第17話 アカウント消滅
第17話 アカウント消滅
「戦国☆もえもえダンシング」というゲームでは、不正行為はアカウント停止の対象になる。
アカウントが停止になると、他のユーザにはその旨を知らせる画面に切り替わる。
だがアカウント停止はあくまでも停止であって、消滅や削除ではない。
アカウント停止から復帰したプレイヤーだっている。
アカウントそのものが消滅する、それはBAN以上の重い処分という事、
不正行為やチート以上の事をしたって事だ。
たぶんギースはゲームのプログラムそのものを改竄した、
ギースはその交遊関係にソーシャルゲーム業界の人間がいる。
彼なら不可能な話じゃない、それがこのコードなのだろう。
「やっぱり見つからない」
軍師のケイさんにはそれだけ返信した。
俺はメモリーカードを2つに折り、灰皿の中で燃やした。
あんたや「ケミー」さんに抜かれたのが、相当に悔しかったんだろう。
…ギースは最期までやっぱりギースだった。
それがなんだかとても嬉しくて、おかしくて、俺は声を立てて笑った。
ギースがいなくなって、連合は19人になった。
当然新しい連合員の募集をかけなければいけない。
ところが。
「あのさ、島さん…募集はしなくてもいいんじゃね?」
補佐のあぇるぅすさんが19時終わりの外部チャットで発言した。
「私もそう思うけど、一応連合の定員は20人だし…」
「『ケミー』さんいれば、満員御礼じゃなくても勝てると思うんだよね、
いや、もはや最小限の6人でも勝てる。
『ケミー』さんなら、絶対『ケミカルテイルズ』だって倒せる」
そんな「ケミー」さんには、「天下統一フェス」終わり頃より、
上位連合からスカウトの挨拶が来るようになった。
「INTERSECTION」も7位と、上位連合の仲間入りを果たしたのだが、
それよりも上位の6連合…「MA☆ロマンスシミック」や、「上都キサナドゥ」、
そして絶対王者の「ケミカルテイルズ」からも、誘いが来ている。
「わたし、今の連合でやりたい事があるの。だからごめんね♪」
俺は「ケミー」さんのアカウントから、ぶりぶりな顔文字満載でそう返信している。
そこは3人で事前に打ち合わせ済みだった。
「ケミー」というプレイヤーは、どんなに強くても、
その中身はいま俺を爪研ぎ板にしている、あのケミカルな猫だし、
「島左近」、「天一ラーメン3杯」、「サーニャ」で、そのアカウントを支えている。
いわば「INTERSECTION」内の極秘チームみたいなもんだからだ。
「天下統一フェス」は年に2度だけの開催で、あとは大きな合戦イベントもなく、
またいつものようにクエイベと、いつもの小さい合戦イベントのローテーションだった。
だが、「ケミー」さんの中の人たちは燃えていた。
前のフェスが終わった時から、もう次のフェスは始まっていた。
クエイベでデッキを強化し、通常合戦と合戦イベントで練習を重ねた。
「ケミー」というプレイヤーは、「INTERSECTION」に大きな変化を与えた。
今までは前衛のうち、上位2〜3名が得点をとりに行く係だったが、
彼女の登場で後衛が合戦の中心となった。
前衛の役割も変わった。
攻撃し、敵を退却させ、得点を稼ぐ事から、
コンボを作り、敵の下げ応援を受け、スキルの消費を誘う事や、
退却して寝る事で、敵の複数ヒット大技のヒット数を減らし、
攻撃コンボを途切れさせるといった、補助的な事しかしていない。
勧誘の面でも、今までは前衛不足ぎみになる事が時々あったが、
これを後衛のみ、それもコンボ特化の募集に切り替えた。
もちろん参戦率は最重視している。
後衛特化のプレイヤーには、「楽だから」という考えの人もいるが、
「INTERSECTION」の後衛は、とにかく応援の回数と、
奥義の所持と、決められた時間きっかりの設置が求められる。
前衛以上に遅刻出来ないし、何かをしながらの参戦などもってのほかだ。
だから、楽をしたいという考えのプレイヤーは、自然と脱落していく。
もともと「左近の夢」という、あの異質なブログに出て来る連合として、
知名度だけは上位連合にも劣らなかったが、
最近は後衛特化の連合として、認識されるようになったと思う。
ネットの掲示板サイトでも、あの「ケミー」さんが所属する「INTERSECTION」が、
次のフェスで優勝濃厚と目されている。
「次でいよいよこの『INTERSECTION』」がフェス覇者だな!」
「『ケミー』さんがいればいける」
「いやもう、『ケミー』さんひとりいれば、それでおkじゃね?」
補佐のあぇるぅすさんや、軍師のケイさんをはじめ連合員たちも、
「ケミー」さんにドン引きしながらも、優勝へ向けてやる気は高かった。
「ケミーよ、この書き込みを見ろ。
連合の優勝はお前にかかっているらしいぞ、みんながお前に期待している。
次の『天下統一フェス』で優勝だ。やれるか? ケミー」
俺はあのケミカルな猫に、みんなの書き込みを見せながら言った。
「んにょ」
彼女は炊飯器の上から、あの夜中と同じ変な鳴き声を返した。
…やる気は高いらしい。
そしてカラフルな幾何学模様の毛を、もくもくと波立たせると、
俺の顔面に拳をめり込ませた。
たかが猫パンチなどと思わないで欲しい。
その威力は、棒状の鈍器が男の力で突き刺さるのと同等なのだから。
年が明けて冬も終わりが近づいて、あんたの命日がやって来た。
その日もやはり雪だった。
朝から横浜へ墓参りに行ったが、雪がどんどん強くなって来たので、
店は休みにして帰宅することにした。
ホールだか談話室だかを兼ねた、アパートの玄関で縦にも横にもでかい男が、
名波さんの猫たちにまみれながら、大家のばあさんと大阪弁でしゃべり込んでいた。
「らめーんさん」
「あ、島さん。待っとったで」
らめーんさんは俺に気が付くと、猫の群れから立ち上がった。
「大変。『戦国☆もえもえダンシング』の終了が、いよいよ本決まりらし」