最終章 17 勇者 対 ザーツ・シュザット
出来ました。
「……気を使わせてしまったな」
リシェル=ナーグごと壁から突き抜けた、ライを見送り、ザーツは呟く。
「そうね……リシェルじゃないっていっても、やっぱり私達じゃ、どうしても躊躇ってしまうわ」
ガインの攻撃を避け、こちらに向かってくる魔人を倒しながら、ミーザは相づちをつく。
「お前は、特にな」
そんなミーザに、ザーツは突っ込む。
「うっ……」
リシェル=ナーグが姿を現した時にさえ、リシェルが側にいても狼狽えたミーザは、何も言えなかった。
「まぁ、いいじゃないか。
ライの奴なら、そういう事に関しては、ああ見えてしっかりしているし、それに、あの相手なら、ライの望みは叶えられるだろうさ」
ガインは、父として、ライが、リシェルと戦いたがっていた事を知っていたし、その望みが本来叶う事がない事も知っていた。
そこに紛い品が現れたのだ、ライにとって喜ばしいものだった。
「ああ、アイツなら大丈夫だろう。
それより……思った以上に弱いな、コイツら?」
実は、三人にとって、ライの評価は高く認められていた。
それに対し、残された魔人達は、口だけの者が多く、魔人化した際の暴走した感情と能力の上昇によって、粋がっていただけだった。
よって、既に半数以上、倒された事で尻凄み、腰を抜かしていた。
「……おい、お前ら?
これ以上は、無駄だと思うなら降伏しろ。
魔人化からは、戻す事出来ないが、戦う事を忘れ、田畑を耕し生きるなら、魔族領で生活する事を……移住する事を認める。
少しでも、虐げられた恨みが薄れる事を願う。
まあ、恨みを忘れる事も出来ないだろうし、忘れろとも言わん。
そんなのお前達次第だからな」
腰を抜かしている者、手を握りあって怯えている者達などを見渡し、ガインは提案する。
「だが、まだかかってくるなら、そいつらには手を抜かん。
全力で倒させてもらう」
槍斧を再び構え直し、隙を作らない。
それを見て、ザーツは、相変わらずこういう奴等を見過ごす事は出来ないんだな、と思った。
いい例が、レイやランの様な闇属性で捨てられた子供達、サウルの街……いや、街になる前の村、怪我や、心が折れ、荒ぶれた傭兵達を公正させ、街に発展させた事が過去がガインにはある。
(ああいう奴等をほっとけないんだな、結局アイツは……)
ザーツは、ガインを見て微笑む。
だが……
「戦う気がない者は退場してもらうよ!」
と部屋に声が響き、次の瞬間、部屋の中を液体が襲う。
液体は部屋にいる者、全てを襲った。
ガインは少しでも側にいる魔人達を助けようと動くが、ザーツと、ミーザが止め、ミーザは三人を囲む結界を張る。
また、神霊ミカエルが、目を覚まさないリシェル、レオハルトを同じく守る。
だが、ガイン達が倒した魔人達、戦意を失くした魔人達を飲み込みんだ。
その後は液体が現れた場所に逆戻りする様に引いていく。
引いた後、その場に魔人達全て存在しなかった。
「役にたたない奴等は、少しでも私の力になってもらわなきゃね?」
液体が全て引いた場所、謁見の間へ向かう為の扉の前にいた少女……〈変幻妖〉スランだった。
「……お前、魔人達はどうした?」
ガインは、スランを見据え問う。
その気配は、普段温厚なガインとは違う、重く、凍りそうな魔力を含んだ気配だった。
「もちろん……美味しかったです!」
てへっ、と悪気もなく、あっけらかんとスランは答えた。
「ッ!」
ガインはキレた。
「落ちつけ!
