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第2話 左近の夢

第2話 左近の夢


「…は?」

「俺ね、転職決めてきたんだ…だからね?」

「嫁さんいるだろが」

「そこはもう解決してるさ、問題ない。

ペルソナは今まだ東京だよな? 近いうちに俺らも東京行くからよろしく」


顔をしかめる俺は無視かよ、ギースは楽しそうに連合員らへの挨拶を書き込んでいた。

彼は小柄で濃いめの童顔だったし、この夏の暑さで少し痩せたその様子は、

40をとっくに過ぎて、毎日を灰色のスーツで過ごす今でも少年のようだ。


「やめろ、夫婦して」

「お前はまだ独り? 開業したし、いい加減嫁さんもらっても良くね?」

「嫁とか邪魔なだけだろが、仕事の付き合いってのがある」


ギースの転職より先に、俺の方が先に転職していた。

最初は工場に務めていたが、東京の工場に転職し、

それから今の飲食の世界に入り、自分の店を持つに至った。

理由はやはりあのゲームだった。

金よりも時間が欲しかった。


「島左近」は「ペルソナ」を引き連れて、連合「INTERSECTION」を立ち上げた。

あの雪の日の翌朝だった。

始まりはたった2人だけの連合で、そのまま静かに終わろうと思っていた。

ところが俺が引き継いだのは、「島左近」という命だけでは済まなかった。

引き抜かれた先で出来たのだろう、あんたのフレンドという人が加入申請して来た。

それを皮切りに、少しずつ連合に人が集まりだした。


人が集まってしまうと、俺ひとりの連合ではなくなってしまった。

連合員たちに与える報酬のために、合戦に勝つために、

定員は20人、満員御礼を維持していかなければいけなくなった。

当然、連合員の募集もかけなければいけない。

そこでブログの登場だった。


「左近の夢」。

ブログ名の時点で、すでにゲームとは何の関係性も見いだせない。

その内容もまた、略法でもカードの評価でもなければ、スキルの考察でもない、

ただただ、「INTERSECTION」という連合の事だけを淡々と綴るだけだった。

合戦やクエイベでの成績や記録、連合内で起こったささいな出来事、

それから時々、連合員募集の求人を載せているだけだった。

そこに俺個人の感情など一切なく、むしろ排していると言ってもいいだろう。


かなり異色のブログだったが、それゆえにないに等しい競合の中で、

いっそう際立って、「島左近」と連合「INTERSECTION」の存在を、

あのゲームのプレイヤーたちに知らしめる結果となった。

「島左近」と言えば、あのブログの中に出て来る連合の盟主。

「INTERSECTION」と言えば、あのブログをやってる人の連合…。


そんな「島左近」という活動は、俺の日常を圧迫した。

連合の盟主としては、まったく成長しない訳にもいかなかったし、

勧誘や除名、合戦イベント時には前衛の人選、敵の選択など、

やる事は思いのほか多かった。

だから俺は仕事を変えた。


「ギースさん、お久しぶりです」、俺はギースがトイレに立った隙に返信した。

かばんの中から、小型のタブレットを取り出して。

あの雪の日を境に、俺はかばんなんかを持ち歩くようになった。

この小型タブレットのためだけに。


別のスマホを持って、そこにデータ引き継ぎをすれば、

かさばらなくていいって、みんな思うだろう。

でもそれだけはしたくなかった。

このタブレットは「島左近」、あんただから。


突然連合に加入したギースもギースだが、

あんたはそれ以上に狡猾だったし、用意周到だった。

「お久しぶりです」の挨拶ひとつにも、いちいち凝った顔文字を使うのが、

このゲームでのやりとりの主流だが、

タブレットのユーザー辞書は非常によく学習されており、

「島左近」らしい言葉や顔文字が、変換候補の最初の方に出て来るようにされてあった。

何より、それらを使う俺があんたをよく学習していた。


ギースとは22時合戦の1時間ほど前に駅前で別れた。

俺は実家に帰るでもなく、近くの喫茶店に入って、

背の高い観葉植物の陰になった、奥の席に隠れるように座ってアイスティーを頼み、

テーブルにスマホとタブレットを広げて、ゲームにログインした。

ギースはもう彼の実家に着いたらしい。


ログインの宣言はいつも、「ペルソナ」を先にしていた。

「島左近」は開戦の3分前までは無言にし、ギリギリにインの宣言を出すようにしている。

あんたがそうだったから。


「Sakura Breeze」にいた頃は、その人数の少なさから、

ギースはもちろん、あんたも俺も、全員が前衛をやらざるを得ない状態だったが、

「INTERSECTION」は人員も十分、強い前衛も5人以上おり、

「島左近」や「ペルソナ」が前に立つ必要はほとんどなかった。


「開幕マウント確保、維持。後衛は起こしながらHP上げ」


開戦1分前、軍師のケイさんがいつものように開幕の動きを指示した。

奥義は一定時間追加攻撃を発生させる「黒暗行軍」、事前に打ち合わせ済みだった。


「Sakura Breeze」時代、軍師であったギースはたまにしか指示を出さない。

全てはお互いの暗黙の了解で合戦は進行していた。

軍師がちゃんと軍師の仕事をしているのも、俺やギースには驚きだ。


ケイさんが連合の軍師となったのには、少々特殊な経緯がある。

だって、彼女はもともと短期の連合員だったのだから。


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