第21話 彼女の写真
第21話 彼女の写真
連合「INTERSECTION」は、春の「天下統一フェス」で優勝し、
新しく覇者として君臨した。
「ケミー」さんが王者「ケミカルテイルズ」に、立つ事も得点をあげる事も一切許さず、
30分間きっちり大得点をあげ続けたからだった。
「ケミカルテイルズ」には以前、「まいける」という名前の、
ちょうど「ケミー」さんの前衛版みたいな人が、エースとされていたけれど、
その人ももうとっくに引退しており、
王者とは名ばかりでまるきり相手にならなかった。
「ケミー」さんの中にも変化があったのが、大きな勝因だった。
俺たち「ケミー」さんの中の人たちは、新しく「あぇるぅす」さんを構成員に加えていた。
あぇるぅすさんこと、名波さんは彼女の最初の飼い主で、
しかもバカかと思うほどの猫好きだったから、
「ケミー」さんのトレーニングは実に的確で、その効果は大きかった。
そしてその翌日の午後、「戦国☆もえもえダンシング」はサービスを終了した。
サービス開始から数えて9年と7日だった。
あの小型タブレットに、もうゲームは起動せず、
「島左近」が、あんたが、そこに現れることもなかった。
「…ねえ、そういやなんでてっちゃんが『島左近』なの?」
真夜中の、灯りを落として真っ暗の店内で、
名波さんは白い手を、俺の背中にぼうっと浮かび上がらせて言った。
「私の知ってる島さんは女だったよ。
横浜に住んでるけど本当は鎌倉の方が近くて、私より10歳近く年上で、
ゲームが好きで、ゲームアフターゲームみたいな人で、
年上なのにどこか頼りなくて、年下の私の方が年上ぽくて…」
名波さんこと、あぇるぅすさんは確か、あんたのフレンドだったな…。
何とも嫌なつながりで、嫌な巡り合わせだな。
「…俺の知ってる島さんもそんな人だったよ」
「ねえ、もっと島さんの事話して…島さんはなんであのゲームを辞めたの?
どうしてアカウントをてっちゃんに譲ったの?
てっちゃんはどうやって島さんと出会ったの…」
「あぇるぅす」さんはずっとあんたのフレンドとして、
「島左近」のフレンド一覧の上の方に記載されてあったけれど、
一体いつからなのか、どういうフレンドなのかは知らない。
俺は淡い水色のスーツのスカートからはみ出して、山を作る膝に手を置き、
そしてそれを外側へとそっと押し倒して、あぇるぅすさんの言葉を遮ろうと試みた。
でも彼女は指で逆に誘って、俺をあざ笑った。
「私、男はそんなに好きじゃないの。
でも女の身体って便利ね、今がその使いどころ…そう思う。
何だってしてやる…私、島さんの事なら何でも知りたいの」
俺はあんたの何もかもを知りたくはなかった。
だから、形見分けでもらったあんたのスマートフォンを、
今でも開いて中を見る勇気がなかった。
あんたに恋人がいたのかどうか、誰を思っていたか、
俺をどう思っていたか、知る勇気がなかった。
名波さんことあぇるぅすさんは、その晩ずっと憎い憎いと泣いて、
俺の背中に爪を深く食い込ませて、首筋にと無数の傷を作って、
始発の電車で、あのアパートのあの猫部屋へと帰って行った。
俺は後片付けがあったから、帰ったのは昼近くになってしまった。
11時42分。
いつもならゲームを立ち上げて、連合掲示板に持参の奥義名を添えて、
インの宣言をする時間だったが、それももうないのだ。
もちろん、12時になっても合戦なんか始まる事ももう二度とない。
1日3戦、すっかり染み付いた習慣だったから、
それが生活の一部になっていたから、なんだか落ち着かない。
机の引き出しにしまってあった、あんたのスマートフォンを取り出して、
充電ケーブルにつないで、電源を入れる。
フォルダをひとつひとつ開いて、その中身を確認していく。
あんたはメールもあまりしないし、LINEに至ってはアプリすら入っていない。
俺との待ち合わせだって、電話だったぐらいだ。
写真はそこそこ撮っていたらしい。
何かのゲームのスコアなどの画面を写した物が大半で、あとは食べ物と風景、
それから髪の長い女の子の写真が数枚だった。
驚いたのはその写真がベッドで撮影された物だって事。
被写体の女の子はとろけるような笑顔だったけれど、裸だって事。
その女の子、俺も知っているよ…あぇるぅすさん。
…フレンドなんかじゃない、あぇるぅすさんはあんたの彼女なのだ。
だから彼女はあんたの事を全て知りたいし、俺の事が憎くてたまらない。
あのゲームであぇるぅすさんが男だったのは、それが彼女の願望だったから。
ゲームの中でなら、ふたりは男と女でいられるから。
そしてきっとあんたも彼女を愛していた…。
だって写真はこんなにも光をたくさん含んで、暖かく美しい。
あんたは本当に嫌な女だね、俺はあぇるぅすさんが写る写真を全て削除した。
きれいな思い出にして、忘れることも許さないのか。
力で犯して、使ったちり紙のように捨てることも叶わないのか。
俺はこんな気持ちをどうしたらいいのだろう。
…今さらながら、あんたが憎い。