気持ちは分かるが、今のお前では、奴に勝てん」
スランに向かいかける、ガインを止め、ザーツと、ミーザは、ガインの前に立つ。
「アイツらの相手は、俺達がやる」
「そう、スランの後ろにいる奴も含めて……ね?」
「……後ろ?」
ガインは、そこでスランの後ろいる勇者アベル・ノーマンに気づく。
「……勇者、か?」
「そうだ、あれの相手は俺がやる」
ザーツは剣を抜き、勇者を見る。
「……貴様が、私の相手をすると?
確か、名はザーツ・シュザット、だったか?」
三年前とは違う、存在感……まさしく、神と思わしき気配を放つ、勇者の言葉は重くのし掛かる。
「ああ、そうだ!
俺が、相手だ」
ザーツも、負けぬと気圧を込め、のし掛かる気配を打ち払う。
「ふむ?
それなりの胆力はあるか……しかし、リシェルは死んだのか?
ウリエルのつまらぬ策にはまるとは、なんとも情けない」
感心と、落胆。
その様な顔で、勇者は表情で息をはく。
「ミカエルも、結局はそちらについたか?
封じた力も戻っている事だしな?」
「いえ、私は見届ける為に、ここにいます。
どちらが、この戦いに勝つのか……それを知る為に」
「ふん、好きにするがいい。
リア、お前はどうする?」
ミカエルに、興味が無くなった勇者は、スランを、失った恋人の名で呼び尋ねた。
「とりあえずは、魔王かな?」
顎に人差し指であて、考え相手を魔王ミーザとするスラン。
「そうか、では、頼んだ」
謁見の間へ向かう扉から、勇者と、スランはザーツ達の元へ向かう。
「魔王、貴女の相手は、私だよ。
……ここじゃなんだし?
ついてきてもらうよ……私の戦場に!」
ミーザの前に対峙した、スランは、ミーザの腕を掴み転移した。
ザーツと、勇者は、スラン達が消えたのを見届けた後、睨みあう。
「ザーツ・シュザット……お前の得意なモノは剣術だったな?
ならば、私は、それに合わせよう。
だが、その前に……面白い事をしようか」
勇者は腕を振り、ザーツや、ガイン達に見える様に、ある場所を写した映像を見せる。
「……あれは、サウル?」
映像を見た、ガインは呟く。
その呟きに、ザーツは肩を軽く震わす。
「そうだ、そこにいるガイン……だったか?
その通り、写っているのはサウルの街だ」
「何をするつもりだ?」
ザーツは問う。
「こう、するのさ!」
勇者は、指を、パチンと鳴らす。
すると、映像に写るサウルの街上空から、巨大な雷がら、街を破壊する為落ちる。
「なっ?
貴様……何を?」
ザーツは、いきなり攻撃されたサウルを見て、驚きキレた。
「落ちつけ……今度は、お前が落ちつけ?
ザーツ。
サウルは、無事だ……向こうに残ったアイツらを信じろ!」
先ほどとは、逆にガインが、ザーツの肩を押さえ止める。
「ガイン!」
「大丈夫だ……勇者が、こう行動する事を、ランが読んでる。
そして、アミルが、ベルフェゴールの能力で集めた魔力で防いでいる。
……ほら、映像を見てみろ」
言われて、ザーツは映像を見る。
雷が落ち、街を覆う砂煙が晴れ、写し出されたサウルは無傷だった。
ただし、薄くなった砂煙で可視化している結界が割れ、次の攻撃には対処出来ない事も知った。
「それも、ランが読んでいる。
神の力を得た勇者だって、これほどの遠距離攻撃、二度は無い。
……そうだろ、勇者?」
ガインは、勇者を見る。
「……なるほど、ランか。
ああ、その通りだ。
流石に次は無い……面倒臭いしな?」
「だとさ……落ちついたか?」
「ああ、スマン。
もう大丈夫だ」
長いため息をはき、落ちつきを取り戻したザーツは、肩にあるガインの手を数回叩き、勇者を睨む。
「まあ、ちょっとした小細工だったんだが、失敗だったな?
それよりも、スラン達は気にならないのか?」
勇者は微笑みで、ザーツに返す。
「心配?
