表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

第15話 秘策

第15話 秘策


「俺は末期のがんだから…もう全身にがんが広がっているからだめだって」


ギースは仰向けの姿勢でベッドに寝ながら、ふとんをぐっと握りしめた。


「ギース…!」

「俺の臓器や組織は何ひとつ使えないって…そんなの嫌だ!

俺には子供もいない、死んだら何も残らない、

そんなの嫌だよ、心臓が止まって、呼吸が止まれば、

それで死んで終わりになるなんて…他の臓器や組織はまだ生きているのに!」


俺は悔しさにふとんを握るギースの手に、自分の手を重ねた。


「…俺は生きたい、細胞ひとつ、遺伝子ひとつだけになっても生き続けたい、

それすらも許されないなんて、そんなの嫌だよ…!」


下ネタとか、そんな話がしたかったんじゃない。

ギースが俺を呼んだのは、俺だったから。

嫁さんにも言えない弱音を聞いてくれる人が欲しかったから。

ギースが泣きたいだけ泣くのをしばらく見守って、それから俺は言った。

取って置きの秘策だ。


「ギース、お前に会って欲しい人がひとりいる…俺の友達だ。

会うと言っても、その人の写真を1枚見るだけなんだけど」


ギースはぴたりと泣き止んで、目を丸くした。


「お前の友達…なぜ写真なんだ?」

「…その人はもう亡くなっている、もうだいぶ経つ。

でも俺は未だにその人の死に、心の折り合いがついていない。

出会った時にはその人にもう時間がなかったから、

今のお前みたいに苦しんだんじゃないか、そんな気がしてならない。

そして俺もその人を心だけの亡霊なんかにしたくない…だから悩んでる」


病人の痩せた手が、ふとんから浮き上がり、

指先がそろそろとゆっくり動いた。


「会いたい…俺も会いたい、写真を見せて」

「いいよ」


俺はいつも持ち歩いているかばんから、小型のタブレットを取り出した。

そして、アルバムから取り込んだ、あんたの写真を呼び出した。

花見の時だろう、湿気に濁った青空に満開の桜を背景に笑っている。


「結構きれいな人だな…友達にはもったいない」

「…友達だよ、俺とお前ふたりの」

「俺も?」

「島村左近、あのゲームでは縮めて『島左近』」


ギースは驚いて、飛び上がりそうになった。

けれどそこは病人だったから、身体をびくんとさせただけだった。


「…島さん! この人があの島さん…!

なんで? なんでお前が写真を持ってるの?」


俺は今までの経緯を説明した。

あんたと友達になったきっかけ、あの雪の日の事、あんたが死んだ事、

そしてその後の事…。


「そっか…島さんはもう亡くなっていたのか…。

そして今はお前が2代目『島左近』か…島さんには先を越されたな」

「アカウントの譲渡は規約違反だけどな」

「島さんがうらやましいな、死んでもペルソナという友達が生かし続けてくれてる。

美菜子は俺にとってのペルソナになってくれるだろうか…?」

「なる、絶対なる。美菜子さんは友達なんかじゃくてお前の妻だし、

ぶつくさ文句言いながらも、なんだかんだ言ってお前を愛してる。

美菜子さんはお前の『ペルソナ』に、お前は美菜子さんの『山中』になる」


しまった、「山中」じゃ事情を知らないギースには伝わらない。


「『山中』て何だよ、『山中』て…ま、言いたい事はなんとなくわかった。

要は死んで、本人は終わりでも、周りは終わらないって事ね」


ギースはようやく笑った。

よかった、俺の秘密が彼の苦しみを少しでも和らげることが出来て。


「俺、ホスピスに移ろうかな…何も残せないなら、死んで終わりになるなら、

残りの時間を自分のためだけに使ってもいいかなって」

「会いに行くよ、時間を見つけては押しかけてやるよ。

無修正動画の詰め合わせと、すんげえおもちゃを見舞いに持って行ってやる。

美菜子さんと揉めに揉めればいい」

「…上等だ、新地のひとつぐらい持って来い。

ま、お前ごときのセレクトじゃ大した事ないだろうがな…!」



クエイベと合戦イベント、ギースへの嫌がらせは繰り返され、年の暮れも近づいて来た。

このゲーム最大の合戦イベントである、「天下統一フェス」も開催され、

「INTERSECTION」は7位に入賞した。

大躍進だし、すごい事なんだけど、連合内はドン引きだった。


「…いかれてる」

「マジ頭おかしい」

「もはや前衛とか要らね」


このイベントで「ケミー」さんは、全体ダメージランキング覇者となった。

記録では最終日の22時、最終戦の22時29分だった。

「ケミー」さんの中の人たち3人は、俺の部屋に集まって、

相変わらず傷だらけのぼろぼろだった。


「おし、第一目標達成…さすが『ケミー』さん(あのケミカルな猫)」

「次でフェス覇者やな…そこは『ケミー』さん(あのケミカルな猫)」

「連合内ドン引きだな…しかし『ケミー』さん(あのケミカルな猫)」


俺とらめーんさん、サーニャの3人は、あのケミカルな猫と目を合わせないよう、

黒目を不自然な位置に置いて、こっそり喜び合った。

しかしそれも気に入らないらしく、あのケミカルな猫はカラフルな毛を逆立てて、

「しゃー」とデフォルトの鳴き声をあげた。


傷ついた男たちが床に倒れ込んで、そのまま意識を失っていた夜中、

机の上で一台のスマートフォンの画面に明かりが灯って、

「末次美菜子」の名前が表示され、ギースが逝く事を知らせた…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