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「3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~」【 完結作品 】   作者: カワカツ
第3章 エルグレドの旅編(全62話)
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第 104 話 王子と王女と鳥人種

  基幹暦(きかんれき)4329年6月―――エグラシス大陸北部の国「イグナ王国」に1人の男児が誕生した。その子の名はエグザルレイ・イグナ……第12代イグナ国王シャルドレイ・イグナと第2 ()フォティーシャの間に生まれたエグザルレイは、イグナ王国第13代王となるべく正統な王位継承者として大切に育てられていった―――


~  ~  ~  ~  ~


「…… 姉様(あねさま)、姉様ぁー!」


 王宮の裏庭から続く森の中、エグザルレイは姉の姿を探していた。その頭上に張り出す大きな樹の横枝に座っていた少女は、悪戯っぽい笑みを浮かべエグザルレイの目の前に飛び降りる。


「わぁーっ!」


 突如目の前に降り立った「何者か」に驚きの声を上げ、エグザルレイは後ろによろけ倒れ (しり)もちをついた。


「なぁに? エル。迷子の子どもみたいな情け無い声なんか出して」


 少女は満足気な笑顔をエグザルレイに向け語りかける。エグザルレイは目に一杯に溜まった涙が零れ落ちると同時に、苦情の言葉を並べ立てた。


「あ……姉様の意地悪!……イジメはダメだと 母様(かあさま)も国王陛下(へいか)もいつもおっしゃってるでしょ!……そ……それに……私のお名前もちゃんと全部言いなさいって言われてるでしょ!」


「……まぁったく……あんたはうるさい王子さまだなぁ。嫌なら付いて来なきゃ良いでしょ? さ、母様ん所に帰りなさい。そろそろお昼寝の時間なんでしょ?」


 少女はエグザルレイの苦情を鼻で笑い背を向けると、森の奥へ歩き始めた。その背中を絶望的な目で見つめ、袖で涙を拭うとエグザルレイは必死に呼びかける。


「ま……待ってよぉ 、姉様(あねさま)ぁ! ゴメンなさい! もう泣かないから、一緒に行きましょうよぉ」


 5~6歩進んだところで少女は立ち止まり振り返った。


「『したかた無い』なぁ……ほら、おいで……」


 少女はエグザルレイに手を差し伸べる。エグザルレイ7歳、その姉ミルカ11歳の夏、2人は「いつものように」仲良く手をつないぐと、森の小道を歩き始めた。


「……ねえ姉様? 『したかた無い』ではなく『仕方が無い』ですよ?」


 歩き始めるとすぐに、エグザルレイはミルカに「教えて上げるように」語りかけた。


「わぁかってるわよ、当たり前でしょ? そんなの。あんたの言い方を真似しただけよ」


「えっ? 僕はちゃんと言えてますよ!」


「今はね……。でも去年までは『したかた無い』って言ってたのよ」


「言ってません!」


「言ってたぁ!」


 エグザルレイはかなり本気で抗議の意を示す。ミルカはそんな母違いの弟が訴える必死な姿を愛でつつ茶化しながら、しばらく「言い争い遊び」を楽しみ歩く。会話が変わったのは、森の中から大きな鳥が突然飛び立った音に2人そろって驚いた後だった。


「 ……姉様(あねさま)母様(かあさま)……お具合はいかが?」

 

「ん……あんまり……良くないみたい……」


 ミルカの母……ルシャナは第1 ()として王宮に迎え入れられていた。

 自分の生まれ育った村の若者と結婚するはずだったルシャナは、隣国サルカスとの戦争によって婚約者と死に別れ、その悲しみから心に病を負ってしまった。その病を癒すために療養していた先で王室関係者と出会い、やがてシャルドレイ国王に 見初(みそ)められ、(きさき)として召し抱えられた。