俺が、ミーザの心配?
くっ、あっはははーー……はぁ。
お前、魔王であるミーザを知らなすぎだ。
お陰で、少し残っていたモヤモヤ感は、完全と消えたぞ」
勇者の言葉に、腹を抱え笑うザーツは、ミーザを思う。
「お前は、ミーザの事を……魔王を舐めている」
「へえ?
まあいいさ……ところで、ザーツ・シュザット?
魔族一の剣術の使い手だって聞いている。
その腕前、見せてもらおう」
勇者も、腰元から剣を抜き構える。
「ガイン……下がっていてくれ。
出来れば、リシェルのもと……いや、全員もっと下がってくれ」
勇者を見据えながら、ガインに指示を出す。
「……それほどか?」
「ああ、頼む」
「わかった」
ガインは、ザーツ表情と、気配で言われた通り下がり、ミカエル達も一緒に下がらした。
「もういいか?
じゃあ、いくぞ」
勇者は、間合いを詰め、剣を振る。
それを避け、ザーツは反撃する。
お互いの攻撃は避け、弾き、時には流され、隙を見つけて反撃しても、有効打一つなく、かすり傷もない。
二人のレベルは、既に剣聖を越え、〈零の極致〉は剣を握り集中すれば、当たり前に使える技術。
「なあ、神霊さんよ?」
ガインは、ザーツ達の攻防から目を離さず、ミカエルに声をかける。
「……もしかしなくても、私の事ですよね?
私の事は、ミカエルとお呼びください。
それで、何か?」
ミカエルも同じく、目を離さず聞き返す。
「いや、俺にはアイツらの剣が、ちっとも見えんのらだが……ミカエル、あんたはどうだ?」
「いえ、私にも、既に見えておりません。
もう私達では、あの戦いに割り込む事など出来ないでしょう。
……一人を除けば」
ミカエルは、レオハルトが抱きかえている、リシェルを横目で見る。
いまだ、リシェルは目を覚まさない。
「それは、目覚めればって話だな?」
「……そうです」
その間も、二人の攻防は変化しない。
「面倒臭いな……次の段階にいくか」
勇者は、変化しない攻防にあきたのか、〈刹那の零撃〉を使い出した。
「ふっ!」
ザーツも、勇者が〈刹那の零撃〉を使った事に、即座に気づき、ザーツも使い繰り出した。
ギキィキキィィンキキキキキィンキィーーーーー
二人の動きは構えたまま、止まった様に見えるが、なのに、剣が重なりあう音だけが、部屋に響く。
二人の速さについていける者なら、気づいたはずだ。
少しずつ体がブレ、違う体勢をとり、〈刹那の零撃〉を使い始める前の攻防と同じく、剣を避け、弾き、受け流している事に。
突然、二人は後ろに跳び、距離をとり、肩で息をとった。
「互角か……話に聞いた通りの実力だ。
もう一つ、最後の零も、使えるんだろ」
長い息をはき、口角を上げ、勇者は問う。
「……まあな」
ザーツも、剣を一旦下ろし、鼻でゆっくり息を抜き、目を瞑る。
通常、〈刹那の零撃〉を使えば、相手は反応出来ず敗北するのだが、使用し、実力も近ければ、残りは体力勝負
「精神の〈零の極致〉、身体の〈刹那の零撃〉、そして、魂からなる……魔力の〈零の制止〉。
最後のは、使い勝手が難しいが、これが無くては、その先にいけないからな」
ザーツは、目を開き、溜めた魔力を爆発させる。
〈零の制止〉は使用した魔力を瞬間的に千倍に増幅する事で発動し、魔力の量により発動時間は変わる。
発動すれば世界の時間が止まり、発動した者と、その者に触れている者、同じく発動出来る者だけが、その世界を体験し、話す事しか出来ない世界。
三つの零の、その先……三つの零を同時発動させる、全ての武による最高の技術。
その名も〈神に近づく零〉。
ザーツは、再び剣を構え、勇者も魔力を爆発させ、ザーツに備え構えた。
世界は、止まった。
「……これは?」
神霊ミカエルは、なんとか動かせる目で見渡せる範囲を見渡し、心境が声に出る。
「ほう?
