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第 9 話 再会?

 村の (おさ)シャルロを先頭に、ルロエと 篤樹(あつき)、そして、当然のようについて来たエシャーの4人は、 (みずうみ)に向かっていた。

 道中、エシャーはまるでピクニックにでも出かけているかのように長に話しかけ、篤樹にちょっかいをかけたりと楽しそうだ。


 なんだかのんびりした気分だなぁ……


 篤樹も、さきほどまでたかぶっていた 鼓動(こどう)も落ち着き、散歩(さんぽ)に出かけているような気分になっている。

  湖岸(こがん)まで(くだ)り、湖を周回(しゅうかい)している道を左周りに進む。湖岸そばには、昨日訪れた 特徴的(とくちょうてき)(とん)がり屋根のシャルロの家が見える。


 道中、何人かのルエルフ村人と出会ったが、どうやら皆「伝心」とやらである程度の事情を理解してくれているようだ。昨日のように「 不審人物(ふしんじんぶつ)」を見るような目つきではなく、どちらかといえば 友好的(ゆうこうてき)、中にはあからさまに「 (あわ)れみ」の眼差(まなざ)しを向ける人もいた。

 半時も経たず、一行は湖岸の中ほどにある 桟橋(さんばし)まで 辿(たど)り着いた。橋の入口には腰に剣を帯びた若いルエルフが立っている。


御苦労様(ごくろうさま)


 シャルロが声をかけると、若いルエルフもにこやかに応じた。


「こんにちは長、ルロエさん……もう行かれますか?」


 若いエルフは篤樹をチラッと見た後、シャルロに (たず)ねる。


「もうぼちぼち良い 頃合(ころあい)じゃろ」


 シャルロは右手を (ひたい)にかざし、(かげ)を作って空を見上げた。 ()(わた)った(あお)い空の真ん中に太陽が(のぼ)っている。シャルロは若者に向き直り右手を差し出した。若者は自分の首にかけていた黒い (ひも)()(はず)しシャルロに差し出す。


「さてアツキ、こちらへ」


 篤樹は言われるままシャルロの前に進み出た。


「これは『 渡橋(ときょう)(あか)し』じゃ。橋には目に見えぬが『制約のルー』が (ほどこ)されてある。万が一許可を得ずに渡る者がおっても、湖神様の元へは行けんようにな。誰かが間違って、何の備えも無く湖神様にお会いしてしまったら大変なことになってしまうからのぉ」


 シャルロはそう言うと篤樹に「ウインク」をして見せた。

 黒い 皮紐(かわひも)の輪に何か小さなペンダント状の「渡橋の証し」とやらが通してあるようだ。篤樹はシャルロの前に (かが)み、それを首にかけてもらう。


 そうだ……今から俺は下手すりゃ死ぬかも知れない場所に1人で行くんだった!


 篤樹は湖神様について聞いた話を思い出した。ビビったら負け。質問()めにあって最後は死んでしまうんだった(ルロエさんは「木霊になる」って言ってたけど)。無意識に首からぶら下げられた「渡橋の証し」をグッと (にぎ)りしめる。


「良いな、アツキよ。 (うかが)うべき事だけを考えよ。他の事は一切思い浮かべるな。そなたが……湖神様にお伺いしたいことは何じゃ?」


 お伺いしたいこと? そんなの決まってる!