 しかし、王位継承権を男子にしか認めていないイグナ王国では、第1妃でありながら王女ミルカの後、男子どころか 懐妊(かいにん)にも恵まれないルシャナに対する心無い批判が王宮内に広まってしまう。加えて、そのような中でようやく懐妊した第2子が死産となってしまったのだ。それも男児を……


「……僕が……先に生まれちゃったから……なのかなぁ……」


 エグザルレイは申し訳無さそうにうつむいて呟いた。


「そんなわけ無いでしょ! エルが生まれたのは神様のお導き。弟が生まれて来なかったのも神様のお導き。変な事をいう人達の言葉なんか気にしないのよ!……それに、あんたは私の大事な弟なんだからね!」


 ミルカはつないでいた手をギュッと握り締めた。ミルカの母ルシャナは第2子死産の後、心の病が以前よりも悪化した。心の安定を失ってしったルシャナはついに心を閉ざしてしまい「療養塔」へ移り住まされてしまう。王女であるミルカの養育は侍女達が行っていたが、王の意向により8歳の時に第2妃フォティーシャの子とされエグザルレイの「姉」になった。

 王も王妃フォティーシャもミルカを「王女」として大切に育み、ミルカもその思いに応え、明るく元気に日々を重ねていた。


「あっ、『 師匠(ししょう)』だ!」


 エグザルレイは森の木々の間に人影を見つけ立ち止まると、ミルカの手を引き教える。


「師匠ーっ!」


 ミルカも森の中の人影に声をかける。その人影は一瞬身を隠す素振りを見せたが、声をかけてきた2人の姿を確認すると安心して歩み寄って来た。


「ああ……ミルカとエルか……驚いたよ」


「何をしてるんですか?」


 2人は小道を外れて森の中へ足を踏み入れる。2人を出迎えに現れたのは……立派な羽毛が全身に生えそろった鷹系鳥人種の男だった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「『鳥人種』とは……かなりお懐かしい響きですわね……」


 エルグレドの話に登場した人物像に、レイラが思わず口を挟む。


「ねぇ? なぁにその鳥人種って」


 エシャーがレイラに尋ねる。


「私たちのような2足歩行に適した下半身と、鳥の上半身を持つ種族よ。……もう300年以上前に絶滅した種族だから、私もお会いした事は無いわ……」


「そうですね……」


 エルグレドが説明を引き取る。


「でもレイラさんの説明は正しいですよ。『翼が生えた人間』というイメージではなく、上半身は鳥で下半身は人間、というイメージが適切だと思います。もっとも、全身羽毛で覆われていますし……付け加えるなら、その上半身の 羽先(はねさき)にはコウモリのような『手』がある、と考えられて下さい」


 一同は無言で脳裏にイメージを膨らませた。


 ……人間の下半身と……鷹の上半身をくっつけて……で、羽の先っぽに……手?


 篤樹はなかなかイメージが固まらないまま、エルグレドの話が進む。


「その鳥人種……『ケパさん』は、大陸南部のグラディー族……エグラシス大陸の旧4国の1つであったグラディー族の戦士でした。……私と姉ミルカが最初に彼を見つけたのは本当に偶然だったんです。王宮の窓から2人で夜空を観測していると、黒い影が夜空を横切り……森に落ちていくのを見ました。翌朝すぐに2人で森に入り彼を発見した時には、私達も『一体この物体は何なのだろうか』と怖ろしく感じましたよ」


「その頃のイグナでも、もう鳥人種ってのは珍しかったんですかい?」


 スレヤーが尋ねた。エルグレドは目を閉じて首を横に振る。


「……大人達はどうか分かりませんが……子どもだった姉も私も『聞いた事も無い生物』でしたね。……虫の息であった彼を、最初、私達は王宮に運び込もうかと考えました。……でも、幼心に『秘密にしないといけないかも……』と考え直し、森の中の『狩り小屋』に運び込んで自分たちで手当てをしたんです。……今、考えても幼さゆえの恐ろしい判断だったと思いますよ。あれほどの怪我人を、大した知識も持たない子どもだけで診るなんて、ね」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 しかし「鳥人種の男」は驚くほどの回復力を見せ、ミルカ達が大した治療を施す必要も無く見る見る元気になって行った。