どうやら、ミカエルだけが、この世界を関知出来たみたいだな。
神に順する神霊なだけはあるか?」
ザーツを見据えたまま、静かな世界に響いたミカエルの声をとらえ、感心した。
「だが、神霊のミカエルでさえ、この状態だ。
……ザーツ・シュザット。
貴様は魔族であり寿命が人族の倍以上あるとはいえ、ここまで来た事に称賛する」
勇者は、ゆっくりと間合いを詰める。
「そりゃ、どうも。
それは、神としての感想か?」
ザーツも詰める。
お互いが、既に剣の届く位置まで来た時、二人の身体がブレ、再び攻防が始まった。
「そうだ。
例えば、今、私が使っている剣は、三年前と違う物だ。
前の勇者の剣……聖剣は、私が、勇者の力を万全に身につけ、創造神の力も全て手にいれた事で、その力に対応しきれず消滅した。
新たに創造神の力で作りし、この剣、まさに神の為の剣。
神剣……なのだが、貴様の剣、確かに人が作りし物でも、見事な業物。
それを、貴様は詰め込めるだけの魔法で強化し、更に、今も、剣に魔力を込め続けている。
恐らく、その剣を手にした時より、魔力を与え続けてきたのだろう?
素晴らしい魔剣となって耐えている」
「……」
ザーツは黙って、剣を振り続ける。
「そして、貴様だ。
ザーツ・シュザット。
まさしく、魔族最強の戦士だ。
故に、ここで殺すのが惜しいな」
そう言った勇者は、ザーツとの攻防で、少しの躊躇いが出た。
ザーツは、ほんのわずかな隙を見逃さず、勇者の剣を大きく打ち払い、勇者は剣を持った腕が後ろに反り伸びきった。
「ここだ!」
素早く引き戻した剣を、鋭く勇者の首に目掛け、剣を振った。
ーパキィン
ザーツの剣は、勇者の首に当たる直前、見えない何かに遮られ、当たった部分が砕け折れた。
今度は、ザーツが剣を振りきった状態で、動きが止まり、勇者が伸びきった腕を強引に、上段からの切り落としを行った。
ザーツも、それに気づき左に跳ぼうとして、体勢を崩し、勇者の剣が、ザーツの右腕、肩と肘の半ばから切り飛ばされた。
ザーツの切り落とされた腕は、後方に血が飛び散りながら飛んでいき、ガイン達がいる場所前に落ちた。
落ちた衝撃で、握っていた剣は離れ、飛び散った血はガイン達に振りかかった。
ここで、時は、再び動き出す。
ガイン達は、ミカエルを除き、目の前にある場景が信じられなかった。
気づいた時には、ザーツの右腕は自分達の前に落ちていて、ザーツが傷を押さえ膝をついている。
そんなザーツに、勇者は剣を突き付けていた。
「ザーツが、負けた?
おい、ミカエル?
あんた、何があったかわかるか?
気づけば、ザーツが腕を……」
『それは……』
ミカエルは、時が止まった世界であった事をはなした。
それでもやはり、ガイン達は、この状況を信じられなかった。
それほどに、ガイン達は、ザーツの強さを知り、信じていたからだ。
「……」
ザーツは失くなった腕を押さえ、魔力で止血する。
「これが、神にいどんだ人の末路だ。
例え、神に近づく実力を持とうが、人が、神を殺す事など出来ない。
……だから、ここまで神に対抗出来た時点で、称賛すると言ったのだ。
ザーツ・シュザット……終わりだ」
勇者は突き付けた剣を振りかぶり、ザーツの首、目掛け剣を振った。
睨んでいたザーツは微笑む。
時間を稼いだかいがあったと。




