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第16話 遺産

第16話 遺産


「ケミー、お前に大事な用事を頼みたい。

俺たちはこれから大事な人に会いに行く、お前に留守番を頼む」


俺はあのケミカルな猫に、初めて命令した。

彼女は「にょっ」と変な鳴き声を返した。

「にょっ」て何だよ、「にょっ」て。

あのケミカルな猫でも、さすがに俺の様子がいつもと違う事を感じ取ったらしい。

そして彼女は俺に渾身の蹴りを喰らわせた。


らめーんさんとサーニャには一緒に来てもらう事にした。

美菜子さんには迷惑だろうが、ギースは会いたいだろうから。

タクシーでギースのいるホスピスに着くと、彼の意識はもうだいぶ混濁していて、

言葉ともうめき声ともつかぬうわ言をぶつぶつ言っていた。

…22時の合戦では前衛として参戦し、みんなで「ケミー」さんにドン引きしていたのに。


「ギース」


ギースの目が、視線がどろりとゆっくり動いた。

最初に俺を認め、それかららめーんさんとサーニャに目をやった。


「…すごいお見舞いだ、連合からお前に。

大きいのがらめーんさん、金髪の外人が山中サーニャ…会いたがっていただろ?

あのゲームの誰かに、連合の誰かに…。

俺たち今夜は集まって一緒にいた、だから連れて来た」


ギースの目がほんのりと笑った。

それきり彼の意識はまたぼんやりとし、時々大きく息をしていた。

彼の手を握り続ける美菜子さんや、俺たち含め、

その場にいるみんなで、最後の最後まで声をかけ続けた…。


らめーんさんとサーニャは朝を泣いて過ごし、19時に彼の事と希望を連合に話し、

23時に除名を実行して、あの異質なブログ「左近の夢」に、

「本人の希望により除名」と、その旨を至極簡単に記した。


ギースは本名を末次庸平と言う。

「庸平」だから「傭兵」、傭兵と言えば「ワイルドギース」。

高校で出会った時から、ギースはとっくにギースだった。

彼は俺に「ペルソナ」と命名した。

どこか冷たい、よそよそしい印象があるかららしい。


ギースは勉強も運動も出来たから、小柄でもよく目立つ男だった。

対する俺は陰でもなく陽でもない微妙な存在で、やっぱり「謎の同級生」だった。

ギースとペルソナ、妙なコンビだったが息の長いコンビだった。

そのギースが逝ってしまった。


ギースの死は本当に何も残さなかったかと言うと、それは違った。

妻である美菜子さんには、貯金や生命保険のお金と、

東京に来る前に住んでいた家を残したし、

生前に着ていた服や、使っていた物だってたくさん残したし、

少額の借金や、全国に散らばる女とのトラブルだって、しっかりと残した。

四十九日の法要で、美菜子さんから散々愚痴を聞かされた。


そして彼は俺にも残した。

彼のスマホのメモリーカードだった。

いつも持ち歩いているかばんのポケットの、奥底に突っ込んだまま、

ごみと一緒に埋もれて、その存在をすっかり忘れていた。

ギースはそのまま壊して捨ててくれと言っていたし、俺もそのつもりだったが、

ふと気になって、約束を破ってしまった。


と言うのも、不思議な事があったからだった。

「戦国☆もえもえダンシング」では、活動がなくなったアカウントでも、

そのままゲーム内に存在し続ける。

最終ログインから14日以上経過で、ひとり連合からも脱退になり、

自動認証を許可している連合から連合へと漂流し始める。

そこはあこぎな運営会社のあこぎなゲームの事だ、退会なんて存在しない。

だからこそ俺たちはあんたと出会ったし、

今、俺が「島左近」として活動している訳なのだが…。


ギースは亡くなったし、連合にはその事情を知らせてあるから、

そのアカウントの挨拶欄には、連合員たちからの別れの挨拶が、

俺を含めて19人分、びっしりと書き込まれているはずだった。

それを読もうとした軍師のケイさんから、外部の個人チャットで連絡があった。


「島さん、ギースさんのアカウントが見つからない」

「は? どういう事?」

「今、フレンド一覧開いたらギースさん消えていたのよ。

それで気になって、検索かけたんだけど見つからない」


俺も慌ててゲーム内のフレンド一覧を呼び出した。

ギースは俺をゲームに誘った張本人だったし、

「Sakura Breeze」の軍師だったから、あんたにとっても当然フレンドの筆頭だ。

しかしやはりギースの名前は消えていた。

IDで検索をかけても結果は同じだった。


「本当だ、でも本人死亡でもアカウントはそのままなはずだけど?」

「垢BAN?」

「BANならアカウント停止て出るはず」


そこで、何か手がかりはないかと、あのメモリーカードを思い出したのであった。

副業用に使っているパソコンに接続してある、カードリーダーに挿入し、

フォルダを開いて、気になったファイルを開いてみる。


ギースが言っていた通り、キャバや風俗の女たちとのやりとりや、

ベッドで撮影したとおぼしき彼女たちの写真、

それから店舗の情報など、開いて損した気分になるような物ばかりだった。

そんな中、「sengoku_dev」なるフォルダが気になった。


ギースの事だから、どうせあのゲームの女プレイヤーのリア情報だろう。

ぎりぎりまで、あんたの事を話さなかったのは正解だったよ。 

そんな事を思いながら、フォルダを開いてみると、

中は数点のテキストファイルだけだった。

そのひとつを開いてみると、何かのソースコードらしかった。


何をするためのコードなのかは、俺にはわからない。

でもたぶん、これがギースの急成長と、死後のアカウント消滅の理由なのだろう。

俺はそう確信した、ギースもまた不正に手を染めていた。                                      

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