「どうすれば元の世界……自分の家に帰れるかです」


「ウム……ではその事だけを考え、そのお伺いのみを心からの言葉で発せよ。さすれば何らかの答えを受けられようぞ! ……さあ、行くが良い」


 篤樹は右手で「渡橋の証し」を強く握り締め、桟橋の (はし)に左足をかけた。ふと、 視界(しかい)の端にエシャーの姿が (うつ)る。心配そうな顔でこちらを見ている……篤樹は渡橋の証しを握り ()めていた右手を開き、 微笑(ほほえ)んでエシャーに手を上げて見せた。「大丈夫。もう、泣きゃしないよ」そう思いながら右足も湖岸の端から (はな)し、桟橋の上に二歩目を踏み出した 瞬間(しゅんかん)、辺りの景色が突然変わった。 (いきお)いで()み出していた左足での三歩目を止めて後ろを振り返る。

 そこには、たった今離れた湖岸は無く、長い長い橋がどこまでも続いていた……



◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「あっ!」


 エシャーは息を ()んだ。目の前でたったいま右手を上げて微笑んだ篤樹が、忽然(こつぜん)と消えてしまったのだ。 反射的(はんしゃてき)に体が動く。エシャーの突然の ()け出しを誰も止め切れなかった。


「エシャー!」


 ルロエが (さけ)んだ時には、エシャーは 桟橋(さんばし)の中ほどまで駆けていた。ゆっくり ()をゆるめ立ち止ると、不安そうな顔で湖岸へ振り返る。


「……戻っておいでエシャー。大丈夫じゃ」


 シャルロが投げかけた言葉に応えるように、エシャーは一歩、二歩と桟橋を戻り始めた。 (きし)辿(たど)り着くまでの間も、まるで何か落し物でも探すように、桟橋の上や両側の湖面をエシャーは見回す。


「アッキーは……?」


 岸に戻ると、涙を一杯に浮かべた (ひとみ)でルロエに(たず)ねる。ルロエは首をゆっくり左右に振った。


「ねえ……アッキーは? いなくなっちゃった! 帰ってしまったの? どこに行ったの?」


 動揺する孫娘に、シャルロが答える。


「湖神様の元へ行ったのは確かじゃ。しかし、その後どうなるのかは……ワシらには分からん」


「ここに帰ってくるの? もう帰ってこないの? どっちなのおじいさま!」


 エシャーは (かが)みこむと、シャルロの両肩に自分の手を置いて尋ねた。


「普通の臨会ならば、ひと時もせずに戻ってくるはずじゃ……普通の……ルエルフのお伺いならのぉ。今回は、本当にワシにも全く予想は出来ん。待つしかないのじゃ」


 エシャーは 中腰(ちゅうごし)に屈んでいた状態から、そのままペタリと地面に (ひざ)をつき、力無く座り込む。ちょうどシャルロの目線とエシャーの目線が同じ位の高さになった。シャルロは孫娘を (いと)おしそうに両手で()き寄せる。


「大丈夫じゃ。きっとアッキーは湖神様とお会いして、何らかの答えをいただいて戻ってくる。しばらく待とうなぁ……」


 シャルロは 爪先(つまさき)立ち、孫娘の首を両腕で抱き寄せると、 (やさ)しく「トントン!」と頭を (たた)(なぐさ)める。


  外輪山(がいりんざん)のように村を (かこ)むルエルフの森。その南の空にポツンと現れた一つの「黒い点」に、まだ誰も気づいていなかった。



◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 篤樹は振り返ったまま、しばらく 呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。

 一瞬の出来事……遠くで聞こえていた鳥や動物の鳴き声も、 湖面(こめん)を流れていた風の音も、エシャーも……まるでカードが手の中で 一瞬(いっしゅん)の内に消えるトランプ手品のように「消えた」のだ。

  思考(しこう)がついて行かない。何秒か何分か分からないが、篤樹はとにかく「考えた」。パニックになって叫びだしたい気持ちを、グッと (おさ)える。

 首からぶら下っている「 渡橋(ときょう)(あか)し」をまた無意識の内にギュッと (にぎ)りしめていた。


 そうだ……ここは別の世界……不思議な事が 普通(ふつう)に起こる世界……だからきっと、これも普通のことなんだ。みんなが消えたけど……きっと何か意味があるんだ! そうに (ちが)いない……びびるな、びびるな俺!


