第7話 嫌な猫
第7話 嫌な猫
ギースが先に抜けて、俺とあんたのふたりだけになった連合で、
あんたは連合の箱の譲渡を、勝手に決めてきた。
俺は「謎の連合員」らしく、無言で連合にしがみつき抵抗した。
そんな俺に、最後だからとあんたは連合の全てを許した。
それがあんたの贖罪なのか、
それとも俺の抵抗など見抜いていたのかわからない。
その両方だったのかも知れない。
あんたは俺に管理者権限を与え、同時に最高の効果を持つ役職も与えた。
このゲームの「連合」では、連合員に「役職」を与える事ができる。
「役職」には、体力の回復を早めたり、獲得経験値の増加など、
ゲームを進めて行く上で有利となる、さまざまな効果がある。
そして全ての効果を持ち、連合員数に応じて効果が上昇していく、
「盟主」と「盟主補佐」、これはその「役職」と重ねづけが出来る。
「盟主補佐」、「軍師」、「阿修羅の道」。
あんたは全てを俺に与えた上で、この連合の全てを許すと言った。
だから俺はあえて無理難題をあんたに要求した。
直接会って、あんたと話したいと。
俺とらめーんさん、サーニャの3人は、その晩の22時合戦を休んだ。
サーニャはらめーんさんを放っておけず、このまま家に泊めることにした。
「島さんも泊まって行くだろ?」
「あ、俺は一旦帰らないと…猫がいるから。
でもすぐに戻るよ、何か必要なものはある?」
「んじゃ、明日の朝ご飯を何か頼むよ」
「了解」
自宅は店や「天珠黄龍」、サーニャのセレブマンションから遠くはない。
電車でたった2駅、その気になれば歩いてだって行ける距離だった。
ぼろぼろの木造アパートで、下宿屋との混同が激しく、
大家の部屋の前を通らないと、自分の部屋へたどり着けない、
非常にいやらしい構造になっている。
部屋に戻るなり、猫に顔面を蹴り飛ばされた。
嫌な猫である。
住民の名波さんという若い女の子が、近くの工事現場から拾って来た猫だったが、
この通りの凶暴性と、お世辞でも可愛いとは言えない容姿で、
住民全員の間でさんざんたらい回しになり、
「割と家にいるから」という理由だけで、最終的に俺に押し付けられた。
嫌な猫ではあるが、嫌な猫なおかげで、誰も俺の部屋にはやって来ない。
限界集落のように、人間関係が濃密過ぎるこのアパートで、
嫌な猫はプライバシーの防波堤として、大きな役割を持った。
だから今でも俺の部屋にいる。
らめーんさんのように大きく、そして筋肉バキバキのばあさん猫で、
元は灰茶の生地だったのだろうが、洗っても一向に落ちない、
ピンクやグリーンやらの派手なペンキの色と、
偶然が作り出した黒の幾何学模様が合わさって、ケミカルな事この上ない。
ヤク中が見る陶酔を、猫という形にまとめたらちょうどこんな感じではないだろうか。
ケミカルな猫に食事を用意して、トイレを片付けると、
買い置きしてあるレトルトの白飯だけ持って出かけ、
途中のコンビニでおかずを調達すると、またサーニャの部屋に戻った。
らめーんさんは泣き疲れて眠ってしまったらしい。
寝室らしい部屋から、ごうごうと安らかな呼吸が聞こえる。
「島さん、猫飼ってたなんて意外」
台所でサーニャがにやにやとしながら、俺の顔をじろじろと見、
アールグレイでもないくせに、やたらと香りの強い紅茶をいれてくれた。
サーニャの事だから、どうせイギリスあたりの高い茶葉なのだろう。
「どんな猫なの? 今度会いに行ってもいい?」
「だめだ、 それだけは絶対だめだ」
俺は思い切り顔をしかめた。
傷が動いてぴりぴりと痛んだ。
「なんでさあ」
「俺の顔見てわからないのか、あれはそういう猫なんだよ!
とても他人に会わせられるような、そんな友好的な猫じゃない…!」
「えー、でも見てみたいな」
俺はポケットからスマホを取り出し、あのケミカルな猫の写真を呼び出した。
猫好きにはめんどくさい性格のやつが少なくない。
こういう状況のために、あらかじめ最凶最悪の写真を用意してある。
「どうだ、これでもなお会いたいとほざくか」
「お、おう…すごいケミカルな猫だね…サイバーパンク?」
サーニャもあの猫を「ケミカルな猫」と表現した。
誰が見ても同じ表現になるだろう。
「てか何て名前なの? なんでこんなケミカルなの?」
「名前はない、アパートのやつが工事現場で拾って来た。
ちなみに当時はもっと色鮮やかでハードコアケミカルだった」
すると、サーニャは熟しきったかたばみのように、激しく笑い出した。
「島さん! この猫! 連合に欲しい…!
連合にいたら絶対すごい前衛になるよ!」
「さすがに前衛は無理だろう…でもまさかな」
そのまさかだった。