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第22話 霊園

第22話 霊園


ゲームが終了して、ひと月たった頃だった。

サーニャのロシア行きが決まった。


「くそう、今度こそらめーんさんの限界を見たかったのに…」


暇乞いに部屋にやって来たサーニャは、悔しそうに何度も繰り返した。


「安心しろ、俺が代わりに見といてやる」

「頼んだよ島さん」


俺たちはあのケミカルな猫の視界に入らないように、気をつけていたが、

それもむなしく俺は顔面に突きを、サーニャは腰に蹴りを喰らってしまった。


「…ケミーともやっとおさらば出来る」

「切実にうらやましいよ」

「島さんも早くうちのマンションに越せる日が来る事を祈るよ」

「本当に早くそんな日が来る事を願うよ」

「が…がんばれ、島さんファイト」


サーニャは傷だらけでロシアへと旅立って行った。

それと入れ替わるようにして、らめーんさんが東京に越して来た。

俺が引っ越すより先に、彼はあのセレブマンションに部屋を借りた。

理由は至極簡単だった。


「だってねぎらめーん屋のすぐ近くやもん」


でも彼と「天珠黄龍」で遭遇する事はなかった。

…たまには来ているんだろうけど。

そんならめーんさんはある真夜中、俺の店に新しい長靴を持って来た。


「島さんの長靴、ずうっと借りっ放しでごめんなあ。

あれ、俺の足がでか過ぎて壊してしもた…そやから代わりに新しいのん」

「わざわざ…そんなのいいのに。

ところで『天珠黄龍』でも見かけないけど、新しい仕事忙しいのか?」


すると、らめーんさんはむおーんと唸るような泣き声をあげた。

もちろんらめーんさんの泣き声だから、店の外にまで響くような大音量だ。


「せっかく東京越して来た言うのに、全然『天珠黄龍』行けてへんね…!

ねぎらめーん、ねぎらめーん…ああん、ねぎらめーん食べたいよう!」


あんまり泣かれても近所迷惑なので、店で作れる限りの物を出して、

始発電車が走り出す頃に送り出してやった。

らめーんさんはすっかり機嫌が直って、ボタンが弾け飛んだワイシャツの隙間から、

ぷりぷりと肉をはみ出させながら、軽い足取りで仕事に出かけて行った。

それ以来、またらめーんさんを見かけることはなくなった。

とうとう誰も彼の限界を見る事は出来なかった。



あんたの月命日に横浜へ行くついでに、

鎌倉に住む軍師のケイさんに、近場の人たちで集まらないかと相談し、

やはり横浜市内に住む後衛の都さんと甲斐さん、

それから川崎に住む前衛の千代子さんこと、通称おばさんと待ち合わせて集まった。

もうゲームは終了したから、こうしてリアルで会うのももう自由なのだ。


やっぱりみんな「島左近」が男の俺だって事に驚いていた。

それ以外はみんな、連合掲示板や外部チャットでやりとりしている通りだった。

ケイさんは服に毛玉の多い、生活感たっぷりの主婦だったし、

都さんは水商売で声の焼けたケバい姉ちゃんだったし、

甲斐さんは背こそ低いけど、その裏返しかやたらおしゃれな大学生の兄ちゃんだった。

おばさんは最年長らしく、もうだいぶ髪の白い、太ったおばちゃんだった。


「…で、島さん。なんで行き先がカラオケとかファミレスじゃなくて、

こんな寂れた墓地になる訳?」


いよいよ濃さを増して来た芝生の中を、みんなでぞろぞろと歩きながら、

甲斐さんがぼやくように言った。

するとケイさんがすかさずそれに答えた。


「あ、島さんがちょっと用事あるんだって。

てか、このオフ会自体そのついでだし」

「亡くなった彼女のお墓参りとかじゃね?」


都さんがけたけた笑いながら俺を冷やかす。


「彼女じゃないけど…今日はみんなにも知って欲しい事がある。

だからここに来てもらった」


同じような墓が並ぶけれど、俺は迷わない。

あんたの墓を見つけて、立ち止まる。


「誰のお墓?」


ケイさんが墓石にあんたの名前を探そうと、じろじろと探るように見た。


「島村左近…俺とギースの友達で、俺が『島左近』として活動する事になった、

そして連合『INTERSECTION』設立のきっかけになった人」

「島村左近…島さん、ひょっとして」


今度はおばさんが俺の目の奥を探った。

でも、甲斐さんがしゃがみこんで、その身体をより小さく丸めて、

あんたの墓に手を合わせて、目を閉じた。


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