺りを警戒したら川岸の木と岩の間に擬態してるフィリーを見つけてな。最初はエルフの娘がなぜ戦士達をって疑いながら慎重に声を掛けたんだ。そしたらよ……ギャンギャン泣きながら事情を説明してくれてな……。1人じゃエルフの集落にも帰れない様子だったんで付き合って……で、どの道エルフ属戦士にも伝えるべき情報だったから共有して、あとは野ざらしの3人の遺体が 憐れだから集落まで運んでやって欲しいって頼んでここに戻って来たってわけさ」
「さあ、もう良いだろう? ピスガ。行くぞ、フィリー……」
フィルフェリーが「目撃証言」を終え、ピスガが事情を説明した事で自分達がここに残る理由はもう無いと確認したフィルロンニは、腰掛けていた石から立ち上がった。その直後……
ドォーン!
激しい 衝撃音が遠くで響き空気を揺らす。その音と衝撃に驚いた森の中の 野鳥たちが、叫び声のような鳴き声を立て飛び立っていく。
ドォーン! ドドォーン!
先ほどと同じような衝撃音が、さらに立て続けに響いた。
「何の音だ?」
「前線方向だ」
「集落方向から」
エルフ属戦士も人属戦士も立ち上がり、音が聞こえて来た北側を見つめながらザワつく。木々が空を 遮っているので、何が起こってるのかを充分に確認出来ない。
「戻るぞ!」
明らかに自分達の集落方向から聞こえた激しい異音に、フィルロンニは一刻の 猶予も持たずに駆け出した。エルフ属の戦士達もすぐに後に続く。フィルフェリーも倒木ベンチから立ち上がり、エグザルレイの視線に気づくとピョコンと頭を下げた。
「あの……それじゃ……また」
フィルフェリーは肩に乗るピスガを倒木ベンチの上に移動させ、すぐに仲間の後を追って森へ駆け出して行く。
ドォーン! ドォーン! ドォーン!
直後に、また立て続けに衝撃音が響いた。音は最初よりもかなり近付いているように感じる。
「なんだぁ、一体?! よし、3人の遺体回収は後回しだ! 俺とエル、ミッチーとベルモはエルフ集落に向かう。残り4人はサイタンをリーダーに後方部隊宿営に向かえ! 前線で合流するぞ、行け!」
ブルムの指示で捜索隊の8人は4人4人の戦士小隊に別れ駆け出した。ピスガもエグザルレイ達の後を追って駆け出す。
「おい! エル! 肩を貸せ!」
森の中を駆け行くエグザルレイの足元で、ピスガが必死に叫ぶ。エグザルレイがスピードを 緩めると、ピスガは軽やかにその足に飛び移り、トトトッと右肩まで上って来た。
「ふぅふぅ……いやぁ、疲れた。どうにも 生りが小せえもんだから、お前らみたいなサイズの連中との長距離移動は、やっぱ無理だな」
「身体のサイズだけじゃなく、お歳もお歳でしょ?」
エグザルレイは息を切らすことも無く涼しげに言葉を返す。
「歳ってもなぁ…… 賢鼠種の中じゃ、俺なんかまだまだ青二才扱いだぜぇ? それよりよ……」
ピスガが嬉しそうな声を出す。
「お前ら 姉弟の話、エグデンでたまに耳にして嬉しかったぜぇ。何だよエル、お前ぇ『悪邪の子』なんて異名まで付けられやがってよぉ! 大活躍じゃ無ぇか!」
エグザルレイは返事の代わりに口元に笑みを浮かべた。
「それにミルカもよぉ……赤子授かったんだって? 良かったなぁ……普通に幸せな母ちゃんになれて。旦那ともうまくいってんのかい? バロウとはよぉ」
エグザルレイは返答に困りながら言葉を選ぶ。
「義兄とは……幸せに暮らしていましたよ。つい先日まで……」
「何かあったのかい?」
ただならぬ雰囲気を感じたピスガも声のトーンを落とした。
「……義兄達なんです……今回……ヤツラに連れ去られた法術使い……補給隊の法術士の中にバロウさんもいるんです……」
エグザルレイは自分の口で発した言葉を、それが事実ではあって欲しくないと願いながらピスガに報告する。ピスガの小さな呼吸音が一瞬止まったかのように感じ、エグザルレイは次にどんな言葉をピスガが発するかと右耳に集中しつつ、森の中を全力で駆け続けた。
「……ヤツラ……とうとうマジで始めやがったのか……」
右耳に聞こえて来たのは、あらゆる負の感情を込めたピスガの呟きの声だった。




