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第14話 証明

第14話 証明


「…毎晩、彼女が夢に出てきてくれないか、そう祈りながらふとんに入るし、

日常のこまごました出来事のたびに、彼女がいたら、彼女ならどう思うか、

そんな事ばかり繰り返してるよ…だからずっと独り」


そうだよな、今も「山中」という苗字を大事にしているサーニャだもんな。

亡くなった奥さんを忘れるはずなんかない。


「でもだからこそ、彼女の思い出っていう、心の拠り所があるからこそ、

俺はひとりでも歩いて行ける、そう思うんよ…島さんは?

島さんは写真の彼女を愛してた?」


サーニャは眩しい人だ、うらやましいよ。

でもそれは彼女を愛していたから出来る事だよ…。


「…そんな風に思った事はないよ。

愛していないから、心の拠り所にも出来ないし、

かと言って、友達だったから忘れられる訳でもない。

何とも中途半端な存在だから、どうにも折り合いがつけられない…ただ」

「ただ?」


サーニャの青灰色の目が、俺に向けられ、俺の目を貫いて通り越した。


「あの人とはあのゲームがきっかけだったから、

あのゲームの終了で、存在そのものがなかった事に、終わりにはしたくない。

何らかの形で、あの人が生きた生身の人間だったって証明したい。

それは思い出とかその心じゃなくて…」


そう言いかけて、俺は初めて身に染みて理解した。

病床にあるギースが言わんとしている事の意味を。



ギースの見舞いは時々しか行っていない。

本人が頻繁な見舞いを望まなかったからだった。

やはり弱っている姿を見られたくないのだろう。

でも、その日は違った。


「嫁とじゃ話にならん、久しぶりに男同士で話したい。

ゲスい下ネタとかさ、そういう話に飢えてる」


LINEでギースから珍しい誘いがあった。

それで病院に行くと、予告通り容赦ない下ネタを浴びせかけられた。


「あーあ、キャバとかソープ行きてえな、もうだいぶ行ってないし。

プロの女のテクニックが恋しいわ」

「そんな元気があるなら、来るんじゃなかったな、おお?」

「お前の店は女の子置かないの?」

「要るかよ、そんなもん」


女は中途半端なあんたとか、あのケミカルな猫でもうたくさんだ。

ギースは少し黙り込んで、それから言った。


「…あのさ、島さんに伝えて欲しいことがある」

「何を? てか、外部個人チャットで直接言ってもいいんじゃね?」

「そうしたいけど、それは少し先の話で、今話しても動揺を与えるだけだし、

その時には俺ももう、自力でチャットなんか出来ないから…」


遺言か。

そういやギースは俺がこの部屋に来ても、ずっとベッドに寝たまま、

身体を起こす事もしていない、夏休みからまたいっそう痩せた。

きっともう起き上がれもしないのだ。


「わかった、何を伝えたらいい?」

「俺がログイン出来なくなったら、長くても13日目の夜までには除名して欲しい」

「安心しろ、今の連合なら1週間…いや、3日ぐらいで除名になる」

「…そうか、それなら良かった。それから、これをお前に」


ギースはそう言って、枕元のスマートフォンから、メモリを抜き取り、

それを俺に差し出した。


「これを物理的に完全破壊して捨てて欲しい、

中にはキャバやソープの女の子とのやりとりとか、

美菜子には見せられない写真や動画が入ってる」

「わかった、そのまま壊して捨てとくよ」

「あと、ゲームのアカウントだけど、

美菜子はもうすでにサブを2つも持っているから、要らないって言うだろう。

…ペルソナ、お前が使うか?」


お前と同じ事を考えたやつがいたよ、そう喉から出そうだったけれど、

それを引っ込めて、月並みな事を言うしかなかった。


「そんな悲しい事を言うなよ」

「『ギース』のアカウントは、誰かに引き継いでほしいと思ってるんだ。

俺、子供もいないし、誰かに遺せるものって少ないしさ…」

「もう十分もらってるさ…言ったろ、俺は精神とか心派だって」


…それはもう嘘だね。

俺はあんたを心だけの、姿かたちもない亡霊なんかにしたくない。


「俺は物質派なんだよ」


ギースは口を尖らせて、きっぱりと言い切った。


「誰かに何かを遺す事で、俺は生き続けたい。

それが子供だっていいし、臓器や組織だってかまわない。

そこに心なんかなくったっていい、何か形ある物質としてでも生き続けたいんだよ。

俺が生きた人間だって証明したいんだよ」


今ならわかる、どんな形でもいいからこの世に存在したいって。

俺もあんたにはこの世に存在してほしいから。

誰のためでもなく、俺自身の心のために。

ギースは言った、その目から涙があふれて横へと流れ落ちた。


「…俺さ、臓器提供申し込んでたけど…あれ、断られてしまった」

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