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第5話 粉雪

第5話 粉雪


「…島さん?」

「初めましてらめーんさん…すごい偶然」


俺と先客の大きな男はお互い見つめ合った。


「うわ! ほんまに島さんや! うわ…あ、初めまして、らめーんです。

男の人やったんや、俺てっきり女の人て思てたあ…」

「あ、そういう事にしといて」


それから合戦が始まってしまい、俺とらめーんさんは30分間無言になった。

「天珠黄龍」という仰々しい店名にそぐわない、

全てがぬるぬるした、小汚い店には俺たちしかおらず、

ただラーメンをすすり、チャーハンと餃子を食べる音しかしなかった。


「ここ穴場でな、ねぎらーめんが美味しい美味しい言うから、ずうっと来たかってん」

「俺は自分の店が近くだから、ちょくちょく来てる」

「えっ、うらやま!」


合戦のあと、俺たちはそんな話から始めて、

らめーんさんの仕事が午前中で終わった事もあって、

場所を俺の店に移して、ゲームの事…デッキやスキル、戦い方、

それから連合の事、冬の細かい雪のように積もったいろんな事を話した。

その中にギースの急成長も出てきたが、

彼とは「島左近」と「ペルソナ」の共通のフレンドである事、

彼もまた「島左近」を女だと思っている事、それぐらいしか話せなかった。


らめーんさんとの偶然で、昼寝出来ないまま、

開店時間を迎えてしまったが、元々ヒマな店にはどうせ客も来ない。

らめーんさんとはそのまま飲みになだれ込んだ。

ところが9時頃、まさかの来客があった。

俺と同年代か少し下ぐらいのサラリーマンらしい、一見の外国人客だった。

暗い金髪に青みの強い灰色の目をしていた。

かなりの地位にあるのだろう、スーツは地味でも仕立てや小物でわかる。


「いらっしゃい」

「『天珠黄龍』の近くに『INTERSECTION』て飲み屋があるから、

まさかとは思ってたけど…あの、『INTERSECTION』の島左近さんですか?」


俺もらめーんさんも目を丸くした。

どこからどう見ても、日本語など片言すら話せなさそうな、

日本にありながら一言の日本語も、学ぼうとも話そうともしない、

まるきり外国人の彼の口から、崩れのない日本語が流れ出て来るのも意外だったが、

それより…この客、『島左近』をわざわざ探しに来た…!


「…そうだけど、まさか『戦国☆もえもえダンシング』の『INTERSECTION』の人…?」

「はい、サーニャ…サーニャです!」

「なんと、あのサーニャか…!」


らめーんさんがすっとんきょうな声をあげた。


「あれ? もしかして『らめーん』さん?

いつも外部チャットに飯テロ画像貼り付けの?」

「そうそう、そのらめーんです〜俺はたまたま偶然でな、よろしくなあ。

でもサーニャ、ようここが分かったなあ…わざわざ探しに来はったんかあ?」

「『天珠黄龍』、入った事はないけど出前はよく頼んでるよ。

うち、すぐそこのマンションだから…最近出来たばっかのあれ」


「天珠黄龍」や、この店のある通りのすぐ近く、駅の裏手に、

できたてのタワーマンションがある。


「あ、あのマンションの住人なのか」

「らめーんさんが連合板で、東京の『天珠黄龍』に来てるとか言うし、

島さんもあの店知ってるみたいだし、それで」


俺は冷蔵庫のハムとチーズを切って、皿に盛りつけると、

らめーんさんが飲んでいるのと同じ、透明のゆるいカクテルを作って出した。

「鮮美透涼」、ここを開く前にいた店で教わったやつだ。

柑橘やらシロップやらでサイダーみたいな味がするが、

かすかにハーブとハッカの香りがする。


「ま、飲みながらゆっくり話そう、今夜は俺のおごりだから。

サーニャも時間は大丈夫なんだろ?」

「22時、俺ら3人リアル参戦やな」


らめーんさんも一緒に笑いかけると、

サーニャも笑顔を返した。


「もちろん」


俺とらめーんさんが、サーニャはまず手数が多いから、

マウントや応援が強くなるであろう事で同意し、

そのために何がどれぐらい必要なのか、どういうデッキにしていけばいいか、

合戦ではどう立ち回るのか、らめーんさんが詳しく説明してくれた。


そんならめーんさんは、翌日のお昼を「天珠黄龍」でもう一度一緒に食べ、

新幹線に大量の駅弁と飲み物を持ち込み、大阪へと帰って行った。


「…そういやサーニャはなんで『サーニャ』なんだ?」


東京駅からの帰り、サーニャの車で店まで送ってもらった。


「あ、俺ね、本名が『山中アレクサンドル』。

死んだ嫁の苗字が『山中』だったから、『山中』なんだけど、」

俺自身は在日ロシア人2世、だから『サーニャ』」

「女かと思ってた」

「女でいいさ、『山中』ってどこにでもある、つまんない苗字だけど、

日本生まれで日本育ちでも、所詮は在日外国人でしかなかった俺にとっては、

日本国籍を与え、その暮らしをスムーズにしてくれる宝物だよ。

それに『山中』と名乗るたびに、死んだ嫁がそこによみがえる…いいだろ?」

「いいね、素敵だ」


雨は昨夜のうちに上がり、開けた窓からは少しひんやりとした風が、

歌うように流れて、俺の髪を撫でる。


「…島さんは? やっぱり『島左近』?

てか、あのお店、失礼だけどあんま流行ってるようには見えない。

それとも何か他に収入がある?

アフィリエイト…なわけないよな、あのブログにはそんな広告ないし」


さすが鋭い、自分で会社をやっているだけある。


「帰ったら本名の『武本哲生』で調べてみたらいい。

いや…『テツオ・タケモト』の方がたぶん出やすいか」

「あ、まさか」


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