第18話 充分な時間
第18話 充分な時間
「まじ?」
「ケミテイルの人から聞いたから、かなりほんまや。
今、サーニャが人脈使うて裏取ってる、あとで合流するて言うてた」
らめーんさんを部屋に通して、
あのケミカルな猫に食事を用意しながらその詳細を聞く。
「いつ頃終了の予定?」
「4月末、春のフェス終わり。プレイヤーへの告知は3月末」
「オフライン化とか、アーカイブ化とかの予定はある?」
「そんなんある訳ないやん、ソシャゲやもん」
…そうだよな、ソーシャルゲームだもんな。
しかも、あの「戦国☆もえもえダンシング」だもんな。
そんな親切なサービスある訳ないよな。
それから1時間もしないうちに、サーニャも合流した。
彼が持って来た結果は、やはりサービス終了、
それも決定的だった。
「仕事の人脈たどって行って…最後は運営の社員にたどり着いた」
この話は告知まで連合には言わない事、
サービス終了後も、「INTERSECTION」はサークルとして存続する事、
でもさすがに「ケミー」さんは、サービス終了で引退する事。
俺たちは遅くまで話した。
日が変わる頃、明日も仕事だからとサーニャが帰って行った。
「あれ…? そういやらめーんさんは?」
「あ、今夜ここに泊めて? 今から雪の中ホテル帰るのも大変やし」
「それはもちろん。…でもなんで東京にいるの?
まさかわざわざこの事のためだけに上京してきたとか?」
らめーんさんはうふふとだけ笑って、散らかった机の上からアルバムを探して開いた。
わざわざ探して見るもんなのかよ、あんたの写真は。
「島さんはこの写真の初代島さん…それからギースさん…、
亡くなった人をどれくらい思うとる?」
「えっ…」
俺は驚きに言葉を詰まらせた。
らめーんさんの見開いた四白眼は、やっぱり驚いたように見開いて丸かったけれど、
視線は真っ直ぐ、とても鋭かったからだった。
「俺はあの人を愛しとったんやと思う」
「だろうね、そんな気はしてた」
「あの人が生きとった頃は、そんなんちいとも気付かへんかってん。
…やけど、10年以上もやで? たとえそれが医師と患者、仕事の関係でも、
10年ちょっともの間、きっちり毎月毎月会うて、
いろんな話かてようさんようさんした。
あの人が若い頃からおばさんになるまで、ずうっとずうっと見て来てん…」
そりゃ忘れられる訳ないさ。
愛するにも十分だ。
「ギースは高校時代の同級生で、なんとなく続いて来たから、
亡くなった今でもまだ、なんとなく続いている気がする。
入院するまでずっと、全国を飛び回っていたやつだったから、
どんなに遠くにいても、仲が終わる気がしない…それが生と死でも」
でもあんたは違う。
「初代の島さんは…一番によく会う友達だったけれど、
その密度が友情や愛にはなり得なかった。
彼女と話した事は過去の事だけで、1日たりとも先の話なんかした事がなかった。
消えたのもある日突然で、何の前触れもなかった。
あの人はそうやって、関係を育てていくことを拒絶した、そう思う」
出会った時にはもう、あんたに時間はなかった。
もしあんたに時間があれば、また違ったかも知れない。
俺はあんたを愛しただろうか、あんたは俺を愛しただろうか。
恋でも始めて、未来の話をしただろうか。
ベッドをらめーんさんに譲って、俺はその間副業に勤しんだ。
俺の経歴から、国内の企業から仕事を頼まれる事は少なく、
依頼のほとんどが海外、それも本が評価されたヨーロッパからで、
コラムやエッセイなど、小さな依頼がほとんどだった。
たぶん俺は一発屋の扱いなのだろう。
この仕事も長くは続かないと見ている。
「…島さん、まだ起きとったんや?」
「まあな、一応締め切りのある仕事だから…」
明け方近く、ごうごうと安らかないびきがぴたりと止んで、
らめーんさんが目を覚ました。
部屋の隅に置いた段ボールの中で、あのケミカルな猫の目も、
ぎらりと青い炎を灯した。
「俺ね、最近よく東京に来とるのは、島さんたちがおる言うのんもあるけど、
あ、もちろん『天珠黄龍』のねぎらーめんもお目当てやけど…、
ほんまは新しい仕事の準備で集まりがあるからやねん」
らめーんさんの腹という、うずたかく盛り上がった山が動いて、
四白眼がこちらを向いた。
「…俺、今のクリニックを閉めて、東京に来ようて思とる」