 狩り小屋に運び入れた朝には意識も無い状態だったのに、夕方には意識を取り戻しミルカとエグザルレイの存在に気付いた。即座に攻撃を仕掛けてこなかったのは、まだ完全に治癒していなかったからだけではなく、この2人の幼い「 姉弟(きょうだい)」が必死に自分の看病をしている姿に、何一つ敵意を感じなかったからだろう。


 日暮れ近くを感じた時、ケパは2人に声をかけた。


「ありがとう…… (おさな)き友たちよ……。私は大丈夫だ……。君達も……自分の家があるのなら……もう帰りなさい……。じきに夜になる……」


「あ!  姉様(あねさま)! 『 (とり)(ひと)』が目を覚ましましたよ!」


 フッ……『鳥の人』……か……


 ケパは静かに笑った。


「あら? ホントだ。良かった! お話が出来るんだ!」


「……私は……私の名は『ケパ』だ……。君たちは……?」


「私はミルカ! こっちは弟のエグザルレイ。呼びにくいからエルで良いよ」


「だめだよ! お母様と国王陛下から、お名前はちゃんと全部言いなさいって……」


 ケパは少年の言葉に関心を示し、目を丸める。


「『国王陛下』とは……イグナ国王……シャルドレイ国王の事かな?」


「そうだよ!」


「シッ!」


 エグザルレイが嬉しそうに答えた口をミルカが急いで塞ぐ。幼いながらも「秘密にしておくべき事柄」だと直感的に感じたのだ。エグザルレイは口を押さえているミルカの手を両手で掴み抗議の目で姉を見上げるが、ミルカはお構い無しに目線をケパに向けている。


「あなたは……一体……」


「失礼……私はイグナ王国領を目指して飛んで来たのだが……何者かの攻撃を受けて傷を負い、このようなことに……。なので、ここはもうイグナ王国領の中なのかと確認したかったのだが……」


 ケパはまだ回復し切れていない傷の痛みを覚えつつ、出来る限り優しく2人に語りかけた。


「あなたは……この国の方では無いんですね?」


 ミルカが警戒しながら尋ねる。先ほどまでは「怪我をした動物」を保護するように、全く敵意を抱いていなかったが、今は明らかに「不審人物」を見る目になっていた。ケパはその変化に気付き、誤解を与えないように気を付けて語り始める。


「私は…… 南方(なんぽう)のグラディー族の戦士だ……。と言っても……君達は知ってるかな? グラディー族を……この国……イグナ王国以外の世界の事を……」

 

 ミルカはケパを見定めるようにジッと視線を向けた。ミルカの力が緩んだ隙を見て、エグザルレイはその手を払い除ける。


「もう! 姉様っ! 急に何をするんです! 苦しいじゃないですか!」


「あなたは『敵』ですか?『味方』ですか?」


 エグザルレイの抗議を無視し、ミルカはケパに尋ねた。ケパはミルカが右足を使い、床に転がっている木の棒を静かに引き寄せている事に気付く。


「もちろん『敵』ではない……。だが、『味方』……とも言えないな……まだ」


 この娘は見た目以上にしっかりしているな。下手な小細工をするよりも、キチンと向き合って『交渉こうしょう』すべき相手だ……


 直感的に感じたミルカへの「評価」に従い、ケパは正直に応じた。


「敵でも……味方でもない?……まだ?」


「……ああ……。敵となるのか味方となるのか……それを見極めるために、私はグラディーの地より飛んで来たのだ」


 ミルカの目は「不信感」よりも「好奇心」に変わり始めている。


 やはり対等な交渉が、この ()に対しては正解か……


「……今……この大陸は4つの国……まあ、我々グラディーは『国』とは呼ばないが、とにかく、3つの『国』と1つの『部族』で争う乱世となっている……というのはご存知かな?」


