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第6話 敵対

第6話 敵対


当たり前だが、流行らない店でも開けておくだけで費用が発生する。

それでも俺が何ら困っていない様子から、サーニャはそう言ったのだろう。

俺にはあの店の他に、副業がある。

だからあの店が流行らなくても困らない。


世間ではそれが本業と思われているが、俺にとってはあの店が本業だし、

いい歳をした男が在宅の仕事では、周囲もあやしく思う。

俺にはどこか通うところも必要だった。


「『テツオ・タケモト』、俺知ってるよ。

ロシアの友達が本を持ってた、ヨーロッパで話題の本だって」


それもあの雪の日がきっかけだった。

あんたと遊びに行く事がなくなり、週末や夜が全くのヒマになったので、

小説を書いて応募したら、運良く賞を取った。

いちおう本にはなったものの、日本では売れずにいたところを、

サーニャのような在日の外国人たちによって、海外に持ち出され、

それがたまたまヨーロッパで評価された。

それ以来、文章を書く事を副業としている。


「副業だよ、そんなの」

「本業を超える副業って事ね…うん、俺納得!

ところでさ、らめーんさんてまた東京来るかな?」


ハンドルを握るサーニャは、窓から流れ込む風のようにぱっと笑った。


「来るだろ、あの人医者だから集まりとかあるみたいだし」

「今度会えたら、うちでパーティ開いてさ、たらふく食べさせてあげたいな。

もちろん島さんも呼ぶから絶対来てよ」

「絶対行くわ、俺もちょっとらめーんさんの限界見てみたい。

店で何か作って持って行くよ…」



日ごろ外部チャットで、らめーんさんに虐げられている俺たちは、

店に着くまでずっとにやにやしながら、反撃のプランを話していた。

そしてそのプランは10月に本当に実行されたのだが、

俺たちが彼の限界を見る事は叶わなかった。


店の前からもよく見えるあのタワーマンションの、

サーニャの白く、広い部屋で、彼があらかじめ頼んでおいた、

ケータリングのフレンチやら、鮨やら、

俺が店から持ち込んだイタリアンの前菜やらを、

まるで排水口へと流れるシャワーの水のように、口へと流し込んでいたが、

突然、フォークをからりと落として、


「ああ〜ん!」


と、大きな身体から、大きな声を、洗濯機で脱水するかのように、

力の限り絞り出して、泣き出したのだった。


「ちょっ…らめーんさん?」


サーニャがびっくりして、彼の許にかけ寄った。


「…患者さんが…俺の患者さんが、今朝早うに亡うなってしもてん、

まだ若いのに、俺と同い年なのに…!」


らめーんさんはたっぷり1時間は泣き続け、

サーニャもまた、彼の身体に腕を回して一緒に泣いた。

俺はこんなやつだから、ずっと「謎の連合員」と呼ばれるような男だったから、

涙を流す事もなく、ただ2人のそばにいるだけだった。


「その患者さんとは、大学病院にいた頃からでな…」


それからようやく落ち着きを取り戻し始めた頃、

らめーんさんはぽつぽつと、その患者の事を話しだした。

その人は同い年の女の患者である事、

開業した今でも、大学病院へは定期的に診察へ行く事、

10年以上にわたり彼女を診てきた事。

そしてその死因が病気ではななく、自殺である事…。


しかしらめーんさんも医師だ。

今までに何人もの患者の死を見ているはずなのに、

死なんて慣れっこなはずなのに、どうしてここまで悲しむ事が出来るのだろう。


そう言えば、連合掲示板でも外部チャットでも、

彼の実家の話は出てきても、彼の家庭の話はいっさい出て来ない。

そんならめーんさんの前に、同い年の彼女が現れ、

10年以上もの間、定期的に会う。

きっとたくさんの雑談を交わしたのだろう。

だから彼女には患者としてより、個人としての思いが強かったのだろう。

もしかしたら愛してさえいたのかも知れない。


俺にとって、あんたは愛ですらなかった。

友達ではあったけれど、それ以前にあんたは敵だったし、

あんたにとっても俺は扱いにくい連合員だったと思う。

嫌な敵だったと思う。


俺たちのいた連合「Sakura Breeze」は解散した。

リアル優先のまったり連合を変えるなんて、あんたでも無理な話だった。

あんたは名ばかりの盟主で、実権はギースや俺、古参の連合員にあった。

連合の解散を決めたのも彼だった。

俺とあんたはお互いを敵として対立した。


連合は0.5、1日につき15分の参戦を要求した。

そして連合員はちゃんとそれを守っている。

どうして解散なんかする必要がある?

どうしてギースの言うままに解散を許した?

俺はあんたを心から憎んだ。


俺は解散反対派の古参連合員、あんたは盟主という名の奴隷だった。


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