 篤樹は目を閉じ、 深呼吸(しんこきゅう)を3回繰り返した。


―――・―――・―――・―――


 2年生の秋季大会代表選手選考の校内レース。1年生の後半から急に身長が伸びたせいか、篤樹は2年の夏には手足のリーチも伸び、 短距離(たんきょり)のタイムもグングン良くなった。

 面白いと思ってなかった部活も楽しめるようになっていた。タイムが ()びるという「成長(せいちょう)」を 素直(すなお)(よろこ)べた。だから「せっかくなら 成績(せいせき)も残したい!」という(よく)も出て来た。


 校内選考レースの結果次第(しだい)では代表に出してもらえる……先輩も後輩も無い「実力勝負」。そう考えると、期待と不安で 緊張(きんちょう)してきた。緊張して……放課後の部活が始まるまで、その日は何度もトイレに ()け込んだ。授業も耳に入ってこない。頭の中で何度もシミュレーションを ()り返す。そして……


「じゃあ、アップが終わったら1年から順に短距離タイム (はか)るからな!」


  顧問(こもん)の岡部の声がグラウンドに (ひび)いた時、篤樹は目眩(めまい)がして座り込んでしまった。そんな様子を見ていた同級生の 高山遥(たかやまはるか)が声をかけて来る。


「ど緊張じゃのう、若いの!」


「あ? なんだよ遥ぁ。茶化すな……」


 遥は篤樹の横にしゃがみ、顔を覗き込む。


「朝から顔色悪かったぞ、おぬし」


「んな事ねぇよ!」


「ハハ! バレバレだってぇの。なに、賀川? 今回はマジレースやるんすか?」


「いっつもマジでやってるよ!」


 遥が立ち上がる。


「良いなぁ、男子は! 胸が 邪魔(じゃま)にならずに走れて!」


「はぁ? お前、何言ってんの?」


「女子は結構大変なんだぞぉ。ほら、ウチは顧問がアレ1人だけだからさ。色々と女の子ならではの悩みも相談できないんよぉ」


 篤樹は遥とは何となく馬が合う。ただ、マイペースというか天然というか、不思議な子なので (あつか)いに(こま)ることも度々(たびたび)だ。この話し方もちょっと……特殊だ。


「んでなぁ……」


「ん? なに?」


  (はるか)は篤樹の手を取り立たせた。


「こうやるのだよ! 1回目、過去の自分を考える!」


 遥は大きく深呼吸をして見せた。


「はあ?」


「2回目、今の自分を考える!」


 遥はまた大きく深呼吸をして見せる。


「で、3回目な。何を考えるでしょ?」


 え? 1回目が過去? 2回目が今……じゃあ、3回目は……


「……未来?」


 篤樹の答えを聞くと遥は吹き出し、本当に楽しそうに声を出して笑った。


詩人(しじん)だねぇ、賀川殿(かがわどの)は。未来なんて分かるわけないでしょ!……なんも考えんのよ。なんもね!」


 そう言うと、遥は大きく3回目の深呼吸をした。


「考えたってしょうがない! 当たって (くだ)けるか、当たって ()()けるか、先のことは分からない! だから今までの自分を 発射台(はっしゃだい)にして、どうなるか分からんけど突っ走るだけなのさ。ほら、深呼吸!」


 篤樹は遥の (いきお)いに気圧(けお)されながらも、夕方のグラウンドで大きく深呼吸を3回やってみた。

 何だか、今まで変に緊張してたのが馬鹿らしくなり、気持ちが楽になる。遥は「よっしゃ! 緊張はほぐれたな? ではまたな!」と言葉を残し、 倉庫(そうこ)障害走組(しょうがいそうぐみ)が使うハードルを取りに駆けて行った。


 その直後の100m計測走で、篤樹は創部以来最高の選考タイムを出したということを、後から知ることになった。



―――・―――・―――・―――



 よし……行くか!


