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第4話 天珠黄龍

第4話 天珠黄龍


「はじめまして、サーニャと申します。

まだ始めたての初心者なのですが、このブログを読んで、

勉強させていただきたく、連合に入りたいのですが、

どこに申し込めばいいのですか?」


連合の様子を淡々と綴るだけの、あの異質なブログ「左近の夢」に、

コメントを寄せて来た「サーニャ」なる人物は、まだ初心者らしい。

名前からして女の人だろう。

俺は外部アプリのユーザー名を返信欄に書き込み、

場所を個人チャットに移した。

「サーニャ」さんからはすぐにチャットが飛んで来た。


「サーニャさん、コメントありがとうございます。

連合は参戦率2、1日60分以上なのですが行けますか?」


俺は定番の答えを返した。


「ううーん、まいったな…私、自分で会社やってるんです。

だから、22時は確実に参戦できるけど、

12時と19時はどうしてもお客さん次第になっちゃうし…」


彼女の会社はこんなヒマな、従業員も俺1人だけの、

小さなダイニングバーなんかとは訳が違うらしい。


「申し訳ないけど、参戦2を確保出来ないと連合では受け入れられないです。

…が、参戦率を確保でき次第、すぐに受け入れるし、

連合に所属しなくても、ここでも個人授業が受けられます」

「ほんと? じゃあ…始めたての人は、何をしたら早く成長できますか?」


それから開店時間ぎりぎりまで、サーニャさんは熱心に質問し、

俺も画像を使ったりして、出来るだけ細かく返事を返した。

クエイベについて、カードの育て方、デッキの組み方、必要なスキル…。



「島左近」の活動をしていて、新規や短期の連合員たちから、


「やっぱり好きな武将は島左近?」


と、たびたび聞かれる。

まさかあんたの本名である、「島村左近」の短縮と言う訳にもいかず、

そういう事にしているうち、「島左近」という武将に誰よりも詳しくなってしまい、

今ではデッキの筆頭武将も「島左近」にしている。


「でもアイコンは『米沢上杉家』だよね?」


このツッコミにもすっかり慣れてしまった。

「[無銭承知]米沢上杉家 SSR」、江戸の庶民が新品の釜の金気を取るために、

「上杉」と書いた張り紙をしている光景が描かれてある。

このカードはあんたにとって特別なカードだった。

あんたはこのカードの絵柄に心底惚れ込んでいた。

このカードをたった1枚引くためだけに、ゲームをしているようなもんだったから。

あの雪の日の前も後も、このアイコンだけは変わらない。


「『島左近』も今は強くていいカード何枚も出てるんだし、

島さんもアイコン変えたらいいのに」


ゲームに復帰したギースもそうLINEで笑っていた。


「ところでいつ東京に来る?」

「そうだな…今まだ片付けが残ってるから、本格移住は秋になるかな」

「ふうん? まあ来たら教えてよ、祝いぐらいはしてやるから」

「じゃ、お前のおごりでうんといい酒頼むよ」


そんな話をしたものの、ギースからは引っ越しの日取りはいつなのか、

引っ越し先は都内のどのへんになるかなど、

具体的な予定を知らされる事はなく、夏が終わって行った。



9月に入って、一度は加入を断ったサーニャさんが、

参戦率を確保したとの事で、連合への加入を許可した。

あのブログにコメントをくれた時点では、まったくの初心者だった彼女だったが、

あれから必死でクエイベを走ったらしい。

レベルも250を超えて、戦力も190万近くに成長していた。

自分で会社をやっているだけあって、課金力もあるらしい。


初心者で、かつ課金力もある、

サーニャさんの成長が速いのは何ら不思議ではなかったが、

復帰者ギースの急成長は意外だった。

もともと強い前衛ではあったし、何より彼には奥さんというさらに強い師匠が身内にいる。

だが今までのギースはあまりにも忙し過ぎた。

転職を決めて余裕が出来たとは言え、400万前後の戦力が、

1ヶ月もしない間に500万近くに増えるなんて、

普通の会社員で、家庭持ちの彼にしては尋常じゃない速度だ。

これはあのらめーんさんを抜く日が来るかも知れない。


そろそろ肌寒くなってきた雨の日の昼だった。

帰って飯を作るのも大儀なので、店の近くの中華料理店に入った。

いつ来ても薄暗く、小汚い、触れるもの全てがぬるぬるした店だ。

やはりぬるぬるした赤いカウンターには先客がいる。

こんな店に新規かよ、そう思ってその客に目をやった。

薄いピンクのワイシャツ姿の縦にも横にも大きな男だ、

ラーメンのどんぶりがまるで女物の茶碗のようだ。


「ねぎらーめん、大盛りおかわり」


男はスマホ片手にラーメンをすすりながら、関西なまりでもごもごと追加注文をした。

らめーんさんじゃあるまいし…俺は苦笑しながら同じカウンターに座り、

タブレットを取り出してゲームにログインした。

11時37分、少し早いか。

「ペルソナ」の方は12時戦を欠席と前もって言ってある。


“黒暗人都ねぎらめーん屋いん、なんか隣にらめーんさんみたいな先客がいる”


連合掲示板に書き込むと、らめーんさんよりすぐに返信が来た。


“えっ、島さんも? 俺もねぎらめーん屋いんだよ?

出張で東京の『天珠黄龍』てとこ〜”

“ねぎらーめん、大盛りおかわり”


すると、男が振り向いた。

麺をすすっている最中ではあるが、あの飯テロ画像に映り込んだのと同じ顔だった。

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