 エグザルレイはキョトンとしている。ミルカは自分の持ち得るだけの知識を頭の中で整理しながら応じた。


「……イグナ王国の領土を奪おうと狙っている『悪い敵』がいるという事は……知っています。だから戦争が起こっているのだと……」


 ケパはフゥッと溜息をつき目を閉じた。


「イグナもまた……『 虚文主義(きょもんしゅぎ)』だったか……」


 ミルカは直感的にケパから『馬鹿にされた』と感じる。


「ば、馬鹿にしないで! な……なによ、その……『キョモンシュギ』って……」


 勢い良く抗議の声を上げたが、そもそも「侮辱」に感じた言葉の意味が分かっていないだけに、それ以上の抗議が出来ず後半は単なる「質問」となる。

 ケパはミルカの剣幕を前に、うっかり口を滑らせた自分の口を戒めるように羽で覆った。


「すまない……決して馬鹿にするつもりでは……いや……そう聞こえたのならそういう思いがこもっていたのかもな……。いずれにせよ、すまない」


 驚くべき回復力とは言え、まだ弱った身体を横たえるケパに対し、ミルカもこれ以上の攻撃をする気も無い。とにかくお互いに「敵意」はない事を肌で感じると、ミルカの側から口を開いた。


「ケパ……さん?……あなたは空から世界の全てを見て回られたのですか?」


「ほんの……わずかな部分だが……君達の何十倍もの世界を見てきたよ」


 ケパの返答にミルカは顔を伏せ、何かを思い巡らせる。しばらく間を置き、意を決したように顔を上げた。


「あなたが見てきた『世界』の事を……教えてもらえますか? 私にも……」


「……世界を『学びたい』のだな?」


 ケパの問いかけにミルカは無言で頷いた。ケパはしばらくミルカの真意を確認するように見つめ、口を開く。


「……私は使命をもってイグナの国王との謁見のために飛んで来た。だが……このような状態では、まだしばらくここで世話にならざるを得ないだろう……。その間、私の知り得る『世界』について、時間の許す限りという条件で良ければ……きみの学びのお手伝いしよう」


「え? 何? 姉様だけズルイ!……何を教えてもらうんですか?」


 エグザルレイは2人のやり取りの内容をよく理解は出来ていないが、何やら「特別な雰囲気」を感じ取り話しに加わって来た。


「……きっと……私たちが学んでおくべき大事なお勉強よ。……ですよね?」


 ミルカの問いにケパは頷く。


「君らの将来にも……必ず役立つ 見聞(けんぶん)の学びとなるだろう」


「見聞の……学び……」


 ミルカは期待に満ちた瞳の色を輝かせ、無意識に右腕をさすった。腕には血がベッタリと付いている。


「ん? ミルカよ……お前も……怪我を?」


 気付いたケパが尋ねた。


「えっ? あ……いえ……これはあなたの血……あれ?」


 濡らした布で右腕の血糊をミルカは急いで拭ぐったが、拭いきれない一筋の「線」から小さな血の粒がプツプツと浮かび上がって来る。


「あれ?……薬草を採る時に、私もどこかで切っちゃったのかも……」


「しっかりと拭き取っておきなさい。他者の血や雑菌が傷口から入ると、感染症を起こしてしまう場合もあるぞ」


「ザッキン? カンセンショウ?」


 ケパが発した耳慣れない単語を、エグザルレイは復唱した。ケパはその問いかけに微笑む。


「……色々と……教え甲斐の有る子ども達のようだ……」


 そう言うと、満足そうに目を閉じた。

 こうしてミルカとエグザルレイは、鳥人種ケパを「師匠」とする秘密の学びを始めることとなる。基幹暦4329年、エグザルレイ7歳、その姉ミルカ11歳の初夏の夕暮れだった。


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