 篤樹は、どこまでも終わり無く続いて見える「橋の後方」を見るのをやめ、湖神様のもとへ向かう橋の 先端(せんたん)に向きを変えた。

 湖面にはボンヤリとした (きり)(ただよ)っている。湖の岸はどこにも見えない。ただドライアイスのような霧が漂う、広い水の上に桟橋が一本道で浮いているだけだ。

 木製の 橋脚(きょうきゃく)に当たる水の音が、チャプンチャプンとやけにハッキリ聞こえてくる。


 篤樹はもう一度「渡橋の証し」を (にぎ)った。(すず)のような感触(かんしょく)で重みはそれほどない。右手で握ったまま顔に近づけそれを確認してみる。見覚えのある形……重さ……かなり古い物のようだが、明らかに見覚えがあり、 (さわ)り覚えのある凹凸の感触……篤樹は 呆然(ぼうぜん)とそれを見つめた。 (かざ)()りになっている「中」という「漢字」……それは篤樹たち男子中学生が毎日着ている学生服のボタンだった。


「は? 何だ……これ?」


 篤樹はせっかく落ち着いた思考が、再び混乱し始めていることを理性的に感じていた。「まったく……次から次に……」という理性的な思考と「え? なんで学ランのボタンが? それにこの古び方? なんなんだ!」という混乱。


 とにかく、もう……いちいち考えてたってしょうがない!


 篤樹は何も分からない状況に腹が立ちながらも、とにかく湖神様に会って話を聞くという目的に支えられ、ずんずん30mほど先にある「桟橋の端」に向かい進んで行った。


 桟橋の端は 橋幅(はしはば)より広く、ステージのようになっている。


 あ、そう言えば湖神様の「呼び出し方」って聞いてないけど……


 篤樹は「ステージ」の手前で立ち止まった。


 この後「湖神様」に会うんだ……とにかく落ち着こう。ビビッたら負け、ビビッたら負け。尋ねるべき事だけを考えて……


 高山遥から以前教わった深呼吸を始める。

 

 1回目。スー!


 過去の自分……楽しみにしていた修学旅行……。バスの「事故」……転落して……「この世界」に自分一人だけが投げ出された……


 フー……

 

 2回目。スー!


 今の自分…… (くさ)れトロルに追いかけられ、 辿(たど)り着いたルエルフの村……エシャーたちと出会い、自分が異世界にいることを知り……どうやれば元の世界に戻れるのかを湖神様に聞くため、ここにいる。


 フー……

 

 3回目。スー!


 とにかく聞くべきことだけ考える。後の事なんか考えない。当たって (くだ)けるのか、それとも道が開かれるのか……よし! 楽しもう!


 フー……

 

 篤樹は「ステージ」へ足を ()み出した。そのまま橋の一番端までゆっくりと進む。


 いや……ホントに何か「呼び出しの 呪文(じゅもん)」とか無かったっけか? 聞いてないよなぁ……この後、どうすりゃ良いんだろうか?


 だが、篤樹の心配は湖面に起こった変化ですぐに消え去った。まるで空から (しずく)が落ちたような、一点の 波紋(はもん)の中心から小さな(あわ)が浮き上がり、やがてそれがゴボゴボと音を立て大きな泡へ変わっていく。


 湖の底から何か浮き上がって来るのが見えた。光の (たま)のように見える。それは、ほんの数秒後には 泡立(あわだ)湖面(こめん)()(やぶ)るように浮かび上がって来た。

 弱まった光の中に 人影(ひとかげ)が見える。篤樹は光の (まぶ)しさを()けるように細めていた目を、ゆっくり ()らしながら開き、その人影をジッとみつめた。段々と 輪郭(りんかく)がハッキリと見え、その顔が識別出来るようになって来た。


「は? あ、あれ?」


 篤樹は、よく知っているその人物に向かって驚きの声を洩らす。


「せ、 先生(・・・・)!?」


 光に包まれて現れた「湖神様」は、篤樹のクラス担任、 小宮直子(こみやなおこ)だった。


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