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第20話 星星之火

第20話 星星之火


「俺は新しい仕事始めるし、そっちで忙しくなるかな」

「あ、俺も。新しいプロジェクトでゲームどころじゃないかも」


らめーんさんが連合掲示板でそう返信したのを皮切りに、サーニャも続いた。

すると軍師のケイさんもサーニャの次に書き込んだ。


「私はもう子供たちも大きいし、ヒマだから何か別のゲームやろっかな?」

「俺はこのゲームで課金し過ぎたから…まずは競馬で取り返して、

それから思い切り酒飲みたいな、出来たら女の子のいる店で」


言い出しっぺのあぇるぅすさんも書き込んだ。

すると、らめーんさんがそれに返信した。


「酒なら島さんとこにいっぱいあるよ、女の子はいないけど」

「ちょっ…らめーんさん!」

「えっ、マジ? 島さんお店やってたんだ? 初耳」


…まあいいか、このゲームももう終わる。

俺の仕事ぐらいは話してもいいだろう。


「自分ひとりの小さな店だけどね」

「てか、らめーんさんと島さん、リアで会った事あるんだ?」

「はい! なんと! 俺も一緒です!

時々のらめーんさんより、むしろ俺との方が良く会うかも?」


サーニャもすかさずそれに乗っかった。


「俺の家ね、たまたま島さんのお店の近くでね、

今じゃ親友レベルの頻度で会うよ」

「あぇるぅすさんも確か都内住みやんな?

『天珠黄龍』てねぎらめーん屋さん知っとる?」

「汚くていつやってるかわからないし、おっちゃんも気難しくて、

入りにくい店だから、ラヲタにはまだ知られてないけど、

『天珠黄龍』は有名だよ、ねぎらめーんの穴場」


あのぬるぬるした小汚い店だもんな、「天珠黄龍」は。

店のおっちゃんも接客とはほど遠い無愛想さだもんな。


「そこのすぐ近くやねん、『INTERSECTION』てちっさいバー」

「えっ…」



案の定、翌日の23時過ぎ、店にあぇるぅすさんがやって来た。

彼は連合掲示板や外部チャットで、しょっちゅう競馬の事を書き込んでいたし、

ギースに劣らぬ色好みで、通報ぎりぎりの下ネタだって平気でぶっ込んで来る。

ゲームの中では女で通している俺なんか、そのいい餌食だ。

「島さんやらせて」、なんで俺がおっさんなんかとやらなきゃいけない。

そんなあぇるぅすさんだったが、その正体は意外な人物だった。


「…まさかてっちゃんが島さんとはね」


まず、初対面じゃなかった。

ヒマな店の数少ない貴重な常連客のひとりだった。


「俺も…まさかあんたがあぇるぅすさんとは思ってなかったよ」

「らめーんさんの『INTERSECTION』は決定的だったね。

連合とおんなじ名前の店名だったから、最初なんとなく入ってみたら、

偶然てっちゃんがいて、それで通うようになったけど…。

まさか店名の由来が連合で、それも島さんのお店なんてね」


壁もインテリアも暗い色調の店内で、

あぇるぅすさんは空になったグラスを俺の前に押しやった。

青のわずかな照明がその細い指の先を照らし出して、

きれいにマニキュアの塗られた桜色の爪を藤色に染めた。


そして、あぇるぅすさんはおっさんなんかじゃなかった。

40代の俺から見れば、30代前半とまだまだ若い女の子だった。


「…『ケミー』さんて、あれ私が拾って来たあのケミカルな猫でしょ?」

「バレてたか」

「『ケミー』て名前の時点でもうバレバレ」


女は名波真紀、この店の近くの会社に勤めている。

仕事帰りのよれたスーツをいつも着崩してやって来る。

あのケミカルな猫をアパートに連れ込んだ、張本人の「名波さん」で、

同じアパートの同じフロアの住民だった。


「おかげでとんだ迷惑だね」


これで2杯目、俺は新しいグラスに「迅雷」というカクテルを作って出した。

この店を出す時に、カクテルの師匠である和田さんから贈られた、

「ユニティ」の人気メニューだった。

同じ和田さんの弟子で、先輩の道村さんのお店「プラネタリー」でも、

この「迅雷」はメニューに載っていて、やっぱり人気だった。


名波さんこと、あぇるぅすさんは2杯目に必ずこの「迅雷」を頼む。

ハーブのちょっと青い香りと、ベースのジンライムの適当な強さが2杯目なのだろう。

「迅雷」の次は、ジンライムベースつながりで辛味と酸味の強い「神算」、

あとは気分次第だけど、最後はオレンジがメインで甘ったるい、

「星火」をダブルで頼むんだよな。

でも今夜はその2杯の「星火」のひとつを、俺に返して来た。


「今夜はてっちゃんも飲んでよ」

「どういう風の吹き回しだか」

「そんな気分、島さんやらせてよ」


あぇるぅすさんはいつもの下ネタをぶっ込んで、それから隣の椅子をぽんぽん叩いた。


「やだね、お断りだ」


今夜もどうせ客は来ない、表の灯りを落として俺はその隣に座った。

朝はシトラスだった香水も、今はもう残り香のムスクだった。

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